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(なんかの金属音が聞こえたぞ! ヘレナが見つかったのか?)

 

 ミュリエルは走った。

 ヘレナと盗賊たちが戦っているなら、ミュリエルにとってこれほどの好機はない。

 遠慮なくヘレナを後ろから刺してやろうと、急いで音のする方向へと走る。

 

 五本の分かれ道まで戻ってきた時。

 

「ミュリエル!」

 

「アダム様!?」

 

 ヘレナとミュリエルを追い、王都を飛び出したアダムとその私兵たち一行と合流した。

 合流してしまった。

 アダムはミュリエルの顔を見ると、安堵の表情を浮かべ、すぐに怒りの表情へと変わる。

 

「……私が何を言いたいかわかるか?」

 

「……申し訳ありません」

 

 アダムの中に、いくつもいくつもいくつもいくつもミュリエルへ言いたいことが渦巻く。

 ミュリエルも、自らの行いがアダムの怒りを買うことは承知の上であったため、アダムの言葉に言い返すことなく、しおらしい表情を浮かべた。

 アダムはつかつかとミュリエルへと近寄り、その体をギュッと抱きしめる。

 

「無事で良かった」

 

「アダム様……。あの……」

 

 が、アダムの中で、怒りよりもが愛情が上回った。

 そもそもアダムの怒りは、規則を破ったことへの不快でなく、自らの危険を顧みずに行動したミュリエルの身の心配に起因する。

 ただただ、ミュリエルが無事であることを喜んだ。

 

 私兵たちはアダムとミュリエルから目をそらし、五つの道の先を警戒する。

 

「ヘレナは?」

 

 落ち着きを取り戻したアダムは、ミュリエルに問う。

 

「わ、わかりません」

 

「そうか」

 

 ヘレナもおそらく、同じ場所にいる。

 それはアダムも理解している。

 目線で私兵たちに合図をし、奥へ進もうとする。

 

 瞬間、銅鑼の音が消えた。

 同時に、無数の足音が聞こえてきた。

 ミュリエルもヘレナも足を踏み入れていない、残り二本の道から、盗賊たちが走って現れた。

 

「おい、いたぞ! 侵入者だ!」

 

「なめやがって!」

 

「生きて帰れると思うなよ!」

 

 アダムはすぐさま、魔法を使うため前に出ようとしたが、私兵の一人に止められる。

 

「アダム様、いけません! ここは空気の流れが悪く、炎を放てばすぐに煙が充満し、我々全員窒息します」

 

「ぐっ……」

 

 アダムを守るように、私兵たちが前に出る。

 

「その通りです、アダム様。ここは私たちにお任せください」

 

 同時に、ミュリエルも前に出る。

 ミュリエルの行動に、この場の全員が目を丸くして驚く。

 

「ミュリエル様!? 貴女もお下がりください!」

 

「狭い通路から出てくる相手を倒すのは、私の得意分野ですわ」

 

 私兵の言葉に従わず、ミュリエルは盗賊たちが向かってくる二つの通路の内、一つの通路へと入っていく。

 

「馬鹿が! 女一人に何ができ」

 

「貴方たち程度なら倒せますわ」

 

 そして、金属魔法を発動する。

 ミュリエルの足元から液体の金属が流れ出し、水溜りのように地面に溜まる。

 地面に溜まった金属は、盗賊たちの足元へ伸びた後、床から壁へと広がっていく。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

 ミュリエルがニヤリと笑い、両手を大きく広げて、パンと手を叩く。

 瞬間、両壁に貼り付いた金属から鋭利な金属の棘が生え、まるで食虫植物のようにバクンと閉じた。

 

「う、うあああああああ!?」

 

「ぎゃあああああ!!」

 

「ぐうおぇ!!」

 

「がああああああ!!」

 

 例えるならば、アイアンメイデン。

 盗賊たちの全身を無数の棘が貫通し、あっという間に息絶えた。

 

 

 

「……つ、強い」

 

「ミュリエル……」

 

「……っ! ボケッとするな! 来るぞ!」

 

 ミュリエルの所作に、アダムと私兵たちは思わず見惚れ、恐れ、困惑し、足音を聞いて我に返る。

 ミュリエルが入らなかった残りの一本に私兵たちが走り、盗賊たちを迎え撃つ。

 そして盗賊を、一人、また一人と討ち取っていく。

 エオーリオ盗賊団の本業は、盗みと暗殺。

 正面切って戦うのであれば、アダムの私兵に実力で劣る。

 

「アダム様!」

 

「ミュリエル」

 

 五本の分かれ道に戻ったミュリエルは、私兵たちが入った道を見る。

 狭い道で、私兵と盗賊が入り混じっている。

 

(駄目だな……。私が手を出したら、私兵たちも巻き添えを食らっちまう……。私は構わねえが、アダムが嫌がるだろうな)

 

 不安そうに見るミュリエルの肩を、アダムは優しく叩く。

 

「大丈夫だ。君ほどではないにせよ、私の兵もつわもの揃いだ。負けることはない」

 

「ええ、そうですね」

 

 ミュリエルにとって、飽き飽きするほど長い戦いが続く。

 ミュリエルが一人で戦えば、とっくに勝利していることを考えると、時間の無駄に苛立つ。

 

 ミュリエルは、一本の道を見る。

 ここへ来たとき、人の声が聞こえていた三本の内、盗賊たちが現れなかった残り一本の道を。

 

(ヘレナがいるとすりゃあ、あそこか?……殺し損ねたか)

 

 

 

 剣の音が消えていく。

 最後の断末魔と共に、盗賊たちは息絶えた。

 

 沈黙漂う空間は、意識のある盗賊が一人もいないことを示していた。

 

 私兵の一人が、片手をグッと上に突き出す。

 他の私兵たちも、表情が綻ぶ。

 

 が、喜びの声は上げない。

 ヘレナは見つかってはいない。

 奥にはまだ、盗賊たちがいるかもしれない。

 もしかしたら、隠し通路で逃げている盗賊たちもいるかもしれない。

 

 かもしれない。

 かもしれない。

 かもしれない。

 

 あらゆる最悪を想定して動く。

 戦場とはそういうものだ。

 

 私兵たちはアダムの元へと戻り、次の指示を待つ。

 先ほど盗賊たちを倒し終えた二本の道のいずれか、あるいは分かれて両方に進むか。

 他の三本の道に進むか。

 進むとすれば、誰をこの場に残すか、あるいは残さないか。

 盗賊たちの生き残りがいた場合、どういった動きをしてくるかを想像しながら、アダムは思考を巡らせる。

 

 

 

 が、アダムたちは既に悩む必要は実はなかった。

 何故なら、既にエオーリオ盗賊団は壊滅したのだから。

 生き残った盗賊は、わずか一人。

 

 

 

 

 

 

「いらしている気がしておりました。ミュリエル様」

 

 ヘレナがミュリエルの前に現れた。

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