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資料庫と財宝置き場。
二つの道を見終えたヘレナは、三本目の道へと入る。
沈黙しか聞こえない三本の道の一本……だったはずの道。
二本目を探り終えて戻ってきたときには、残りの一本から人の声が聞こえていた。
ヘレナはどの道に進むかを悩んだ挙句、先程まで聞こえていなかったのであれば、元から声が聞こえていた二本よりも人数は少ないはずだと、安直な思考でその道を選んだ。
手がかりがない以上、ヘレナが頼るのは直感だ。
先ほどまでの二本の道は、せいぜい見張りが数人しかいなかった。
が、次の一本は、人数がその比でないことなど容易に予想できた。
本拠地故に限られた人間しか配置されておらず、人数が少ない可能性もあるが、それでも見張り以外がいるはずだ。
おそらくは幹部たち。
エオーリオ盗賊団の幹部の中には、爵位を失ったかつての貴族――つまりは魔法を使える人間もいると聞く。
ヘレナはいっそう気を引き締める。
無音の足音が響く。
流れる汗が地面へと落ち、ヘレナの耳に大きな音が木霊する。
通路の先から明かりが漏れ出る場所を見つける頃には、人の声はより鮮明に聞こえてきた。
どうやら、次の盗みの計画を立てているらしいことが聞きとれた。
自らの手で復讐を成就できる事実に、ヘレナの胸が高鳴る。
恋する乙女のように、頬が赤く染まる。
「ようやくだよ。お父さん、お母さん、お姉ちゃん」
ヘレナは、音もなく飛び出した。
そして、一番近くに座っていた盗賊の首を、躊躇なく跳ね飛ばした。
「!? 敵襲!!」
「しゃべるな!!」
ヘレナはいつも通り、相手の口を塞ぐ。
増援を呼ばれない様に。
ヘレナは部屋の中を目で追う。
(一、二、三、四、五、六……。死体含めて七人!)
残りは六人。
盗賊の一人が、声が出ないことを理解すると、壁際に置いてあった銅鑼を思いっきり殴った。
ゴオオオオオン。
銅鑼は大きな重い音を出す。
そして、銅鑼の鳴らした音は、銅鑼の上に括りつけられているブリキの缶の中に吸い込まれ、ブリキの缶底にひっついている管を通って、本拠地中に届けられた。
敵襲の合図。
今この瞬間、本拠地に滞在するすべての盗賊たちが、状況を理解した。
(しまった……!)
八つ当たりのように、ヘレナは銅鑼を鳴らした盗賊の腕を斬り落とし、痛みに叫ぶ盗賊の腹を切り裂く。
残りは五人。
五人の内、二人は守勢に、二人は攻勢に回る。
一人は、守勢に回る二人のさらに後ろから、ヘレナに向かって叫ぼうとする。
(貴様……どうやってこの場所を。他に仲間は何人いやがる?)
が、盗賊は当然声を出せない。
「跪け!」
ヘレナの言葉で、五人が一斉に跪き、首を垂れる体制となった攻勢の二人組の首を斬り落とす。
残りは三人。
(命令に従わせる魔法……神聖魔法か!? くそっ! 騎士にこんな魔法を持つ兵がいるなんて情報……いや)
ヘレナは駆け、残りの三人と距離を詰める。
三人もまた、首を垂れている。
首を斬り落とすのは造作もない。
が、三人に接近したヘレナは、突然の違和感に襲われた。
前に進もうとする身体を無理やり止め、後ろへ飛びのく。
瞬間、ヘレナが前進を続ければ立っていただろう場所に、無数の風の斧が降った。
風の斧は、床を切り裂き、壁を切り裂き、深い傷跡を刻みつけた。
「……あ、あーあ! ようやくしゃべれるようになったか」
守勢の二人の後ろにいた盗賊が、立ち上がり、口を開けなかったうっ憤を晴らすように口の形を何度も変える。
それを見た守勢の二人も立ち上がる。
ヘレナの魔法の効果がきれた。
「風魔法……。幹部の中に、魔法が使える人がいることは知ってたけど……」
ヘレナは転がる四つの死体を見る。
死んだ四人が、魔法を使える盗賊であったらと思わずにはいられない。
「いや、思い出したぞ。以前うちに来た暗殺の仕事のターゲットが、そんな魔法を使うやつだったな」
「動くな!!」
「黙れ!!!!」
ヘレナが叫ぶと同時に、盗賊たちは大声を張り上げた。
ヘレナの言葉が耳に届かなくなるくらいの大声を。
狭い部屋の中だ。
声は反響し、攪乱し、混ざり合い、互いの言葉を打ち消した。
「……っ!」
「お前たち、耳を塞げ。やつの声を聞くな」
盗賊の一人が銅鑼の上にある管を切り、銅鑼を何度も何度もたたき続ける。
部屋中に銅鑼の音が反響し、部屋に存在するすべての言葉をかき消し始める。
ヘレナは思わず耳を塞ぐ。
もう、ヘレナの声は届かない。
盗賊たちも、互いに会話することはできない。
が、盗賊たちはやるべきことを分かっている。
即ち、ヘレナを殺すこと。
会話など不要。
銅鑼を叩き続ける盗賊は、遠方より風魔法を使い、ヘレナへ風の刃を投げつける。
残りの二人は剣を持ち、ヘレナへと襲い掛かる。
(一対三……!)
ヘレナの頭に撤退がよぎる。
部屋から出て、通路に戻ろうかと考えるが、盗賊の援軍が来れば狭い通路の中で挟み撃ちだ。
一方、部屋に残れば、通路よりは広い空間の中で一対三だ。
であれば、自由に動ける広い部屋の方が戦うには都合が良いと、部屋にとどまる選択をした。
盗賊の死体から剣を一本奪い、両手に剣を持って構える。
(……二刀流? 二人相手だから、二本使えば勝てるとでも思ったか?)
二人の盗賊の内、一人が回り込み、部屋と通路を結ぶ穴の前に立つことでヘレナの退路を断つ。
ヘレナは二人からなるべく距離をとり、三人の姿が視認できる壁際に移動する。
が、風の刃は、それを許さない。
ただの的だと言わん限りに、ヘレナを切り刻もうと襲い掛かってくる。
(近づかなきゃ駄目だ……)
ヘレナは銅鑼を鳴らし続ける盗賊へ向かって駆け出す。
同時に、二人の盗賊がヘレナを追う。
ヘレナの前方には風魔法を使う盗賊一人。
ヘレナの後方には剣を持って左右から近づく盗賊二人。
「近づかせねえよ?」
銅鑼を鳴らす盗賊は、ヘレナの行く手をを塞ぐように、風の刃を降らせる。
剣による攻撃など、近づけさせなければ恐れるに足らないのだから。
その思考が隙となる。
ヘレナの足が、一瞬不自然に動いたことを気に留めることができなかった。
ヘレナは、死んだ盗賊が落とし、床に転がっている剣の柄を思いっきり蹴った。
剣は、まるで矢のように飛び、銅鑼の前の盗賊の胸を突き刺した。
「ぐおぇ……」
銅鑼の音が止む。
ヘレナの前方の盗賊が崩れ落ちる。
ヘレナは急回転し、後方から向かってきている二人の盗賊へ向き直る。
「跪け!」
ヘレナの言葉を遮る音は、もうない。
二人の盗賊は転ぶような動きで首を垂れ、ヘレナは二つの首を斬り落とした。
どさりどさりと、二つが倒れた。
「ふう」
静かになった部屋の中で、ヘレナは銅鑼の前で倒れる盗賊に近づいた。
「安心して。致命傷は避けたから」
そして、首に輪っかをつける。
エドナ王国の神官が作った、魔封じの輪。
魔封じの輪をつけられた人間は、魔法を使うことができなくなる。
ヘレナが収監所からくすねた逸品である。
「く……殺せ……」
「貴方には、生き証人になってもらいます。……訊きたいこともあるしね」