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「……ここね」

 

 ヘレナは、エオーリオ盗賊団の本拠地の前へと来ていた。

 崖に穴が掘られただけの、簡素な住居。

 おあつらえ向きに、時刻は深夜。

 奇襲をかけるには都合が良い。

 

 入り口には、二人の見張りが立ち、周囲を警戒している。

 とはいえ、本拠地の場所自体が森林の奥深く。

 自死を考えている人間か、珍しい動植物を求める探検家でもなければ、発見できない未踏の土地。

 見張りたちは、誰も来るはずなどないと、武器を壁に立てかけて油断をみせている。

 

「……ふぅ」

 

 ヘレナの持つ武器は、神聖魔法――『言葉を人間の思考にねじ込む』魔法。。

 そして、一本の剣。

 闘技場で数多の武器を使った結果、最もしっくりきた相棒。

 

 ヘレナは武器を向ける相手――エオーリオ盗賊団の団員を見つめる。

 頭の中には、その姿しかない。

 箝口令の敷かれた情報をもとに、独断行動していることも。

 自分の行動が、エドナ王国が準備していた襲撃計画を邪魔していることも。

 すべて頭の外に追いやった。

 ヘレナにとって、復讐が成立すれば、その後の未来などどうでもいい。

 むしろ、復讐の成就と共に自死し、天国の家族に会いたいと思っているほどだ。

 

「いける」

 

 一人の見張りが大あくびをし、グッと背伸びをした。

 ヘレナの中で、見張りの戦力は二人から一人になった。

 

 瞬間、音もなく飛び出し、走る。

 

「ふああ……ん?」

 

「!? て、敵しゅ」

 

「声を出すな!」

 

 見張りにしか聞こえない声で、ヘレナは叫ぶ。

 見張りの二人は声が出せなくなったことに驚き、慌てて武器を持って迎撃を試みる。

 が、ヘレナの方がはるかに速い。

 油断しきった一人の見張りの首を斬り落とし、武器を持ち終えたもう一人の見張りも両断する。

 

 叫び声一つあげさせることなく、二人分の死体を築いた。

 

 ヘレナは速やかに身を隠し、耳を澄ませる。

 幸い、先の騒動は気づかれなかったようで、他の足音は聞こえない。

 安心したヘレナは、死体を漁る。

 役立ちそうな武器や内部の地図でもあればと考えたが、当ては外れた。

 

「ま、持ってるわけないよね」

 

 ゆっくりと本拠地の中に入っていく。

 誰にも見つからない様にしているのか、入り口からはしばらく通路が続き、かつ通路には明かりがなく真っ暗だった。

 ヘレナは、手探りだけで進んでいく。

 床の木の枝を踏む音さえ起こさない様に、ゆっくりと慎重に進んでいく。

 

 通路は途中で、五本の道に分かれていた。

 ヘレナは再び耳を澄ませる。

 二本の道からは、かすかに人の声が聞こえた。

 残り三本の道からは、沈黙しか聞こえない。

 

 ヘレナは見つかった場合のリスクを考え、また一つでも多くの情報を得るために、沈黙の聞こえる道を選んで進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 ヘレナ到着から数時間後。

 ミュリエルもまた、エオーリオ盗賊団の本拠地前に到着した。

 

 入り口に倒れる二つの死体をつまらなそうに眺め、入り口へと目を向ける。

 耳を澄ます。

 騒ぎは、聞こえない。

 

(……ヘレナはもうくたばったのか? それとも、まだ見つからずにこそこそ動いてやがんのか?)

 

「ま、どっちでもいいか」

 

 状況を確認し終えたヘレナは、恐れなく中へ入っていった。

 石を踏みつけようが、木の枝を踏みつけて音を出そうが、気にする様子はない。

 むしろ、早々に騒ぎが起これればいいと考えている。

 

 ヘレナがまだ生きているのであれば、盗賊に見つかって殺されるか、どさくさ紛れにミュリエルの手で殺してしまうかの二択。

 どちらにせよ、騒ぎが起きている方がミュリエルにとって都合がいい。

 

「なんだ、意外とすんなり入れるもんだな。警備の一人もいやしねえ」

 

 ヘレナ同様、ミュリエルも早々に五つの分かれ道に到着する。

 人の声が聞こえる二本の道。

 沈黙しか聞こえない三本の道。

 

「分かれ道か……」

 

 ミュリエルは考える。

 ヘレナが盗賊に見つかっている場合、ヘレナがいるのは人の声が聞こえる道の可能性が高い。

 ヘレナが盗賊に見つかっていない場合、ヘレナがいるのは沈黙しか聞こえない道の可能性が高い。

 

 人の声が聞こえる道を選んだ場合の最悪は、生きているヘレナを見つけることができず、ミュリエルが盗賊に見つかること。

 たとえ一人であっても、ミュリエルは盗賊に負けるつもりはなかったが、目的のない戦いは時間の無駄でしかない。

 

 ミュリエルもまた、沈黙しか聞こえない道を選んだ。

 ヘレナが選んだ道と同じ道を。

 

 

 

 

 

 

 ミュリエルが選んだ道は、資料庫に続いていた。

 エドナ王国の地理や歴史。

 武器や麻薬の密造方法。

 一度でもエオーリオ盗賊団と関わりを持った人間。

 盗賊団結成から現在に至るまでの、莫大な情報が貯め込まれていた。

 

 そこで、ミュリエルは見た。

 資料庫の中で息絶える、数人の盗賊たちを。

 

「ヘレナは、ここにいたみてえだな」

 

 周囲にヘレナのいる気配はない。

 資料庫に続く道の間で、誰かとすれ違うこともなかった。

 ヘレナは資料庫を訪れ、立ち去り、別の道へ入ったと考えるのが自然。

 

 床に散らばっている大量の紙のうち、一枚を拾い上げる。

 

 スロバリン家との取引。

 そう書かれた、一枚の紙を。

 

 十年前のリーバリ村事件の前、スロバリン家からエオーリオ盗賊団に金が流れた事実が記載されている。

 

 まっさきにミュリエルの目についたのは、偶然か、はたまたヘレナが目を通したことで見つけやすい場所に移動されたからか。

 

「これだけなら、ヨハネの言葉と同じ。私に繋がることはねえ……」

 

 ミュリエルにはわからない。

 スロバリン家からエオーリオ盗賊団に流れた金の情報が、この書類しかないのか、別の書類もあるのか、わからない。

 仮に、より詳細な、ミュリエルと結びつく書類があったとして、その書類をヘレナが持っていったかどうかもわからない。

 

 ミュリエルは手に持つ紙を、ぐしゃりと握りつぶした。

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