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「ファインプレーだ、ヘレナ!」

 

 ミュリエルは、ヘレナがいなくなったという報せを聞き、にやけ顔が止まらなかった。

 ヘレナの向かった場所は、十中八九、エオーリオ盗賊団の本拠地だろう推測もついた。

 自分は襲撃計画に参加できないという思いに、復讐心がブレンドされて、ヘレナ狂行へと及んだことなど容易に推測ができた。

 

 ヘレナの足取りは、誰にも掴めていない。

 ヘレナの神聖魔法は、人の脳を動かす。

 ヘレナを見た人間の記憶から、ヘレナを見た事実を消しながら移動すれば、足取りなど掴めようはずもない。

 

 エオーリオ盗賊団の襲撃に関わる人々は、朝から大騒ぎだ。

 緻密に練っていた計画が、土台から崩れたのだから。

 誰も彼も、焦り、せわしなく走り回っている。

 

「今なら、私もエオーリオ盗賊団のところへ行ける。後から、父上様からの叱責くらいあるだろうが、情状酌量の余地はあんだろ」

 

 混乱の中では、誰も正常な判断が下せない。

 混乱の中での行動は、ある程度が許容される。

 

 渦中の常識は、定時の常識と異なる。

 

 ミュリエルは焦った表情を作り、部屋を出る。

 速足で向かった先は、襲撃計画に参加予定の兵隊長の元。

 

「ヘレナさんがいなくなったというのは本当ですか!?」

 

 開いた扉の先では、兵隊長と複数の兵、そしてアダムが、何やら話しこんでいた。

 急に入ってきたミュリエルに驚き、人差し指を口の前に立て、声を落とすよう伝える。

 本件は箝口令が敷かれている。

 ミュリエルの行動は、焦ったが故の愚行ととられ、しかしヘレナがいなくなった事実に混乱していることを考慮され、お咎めはなかった。

 

 兵隊長は深刻そうな表情に変わり、ミュリエルを見る。

 

「ミュリエル様……。ええ、今朝がた部屋の中がもぬけの殻であることを確認しました。数着の衣類や、金銭の類もなかったので、おそらくは……」

 

「……一人でエオーリオ盗賊団の本拠地へ向かったと、そういうことですか!?」

 

 兵隊長は再び口の前に人差し指を立て、無言で頷く。

 

「……!? こうしちゃいられないわ!!」

 

 兵隊長の反応を受け、ミュリエルは部屋を飛び出そうとする。

 

「待て! どこへ行くんだミュリエル!」

 

 が、その手をアダムが掴む。

 ミュリエルの腕がピンと伸びきり、ミュリエルはアダムを振り返る。

 

「どこって……決まっているでしょう!!」

 

「エオーリオ盗賊団の本拠地へ行く気か!? 駄目だ!! 君が行って何になる!! それに、まだヘレナがそこへ向かったと決まったわけでは」

 

「決まってないからって動かないのですか!? もしもヘレナさんが本当に一人で向かっていたら、動かなかった分だけヘレナさんが危険に晒されるのですよ!!」

 

「……っ! だから今、捜索隊を組織して」

 

「待てませんわ!!」

 

 ミュリエルは金属魔法を発動する。

 アダムが掴んだミュリエルの腕に金属がまとわりつき、太く、重くなっていく。

 そして、金属を纏った腕をミュリエルは思いっきりふり、アダムを振り払う。

 

「ぐうっ!?」

 

 振り払われたアダムは壁に背中からぶつかり、苦悶の声をあげる。。

 

 ミュリエルは、しまった、という表情をしたが、すぐに部屋を飛び出した。

 

「待て!! 待つんだミュリエル!!」

 

「ミュリエル様!?」

 

 部屋からの叫び声に、ミュリエルは耳を貸さない。

 走るのを止めない。

 向かう先は馬小屋。

 馬小屋には、速馬がいる。

 

(よし! これで私がヘレナの身を案じ、エオーリオ盗賊団の本拠地へ向かったことが周知される。アダムまであの場所にいたのは行幸だった!)

 

「すみません、この馬借ります!」

 

「ミュ、ミュリエル様!?」

 

「お金は後でお支払いします!」

 

 ミュリエルは、馬小屋の中で最も足の速い一頭を選び、ひらりとまたがった。

 

「走って! 急いで!」

 

 馬をパシンと鞭で打ち、あっという間に出発した。

 

 城門をくぐって城下町へと出る。

 人の少ない道を選んで、ひたすら走る。

 城下町の民たちは、馬の足音を聞いて音の出どころへと目を向け、音の正体が貴族しか乗れない上等な馬だと分かると、急いで道を開ける。

 すれ違う瞬間、乗馬しているのがドレスを着た公爵令嬢だと気づくと、あんぐりと口を開けた。

 

(か弱き少女を追って馬を走らすなんて、どこかの漫画の主人公にでもなった気分だな)

 

 走る。

 走る。

 走る。

 全力で。

 

 ヘレナも同じくらいの速度で走るだろう。

 エオーリオ盗賊団と戦えるだけの体力を残しつつ、最短の時間で到着するように、全力で。

 

(ヘレナが何時に出たのかは知らねえが、ざっと半日ってとこか? 私の馬の方が速いだろうし、数時間差で到着できるか?)

 

 走りながらもミュリエルは、余裕の表情だった。

 エオーリオ盗賊団の本拠地に着いた後のことを、ゆっくり考える余裕さえあった。

 

 ヘレナがエオーリオ盗賊団を全員倒し終えた後なら、ヘレナを殺して終わり。

 本拠地を焼き払い証拠は消す。

 ヘレナの殺害も本拠地の放火も、すべてエオーリオ盗賊団の仕業にしてハッピーエンド。

 

 ヘレナがエオーリオ盗賊団を倒している途中なら、加勢し、ヘレナと共闘。

 途中でヘレナを不意打ちで殺し、残りのエオーリオ盗賊団も処分し、やはり本拠地を焼き払う。

 ヘレナの殺害も本拠地の放火も、すべてエオーリオ盗賊団の仕業にしてハッピーエンド。

 

 ヘレナがエオーリオ盗賊団に殺された後なら、危険な橋は渡らない。

 後から来るだろうアダムと兵たちを待ち、判断を仰ぐ。

 襲撃するならば、襲撃の裏で証拠を消す。

 襲撃しないならば、エオーリオ盗賊団は本拠地を変え、追うことができなくなるだろう。

 エオーリオ盗賊団の追跡が途絶え、ハッピーエンド。

 

「ははは! いいね! ハッピーエンドが見えてきた!!」

 

 ミュリエルの飛び切りの笑顔は、とてもこれから死地へ赴く少女のそれではなかった。

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