37
「ファインプレーだ、ヘレナ!」
ミュリエルは、ヘレナがいなくなったという報せを聞き、にやけ顔が止まらなかった。
ヘレナの向かった場所は、十中八九、エオーリオ盗賊団の本拠地だろう推測もついた。
自分は襲撃計画に参加できないという思いに、復讐心がブレンドされて、ヘレナ狂行へと及んだことなど容易に推測ができた。
ヘレナの足取りは、誰にも掴めていない。
ヘレナの神聖魔法は、人の脳を動かす。
ヘレナを見た人間の記憶から、ヘレナを見た事実を消しながら移動すれば、足取りなど掴めようはずもない。
エオーリオ盗賊団の襲撃に関わる人々は、朝から大騒ぎだ。
緻密に練っていた計画が、土台から崩れたのだから。
誰も彼も、焦り、せわしなく走り回っている。
「今なら、私もエオーリオ盗賊団のところへ行ける。後から、父上様からの叱責くらいあるだろうが、情状酌量の余地はあんだろ」
混乱の中では、誰も正常な判断が下せない。
混乱の中での行動は、ある程度が許容される。
渦中の常識は、定時の常識と異なる。
ミュリエルは焦った表情を作り、部屋を出る。
速足で向かった先は、襲撃計画に参加予定の兵隊長の元。
「ヘレナさんがいなくなったというのは本当ですか!?」
開いた扉の先では、兵隊長と複数の兵、そしてアダムが、何やら話しこんでいた。
急に入ってきたミュリエルに驚き、人差し指を口の前に立て、声を落とすよう伝える。
本件は箝口令が敷かれている。
ミュリエルの行動は、焦ったが故の愚行ととられ、しかしヘレナがいなくなった事実に混乱していることを考慮され、お咎めはなかった。
兵隊長は深刻そうな表情に変わり、ミュリエルを見る。
「ミュリエル様……。ええ、今朝がた部屋の中がもぬけの殻であることを確認しました。数着の衣類や、金銭の類もなかったので、おそらくは……」
「……一人でエオーリオ盗賊団の本拠地へ向かったと、そういうことですか!?」
兵隊長は再び口の前に人差し指を立て、無言で頷く。
「……!? こうしちゃいられないわ!!」
兵隊長の反応を受け、ミュリエルは部屋を飛び出そうとする。
「待て! どこへ行くんだミュリエル!」
が、その手をアダムが掴む。
ミュリエルの腕がピンと伸びきり、ミュリエルはアダムを振り返る。
「どこって……決まっているでしょう!!」
「エオーリオ盗賊団の本拠地へ行く気か!? 駄目だ!! 君が行って何になる!! それに、まだヘレナがそこへ向かったと決まったわけでは」
「決まってないからって動かないのですか!? もしもヘレナさんが本当に一人で向かっていたら、動かなかった分だけヘレナさんが危険に晒されるのですよ!!」
「……っ! だから今、捜索隊を組織して」
「待てませんわ!!」
ミュリエルは金属魔法を発動する。
アダムが掴んだミュリエルの腕に金属がまとわりつき、太く、重くなっていく。
そして、金属を纏った腕をミュリエルは思いっきりふり、アダムを振り払う。
「ぐうっ!?」
振り払われたアダムは壁に背中からぶつかり、苦悶の声をあげる。。
ミュリエルは、しまった、という表情をしたが、すぐに部屋を飛び出した。
「待て!! 待つんだミュリエル!!」
「ミュリエル様!?」
部屋からの叫び声に、ミュリエルは耳を貸さない。
走るのを止めない。
向かう先は馬小屋。
馬小屋には、速馬がいる。
(よし! これで私がヘレナの身を案じ、エオーリオ盗賊団の本拠地へ向かったことが周知される。アダムまであの場所にいたのは行幸だった!)
「すみません、この馬借ります!」
「ミュ、ミュリエル様!?」
「お金は後でお支払いします!」
ミュリエルは、馬小屋の中で最も足の速い一頭を選び、ひらりとまたがった。
「走って! 急いで!」
馬をパシンと鞭で打ち、あっという間に出発した。
城門をくぐって城下町へと出る。
人の少ない道を選んで、ひたすら走る。
城下町の民たちは、馬の足音を聞いて音の出どころへと目を向け、音の正体が貴族しか乗れない上等な馬だと分かると、急いで道を開ける。
すれ違う瞬間、乗馬しているのがドレスを着た公爵令嬢だと気づくと、あんぐりと口を開けた。
(か弱き少女を追って馬を走らすなんて、どこかの漫画の主人公にでもなった気分だな)
走る。
走る。
走る。
全力で。
ヘレナも同じくらいの速度で走るだろう。
エオーリオ盗賊団と戦えるだけの体力を残しつつ、最短の時間で到着するように、全力で。
(ヘレナが何時に出たのかは知らねえが、ざっと半日ってとこか? 私の馬の方が速いだろうし、数時間差で到着できるか?)
走りながらもミュリエルは、余裕の表情だった。
エオーリオ盗賊団の本拠地に着いた後のことを、ゆっくり考える余裕さえあった。
ヘレナがエオーリオ盗賊団を全員倒し終えた後なら、ヘレナを殺して終わり。
本拠地を焼き払い証拠は消す。
ヘレナの殺害も本拠地の放火も、すべてエオーリオ盗賊団の仕業にしてハッピーエンド。
ヘレナがエオーリオ盗賊団を倒している途中なら、加勢し、ヘレナと共闘。
途中でヘレナを不意打ちで殺し、残りのエオーリオ盗賊団も処分し、やはり本拠地を焼き払う。
ヘレナの殺害も本拠地の放火も、すべてエオーリオ盗賊団の仕業にしてハッピーエンド。
ヘレナがエオーリオ盗賊団に殺された後なら、危険な橋は渡らない。
後から来るだろうアダムと兵たちを待ち、判断を仰ぐ。
襲撃するならば、襲撃の裏で証拠を消す。
襲撃しないならば、エオーリオ盗賊団は本拠地を変え、追うことができなくなるだろう。
エオーリオ盗賊団の追跡が途絶え、ハッピーエンド。
「ははは! いいね! ハッピーエンドが見えてきた!!」
ミュリエルの飛び切りの笑顔は、とてもこれから死地へ赴く少女のそれではなかった。