表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/43

36

 エオーリオ盗賊団の強さの根源は、忠誠心である。

 どれだけ尋問されようが拷問されようが、決して口を割らない組織への忠誠心。

 仲間を売るくらいならば自死を選ぶ。

 それゆえに、エオーリオ盗賊団の情報が外部に漏れることはなかった。

 昨今、何人もの団員が捕らえられはしたが、エオーリオ盗賊団の幹部たちは気にも留めていない。

 彼らは、捕らえられた団員は、情報を吐くことなく自死したと信じているから。

 

 現在、エドナ王国の抱える騎士団にも、自白を強要できる魔法を使える人間はいないと確認もとっている。

 一人の幹部が捕らえられてなお、本拠地を変えようとはしなかった。

 

 誤算は、魔法学院に自白を強要できる神聖魔法の使い手、ヘレナが在籍していること。

 

 エオーリオ盗賊団の幹部と言えども、神聖魔法の前には手も足も出なかった。

 ヘレナによって自死をするなという命令を受けたうえで、舌を噛まない様にと口に取り付けていた危惧を外す。

 

「ふう……!! ふうう……!!」

 

 荒い息を吐く幹部を前に、ヘレナは冷酷かつ冷静な目で問いかけた。

 

「答えなさい。エオーリオ盗賊団の本拠地はどこ?」

 

「本拠地は――」

 

 

 

 エオーリオ盗賊団の幹部が本拠地を自白したという情報は、その日のうちに王宮中を駆け抜け……なかった。

 幹部は終日口を閉じたままだったと、情報が王宮中を駆け抜けた。

 

 エオーリオ盗賊団の耳に入らないよう、箝口令が敷かれた。

 

 知っているのは、自白させたヘレナ・ブルー。

 立ち会った数名の兵たち。

 エオーリオ盗賊団の討伐の統括をしているヤハウェ・エドナ。

 その子、アダム・エドナ。

 リーバリ村の事件の統括をしているバラッシ・スロバリン。

 その娘、ミュリエル・スロバリン。

 エオーリオ盗賊団の襲撃計画に関わる兵隊長たち。

 

 

 

(襲撃計画ねえ……)

 

 今後の計画を聞いたミュリエルは、一人部屋に籠って思考していた。

 具体的には、どのように干渉ができるか。

 

(私を一緒に連れて行ってくれ、なんで行っても拒否されるに決まってる。勝手に行く、なんてのもありえねえ。理由がいる)

 

 おそらく、襲撃は兵だけで行うだろう。

 指揮官として、手柄を持たせたい貴族を送り込み、送り込む貴族がバラッシになる可能性はある。

 が、ミュリエルになる可能性はない。

 

 ミュリエルにとっての最善は、襲撃によってエオーリオ盗賊団全員が殺され、本拠地にリーバリ村の事件の証拠が残っていないこと。

 未解決だったいくつかの事件がエオーリオ盗賊団の仕業だったと結論付けられ、事件は完全に幕を閉じる。

 ミュリエルにとってのハッピーエンド。

 

 ミュリエルにとっての最悪は、捕らえられた盗賊がリーバリ村の事件の真実を知っており、ヘレナによって自白させられること。

 かつ、本拠地にリーバリ村の事件の証拠――ミュリエルが関与した痕跡が残っていること。

 もっとも、たとえ痕跡が残っていたとしても、当時八歳のミュリエルが直接関与したとはだれも思わないだろう。

 執事であるヨハネに利用された、と考えられて終わる。

 だが、利用されたとはいえ関与したという事実は残る。

 悪評は、ミュリエルの未来に大きな傷をつける。

 

 高貴な血を残すため、犯罪に関わった人間の血を混ぜないため、アダムとの婚約が破棄となる可能性もなくはない。

 

(やっぱ、最善は皆殺しにしてくれることだな。あるいは、エオーリオ盗賊団を捕らえて帰って来る馬車が、たまたま別の盗賊に襲われて……。いや、ツテがねえな)

 

 

 

 

 

 

(どうして……)

 

 今後の計画を聞いたヘレナは、一人部屋に籠って思考していた。

 具体的には、どのように干渉ができるか。

 

(どうして私を一緒に連れて行ってくれないの。私は強い。エオーリオ盗賊団とも十分に戦えるくらいに強い)

 

 エオーリオ盗賊団の本拠地が判明した際、ヘレナは即座に襲撃計画への志願をした。

 危険な旅だが、命などいらなかった。

 必要なのは、復讐できる機会。

 己の手で、かたきをとること。

 

 しかし、返ってきた答えは拒否だった。

 盗賊の襲撃に、兵たちが一学院生徒を同行させる理由など何一つない。

 ヘレナの強さは知っている。

 闘技場で鍛錬を続けるヘレナの姿は、兵たちの中でも噂になっていた。

 ヘレナの動機も知っている。

 ヘレナの家族と村人たちがエオーリオ盗賊団に殺されたことも噂になっていた。

 

 だが、戦術は感情で立てられない。

 ヘレナが強いと言っても、組織的に動く隊の方が強い。

 より勝率をあげるため、より確実を選ぶため、ヘレナを連れていくことはありえなかった。

 

(目の前に……いるのに……)

 

 ヘレナの目から涙がこぼれる。

 

(私の……私たちの……かたきが……)

 

 ベッドの上で、両手で顔を覆う。

 手の隙間から涙がこぼれ、ベッドの上にポタポタと落ちる。

 

「お父さん……」

 

 ポタポタと。

 

「お母さん……」

 

 ポタポタと。

 

「お姉ちゃん……」

 

 ふいに、ヘレナは背中が温かくなるのを感じた。

 まるで、誰かに抱きしめられているような温かさ。

 

「……?」

 

 ヘレナは顔をあげ、後ろを振り向く。

 

 誰もいない。

 しかし、誰かがいたような香りが残っていた。

 

「……お姉……ちゃん?」

 

 ヘレナは、ジェリーの声を聞いた気がした。

 

 内容は、朧気だ。

 

 

 

 ――ヘレナが手を汚す必要なんてない。

 

 あるいは。

 

 ――ヘレナの好きなように生きて。

 

 あるいは。

 

 ――ヘレナの幸せを願ってる。

 

 

 

 おおよそ、ジェリーが言う可能性のある言葉が無数に頭に浮かぶ。

 

「……そうだよね、お姉ちゃん」

 

 

 

 翌日、ヘレナは学院を休んだ。

 闘技場にも、収監所にも姿を現さなかった。

 

 翌々日も。

 

 翌々々日も

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、ヘレナは学院から姿を消した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ