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エオーリオ盗賊団の強さの根源は、忠誠心である。
どれだけ尋問されようが拷問されようが、決して口を割らない組織への忠誠心。
仲間を売るくらいならば自死を選ぶ。
それゆえに、エオーリオ盗賊団の情報が外部に漏れることはなかった。
昨今、何人もの団員が捕らえられはしたが、エオーリオ盗賊団の幹部たちは気にも留めていない。
彼らは、捕らえられた団員は、情報を吐くことなく自死したと信じているから。
現在、エドナ王国の抱える騎士団にも、自白を強要できる魔法を使える人間はいないと確認もとっている。
一人の幹部が捕らえられてなお、本拠地を変えようとはしなかった。
誤算は、魔法学院に自白を強要できる神聖魔法の使い手、ヘレナが在籍していること。
エオーリオ盗賊団の幹部と言えども、神聖魔法の前には手も足も出なかった。
ヘレナによって自死をするなという命令を受けたうえで、舌を噛まない様にと口に取り付けていた危惧を外す。
「ふう……!! ふうう……!!」
荒い息を吐く幹部を前に、ヘレナは冷酷かつ冷静な目で問いかけた。
「答えなさい。エオーリオ盗賊団の本拠地はどこ?」
「本拠地は――」
エオーリオ盗賊団の幹部が本拠地を自白したという情報は、その日のうちに王宮中を駆け抜け……なかった。
幹部は終日口を閉じたままだったと、情報が王宮中を駆け抜けた。
エオーリオ盗賊団の耳に入らないよう、箝口令が敷かれた。
知っているのは、自白させたヘレナ・ブルー。
立ち会った数名の兵たち。
エオーリオ盗賊団の討伐の統括をしているヤハウェ・エドナ。
その子、アダム・エドナ。
リーバリ村の事件の統括をしているバラッシ・スロバリン。
その娘、ミュリエル・スロバリン。
エオーリオ盗賊団の襲撃計画に関わる兵隊長たち。
(襲撃計画ねえ……)
今後の計画を聞いたミュリエルは、一人部屋に籠って思考していた。
具体的には、どのように干渉ができるか。
(私を一緒に連れて行ってくれ、なんで行っても拒否されるに決まってる。勝手に行く、なんてのもありえねえ。理由がいる)
おそらく、襲撃は兵だけで行うだろう。
指揮官として、手柄を持たせたい貴族を送り込み、送り込む貴族がバラッシになる可能性はある。
が、ミュリエルになる可能性はない。
ミュリエルにとっての最善は、襲撃によってエオーリオ盗賊団全員が殺され、本拠地にリーバリ村の事件の証拠が残っていないこと。
未解決だったいくつかの事件がエオーリオ盗賊団の仕業だったと結論付けられ、事件は完全に幕を閉じる。
ミュリエルにとってのハッピーエンド。
ミュリエルにとっての最悪は、捕らえられた盗賊がリーバリ村の事件の真実を知っており、ヘレナによって自白させられること。
かつ、本拠地にリーバリ村の事件の証拠――ミュリエルが関与した痕跡が残っていること。
もっとも、たとえ痕跡が残っていたとしても、当時八歳のミュリエルが直接関与したとはだれも思わないだろう。
執事であるヨハネに利用された、と考えられて終わる。
だが、利用されたとはいえ関与したという事実は残る。
悪評は、ミュリエルの未来に大きな傷をつける。
高貴な血を残すため、犯罪に関わった人間の血を混ぜないため、アダムとの婚約が破棄となる可能性もなくはない。
(やっぱ、最善は皆殺しにしてくれることだな。あるいは、エオーリオ盗賊団を捕らえて帰って来る馬車が、たまたま別の盗賊に襲われて……。いや、ツテがねえな)
(どうして……)
今後の計画を聞いたヘレナは、一人部屋に籠って思考していた。
具体的には、どのように干渉ができるか。
(どうして私を一緒に連れて行ってくれないの。私は強い。エオーリオ盗賊団とも十分に戦えるくらいに強い)
エオーリオ盗賊団の本拠地が判明した際、ヘレナは即座に襲撃計画への志願をした。
危険な旅だが、命などいらなかった。
必要なのは、復讐できる機会。
己の手で、かたきをとること。
しかし、返ってきた答えは拒否だった。
盗賊の襲撃に、兵たちが一学院生徒を同行させる理由など何一つない。
ヘレナの強さは知っている。
闘技場で鍛錬を続けるヘレナの姿は、兵たちの中でも噂になっていた。
ヘレナの動機も知っている。
ヘレナの家族と村人たちがエオーリオ盗賊団に殺されたことも噂になっていた。
だが、戦術は感情で立てられない。
ヘレナが強いと言っても、組織的に動く隊の方が強い。
より勝率をあげるため、より確実を選ぶため、ヘレナを連れていくことはありえなかった。
(目の前に……いるのに……)
ヘレナの目から涙がこぼれる。
(私の……私たちの……かたきが……)
ベッドの上で、両手で顔を覆う。
手の隙間から涙がこぼれ、ベッドの上にポタポタと落ちる。
「お父さん……」
ポタポタと。
「お母さん……」
ポタポタと。
「お姉ちゃん……」
ふいに、ヘレナは背中が温かくなるのを感じた。
まるで、誰かに抱きしめられているような温かさ。
「……?」
ヘレナは顔をあげ、後ろを振り向く。
誰もいない。
しかし、誰かがいたような香りが残っていた。
「……お姉……ちゃん?」
ヘレナは、ジェリーの声を聞いた気がした。
内容は、朧気だ。
――ヘレナが手を汚す必要なんてない。
あるいは。
――ヘレナの好きなように生きて。
あるいは。
――ヘレナの幸せを願ってる。
おおよそ、ジェリーが言う可能性のある言葉が無数に頭に浮かぶ。
「……そうだよね、お姉ちゃん」
翌日、ヘレナは学院を休んだ。
闘技場にも、収監所にも姿を現さなかった。
翌々日も。
翌々々日も
しばらくして、ヘレナは学院から姿を消した。