35
「こんにちは、アダム様、ミュリエル様」
「やあ、ヘレナ」
「ごきげんよう、ヘレナさん」
昼休み、ヘレナはいつも通り生徒会長室へと訪れる。
生徒会室の中から、いつも通りアダムとミュリエルか挨拶を返してくる。
いつも通り。
その光景が、今のヘレナには不気味にさえ感じた。
自分を殺そうとしておきながら、眉一つ動かさずに平然とした顔で自分と接するミュリエルの姿が、恐ろしく思えた。
が、ヘレナもまた、感情を外へは出さず、いつも通りミュリエルと接した。
たわいない会話をしつつも、ヘレナの頭の中は、ミュリエルのことで一杯だ。
ミュリエルがヘレナを狙ったのはなぜか。
ミュリエルが選民思想を持っており、内心で平民であるヘレナをよく思っていないからか。
ミュリエルがヘレナとアダムの密会を根に持っているからか。
ミュリエルがリーバリ村の事件に関わっており、事件の生き残りであるヘレナが邪魔だからか。
ミュリエルの目的が、ヘレナにはわからない。
ダドリーも、ミュリエルがヘレナを狙う理由は知らなかった。
謎が積み重なる。
ミュリエルがヘレナを殺そうとした事実だけが残る。
(ミュリエル様が私を殺そうとした理由は、いま考えてもわからない。私にできることは、証拠を集めること)
ヘレナは謎を頭の隅に置き、目の前の事実だけに向かい合う。
ミュリエルに気づかれないよう、ミュリエルの周囲を探ることにした。
アダムを頼ることはもうできない。
アダムと二度目の密会をしようものなら、次は謹慎程度では済まない。
なにより、アダム自身が協力を避けるだろう。
アダムの中では、リーバリ村の事件の片は付いた。
ヘレナの馬車が襲撃された事件も、ダドリーが主犯だと結論づいた。
ミュリエルが襲われたというおまけ付きで。
アダムのミュリエルに対する熱は、かつてが比にならないほど高い。
恋は盲目。
仮に今、ヘレナがダドリーと接触して真実を吐かせたと言ったところで、アダムはミュリエルとヘレナのどちらを信じるかわからない。
否、ミュリエルへの愛情と後ろめたさから、ミュリエルの言葉を無条件で信じる可能性が高い。
そうなれば、残るのはダドリーへ無断接触し、元とは言え貴族に自白させる魔法を使ったヘレナの悪行のみだ。
収監所が、ヘレナの働く場所から、過ごす場所へと変わる。
(一人で、やるしかない)
ヘレナは孤独の戦いを決意していた。
「そういえば」
そんなヘレナの決意も知らず、アダムが口を開く。
「今朝、エオーリオ盗賊団の幹部と思しき人物を捕らえたと、報告が入った」
「ほ、本当ですか!?」
アダムの言葉に、ヘレナが思わず前のめりになる。
現在まで、エオーリオ盗賊団の下っ端は何人も捕えてきたが、有益な情報は得られなかった。
エオーリオ盗賊団は、幹部のみが知っている本拠地と、幹部が下っ端と会うための仮拠点がある。
下っ端を捕らえたところで、仮拠点の位置と、下っ端が参加した盗みの事件が暴かれるのみで、肝心の本拠地にはたどり着けなかった。
また、仮拠点は定期的に移動するらしく、下っ端に仮拠点を吐かせ、兵たちが到着した時には、もぬけの殻なのだ。
つまり、幹部の拿捕は、本拠点――エオーリオ盗賊団の心臓部の情報を得られる可能性がある。
「あ、ああ……。近々、ヘレナの通っている収監所に収まると聞いた」
「やります! 私が、自白させます!!」
「落ち着け」
珍しく興奮するヘレナ。
そんなヘレナを見て、少々引くアダム。
(ついにか)
そして、冷静に状況を俯瞰するミュリエル。
(ま、リーバリ村を襲ったのがエオーリオ盗賊団だとバレちまった時点で、こうなることはわかってた。驚きゃあしねえ。後は、エオーリオ盗賊団の本拠地に、私とリーバリ村の事件を関係づける証拠が残ってるか否か)
ゲームには存在しない分岐点に、ミュリエルは立たされていた。
額から汗が一滴流れ、床に落ちる。
考えるのは、証拠が残っている場合と、残っていない場合の身の振り方。
(証拠が残ってなきゃあ、そのままアダムエンド。私の夢が叶う。もしも……証拠が残ってたら……)
ミュリエルは、ヘレナへと近づき、肩に手を置く。
「もうすぐですね、ヘレナさん。きっと、お姉さまの……故郷のかたきをとれますよ」
「ミュリエル様……はい!」
肩を撫でる。
宿敵である、ヘレナの肩を。
肩を撫でながら、ミュリエルは考える。
(もしも証拠が残っていれば……、証拠が白日の下にさらされる前に、消すしかねえ……。たとえ何人犠牲にしようと……)
肩を撫でられながら、ヘレナは考える。
(もしもミュリエル様がリーバリ村の事件に関与していた場合、私にエオーリオ盗賊団の本拠地になんて行ってほしくないはず。だから、真っ先に本拠地がわかったかどうかを私に訊いてくるはず……)
表面上の笑顔の裏で、二人は夢の最終局面に立ったことを理解した。
ミュリエルの夢。
アダムと結婚し、エドナ王国での地位を盤石なものとし、幸福な人生を送ること。
ヘレナの夢。
リーバリ村の事件の真相を暴き、黒幕を捕らえ、家族と村人たちのかたきをとること。
「本拠地がわかれば、私にも連絡をいただけないかしら。私としても、スロバリン家としても、エオーリオ盗賊団を放ってはおけませんもの」
「わかりました。必ず、お伝えします」
ミュリエルからの宣戦布告は成った。




