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「こんにちは、アダム様、ミュリエル様」

 

「やあ、ヘレナ」

 

「ごきげんよう、ヘレナさん」

 

 昼休み、ヘレナはいつも通り生徒会長室へと訪れる。

 生徒会室の中から、いつも通りアダムとミュリエルか挨拶を返してくる。

 

 いつも通り。

 

 その光景が、今のヘレナには不気味にさえ感じた。

 自分を殺そうとしておきながら、眉一つ動かさずに平然とした顔で自分と接するミュリエルの姿が、恐ろしく思えた。

 が、ヘレナもまた、感情を外へは出さず、いつも通りミュリエルと接した。

 

 たわいない会話をしつつも、ヘレナの頭の中は、ミュリエルのことで一杯だ。

 

 ミュリエルがヘレナを狙ったのはなぜか。

 ミュリエルが選民思想を持っており、内心で平民であるヘレナをよく思っていないからか。

 ミュリエルがヘレナとアダムの密会を根に持っているからか。

 ミュリエルがリーバリ村の事件に関わっており、事件の生き残りであるヘレナが邪魔だからか。

 ミュリエルの目的が、ヘレナにはわからない。

 ダドリーも、ミュリエルがヘレナを狙う理由は知らなかった。

 謎が積み重なる。

 ミュリエルがヘレナを殺そうとした事実だけが残る。

 

(ミュリエル様が私を殺そうとした理由は、いま考えてもわからない。私にできることは、証拠を集めること)

 

 ヘレナは謎を頭の隅に置き、目の前の事実だけに向かい合う。

 ミュリエルに気づかれないよう、ミュリエルの周囲を探ることにした。

 

 アダムを頼ることはもうできない。

 アダムと二度目の密会をしようものなら、次は謹慎程度では済まない。

 なにより、アダム自身が協力を避けるだろう。

 

 アダムの中では、リーバリ村の事件の片は付いた。

 ヘレナの馬車が襲撃された事件も、ダドリーが主犯だと結論づいた。

 ミュリエルが襲われたというおまけ付きで。

 アダムのミュリエルに対する熱は、かつてが比にならないほど高い。

 

 恋は盲目。

 仮に今、ヘレナがダドリーと接触して真実を吐かせたと言ったところで、アダムはミュリエルとヘレナのどちらを信じるかわからない。

 否、ミュリエルへの愛情と後ろめたさから、ミュリエルの言葉を無条件で信じる可能性が高い。

 そうなれば、残るのはダドリーへ無断接触し、元とは言え貴族に自白させる魔法を使ったヘレナの悪行のみだ。

 収監所が、ヘレナの働く場所から、過ごす場所へと変わる。

 

(一人で、やるしかない)

 

 ヘレナは孤独の戦いを決意していた。

 

 

 

「そういえば」

 

 そんなヘレナの決意も知らず、アダムが口を開く。

 

「今朝、エオーリオ盗賊団の幹部と思しき人物を捕らえたと、報告が入った」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 アダムの言葉に、ヘレナが思わず前のめりになる。

 

 現在まで、エオーリオ盗賊団の下っ端は何人も捕えてきたが、有益な情報は得られなかった。

 エオーリオ盗賊団は、幹部のみが知っている本拠地と、幹部が下っ端と会うための仮拠点がある。

 下っ端を捕らえたところで、仮拠点の位置と、下っ端が参加した盗みの事件が暴かれるのみで、肝心の本拠地にはたどり着けなかった。

 また、仮拠点は定期的に移動するらしく、下っ端に仮拠点を吐かせ、兵たちが到着した時には、もぬけの殻なのだ。

 

 つまり、幹部の拿捕は、本拠点――エオーリオ盗賊団の心臓部の情報を得られる可能性がある。

 

「あ、ああ……。近々、ヘレナの通っている収監所に収まると聞いた」

 

「やります! 私が、自白させます!!」

 

「落ち着け」

 

 珍しく興奮するヘレナ。

 そんなヘレナを見て、少々引くアダム。

 

(ついにか)

 

 そして、冷静に状況を俯瞰するミュリエル。

 

(ま、リーバリ村を襲ったのがエオーリオ盗賊団だとバレちまった時点で、こうなることはわかってた。驚きゃあしねえ。後は、エオーリオ盗賊団の本拠地に、私とリーバリ村の事件を関係づける証拠が残ってるか否か)

 

 ゲームには存在しない分岐点に、ミュリエルは立たされていた。

 額から汗が一滴流れ、床に落ちる。

 考えるのは、証拠が残っている場合と、残っていない場合の身の振り方。

 

(証拠が残ってなきゃあ、そのままアダムエンド。私の夢が叶う。もしも……証拠が残ってたら……)

 

 ミュリエルは、ヘレナへと近づき、肩に手を置く。

 

「もうすぐですね、ヘレナさん。きっと、お姉さまの……故郷のかたきをとれますよ」

 

「ミュリエル様……はい!」

 

 肩を撫でる。

 宿敵である、ヘレナの肩を。

 

 肩を撫でながら、ミュリエルは考える。

 

(もしも証拠が残っていれば……、証拠が白日の下にさらされる前に、消すしかねえ……。たとえ何人犠牲にしようと……)

 

 肩を撫でられながら、ヘレナは考える。

 

(もしもミュリエル様がリーバリ村の事件に関与していた場合、私にエオーリオ盗賊団の本拠地になんて行ってほしくないはず。だから、真っ先に本拠地がわかったかどうかを私に訊いてくるはず……)

 

 表面上の笑顔の裏で、二人は夢の最終局面に立ったことを理解した。

 

 ミュリエルの夢。

 アダムと結婚し、エドナ王国での地位を盤石なものとし、幸福な人生を送ること。

 ヘレナの夢。

 リーバリ村の事件の真相を暴き、黒幕を捕らえ、家族と村人たちのかたきをとること。

 

「本拠地がわかれば、私にも連絡をいただけないかしら。私としても、スロバリン家としても、エオーリオ盗賊団を放ってはおけませんもの」

 

「わかりました。必ず、お伝えします」

 

 

 

 ミュリエルからの宣戦布告は成った。

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