31
かつて、アダムとヘレナが二人で会っていた生徒会長室。
今では、ミュリエルを含めた三人で会う場所となっている。
三年生になったアダムとミュリエルは、卒業後の進路を話していた。
とはいえ、アダムとミュリエルは婚約し、スロバリン家に入る未来が内定されている。
卒業後に行うことと言えば、スロバリン家領地と内政の勉強。
安定した、しかしつまらない未来だ。
「ヘレナさんは、どうなさるのですか?」
早々に終わってしまった二人の会話を切り上げ、ミュリエルはヘレナへ問う。
「私は、騎士団へ入ろうと思います」
「騎士団……ですか?」
「はい! エオーリオ盗賊団を捕まえるには、それが最速の道だと考えていまして」
ヘレナは、ミュリエルからの問いに迷うことなく即答した。
騎士団は、エドナ王国が直轄している兵組織である。
基本的には、王国の治安維持や、有事への対応が仕事となる。
王国の直轄というだけあって、入団には厳しい試験を課せられるが、対価として莫大な賃金を得られる。
また、騎士団に入団した平民には、騎士の称号も与えられ、平民が準貴族になれる数少ない方法でもある。
そのため、平民たちにとっては憧れの職業の一つだ。
とはいえ、ヘレナは賃金にも騎士の称号にも興味はない。
ヘレナの生きる理由はただ一つ。
復讐である。
リーバリ村の事件の黒幕がスロバリン家の執事だと判明し、執事が自死を選んだところで、ヘレナの復讐は終わらない。
ヘレナの復讐先には、実行犯であるエオーリオ盗賊団も含まれている。
「それは、素敵な夢ですね。私も応援しますわ」
「ありがとうございます、ミュリエル様」
ミュリエルとヘレナは笑顔を交わす。
「そうか、騎士団を目指すのか。そういうことなら、騎士団長と一度会ってみないか?」
「え!? 騎士団長とですか!?」
「ああ。丁度、近々会う予定があったからな。どうせ目指すなら、今から現場の人間の声を聞いておくのもいいのではないかと思ってな」
「ぜ、是非お願いします!」
アダムの提案に、ヘレナは目を輝かせる。
目標を達成するためならば、ヘレナはコネも運もすべて使う。
ヘレナは知っている。
結果こそが全てだと。
「わかった。細かい日時は、また追って連絡しよう」
楽しげに話すアダムとヘレナを、ミュリエルは笑顔のまま見つめる。
(エオーリオ盗賊団を捕まえる……ね)
ミュリエルは考える。
ヘレナがエオーリオ盗賊団を捕らえた後の未来を。
(大丈夫……だよな)
ヘレナがエオーリオ盗賊団に神聖魔法をかけ、リーバリ村の事件を知る盗賊から真実を吐かせた未来を。
(エオーリオ盗賊団とのやり取りは全部ヨハネにやらせてたし、私の名前は出さない様にしていた……。だが、万が一、ヨハネがどこかでミュリエルの名前を出してたとしたら? 真実を吐かされたやつが、ミュリエルの名を出したら? せっかくヨハネが黒幕で片付いてた事件が蒸し返されちまう。……ヨハネが相手の信用を得るため、ミュリエルの名を使った、とでも言えば誤魔化せるか?)
ミュリエルとしては、自分が破滅しなければなんでもいい。
ヘレナが騎士団に入団しようが、エオーリオ盗賊団が壊滅しようが、まったく興味はない。
しかし、どちらの行動も、リーバリ村の事件にミュリエルが関与していた事実が知られる、ごくごく小さい危険性を秘めている。
ミュリエルが本音を言えば、ヘレナには復讐を終え、てきとうな村で余生を送って欲しい。
が、ヘレナがそんな選択をしないこともわかっている。
ミュリエルがヘレナの入団を危険だと止めたところで、ヘレナは入団を辞めないだろう。
まして、既にヘレナは魔法学院で五本の指に入る実力者。
騎士団も、むしろ歓迎する逸材だ。
「アダム様、私も同行させていただけませんか?」
「ミュリエルも?」
「ええ。この国を守ってくださっている方でしょう。私も、一度お話してみたかったのです」
「構わないが」
ヘレナの入団を止めることができない以上、ミュリエルにできることはヘレナの監視だけ。
監視によって、ミュリエルの懸念が現実のものとならないように誘導するだけ。
即ち、ヨハネが黒幕として終わった事件が蒸し返されることと、ヘレナの中でヨハネが黒幕でないという確信を得ることを、回避するだけ。
ミュリエルの懸念は、あたっていた。
二人と別れたヘレナは、寮へと戻る途中、自分の頭が痛むのを感じていた。
(まただ……)
ミュリエルと会った直後は頭が痛み、その夜は決まって悪夢を見る。
リーバリ村が焼き払われる夢を。
目の前で姉であるジェリーが殺される夢を。
まるで警告のように。
ヘレナの記憶は、ヘレナに疑惑を払拭する余裕を与えてはくれなかった。、