30
コツン。
コツン。
颯爽と、ミュリエル・スロバリンは新クラスに向かう。
廊下を歩く生徒たちは、ミュリエルに気づくや否や、廊下の壁際によって頭を下げる。
「ごきげんよう」
ミュリエルはにっこりと微笑んで、新入生たちが作る道の真ん中を悠々と通過した。
(クラス替えっつってもなぁ。爵位でクラス決めされるから、どうせ今年もアダムと公爵家のやつらだけだろ? 目新しさもなにもねえよ)
ミュリエルが、新クラスの扉を開ける。
「おはよう、ミュリエル」
「お早う御座います、アダム様」
クラスに入ったミュリエルを、アダム・エドナが笑顔で迎える。
「…………」
「お早う御座います、ブラントン様」
ブラントン・パンテリアが無言でうなずくのを自身への挨拶と解釈し、ミュリエルが応答する。
(ゲーム以上にしゃべんねえなぁ、こいつ。ま、好感度をほどほどに抑えているから、しゃーねえっちゃしゃーねえか)
エドナ家第二子アダム・エドナ。
パンテリア公爵家長子ブラントン・パンテリア。
そしてスロバリン家長子ミュリエル・スロバリン。
ミュリエルのクラスは、僅か三人の特別クラスである。
昨年まではもう一人、ヴェルビオ家公爵家第三子ダドリー・ヴェルビオも在籍していたが、既に魔法学院の名簿にその名はない。
どころか、ウェルビオ家の中にもその名はない。
誰も、ダドリーについて触れることはない。
「今日から、ヘレナさんの謹慎も解けるのでしたっけ?」
「ああ、そのはずだ」
「挨拶には伺いたいですが、とても久しぶりなので緊張してしまいますね」
「まあ……な」
新学期の初日が終わり、ミュリエルとアダムはすぐにヘレナのいる教室へと向かう。
二人の姿を見るなり、帰宅しようとしていた生徒たちは足を止める。
「アダム様……」
「ミュリエル様だ……」
「ヘレナさんはいらっしゃるかしら?」
教室を覗き込んだミュリエルの目には、孤立しているヘレナの姿があった。
周囲に誰も寄り付かず、ヘレナの机の周りだけぽっかり空間が開いている。
生徒たちからの、ヘレナに関わるべきではないという空気が作り出した空間。
が、アダムとミュリエルはそんな空気などお構いなしといった様子で、声で作られた花道を進んでいく。
「ヘレナさん!」
ミュリエルは、ヘレナに声をかける。
ヘレナは自分の名前が呼ばれたことに驚き、呼んだ相手がミュリエルであることにまた驚いた。
ミュリエルとアダムは教室に入り、すたすたとヘレナの元へ向かう。
「ご無沙汰しております、ヘレナさん」
「久しぶりだな、ヘレナ」
「お、お久しぶりです。アダム様、ミュリエル様」
互いに謝罪の言葉はない。
それは、半年前に終えたから。
三人の口から出るのは、ただの談笑。
この半年、どのように過ごしていたのか。
魔法学院で何か変わったことはあったか。
ただの談笑。
多少のぎこちなさは残る物の、ミュリエルとヘレナの関係は、良い方向へと向かっていた。
「えっと、アダム様に対して失礼なものいいかもしれませんが……」
「ん? なんだ?」
「なんだかアダム様、雰囲気変わりましたね」
「そうか?」
「はい。なんだか、優しくなったと言いますか」
アダムは首を傾げ、ミュリエルの方へ見る。
「私の言った通りでしょう?」
「……自分では、わからんが」
もちろん、アダムとミュリエルの関係も、よい方向へと向かっていた。
アダムが復学してから現在までの三か月、ミュリエルは失われた三か月に行えなかったイベントを、可能な限り消化していった。
結果、アダムの好感度は、ほとんど完璧に近いところまで上がっていた。
その副次効果として、アダムが他人に対して作っていた壁も、ぼろぼろと崩れていた。
「では、そろそろ失礼しますね。二年生の教室に、三年生の私たちが長くいては、少々怯えさせてしまうかもしれませんので」
時間にして数分。
アダムとミュリエルは、早々に教室を後にした。
(ま、これで私がヘレナに対して何とも思ってねえのが、ヘレナにも周りにも伝わっただろう)
ミュリエルの目的は、達したのだから。
(ヘレナの、私への疑惑の目ははずれたはず……。最低限の警戒だけしとけば、大丈夫だろう)
ヘレナはアダムとミュリエルを見送り、再び自分の席に座った。
(し、心臓に悪い……)
王族と公爵令嬢、対するヘレナは平民。
圧倒的な身分差と、解決済みとはいえ半年前の確執は、僅か数分の会話でヘレナの数日分の疲れにも及んだ。
(でも良かった。今まで通り、ミュリエル様ともお話できそうで)
安心し、気を抜く。
――ありがとう、ジェリー。私のために、死んでくれて。
瞬間、あの日の夢を思い出す。
ヘレナは咄嗟に口を押さえて立ち上がる。
こみ上げてくる吐き気が顔を青くさせ、再びゆっくりと椅子に座る。
(そう……。だからあれは、ただの悪い夢。現実のミュリエル様とは、何の関係もないこと……)
ヘレナは自分に何度も何度も言い聞かせる。
しかし、ざわつきは、心の隅の方にこびりついて、一向にとれない。