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 コツン。

 コツン。

 颯爽と、ミュリエル・スロバリンは新クラスに向かう。

 

 廊下を歩く生徒たちは、ミュリエルに気づくや否や、廊下の壁際によって頭を下げる。

 

「ごきげんよう」

 

 ミュリエルはにっこりと微笑んで、新入生たちが作る道の真ん中を悠々と通過した。

 

(クラス替えっつってもなぁ。爵位でクラス決めされるから、どうせ今年もアダムと公爵家のやつらだけだろ? 目新しさもなにもねえよ)

 

 ミュリエルが、新クラスの扉を開ける。

 

「おはよう、ミュリエル」

 

「お早う御座います、アダム様」

 

 クラスに入ったミュリエルを、アダム・エドナが笑顔で迎える。

 

「…………」

 

「お早う御座います、ブラントン様」

 

 ブラントン・パンテリアが無言でうなずくのを自身への挨拶と解釈し、ミュリエルが応答する。

 

(ゲーム以上にしゃべんねえなぁ、こいつ。ま、好感度をほどほどに抑えているから、しゃーねえっちゃしゃーねえか)

 

 エドナ家第二子アダム・エドナ。

 パンテリア公爵家長子ブラントン・パンテリア。

 そしてスロバリン家長子ミュリエル・スロバリン。

 ミュリエルのクラスは、僅か三人の特別クラスである。

 昨年まではもう一人、ヴェルビオ家公爵家第三子ダドリー・ヴェルビオも在籍していたが、既に魔法学院の名簿にその名はない。

 どころか、ウェルビオ家の中にもその名はない。

 

 誰も、ダドリーについて触れることはない。

 

 

 

「今日から、ヘレナさんの謹慎も解けるのでしたっけ?」

 

「ああ、そのはずだ」

 

「挨拶には伺いたいですが、とても久しぶりなので緊張してしまいますね」

 

「まあ……な」

 

 新学期の初日が終わり、ミュリエルとアダムはすぐにヘレナのいる教室へと向かう。

 二人の姿を見るなり、帰宅しようとしていた生徒たちは足を止める。

 

「アダム様……」

 

「ミュリエル様だ……」

 

「ヘレナさんはいらっしゃるかしら?」

 

 教室を覗き込んだミュリエルの目には、孤立しているヘレナの姿があった。

 周囲に誰も寄り付かず、ヘレナの机の周りだけぽっかり空間が開いている。

 生徒たちからの、ヘレナに関わるべきではないという空気が作り出した空間。

 が、アダムとミュリエルはそんな空気などお構いなしといった様子で、声で作られた花道を進んでいく。

 

「ヘレナさん!」

 

 ミュリエルは、ヘレナに声をかける。

 

 ヘレナは自分の名前が呼ばれたことに驚き、呼んだ相手がミュリエルであることにまた驚いた。

 ミュリエルとアダムは教室に入り、すたすたとヘレナの元へ向かう。

 

「ご無沙汰しております、ヘレナさん」

 

「久しぶりだな、ヘレナ」

 

「お、お久しぶりです。アダム様、ミュリエル様」

 

 互いに謝罪の言葉はない。

 それは、半年前に終えたから。

 

 三人の口から出るのは、ただの談笑。

 この半年、どのように過ごしていたのか。

 魔法学院で何か変わったことはあったか。

 ただの談笑。

 

 多少のぎこちなさは残る物の、ミュリエルとヘレナの関係は、良い方向へと向かっていた。

 

「えっと、アダム様に対して失礼なものいいかもしれませんが……」

 

「ん? なんだ?」

 

「なんだかアダム様、雰囲気変わりましたね」

 

「そうか?」

 

「はい。なんだか、優しくなったと言いますか」

 

 アダムは首を傾げ、ミュリエルの方へ見る。

 

「私の言った通りでしょう?」

 

「……自分では、わからんが」

 

 もちろん、アダムとミュリエルの関係も、よい方向へと向かっていた。

 アダムが復学してから現在までの三か月、ミュリエルは失われた三か月に行えなかったイベントを、可能な限り消化していった。

 結果、アダムの好感度は、ほとんど完璧に近いところまで上がっていた。

 その副次効果として、アダムが他人に対して作っていた壁も、ぼろぼろと崩れていた。

 

「では、そろそろ失礼しますね。二年生の教室に、三年生の私たちが長くいては、少々怯えさせてしまうかもしれませんので」

 

 時間にして数分。

 アダムとミュリエルは、早々に教室を後にした。

 

(ま、これで私がヘレナに対して何とも思ってねえのが、ヘレナにも周りにも伝わっただろう)

 

 ミュリエルの目的は、達したのだから。

 

(ヘレナの、私への疑惑の目ははずれたはず……。最低限の警戒だけしとけば、大丈夫だろう)

 

 

 

 

 

 

 ヘレナはアダムとミュリエルを見送り、再び自分の席に座った。

 

(し、心臓に悪い……)

 

 王族と公爵令嬢、対するヘレナは平民。

 圧倒的な身分差と、解決済みとはいえ半年前の確執は、僅か数分の会話でヘレナの数日分の疲れにも及んだ。

 

(でも良かった。今まで通り、ミュリエル様ともお話できそうで)

 

 安心し、気を抜く。

 

 

 

 ――ありがとう、ジェリー。私のために、死んでくれて。

 

 

 

 瞬間、あの日の夢を思い出す。

 ヘレナは咄嗟に口を押さえて立ち上がる。

 こみ上げてくる吐き気が顔を青くさせ、再びゆっくりと椅子に座る。

 

(そう……。だからあれは、ただの悪い夢。現実のミュリエル様とは、何の関係もないこと……)

 

 ヘレナは自分に何度も何度も言い聞かせる。

 しかし、ざわつきは、心の隅の方にこびりついて、一向にとれない。

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