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03

 ミュリエルの前世――美沙子は、人を殺めた殺人鬼。

 裁判中に発した「存在価値がない人間を殺すことの何が問題なのかわからない」と言う言葉は、日本ならず世界中を騒がせた。

 死刑が叫ばれるなか、結果的に無期懲役が言い渡され、反省の弁も恐怖に叫ぶ声もないまま、収監された。

 その後、美沙子は残り六十年はあろう人生を牢獄の中で過ごすくらいならと考え、獄中で舌を噛んで自殺した。

 

 そんな美沙子が転生するなど、神のいたずらと言わざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

「ヨハネ、私の部屋に来てもらえません?」

 

 ミュリエルは屈託のない笑みを浮かべ、ヨハネを部屋へと招く。

 

 ヨハネはと言えば、たった今、ミュリエルによって怪我の件を不問にされたばかり。

 いったい何事か、先の言葉を撤回でもするのだろうかと、恐々としてミュリエルの後を着いていく。

 幼い令嬢と執事とはいえ、女と男。

 室内で二人きりにするのは周囲の目を考えれば避けるべきと、ラウネも供をしようとするが、ミュリエルが片手を広げて制した。

 

「ヨハネと、二人っきりで話したいのです」

 

 部屋の中へと消えていく二人。

 部屋へ入る瞬間、少々不安そうなヨハネの表情がラウネの目に映る。

 ラウネは、自分ができる最大限を考え、ミュリエルの部屋の扉のすぐ横へと控えた。

 万が一に備えて。

 ミュリエルの身、あるいはヨハネの身への、万が一に備えて。

 

 

 

「お掛けください」

 

「いえ、立ったままで結構です。それで、ご用件は何でしょう、ミュリエル様」

 

 ミュリエルの提案を断り、ヨハネはミュリエルと一定の距離を保って立ち止まる。

 ミュリエルの部屋は、公爵令嬢の部屋だけあってか、壁が厚い。

 ミュリエルの声も、ヨハネの声も、ちょっとやそっとで部屋の外へ漏れることはない。

 

 ミュリエルは、お尻に全体重を預けるようにベッドへと座る。

 

 そして、おもむろに脚を組む。

 

「……!? ミュリエル様!!」

 

 ヨハネは思わず声を荒げる。

 執事として、ミュリエルの先の振る舞いを見過ごせなかった。

 脚を組んで座るなど、およそ淑女として相応しくない。

 叱咤の言葉をかけるつもりで、視線を脚から顔に映したヨハネの目には――。

 

「……っ!?」

 

 不気味ににやけた、ミュリエルの表情が映った。

 

 その表情は、かつてヨハネが見たことのない表情だった。

 使用人を首にする時に見せた、見下す笑みでもない。

 虫を踏み潰す時のような、無邪気な笑みでもない。

 

 まるで、程度の知れた商人が、何の審美眼もない貴族に贋作の美術品を売りつけることに成功した時のような、下卑た笑み。

 

 ヨハネは思わず一歩後ずさる。

 ミュリエルの口からどんな残酷な言葉が発せられるのか、想像するだけでヨハネの服が汗で濡れる。

 

「ヨハネ、私に力を貸して欲しいの」

 

「どういった内容でしょうか?」

 

「人を一人、消して欲しいの」

 

「なっ!?」

 

 発せられたミュリエルの言葉は、ヨハネの想像を軽く超えた。

 

「正確には、リーバリ村に住んでいる女を一人、消して欲しいの」

 

 ヨハネには、ミュリエルの発する言葉の意味全てが解らなかった。

 ミュリエルは、まだ八歳だ。

 使用人を首にするという意味がかろうじて分かる程度で、人ひとりを消すという意味などわからない年齢。

 まして、リーバリ村という、エドナ王国の中でも辺境の地にある小さな村。

 ミュリエルはまだ、知らないはずの村。

 

「ミュリエル様、御冗談はおよし下さい」

 

 疑問は多々残るが、ヨハネはミュリエルの悪質な冗談として聞き流した。

 

「冗談じゃないわ」

 

「そうであれば、なおさらです。幸い、この部屋には私とミュリエル様の二人だけ。この話は、聞かなかったことに」

 

「させねえよ?」

 

 部屋の空気が変わる。

 ミュリエルの口調が変わる。

 

 驚くヨハネの視界の中で、ミュリエルは立ち上がり、ゆっくりといヨハネに近づいてきた。

 

「なあヨハネ、お前、私を守る義理があるんだよな?」

 

「な、なにを」

 

 何もかも見透かしていると言わんばかりの瞳で、ミュリエルはヨハネを見つめる。

 

「お前は昔、私の父上様に、お前とお前の娘の命を救われたらしいな?」

 

「な、何故それを!?」

 

「んで、その恩に報いるため、スロバリン家の執事となって、父様とその家族を死ぬまで守ると誓ったらしいな?」

 

「……ご主人様から……聞いたのですか?」

 

「お前の記憶の中の父様は、こんなくだらねえ話を娘にするほど馬鹿な奴だったか?」

 

 ミュリエルは知っている。

 ヨハネの過去を。

 

 アダムルートにおいて、攻略対象にして婚約者のアダムも、主人公も、ミュリエルの敵に回る。

 ミュリエルが敗北し、国外追放となった後は、スロバリン家さえもミュリエルを見限ってしまう。

 しかし、たった一人だけ、国外追放されたミュリエルについて行く人間がいた。

 それがヨハネだ。

 ゲームの中のヨハネは、スロバリン家を去り、ミュリエルとともに国外に向かう途中、自分の過去を回想する。

 恩人であるスロバリン家の当主への誓いを。

 全てから見放されたミュリエルを、せめて自分だけは最期まで見送ろうとの決意を。

 

 ミュリエルは一連の回想を、ヨハネはミュリエルを守るためなら人生を懸ける、と解釈した。

 

「頭を打った時、私は神を見たんだ」

 

「神……?」

 

「ああ。そして神は教えてくれた。私の……、私たちの過去をな」

 

「にわかには信じられませんな……。いや、しかし……」

 

 神を見た。

 過去を知った。

 どちらも、大多数にとっては信じるに値しない眉唾話。

 しかし、ヨハネは誰にも言った覚えのない誓いを、ミュリエルに言い当てられたばかりである。

 ミュリエルの偽りに、耳を傾けてしまう。

 

「同時に、神は未来についても教えてくれた」

 

「未来……」

 

「ああ……。私が死ぬ未来だ」

 

 ドクンと、ヨハネの心臓が高鳴る。

 死ぬ。

 ミュリエルが死ぬ。

 死ぬまで守ると誓った人間が、死ぬ。

 

 言葉を発せぬヨハネに、ミュリエルはさらに近づく。

 ゼロ距離とさえ呼べる距離で、ヨハネの顔を見上げて、ミュリエルは

 

 

 

 

 

 

 涙を浮かべた。

 

「十年後、私は殺される……! リーバリ村の、平民の女に……! 頼む、ヨハネ! 助けてくれ……! 女を……ジェリー・ブルーを殺してくれ……!」

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