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ひと騒動を終え、魔法学院は落ち着きを取り戻し始めていた。
アダムとヘレナは、騒動の収束と共に、謹慎が再開された。
アダムは王城の自室で、読書をして過ごした。
ヘレナは馬車で生まれ育った孤児院へと送られ、孤児院で働きながら過ごした。
なお、ヘレナの送迎はエドナ王国の兵たちにより護衛され、孤児院にも兵たちが代わるがわるで滞在することとなった。
老朽化が進んでいた孤児院も、襲われた時に人溜まりもないという理由で、国の予算を使って補強された。
ヘレナと孤児院の人々にとっては、嬉しい誤算。
リーバリ村の件は、スロバリン家の全面協力とエドナ王国の兵たちによって、スロバリン家の過去から現在までを徹底的に調べ上げた。
結果、出てきたものは、ヨハネが遺書に残していた証拠の数々。
調査の結果、全ての証拠は最近造られたような偽造でなく、九年前には作られていただろう、古いものばかりであった。
ヨハネの遺書の内容は真実と判断され、スロバリン家の処遇は一部領地の没収程度で収まった。
家名に多少の傷を与えてしまったものの、スロバリン家は一定の面目が保たれた。
とはいえ、貴族界からの目は厳しくなった。
司法によって真実と判断されてなお、人々の疑惑はすぐに消えることはない。
本当にヨハネの単独行動だったのか、一執事にそんなことが可能なのかと、不信は残り続ける。
ヨハネの死体は、いずれの領地にも属さない荒地へと投げ捨てられることとなった。
罪人を、国内で丁重に弔うことはできない。
バラッシは、ヨハネが投げ捨てられる最後の瞬間まで、見届けた。
心の中では、未だにヨハネの行いを信じてはいない。
信じたくないと脳内が騒がしかった。
が、王国はヨハネを犯人と断定した。
王国の公爵であるバラッシは、王国の意思に従うよりほかはない。
荒地へ横たわるヨハネを一瞥することもなく、バラッシはヨハネの元を去った。
また、エオーリオ盗賊団には、リーバリ村事件の実行犯として賞金がかけられ、王国中に指名手配をされた。
盗賊団の一員が各地でちらほらと見つかり、捕まり始めてはいるが、リーバリ村の核心に迫る情報には未だに辿り着けていない。
ミュリエルは、スロバリン家の関係者として魔法学院、スロバリン家、そして王城を何度も往復していた。
が、一先ず収束を迎え、今ではかつての魔法学院の生活を取り戻している。
「ミュリエル様、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
かつてと違うところがあるとすれば、アダムが隣にいないことくらいだろう。
時折見せるミュリエルの寂しそうな表情は、魔法学院の生徒たちの胸を撃ち抜いた。
(やべえなぁ……。二か月もアダムと接触できねえとなると……、好感度は大丈夫か? 会えないことで余計にアダムの恋心を燃え上がらせる可能性もあるっちゃあるが……。くそっ! ゲームにはねえイレギュラーが多すぎるぜ)
ミュリエルは窓の外を眺めながら、未来を考えていた。
ヘレナは夢を見ていた。
リーバリ村が燃える夢。
「いやあああああ!?」
「助けてくれえええええ!!」
人々の泣き叫ぶ声。
目の前を飛び交う血飛沫。
頭を割られる、姉のジェリー・ブルーの姿。
夢を見ているヘレナは、その光景をボーっと眺めていた。
ジェリーの死体に、幼いヘレナが泣きついている。
ジェリーから流れ出る血がヘレナの体を真っ赤に染めていく。
コツン。
コツン。
炎の中から、一つの人影がこちらへ向かってくる。
コツン。
コツン。
幼いヘレナは気づかない。
コツン。
コツン。
炎が割れ、ミュリエル・スロバリンが現れる。
ジェリーとヘレナのすぐ近くに立ち、二人を見下ろし、凶悪な笑みを浮かべる。
「ありがとう」
そして、冷酷な言葉を吐く。
「ありがとう、ジェリー」
ナイフのように鋭い空気が、三人を覆う。
「私のために、死んでくれて」
「……っ!!??」
その瞬間、ヘレナは目覚めた。
辺りを見れば、いつもの孤児院の寝室。
床にぼろきれを敷いただけの、簡素な寝床。
周囲では孤児たちが、すやすやと寝息を立てている。
ピチョン。
汗が落ちる。
額に、頬に、掌に、全身から汗が噴き出していることに、ヘレナは気づいた。
服で汗をぬぐう。
「……夢?」
月は雲に隠れ、夜の孤児院は闇に包まれていた。