28
ミュリエル、アダム、そしてヘレナの三人は、同じ部屋に集まっていた。
「アダム様と二人っきりでお会いしていた件、そしてこのような事件に巻き込んでしまった件、誠に申し訳ございませんでした。ミュリエル様」
ヘレナはひたすらに頭を下げる。
問題提起がされた二つの事件について。
そして、口にこそ出してはいないが、心のどこかでミュリエルを容疑者として疑っていたこと。
「私からも、改めて謝罪させてくれミュリエル。君に黙ってヘレナと密会し、結果、君を危険な目に巻き込んでしまった」
アダムもまた頭を下げる。
王族が公爵家に――下位の者に頭を下げる意味は、とても重い。
公爵家が望めば、王家の威信をいくらか揺るがすこともできる程度に。
「お気になさらないでください」
そんな二人を、ミュリエルは笑顔で許した。
「お二人の行動は、正当なものでした。リーバリ村の件、スロバリン家の関与が疑われる以上、私に何も伝えないのは当然です。事実、スロバリン家の関与はありました。むしろ、アダム様のことを信じ切ることができず、不安を吐露してしまった私の行動がきっかけでダドリー様が凶行に及んだとなれば、ヘレナさんへの襲撃は私が原因のようなもの。私の方こそ、申し訳ありませんでした」
「そ、そんなことはありません! それを言うなら、そもそも私がミュリエル様を不安にさせるような行動をしたのが原因です!」
ミュリエルもまた、頭を下げる。
が、ヘレナが両手をぶんぶんと振ってミュリエルの謝罪を止めようとする。
「それに……、あの時、私がもっとうまく立ち回ることができれば……ダドリー様の凶行も止められたかもしれません……」
「男の人に詰め寄られれば、女の子はどうしようもできないですよ……。ミュリエル様、どうぞご自分をお責めにならないでください」
「そうだミュリエル。背景がどうあれ、全てはダドリーの愚かさに責任がある」
アダムは、ミュリエルを慰めるような目で見つめる。
心の中に渦巻いていたダドリーへの怒りも、急速に小さくなっていった。
代わりに生まれてきたのは、ミュリエルを愛しむ感情。
傷つけられたダドリーに対してさえ、自分が上手く立ち回れば止められたのではないかと思いやることができる優しさ。
アダムは、無言でミュリエルの前に移動し、ミュリエルをそっと抱きしめた。
「ア、アダム様!?」
ミュリエルを癒すように。
ミュリエルに刻み込まれたダドリーからの傷をアダムの愛で埋めるように。
優しく抱きしめた。
「ミュリエル、もう君を、危険な目に合わせたりはしない。不安を、感じさせたりはしない」
そして決意した。
ミュリエルを、自分の手で守り続けようと。
ミュリエルに襲い掛かる全ての悪意から。
「あ、あの……」
アダムの腕の中から、ミュリエルのとろけるような声が聞こえる。
「どうした、ミュリエル」
アダムが見たミュリエルの頬は赤く染まっており、視線はアダムではない方向へと向いていた。
「…………ん?」
ヘレナの方へ。
ヘレナもまた頬を赤く染め、アダムとミュリエルから視線を外すように、顔を背けていた。
「っうおああ!? そ、そうだった!? すまないミュリエル!!」
「あ……いえ……」
視界が広がり、ヘレナの姿を捕らえたアダムは、咄嗟にミュリエルから離れる。
アダムの顔は、先のミュリエルに負けず劣らず赤く染まっている。
ミュリエルもまた顔を赤くしたまま、数歩後ろへ下がり、アダムから距離をとる。
アダムから顔が見えないよう、俯いままである。
横目で、二人が離れたことを確認したヘレナは、顔を正面に向ける。
「………………何も、見なかったことにしてくれ」
「わ、わかりました」
ヘレナは照れ笑いしながら頬を掻き、アダムからのお願いを承諾した。
気まずい空気が室内に充満する。
「と、とにかくだ!」
そんな空気を取っ払う様に、アダムが少しだけ大きな声で言った。
「今回の件は、多少の軽率な行動と様々な不運が重なり、大きな問題となっただけだ。私たちの誰に、責任があるものではない。……そのような結論で、どうだろうか」
焦りながら紡いだアダムの言葉。
拙くはあったが、アダムの言わんとすることは、二人に正しく伝わったようで。
「私は、構いません」
「私もです」
「こんなことで、大切な友人を失いたくはありませんしね」
「ミュリエル様……」
一先ずは、丸く収まった。
そう、一先ずは。
(っかしいなぁ……)
ミュリエルは、心の中で首をかしげていた。
アダムの、態度に。
(アダムがこのレベルまでデレんのは、三年の後半だったはず……。今回のダドリーの件は本来ゲームにないイベントだから、その影響か?)
「ふふ」
「どうしたミュリエル? 何を笑っている?」
「いいえ、何でもありません」
(ま、アダムの好感度が予定より早く上がってくれんなら、それに越したことはねえか)