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「お連れしました」

 

 玉座の間が開かれる。

 

 ミュリエルの目に飛び込んできたのは、玉座に座るヤハウェと、その横に座るアダム。

 ヤハウェは威厳を貼り付けた表情をしている一方で、アダムは複雑そうな表情をしていた。

 婚約者に嫌疑かかかれば、やむを得ない。

 ミュリエルは、アダムを安心させるように軽く微笑む。

 

 ミュリエルが視線を左右にずらせば、数人の貴族と兵が立っており、その中にヘレナの姿もあった。

 

(……ま、当事者だもんな。いてもしゃーなしか。だが、神聖魔法で自白させることが本できるヘレナがいてなお、私にかけられたのは嫌疑でしかねえっつーことは、思った通り貴族相手に本音を吐かせる魔法なんて使えねえらしい)

 

 ミュリエルの予想は当たっている。

 歴史上、真実を暴く神聖魔法の使える人間は、何度も生まれてきた。

 が、王族貴族の裁きの場で、容疑者に対しその魔法を使うことはなかった。

 何故か。

 前例ができるのを恐れたからだ。

 貴族ともなれば、後ろ暗いことの一つや二つ、隠し持っている。

 もしも、一度でも貴族を魔法で自白させる前例を作ってしまえば、いつかその魔法が自分にも向けられ、後ろ暗いことを次から次へと暴かれる可能性もある。

 それは、身の破滅と同義。

 貴族たちは、確実な真偽の判明よりも、将来の保身を選んだ。

 

 ミュリエルが視線を中央にずらせば、立ちすくすダドリーがいた。

 

「ミュリエル!! お前!!」

 

「ごきげんよう、ダドリー様」

 

 ダドリーは、ミュリエルの姿を見るなり叫んだが、ミュリエルは美しいポーズにて返して見せた。

 

「ミュリエル様、こちらへ」

 

 ミュリエルは、兵に案内されるまま、ダドリーから少し離れた場所へと案内された。

 そのまま兵は、ダドリーとミュリエルの間に立つ。

 万が一にも、ダドリーがミュリエルに危害を加えることを防ぐための措置。

 

「さて、ミュリエル様も到着したので、話を再開しましょうか」

 

「その前に、私に状況を説明していただけませんか? 私は、ダドリー様を教唆した疑いがかけられていると伺っただけで、状況がわかりかねております」

 

「!? とぼけんな!! 心当たりはあるだろうが!!」

 

「静かにせよ、ダドリー・ウェルビオ」

 

 進行を務める貴族が、ここまでの経緯を今一度読み上げる。

 ダドリーにかかった馬車襲撃指示の嫌疑、そしてダドリーがミュリエルによる教唆だと言ったこと。

 

「なるほど、私が呼ばれた事情は分かりました」

 

 ミュリエルは力強い目で、ヤハウェの方を見る。

 

「陛下、ダドリー様の言葉は偽りです。私は、天地神明に誓ってそのようなことは致しておりません」

 

「ふむ」

 

 予想通りの言葉に、ヤハウェは軽く相槌を打つ。

 肯定もしないが、否定もしない相槌。

 罪人がすぐに罪を認めることなどないと、ヤハウェは知っているから。

 

「ふざけるなよミュリエル!! お前、俺に言ったじゃねえか!! ヘレナに殺される、ヘレナを消して欲しいって!!」

 

「ダドリー様、先程も申し上げました通り、私はそのようなことを申し上げておりません」

 

「あああああ!!??」

 

 ミュリエルは一瞬、ヘレナの方を見て、直ぐに目を逸らす。

 そして、申し訳なさそうに口を開く。

 

「……確かに、アダム様とヘレナさんが二人でいるところを目撃し、不安になり、その思いをダドリー様に吐露した事実は御座います。しかし、ヘレナさんに危害を加えて欲しいなどとは」

 

「言った!! お前は確かに言った!! 陛下!! 信じてください!! こいつは確かに俺に言ったんです!! ヘレナを消して欲しいって!!」

 

「陛下、私は決してそのようなことは!」

 

「陛下、こいつは確かに言ったんです!!」

 

 怒るダドリー。

 困惑するミュリエル。

 第三者の目から見れば、どちらが正しいかなど判断しようがない。

 このまま二人に話させたところで、この場の全員が納得できる回答は得られそうにない。

 誰もがそう思った。

 

「そ、そうだ、俺はミュリエルから二人きりで話がしたいと教室に呼び出されたんだ! 日にちも時間も、ちゃんと覚えている!」

 

「ダ、ダドリー様……それは」

 

 が、ダドリーの次の言葉で、ミュリエルが入室して初めて、ミュリエルの目が泳いだ。

 明らかに何かを隠そうとしている挙動を、周囲の目が捕らえた。

 

「その時間、教室の近くに誰かいなかったか調べてくれ! もしも俺とミュリエルの会話が聞こえてたら、それが俺の無実の証拠になる!!」

 

 ダドリーは、藁にも縋る思いで必死に叫ぶ。

 馬車襲撃を指示した事実は消えない。

 ダドリーの未来は暗い。

 ならばせめて、自分を騙したミュリエルも道連れにしようという、単純な私怨。

 

「ミュリエル・スロバリン、何か言いたいことがあるなら言ってみよ?」

 

 ヤハウェは、動揺を続けるミュリエルへ、発言を促す。

 

「え……と、いえ……。その……」

 

 ミュリエルの額に汗がにじむ。

 汗は、頬を伝って、そのまま落ちる。

 同時に、目から流れた涙も、そのまま落ちる。

 

 突然のミュリエルの涙に、どよめきが起きる。

 

「…………」

 

 ミュリエルは、怯えたような目でアダムを見る。

 そして、意を決したように口を開く。

 

「陛下、申し訳ございません。私は、この神聖な場で、一つ偽りを申し上げました」

 

「偽り、とは?」

 

「はい。…………先程、ヘレナさんに危害を加えて欲しいとは言っていないと申し上げましたが、…………偽りで御座います」

 

 ミュリエルの自白ともとれる発言に、空気が固まる。

 特に、アダムとヘレナの表情は、時が止まったように固まった。

 

「は……ははは!! ようやく自白したな!! 陛下、そういうことです!!」

 

 動いているのは、ダドリーのみ。

 ミュリエルは、そんなダドリーに視線を向けず、否、あえて視線を外し、二度ほど大きく深呼吸をする。

 自身の右手で左胸のあたりをギュッと握り、震える声で言葉を続ける。

 

「あの日、ダドリー様と二人きりとなった日、ダドリー様からこう言われました。『お前が体を差し出せば、俺がヘレナを消してやるよ』と」

 

「ははははは…………は?」

 

「壁際に引き寄せられ……、わ……私の左胸に……手を置かれ……。そう……言われました……」

 

「はあああああ!?」

 

「今のは本当かダドリー!!」

 

 ミュリエルの告白に、アダムが今度こそ怒りの形相で立ち上がる。

 ヤハウェの制止も聞かず、ダドリーに向かってアダムは叫ぶ。

 

「アダム様…………事実です。私は恐ろしく……なり……。頷くより……他……」

 

「で、でたらめだ!! 俺がそんなこと、言うわけねえだろ!!」

 

「証拠なら……御座います」

 

「は?」

 

「あの時の制服は……、私の自室にそのまま置いております。神聖魔法で指紋の称号を行えば……左胸の位置にダドリー様の指紋が……出て……」

 

 そこまで言い、ミュリエルは泣き崩れた。

 その場にしゃがみこみ、顔を覆った両手の隙間から、涙がぽたぽたと落ちてくる。

 

「誰か、ミュリエル様を連れて部屋へ。指紋照合のできる者も一人呼んでくれ」

 

 兵たちが、ばたばたと動き始める。

 証拠の確保と人員の招集。

 

「は……」

 

 部屋を出ていく直前のミュリエルに向かい、ダドリーは叫んだ。

 

「はめやがったなああああ!!?? ミュリエルウウウウウ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 その後、神聖魔法による照合によって、ミュリエルの部屋にあった制服の左胸からダドリーの指紋が検出された。

 明らかに、左胸をわし掴んでいるような手形が。

 ミュリエルの言葉の一つが、正しいと証明された。

 

 

 

 同時に、貴族たちの中で一本の筋が通る結論が出た。

 

 ミュリエルは、ダドリーに脅された。

 そうでなければ、うら若き乙女が男の手を、その胸に許すだろうか。

 まして、婚約者でもないダドリーの手を。

 ダドリーはウェルビオ家、つまり女好きの血を引く。

 ミュリエルを前に、暴走をしたとしても頷ける。

 

 ミュリエルの目が一瞬泳いだ理由は、隠したかったから。

 ダドリーに脅されていたとはいえ、友人であるヘレナにに危害を加える提案を、肯定した事実を隠したかったから。

 ダドリーに脅されていたとはいえ、婚約者であるアダム以外に体を許した事実を隠したかったから。

 

 

 

 ダドリーは、馬車襲撃の主犯、かつミュリエルへの加害、二つの罪状により投獄されることとなる。

 さらに、デイデラにより廃嫡され、貴族という身分も失うこととなった。

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