26
バラッシ・スロバリンが王宮に到着したのは、デイデラ・ウェルビオよりも早かった。
バラッシはすぐに、玉座の魔にてヤハウェ・エドナと面会した。
ヤハウェ、アダム、デイデラ、そして数人の貴族と兵たちに囲まれながら、必死にスロバリン家の無実を訴えた。
「天に誓い、我がスロバリン家は盗賊どもにリーバリ村を襲わせてなどおりません。これはスロバリン家の名を騙った者の仕業に違いありません。私に時間をください。必ずや、真犯人を裁きの場に引きずり出して参りましょう」
「リーバリ村の事件は、十年近く解決の糸口さえ見えておらぬ事件。本当に可能か?」
「スロバリン家の名に懸けて、必ずや。今回の件で、襲撃の主犯はエオーリオ盗賊団と判明しております。ならば、エオーリオ盗賊団を捕らえ、洗いざらいを吐かせれば、自ずと真実に辿りつけましょう」
「……陛下」
「うむ。バラッシ・スロバリンに、エオーリオ盗賊団の拿捕、およびリーバリ村の事件の真実を」
「し、失礼します!!!」
ヤハウェの言葉は、突然玉座の間に入ってきた兵によって遮られた。
「貴様、無礼だぞ! 今は」
「申し訳ございません。し、しかし、スロバリン家の使者より、此度の事件に関わる重要な証拠が届けられ、急ぎ届けに参った次第です」
「……見せよ」
その場の全員が驚く。
もちろん、最も驚いているのはスロバリン家当主のバラッシだ。
届けられた証拠の手紙は、貴族たちによって検閲され、ヤハウェの手に渡り、最後にバラッシの手に渡る。
「こ、これは!?」
手紙の内容は、ヨハネの遺書。
リーバリ村の事件の全容が細かに書かれ、そのすべてがヨハネの独断であると書かれていた。
ご丁寧に、証拠のありかまで。
「ヨ、ヨハネ? そんな馬鹿な……」
手紙を読んでいたバラッシは、途中で膝から崩れ落ちる。
(ヨハネが……あのヨハネがこんなことをするはずは……。しかし、いやだが……)
曰く、ヨハネがリーバリ村を襲わせた理由は、復讐。
かつて、ヨハネとその娘は、男たちに襲われた。
男たちは、偶然に現場を目撃したバラッシによって始末され、どこの誰かもわからなかった。
二人は命こそ無事だが、ヨハネの娘は酷いトラウマを植え付けられ、未だに大人の男を恐がっている。
父である、ヨハネさえも。
ヨハネの娘の心は、今なお死んでいるのだ。
ヨハネは調査を続け、ついに男たちの正体を突き止めた。
リーバリ村住む村人による、人身売買。
辺境の地という国からの管理の隙をつきやすい立地によって、リーバリ村は人身売買の隠れ蓑にされていた。
ヨハネとヨハネの娘は、人さらいに目をつけられ、攫われそうになっていたのだ。
だが、裁きの場にかけられるほどの証拠は見つからなかった。
もう二度と、自分たちのような犠牲が出て欲しくはない。
ヨハネは、すぐにでもリーバリ村に攻め込もうと考えたが、それでは大恩あるバラッシの顔に泥を塗ることになる。
使用人が事件を起こしたなどと知られれば、スロバリン家はいい笑いものだ。
そこでヨハネは、エオーリオ盗賊団を使った。
リーバリ村で人身売買する人間を滅ぼせと。
不幸だったのは、盗賊たちがリーバリ村を全て滅ぼせば、人身売買する人間も全員滅ぶと解釈したこと。
遺書が明かした、リーバリ村の事件の全容。
ヨハネの遺書を読んでなお、バラッシには信じられなかった。
自分とミュリエルに長年尽くしてくれたヨハネの本音が、復讐というところにあるなど、信じたくなかったのだろう。
「バラッシ・スロバリン」
「はっ!」
ヤハウェの声で、バラッシは我に返る。
「もしも手紙の内容が真実であれば、スロバリン家にかかっている疑惑は晴らせよう。もちろん、使用人を御しきれなかった点については別だが」
「承知しております」
「まずは戻り、真実を裁きの場に持ってこい。スロバリン家への沙汰は、その後だ」
「はっ!」
玉座の間を後にしたバラッシは、その足で魔法学院へと向かった。
娘であるミュリエルのところへ。
「まあ、お久しぶりですねお父様」
「久しいな、ミュリエル」
久々の再開に、本来であれば楽しい話でも交わすのだろうが、今は事情が事情だ。
「さて、何から話すか……」
バラッシがミュリエルに伝えたのは二つ。
現在、スロバリン家にかかっているリーバリ村の事件の黒幕疑惑、そしてヨハネの死と真相の告白。
「ヨハネ……そんな……」
ミュリエルは、両手で顔を抑える。
(ご苦労だった、ヨハネ。あの世でゆっくり休みな)
そして、薄い笑みを浮かべ、ヨハネへの感謝を告げる。
(とはいえ、設定が甘い気がするな。リーバリ村で人身売買があっただの、盗賊どもが誤解して村一つ滅ぼしただの。まあ、リーバリ村はもうねえし、これ以上の証拠が出てこなきゃ、ヨハネの言い分が真実となるか?)
「お父様、私はヨハネがそんなことをしたとは、到底思えません。だって、私の知っているヨハネは、いつだって優しくて、人のために行動できる方でしたもの」
「ミュリエル……。そうだな。私も、ヨハネがしたとは考えられん」
(……バラッシも、ちょっと疑ってるみてえだし)
ミュリエルは、バラッシにいくつも質問を続けた。
現状と、今後の動きと、スロバリン家の今後。
表向きは、スロバリン家の後継者として、知るべきことを知ろうとするための質問に聞こえる。
が、ミュリエルの意図は、もっと別。
バラッシの動きを把握し、疑惑の目がミュリエル自身に向かないため、何をすべきかを考えるための情報集め。
「ああ、いや。久しぶりの再会だというのに、辛い話ばかりをしてしまったな」
「いいえ、お父様。私はスロバリン家を継ぐ身。どんな不幸を前にしても、動じることなどありません。ご心配なさらないでください」
芯のこもった言葉を前に、バラッシは安堵した。
同時に、自分の娘が強く、優しい人間に育ったことに誇りを感じた。
ならば、バラッシの役目は一つ。
今代の当主として、現在スロバリン家にかかっている汚名を拭い、綺麗なスロバリン家をミュリエルへ引き渡すこと。
「この件は、私が解決する。ミュリエル、お前は学業に努めなさい」
「ありがとうございます、お父様」
扉が、ノックされる。
「ミュリエル・スロバリン様。貴女にダドリー・ウェルビオを教唆した疑いが持たれております。至急、ご同行願います」