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ヘレナの馬車が襲われた事件は、すぐさま王宮へと知れ渡り、エドナ王国の調査管轄へと置かれた。
乗客たちへは兵たちから状況確認が入り、盗賊たちを討伐した立役者であるヘレナはそのまま王宮へと連れ帰られた。
盗賊の親玉と共に。
「俺たちは、エオーリエ盗賊団。今回の襲撃はウェルビオ家からの依頼で、九年前のリーバリ村襲撃はスロバリン家からの依頼と聞いている」
盗賊の親玉は、ヘレナの神聖魔法により、国王であるヤハウェとアダムの前で洗いざらいを吐かされ、そのまま牢へと連行されていった。
この後は余罪を調べられ、しばらくの牢屋暮らしか、国外追放か、処刑か。
なんにせよ、未来は暗い。
「さて、ヘレナと言ったな」
「はい」
ヤハウェの問いかけに、ヘレナは背筋を伸ばして答える。
「君とアダムの話は聞いている。君が、魔法学院から謹慎処分を受けていることもな」
「……はい」
「本来であればすぐにでも謹慎先に送り届けるところだが、君は今回の馬車襲撃事件の重要人物だ。しばらくの間、城に滞在してもらう。学院には、そう言っておく」
「わかりました」
「部屋はこちらで用意しよう。万が一のため、護衛もつける。しばらくは自由に動けず、窮屈な思いをさせるとは思うが、謹慎先が変わったのだと思い我慢してくれ」
「はい」
ヘレナは兵に連れられて、玉座の間を後にした。
残されたのは、アダムとヤハウェ。
「父様……」
「ウェルビオ家とスロバリン家には、既に使者を出している。全ての真実は、裁きの場で明らかになるだろう」
リーバリ村襲撃の黒幕はスロバリン家。
アダムは、当たって欲しくない予想が当たり、絶望を感じていた。
リーバリ村襲撃時のミュリエルは、わずか八歳。
直接は関係していなくとも、スロバリン家の立場は揺らぎ、ひきずられてミュリエルの立場が揺らぐ可能性もある。
そうすれば、王族とのつながりを欲す他の貴族がアダムとミュリエルの婚姻を破棄させる材料にし、あわよくば我が家との婚姻をと迫ってくる可能性もある。
「ミュリエル……」
アダムは、想い人の姿を浮かべていた。
人の口に戸は立てられぬ。
まして、二つの公爵家の不祥事だ。
魔法学院中に噂が流れるのも速かった。
「聞きました?」
「ええ、聞きました。ヘレナを乗せた馬車が襲われたらしいですわよ」
「なんでも主犯は、ウェルビオ家だとか」
「まあ恐い」
「捕まった盗賊が、九年前のリーバリ村事件の主犯は、スロバリン家だって白状したらしいですわよ」
「ミュリエル様の!?」
「まあ恐い」
噂は当然、ミュリエルの元にも届けられる。
「ミュ、ミュリエル様……」
ミュリエルの側近は、悠々と歩くミュリエルへ、恐る恐る声をかける。
入学以来、ミュリエルという公爵令嬢に近づくことで、側近は自分の立場を守ってきた。
将来の公爵家の跡継ぎに顔を売れば、将来自分と自分の家を引き上げてくれるから。
それはつまり、ミュリエルが――スロバリン家が立場を失えば、金魚の糞である側近たちも立場を失うということ。
ミュリエルは、側近の心の内を全てを理解したうえで、ただ微笑んだ。
「大丈夫です。噂は噂。我がスロバリン家は、そのような悪事に加担することはありません」
「で、ですよね……!」
「ええ」
安心した顔の側近を、ミュリエルは優しく撫でる。
「とはいえ、スロバリン家に不穏な噂が立ったのは事実。汚名返上のため、リーバリ村事件の真実を全力で解明しなくてはなりませんね。我がスロバリン家を騙る不届き者か、考えたくはないですが、スロバリン家の中で働く誰かの仕業であることは、明白ですからね」
側近は、目を輝かせてミュリエルを見た。
自分の家にあらぬ疑惑が立てられてなお、焦ることなく、嘆くことなく、今なすべきことをまっすぐに見据えるその姿勢に、この人になら――ミュリエルにならば、自分の全てを預けられると改めて実感していた。
(下手をうちやがったな、ダドリー)
もっとも、ミュリエルの心の内を読めていれば、側近からそんな感想は間違っても出てこなかっただろう。
(馬鹿で女の尻ばっか追いかけてるやつだから御しやすいと思って選んだが、馬鹿はどこまで行っても馬鹿だったか。偽装の一つもできねえとは。ああいや、あんな馬鹿を使おうとした私が、一番の馬鹿か。ちくしょう! 私も、頭に血がのぼってたってことか!)
ミュリエルは、アダムに近づき、周辺を嗅ぎまわるヘレナの行動を不快に思い、短絡的に行動した過去の自分を恥じていた。
ダドリーを懐柔し、ヘレナを消させるという当時最善の一手と考えていた行動が、今では最悪の一手とさえ感じている。
(しかも、だ。ダドリーの依頼先が、よりにもよってリーバリ村を襲わせたエオーリエ盗賊団だったとか、なんて不幸だよ!)
ミュリエルが今後考えるべきは二つ。
一つ目は、ダドリーがヘレナを襲った背景に、ミュリエルがいることを悟られないこと。
二つ目は、スロバリン家に塗りたくられたリーバリ村襲撃黒幕のレッテルを、ミュリエル自身に貼りつけられないこと。
(ま、リーバリ村の件は、問題ねえか。…………そうだよな、ヨハネ?)
使者が到着したスロバリン家では、大混乱が起きていた。
突如降ってきた、リーバリ村襲撃の黒幕疑惑の報に。
当主であるバラッシに、心当たりはない。
奥方であるユリアにも、もちろん心当たりはない。
しかし、国王の名で文書が届いたのだ。
無視するわけにはいかない。
無視すれば、疑惑は真実に変わってしまう。
「急げ! 急いで出発の準備をするんだ! これは何かの間違いだ!!」
疑惑を晴らすためにやるべきことは三つ。
一つ目は、速やかに国王の前へと出向き、無実であると主張すること。
二つ目は、国王の前で、速やかに真実を暴くと宣言すること。
三つ目は、真実を暴き、真の黒幕を国王の前に引きずり出すこと。
全てを完了しなければ、スロバリン家の名は地に落ち、最悪の場合は公爵という爵位を失う。
「ユリア、君は九年前のことを調べてくれ。出した手紙、金の流れ、スロバリン家の中で不審な動きがなかったかをすべて確認してくれ!」
「わかりました!」
スロバリン家存続の危機。
当主から使用人に至るまで、焦ったように家中を走り回る。
ただ、一人を除いて。
ミュリエル専属執事として、長い間スロバリン家に仕えていたヨハネは、自室で最期のティータイムを楽しんでいた。
「うん、美味い」
わがままなミュリエルに、今までよりはマシな味ね、という一言を引き出すまで、試行錯誤した味の紅茶。
ヨハネにとっては、自身の人生をかけて作り出した、一つの作品とも呼べる。
紅茶の味は、ヨハネに自分の人生を振り返らせる。
バラッシに救われたこと。
バラッシとその家族に、自分の人生を捧げると決めたこと。
バラッシの娘に――ミュリエルに尽くすことで、スロバリン家に恩返しをしようと決めたことを。
そう、捧げたのだ。
ヨハネは、ミュリエルに自分の人生を。
ヨハネの手からティーカップが落ちて、床に触れて砕け散る。
カップが砕ける音もまた、ミュリエルとの思い出。
何度も何度も、ミュリエルの癇癪でカップは割れてきた。
ヨハネの体がぐらりと揺れて、椅子から転げ落ちた。
口からは血が流れ、意識がどこかへ溶けていく。
「バラ……シ……様……」
リーバリ村襲撃を指示したのがミュリエルだと判明すれば、ミュリエルは犯罪者となる。
ヨハネにとって、それは万一にも許されない。
スロバリン家の後継者は断絶し、家は潰れる。
バラッシの守りたかったものは、世界から消える。
ならば、スロバリン家の一使用人が全ての泥をかぶり、真実を共に埋めることが最善と、ヨハネは考えた。
ヨハネの守りたかったものは、ちゃんと守れる。
ミュリエルの望む幸福な未来にも、きっと繋がる。
バラッシが王都に向けて発ったしばらく後で、服毒自殺したヨハネが発見されることになる。
机の上に置かれた遺書には、ヨハネがリーバリ村襲撃を指示した黒幕であることと、襲撃の理由について細かく書かれていた。
ヨハネの死はすぐに館中に伝えられ、王宮に向かうバラッシにも急いで伝令が飛ばされた。
すぐに、魔法学院にも届く。
当然、ミュリエルの耳にも。
(ご苦労だった、ヨハネ。あの世でゆっくり休みな)
ゲーム上、ヨハネの主要な役割は、序盤の世界観説明と、国外追放されたミュリエルの生活を支えること。
国外追放という未来に辿り着く予定のないミュリエルにとって、ヨハネというキャラクターの存在理由は、もうない。