23
馬車に辿り着いた護衛は、御者に向かって声を荒げる。
「薬! 薬はねえか! 魔法学院のポーションでもありゃあ最高だが!」
「そんな高価なものはない!」
「ちっ! 誰でもいい、持ってないか?」
護衛は乗客たちに問い続けるが、誰も色よい返事をしない。
「くそっ! どうする……!」
護衛は理解している。
ヘレナが動けなければ、たどり着く未来は全滅だ。
今は、残り二人の護衛が盗賊たちを迎え撃っているが、所詮時間稼ぎにしかならないことを。
「このままじゃ……全滅します……よね?」
護衛の気持ちを、ヘレナが代弁する。
護衛が苦々しい顔で首を縦に振るのを見て、ヘレナは乗客たちへと力なく顔を向ける。
「無理を承知で……お願いします。私と一緒に……戦ってください」
突然のヘレナからの言葉に、乗客たちにどよめきが巻き起こる。
乗客たちは、皆がただの平民。
戦う訓練など受けておらず、自分たちが戦う発想さえ持ち合わせない。
「む……無理だ……」
一人のつぶやきが、乗客たちの総意を示していた。
「このままじゃあ……どのみち皆死んでしまうんです」
「……」
「私は魔法が使えます……。私の魔法は……、皆さんを盗賊たちと戦えるくらいに、強くできます」
「……」
先のヘレナの戦い方を見ていた乗客たちは、ヘレナの言葉に一定の信憑性を感じていた。
思い返せば奇妙な光景だった。
小さな女の子が、盗賊をバタバタと薙ぎ払うさまは、まるで魔法にでもかけられているのではないかと思うほどに奇妙な光景だった。
魔法を使えない平民にとって、魔法は奇跡を起こす力、程度の解釈である。
魔法が理由であるとすれば、先のヘレナの動きにも納得ができた。
「私は、戦おう」
一人の乗客が手をあげた。
「……! ありがとございます!」
魔法、という言葉に、力強さを感じたのも一因だが、それ以上にヘレナの乗客全員の命を背負って戦う姿に心惹かれた。
心の熱が騒ぎ始めた。
「お、俺も……!」
「私も……!」
乗客全員、とはならなかったが、半分以上が手をあげる。
ヘレナは、自分を運んできてくれた護衛に礼を言い、立ち上がる。
「無理はしないほうが……」
護衛は、慌ててヘレナに言う。
が、ヘレナはにっこりと微笑む。
「いえ、少し休めたので大丈夫です。それに、皆さんが戦ってくれるというのに、私だけ休んでられません!」
「……わかった。それと、当然私も戦う。私のことも、強くできるのだろう?」
「もちろんです!」
ヘレナは、大きく息を吸う。
「皆さん、勝ちましょう!」
「「「おおおー!!!」」」
戦場に、希望の声が響いた。
次の瞬間、盗賊たちは奇妙な光景を目にした。
さっきまで馬車の近くで震えていた乗客たちが、盗賊たちの死体から武器を奪い、自分たちへ向かってきている。
そのうえ、乗客たちの動きも凡人のそれではない。
先ほどのヘレナと同様、キレのある動き。
「痛いいいいいい!?」
「ぎゃあああああ!?」
痛い痛いと喚きながら、確実に盗賊たちを倒していく。
「な、なんだこれ……! なんだこれはあああ!?」
余裕で完了すると思われた、馬車を襲う任務。
ヘレナという子供を一人殺せば完遂する任務。
おまけに、乗客の所持品がサービスでついてくる。
美味しいはずだった任務は、既に苦みのある味へと変わっていた。
「「「ああああああ!!」」」
死に物狂いの乗客たち。
「こ、こんな……はずじゃ……」
盗賊たちの親玉の額から、汗がだらだらと流れ始める。
恐怖を根源とする汗。
「後は、貴方だけです」
いつの間にか、引き連れてきた盗賊たちは全滅し、護衛と乗客に囲まれた親玉だけが残った。
親玉の目の前には、ヘレナ一人が立っていた。
「は……ははは……」
魔法。
選ばれた人間だけが使える、奇跡の力。
親玉は、大金に目がくらみ、殺す相手が子供だということに油断し、魔法を使える人間を敵に回すことへの恐怖を忘れていた。
恐怖が、噴き出す。
「ひ……ひいいい!?」
逃げようとする親玉の足に一撃を叩き込み、機動力を削ぐ。
ヘレナは、地面に倒れ込む親玉の上に座り、両手を背中に回して動きを削ぐ。
最初はバタバタとしていた親玉も、首に突きつけられた三本の剣――護衛たちの剣を前に観念し、足掻くのを止めた。
「ま……参った」
ただ一言、そう呟いた。
「……った?」
「勝った?」
「勝ったぞおおおおお!!」
乗客たちは、歓声をあげた。
いまだに信じられないと言った表情を浮かべる者も多いが、同時に生き延びたことへの喜びで目から涙が溢れ出る。
跳びはね、抱き合い、生へ感謝する。
「生き延びたぞおおおおお!!」
反対に、命を諦めた表情でぐったりする親玉の耳から、ヘレナは耳栓を取り外す。
これで、親玉はヘレナの神聖魔法から逃れられない。
「教えなさい! 貴方の所属する盗賊団はどこ?」
「……エオーリエ盗賊団。」
「教えなさい! 馬車を襲った目的は何?」
「……お前を殺すことだ」
「教えなさい! 馬車を襲う様に指示した黒幕は誰?」
「……ヴェルビオ家だ」
ヘレナの中に浮上していた可能性。
ヘレナの神聖魔法の情報を持つ魔法学院の貴族が、ヘレナの情報ごと盗賊団に渡した。
悲しくも、可能性は当たってしまった。
(ウェルビオ家……。アダム様やミュリエル様と共にいた、青い髪の方の……。なぜ……私を?)
自分を殺そうとした相手の名前を聞いても、ヘレナには理由がピンとこなかった。
(青い髪の方はミュリエル様に好意を寄せており、今回の件でミュリエル様を傷つけた私を許せなかった……とか? いや、今考えてもわからないわね)
ヘレナは親玉をじっと見つめ、追加で質問をした。
今度は、襲撃とは無関係。
ただの私怨。
ただの希望。
ただの欲望。
「教えなさい! 貴方は、九年前のリーバリ村の事件を知ってる?」
「……俺たちが、襲った」
ヘレナの心臓が、高鳴る。
(見つけた……)
先ほどまで、命の危険に瀕していたことも忘れ、全身に激痛が走っていることも忘れ、ヘレナは捲し立てる。
「貴方は、リーバリ村の襲撃に参加したの?」
「……参加した」
「リーバリ村を襲撃した理由は何?」
「……わからない」
「誰がわかるの?」
「……お頭か、お頭お抱えの交渉人なら知っているかもしれない」
ヘレナの動機は加速する。
胸が張り裂けそうなほど高鳴り、一度深呼吸をして、最後の質問をする。
「リーバリ村を襲うよう命じた人間は……あの事件の黒幕は誰?」
「……スロバリン家だと、聞いている」
ヘレナは、たどり着いた。
リーバリ村の真実が隠れている、扉の前に。