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ヘレナ・ブルーは魔法の才能に溢れる少女だが、たかだか十五歳の子供である。
馬車を囲む盗賊を前に、ただただ恐怖した。
が、馬車の外で、逃げようとした乗客に向かって剣を振り上げる盗賊の姿が、姉であるジェリー・ブルーが殺された日の記憶と重なった。
(……助けなきゃ)
無意識に馬車から飛び出し、神聖魔法で盗賊を一人追い払った。
――栗色のボブカットに、金色の瞳。んで、つり目。お前が、ヘレナ・ブルーだな。
見知らぬ盗賊に自分の名を呼ばれた時、この状況は自分のせいなのかと罪悪感が湧き出てきた。
そして、罪悪感以上に、疑問が湧き出てきた。
(……何故、私を知ってるの?)
考えた結果、二つの可能性が浮上した。
一つ目、リーバリ村の出身であることが漏れ、リーバリ村を滅ぼした盗賊団が後始末に来た。
二つ目、アダムとの一件で、ミュリエルか、あるいはミュリエルの機嫌取りをしようとした貴族が、ヘレナを消そうと刺客を差し向けた。
ヘレナのなかでは、一つ目の可能性を高く持った。
(どちらにせよ、私が今やることは一つ。戦うこと!)
馬車の中にいた乗客たちは、とても魔法を使えたり、武器に長けていそうな人間はいなかった。
護衛が逃げた今、この場で盗賊たちと渡り合える可能性があるのは、ヘレナ一人だけ。
ヘレナは大きく息を吸い込み、覚悟を決めた。
(大丈夫。私には、神聖魔法がある)
ヘレナの覚悟の裏付けは――。
「お前ら! 耳栓をつけろ! この女の声を聞くな! 操られるぞ!」
盗賊の一言で消え失せた。
「な……なんで?」
ヘレナは青ざめ、思わず後ずさりする。
魔法の情報については、魔法学院の中だけに秘匿され、他言が許されない。
ヘレナが神聖魔法を使えることは、本来外部の人間が知る由もない。
「何を言ってるか聞こえねえが、大方、なんで……とか言ってんだろな。さーて、なんででしょうー?」
盗賊は、馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
ヘレナの中に再び浮上する、二つの可能性。
一つ目、リーバリ村でヘレナが開花したばかりの神聖魔法を使った際、一部の盗賊に見られ、盗賊たちのなかに広まった。
二つ目、ヘレナの神聖魔法の情報を持つ魔法学院の貴族が、ヘレナの情報ごと盗賊団に渡した。
仮に一つ目であれば、盗賊たちはもっと早くにヘレナを追ったはずだ。
ヘレナのなかでは、二つ目の可能性を高く持った。
「じゃあ、あばよお嬢ちゃん」
盗賊の一人がヘレナに近づき、剣を振り上げる。
ヘレナの神聖魔法は、聴覚を媒介に発動する。
耳栓をしている相手には、通じない。
(逃……逃げないと……)
神聖魔法が使えなければ、武器をもった男と丸腰の女。
ヘレナの判断は、自身が生き延びるためには正しいと言える。
(……逃げる?……また?)
が、過去の記憶が、再び邪魔をする。
今、ヘレナが逃げて、逃げ切れる保証はない。
よしんば逃げ切れたとして、残された乗客たちは、憂さ晴らしに殺されるかもしれない。
迎える結末は、リーバリ村と同じ。
剣が、振り下ろされる。
「負けるな、私!!」
ヘレナの神聖魔法が発動する。
ヘレナからヘレナに対する、自己洗脳。
ヘレナは地面を蹴り、剣が届くよりも先に盗賊の懐へ近接し、盗賊のみぞおちに頭突きを食らわせる。
「ごふぅ!?」
「はあっ!!」
そして、態勢の崩れた盗賊の顎に拳を打ち込み、下から上へと突き上げる。
盗賊の脳が揺れ、意識と全身の力が抜ける。
盗賊の手から剣がするりとこぼれ、ヘレナは落下する剣を掴む。
そのまま一閃。
盗賊の体から血が噴き出し、力なく地面に倒れた。
「……痛い!? 痛い痛い痛い!!??」
自己洗脳は、自己の意識によって体を動かすことを手放し、魔法がヘレナの記憶から負けないための最善の動きを選択させ続ける。
迷いも恐怖も排除した動きは、ヘレナを自分史上最強へと伸し上げる。
ただし、最善とは負けないための最善であり、ヘレナ本人の体の負担を考慮しない。
「痛いー!! これだから嫌いなの!!」
無理やり動かされたヘレナの体は、一度の戦闘で筋肉が悲鳴を上げていた。
「ま……いいや。死ぬより、はるかにましよ!」
ヘレナは、周囲の盗賊たちをぎろりと睨みつける。
一人の女に、まして子供に仲間が殺された事実に、盗賊たちは唖然としていた。
「私は死なない……! 復讐が終わるまでは……死んでも死んでやるもんかああああ!!」
叫び、ヘレナは盗賊たちの方へと走る。
「お前ら! 何ボーっとしてやがる! 相手は、たかだか餓鬼一人だ! やっちまえ!!」
盗賊たちもまた我に返り、向かってくるヘレナを迎え撃つ。
一人。
また一人。
ヘレナの前に、倒れていく。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
鬼気迫る叫び声が戦場に響き渡り、血飛沫が空を舞い続ける。
ヘレナの演じる殺戮ショー。
いつのまにか馬車の乗客たちは、その光景に見入っていた。魅入っていた。
「死ねない! 死ねない! 死ねない! 私は死ねないのよ!!」
このままヘレナが盗賊全員を倒し、自分たちは助かるのではないかと、乗客たちは一筋の光を見た。
少しだけ、笑みをこぼした。
盗賊たちもまた、笑みをこぼした。
(動きがノロくなって来てやがる。スタミナ切れか? ははは、いずれ勝手に落ちるな)
もしも、ヘレナと盗賊の一対一の戦いであったなら、ヘレナの圧勝だったであろう。
が、ヘレナ一人に対し、盗賊の数は数十人。
人間には、体力という限界がある。
ヘレナの剣が、盗賊の剣とぶつかる。
「ここまでよく頑張ったな、お嬢ちゃん。褒めてやるよ。だが、ここまでだ」
そんなヘレナの背後から、二人の盗賊が同時に斬りかかる。
「……死ね……ない!」
ヘレナは両手に力を籠め、生きることに足掻く。
同時に、ヘレナの握力が限界に達し、剣から力が抜けた。
盗賊は、笑った。
「死ねねえよな!!」
大声が聞こえた。
ヘレナを囲んでいた盗賊たちは、突如飛んできた剣に頭を貫かれ、絶命した。
「あ? 誰だ?」
剣が飛んできた方向には、馬車から一目散に逃げたはずの三人の護衛が立っていた。
二人の護衛がヘレナと盗賊たちの間に割って入り、一人の護衛がヘレナを抱えて馬車の方へ走る。
「あ……あなたたち……逃げたんじゃ……」
「逃げたさ! ああ、俺たちは護衛失格だよ! でもな……こんなもん見せられたら……。逃げられるわけねえだろ!!」