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 カタンコトン。

 魔法学院を発った馬車は、ヘレナを乗せて進む。

 向かう先は、ヘレナの育った孤児院。

 

「はあ……。院長になんて言おう……」

 

 ヘレナが魔法が使えることを明かした際、院長は自分のことのように喜んでくれた。

 すぐに魔法学院へ手紙を送り、入学の手続きも済ませてくれた。

 

 ――貴女が歩む道は、孤児たちの希望になる。

 

 孤児院の孤児たちは、夢も希望も感じていなかった。

 大半が実の親に捨てられたか、実の親と死別したか。

 実の親に捨てられた孤児たちは、自分は必要とされない人間なのだという思いを胸に抱え、必要とされない人間らしく世界の隅で小さく生きようとしている。

 実の親と死別した孤児たちは、親がいないというだけで育ちが悪いだの常識を知らぬだの言う世間の声を聞き、偏見を前に心をすり減らしながら生きている。

 いずれにせよ、今を生きるので精いっぱい。

 未来の楽しみなどなく生きている。

 明るい未来など、孤児に訪れるわけはないと信じて生きている。

 

 そこに現れたのが、魔法学院へ入学が決まったヘレナの存在だ。

 魔法という一つの武器を磨き上げたヘレナの姿と、貴族と肩を並べて魔法学院へ入学した事実。

 院長は、誇張を交えたストーリーを孤児たちに話し、一つの武器を磨くことで貴族の横に並び得ることを力説した。

 

 院長の言葉は孤児たちに届き、彼らは武器を磨き始めた。

 魔法は誰にでも使えるものではない。

 しかし、足が速い人間がいる。

 力が強い人間がいる。

 文字書き計算が一通りできる人間がいる。

 自分の持つ武器を磨けば、他の人間と並び、自分も明るい未来を歩けるのではないかと夢を見た。

 

「入学して半年で謹慎したって知ったら……起こるだろうなぁ」

 

 だからこそ、ヘレナの謹慎は、孤児たちのやる気を再び折る可能性もある。

 ヘレナは沈んだ気持ちで、なんと院長に説明しようか頭を悩ませていた。

 

 幸い、孤児院の到着までに二日はかかる。

 平民を送るための馬車であるため、快適な空間とは言い難いうえ、他の乗客もがやがやと騒がしい。

 考える環境としては最適でないが、考える時間だけはたっぷりとあった。

 

 

 

 昼が過ぎ、夜を迎える。

 

 

 

 辺りはどっぷりと暗くなり、馬車はランプを頼りに道をさぐり、進んでいく。

 馬車の乗客たちは座ったまま目を閉じる。

 ヘレナもまた、持参した毛布を掛け、眠りについていた。

 暗い道を動く、馬車の明かりが一つ。

 

 ランプの明かりに虫が群がるように、光る馬車には時に悪意を呼び込む。

 

「ヒヒーン!?」

 

 馬の叫び声と同時に、馬車が急停車する。

 馬車全体が大きく揺れ、眠っていた乗客たちは抵抗もできず椅子から落ちる。

 

「いったー!?」

 

「なんだいったい!」

 

 口々に文句が飛ぶ乗客たちも、すぐに状況を理解した。

 馬車の周りは、松明を持った無数の人間に囲まれていた。

 顔は布で隠されており、正体を隠す装いである。

 

 盗賊だ。

 乗客たちは直感した。

 

 盗賊たちは、無言で馬車へと近づいてくる。

 

「ひ……ひい……! 頼みますよ、護衛の方々!」

 

 馬車の移動中、盗賊が襲ってくることは珍しくない。

 そのため御者は、護衛を雇い、安全な馬車の移動ができる環境を整える。

 馬車の乗客の内、屈強そうな男が三人ばかり馬車を降り、三方向を睨みながらそれぞれ立つ。

 

「……数が多すぎねえか」

 

「確かにな。こんなオンボロの馬車を狙っても、旨味なんざねえだろうに」

 

「違いねぇ。俺が盗賊なら、貴族様の乗ってる馬車を狙うな。大方、貧乏で武器もろくに変えねえ弱小盗賊団の悪あがきって感じだろ」

 

 三人の護衛たちは、思い思いの言葉を発しながら、近づいてくる盗賊たちを待ち構える。

 が、自信満々の表情は、盗賊たちの姿がはっきり見えると豹変した。

 

「……なあ、あれ。やばくないか」

 

「装備が、盗賊のそれじゃねえぞ……」

 

「つーか、あの顔見ろよ」

 

 盗賊たちの中には、指名手配され、その顔が世界中に公表されている人間も混じっている。

 護衛たちは、対峙した相手の危険度や討伐した見返りの賞金を正確に見積もるため、指名手配された人間の情報には精通している。

 護衛たちは見た。

 有象無象の盗賊たちにまぎれる、賞金首を。

 

 割に合わない。

 そう判断した三人は、顔を見合わせ逃げ出した。

 

「な、おーい!?」

 

 敵を前に逃げる行為は、護衛たちの評価を著しく落とす。

 いざとなれば逃げる腰抜けというレッテルを張られ、今後の仕事を失うリスクもある。

 が、そのリスクを承知で、護衛たちは逃げ出した。

 

 盗賊たちに向かい、殺されるリスクが、仕事を失うリスクを上回った。

 

「ぎゃああああああああ」

 

「いやああああああああ」

 

 離れていく護衛たちを見て、乗客たちはいよいよ阿鼻叫喚の地獄絵図を描いた。

 一歩でも早く逃げ出そうと、他の乗客を押しのけて、馬車の外へと出ていく。

 

「おう、逃がすわけねえだろ」

 

「ひっ!?」

 

 もっとも、乗客が逃げることは盗賊たちにとって想定内。

 外に出た乗客は、笑顔の盗賊に出迎えられた。

 

「ま、運が悪かったと恨むんだな」

 

 盗賊は、剣を振り上げる。

 

「あ……あ……」

 

 乗客は失禁し、その場にへたり込み、ただただ盗賊を見上げた。

 

 

 

 

 

 

「帰りなさい!」

 

 瞬間、馬車の中から叫び声が聞こえた。

 

「あれ、どこだここ? 早く、アジトに帰らねえと」

 

 叫び声を聞いた盗賊は、剣を下ろし、馬車から離れていった。

 

「おいお前、何をしてんだ!」

 

「え、帰るんだけど?」

 

 他の盗賊に咎められても、何が悪いのかわからない様子で、きょとんとしている。

 

「……ああ、そうか」

 

 帰っていく盗賊を見送った別の盗賊が、馬車の前に立つ女を見る。

 

「栗色のボブカットに、金色の瞳。んで、つり目。お前が、ヘレナ・ブルーだな」

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