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「ミュリエル様、お身体の方はいかがでしょうか」

 

「だいぶ回復しました。ありがとう、ヨハネ」

 

「この度の件、我々がついていながら大変申し訳ご」

 

「いえ。私がヨハネの忠告も聞かず、一人で動いた結果です。あなたたちに罪はありません。どうぞ、顔をあげてください」

 

 ミュリエルが目覚めたと聞き、二人の使用人――ヨハネとルウネは速やかにミュリエルの部屋を訪れていた。

 ヨハネはスロバリン家の執事。

 燕尾服を着た、四十代の男性である。

 ルウネはスロバリン家の家事労働を行う使用人。

 メイド服を着た、二十代の女性である。

 

 ミュリエルに怪我をさせた件について、ヨハネとルウネはスロバリン家当主から軽い注意を受けたものの、二人にとっての本番はミュリエルの言葉である。

 ミュリエルが首と言えば、首。

 ミュリエルが突き飛ばされたと言えば、貴族に仇なす罪人として扱われる可能性さえある。

 ヨハネとルウネの二人は、最悪の場合を想定し、ミュリエルの前に立った。

 

 しかし蓋を開けて見れば、お咎めなしという二人の想定になかった結末。

 あまりの衝撃に、二人は目を丸くしてミュリエルを見つめる。

 

(まあ、そういう反応になるよな)

 

 ミュリエルは、そんな二人に笑顔を返す。

 その後も、ミュリエルの身体の心配に、お咎めがないことへの疑問が混じったような問答を二、三回続け、ミュリエルに押し切られる形で二人は部屋を後にした。

 

 部屋を出た直後、ヨハネとルウネは互いに顔を見合わせ、首を傾げる。

 

「あれは……本当にミュリエル様なのでしょうか?」

 

「う……む」

 

 今までのミュリエルならば考えられない振る舞いに、二人は混乱し続ける。

 まさか、前世の記憶が戻ったせいだとは、露ほども思い至らない。

 

 

 

 

 

 

「さて、邪魔者は消えたし。今後のことを考えねーとな」

 

 一人になった部屋で、ミュリエルはベッドの上に胡坐をかいて座り、腕を組む。

 

 前世の記憶を取り戻したミュリエルは、自分の顔と名前に覚えがあった。

 鏡に映る、金色のロングヘアーに、睨みつけるようなつり目。

 

「『五つの果実』の悪役令嬢……ミュリエル・スロバリン」

 

 

 

 五つの果実とは、日本で美沙子として生きていた時にプレイした乙女ゲームの名前だ。

 中世ヨーロッパ風の世界観で、魔法を使える者のみが入学を許される魔法学院を舞台にした作品。

 魔法を使える者のほとんどが貴族以上であるため、魔法学院は実質的な貴族専用学院とも呼ばれている。

 主人公であるジェリー・ブルーは、平民であるにもかかわらず生まれつき魔法が使えることで魔法学院へ入学し、次々訪れる困難に立ち向かいつつ、魔法学院に在籍する五人の攻略対象と愛を育んでいくことになる。

 

 エドナ王国の第二王子、アダム・エドナ。

 アミアカ公爵家長子、フェリックス・アミアカ。

 パンテリア公爵家長子、ブラントン・パンテリア。

 ヴェルビオ公爵家第三子、ダドリー・ヴェルビオ。

 フレグレント公爵家長子、エドワード・フレグレント。

 

 卒業までに五人のいずれか、あるいは全員の好感度を上げることでハッピーエンドを迎える。

 

 そして、このゲームにおいてライバルキャラとして君臨するのが、ミュリエル・スロバリンだ。

 スロバリン公爵家の一人娘にして、アダム・エドナの婚約者。

 残忍な性格と強い選民思想によって、平民である主人公のジェリー・ブルーを目の敵にし、あらゆる手を使って痛めつけ、魔法学院から追い出そうとしてくる。

 まして、自らの婚約者であるアダムルートに入り、主人公とアダムの距離が近づこうものなら、主人公の命さえ狙ってくる。

 

 では、そんなミュリエルのゲームでの結末はどうなるのか。

 アダムエンドの場合、主人公の命を奪おうとしたところをアダムと主人公の手で返り討ちにあい、罪人として身分剥奪の上で国外追放。

 ハーレムエンドの場合も同様。

 その他の四人のエンドの場合、それぞれの攻略対象と主人公によって悪行が暴かれ、アダムとの婚約解消のうえで魔法学院の追放。

 後に、家族からも見捨てられ、休暇という名目で僻地へ飛ばされる。

 追放された後のミュリエルは、かつての栄光を思い出すたび発狂して苦しみ続け、ある日盗賊によって殺される。

 

 バッドエンドの場合、アダムと結婚したことだけが描かれ、以降は不明である。

 

 

 

 つまり、ミュリエルが生き残ることができるルートは、バッドエンド一択。

 魔法学院に入学する主人公が、五人の誰からも好意を受けることなく卒業すること。

 それ以外は身の破滅だ。

 

「糞が……。よりにもよって、なんで悪役令嬢なんだよ!!」

 

 ミュリエルは頭をガリガリとかきむしる。

 

「認めらんねぇ。せっかく手に入れた第二の人生、破滅なんて認めらんねえ……!!」

 

 ゼエゼエと呼吸を荒くする。

 

「……殺さねえと」

 

 ミュリエルはベッドから立ち上がり、部屋の入口へと歩き始めた。

 

「主人公を……ジェリー・ブルーを殺さねえと……」

 

 ミュリエルは、決意した。

 

 主人公が誰かと結ばれることで、ミュリエルが破滅するのならば、主人公を始末してしまおうと。

 

 主人公さえいなくなれば、ゲームのハッピーエンドはなくなる。

 ミュリエルの破滅するハッピーエンドはなくなる。

 

 ミュリエルは、破滅フラグのない幸福な第二の人生を歩むことができる。

 王子の婚約者としての、幸福な第二の人生を。

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