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攻略対象の四人が、アダムのいる生徒会長室に乗り込むより前の某日。




「どうしたミュリエル。顔色が悪いよ?」

 

「……フェリックス様。いえ、なんでもありません」

 

「なんでもない、という声ではないね。何かあったのかい? 私に言いにくければ、君の婚約者のアダムには相談すべきだよ。きっと君のために……動いて……」

 

 アダムには相談すべき。

 その言葉を発した直後、ミュリエルの顔色がさらに悪くなったのを、フェリックスは見逃さなかった。

 

「……まさか、アダムに何かされたのか?」

 

 柔らかい笑みから一変し、真剣な表情でフェリックスはミュリエルの顔を見た。

 

「あ、いえ……その……」

 

「何か……されたんだな?」

 

 ミュリエルは観念したのか、首を前に垂れて、ぽつぽつと話し始めた。

 

「その……最近フェイミル様から……、アダム様が生徒会長室でヘレナさんと二人っきりで会っているという噂を聞きまして……」

 

「ヘレナ? ああ、あの時の子か」

 

「はい。アダム様に限ってそんなことはないと思っているのですが、どうしても気になってしまい……。失礼は承知だったのですが、生徒会長室を隠れて見ていたところ……うぅ……」

 

 ミュリエルの声が途切れる。

 嗚咽を鳴らし、目から涙が零れる。

 

「大丈夫、大丈夫だ。ゆっくりでいい、落ち着いて」

 

 フェリックスは、そんなミュリエルの背中をやさしく撫でる。

 

「……っ!! 申し……訳……!!」 

 

 フェリックスは、ミュリエルが泣き止むまで待った。

 せかすことも、攻めることもせず、ただ待った。

 

 ミュリエルは、涙の止まった顔をあげる。

 

「生徒会室長に入っていく……ヘレナさんの姿が……。それも……何回も……」

 

「なるほどね」

 

 フェリックスも、同じ噂を聞いたことはあった。

 アダムに限ってそんな真似はしないだろうと、根拠のない噂だと斬り捨てていた。

 が、ミュリエルの言葉を聞く限り、真実だったのではないかと考えを改めた。

 

「アダムには、何をしているのか訊いたのかい?」

 

「いいえ……訊いておりません」

 

「なら、今から訊きに行こう。もしもアダムに直接訊くのが恐いと言うなら、私が代わりに」

 

 ミュリエルは、アダムの元へ向かおうとするフェリックスを、服の袖を掴んで止めた。

 

「アダム様には、アダム様のお考えがあるのだと思います……。私は……アダム様を信じております……。私の一時の感情で……、アダム様の邪魔をしたくはありません」

 

「しかし、ミュリエル」

 

「いいんです」

 

 ミュリエルは、すっと立ち上がる。

 涙は完全に消えて、目の下は赤くはれている。

 しかしミュリエルの表情は、いつも通りの笑顔だ。

 

「私の泣き言に時間をとらせてしまい、申し開けありませんでしたフェリックス様。そして、ありがとう御座いました。私は、もう大丈夫です」

 

 ミュリエルの気丈な振る舞いに。

 

「そうか……。なら、よかった」

 

 フェリックスは、そう答えるしかなかった。

 必死に悲しみを我慢し、なお己の婚約者を立てようとする人間の言葉を、どうして受け入れないことができようか。

 

 フェリックスは、去っていくミュリエルの背を見続けた。

 

 

 

(はい、一人目終わりっと。ゲーム通りの性格なら、しばらくしたらフェリックスはアダムんとこへ行くだろうな)

 

 去っていくミュリエルは、心の中で歯を見せてにやけていた。

 

(後は、ブラントンとエドワードか)

 

 日を改め、ミュリエルはブラントンとエドワードにも、同様のやり取りを行った。

 ブラントンとエドワードもまた、ミュリエルの振る舞いに心打たれ、同情し、アダムへの不信を募らせた。

 

(残りのダドリーは……)

 

 

 

 

 

 

 誰もいない教室の一角。

 

 ミュリエルは、ダドリーを壁際に追い詰め、右手を壁に着く。

 顔を前へ動かせば、額と額がぶつかるほどの近距離。

 

「は……ははは……。ミュリエル、これはなんの冗談だ?」

 

 ダドリーは、まるで夢でも見ているようなふわふわとした感覚で、目の前の光景を咀嚼していた。

 

 ダドリーは、父の血を色濃く受け継ぎ、女好きな性格だ。

 教室にいれば、女子生徒の肩を抱いていない時間の方が短いほど見境がない。

 ダドリーの周囲にいる女は、ダドリーが手を出せる女か、出せない女か、の二択でしかない。

 

 そして今、目の前にいるミュリエルは、ダドリーにとって手を出せない女――。

 

 

 

 だった。

 

「ダドリー、私のお願いを聞いてください」

 

「どうしたミュリエル……。お前……そんなキャラだっけ……?」

 

 ダドリーは、いつもと違うミュリエルに恐怖を抱いた。

 が、それ以上に欲情が勝った。

 ミュリエルの吐息がかかるたび、欲情は増し、ダドリーの正常な思考を妨げた。

 

「このままじゃ私……ヘレナさんに殺されるかもしれないのです……」

 

「こ、殺す? はは、そんな冗談……」

 

「本当よ……」

 

 ミュリエルは、ボタンを一つ、また一つとはずしていく。

 

「お、おいミュリエル」

 

 言葉では止めるが、手では止めない。

 ミュリエルは、ダドリーが止めないことを知っていた。

 ゲームでも、ダドリーは転んだ主人公のスカートが捲れていた際、口では注意をしつつも視線がスカートの中に吸い込まれ続けるというシーンがあったのだから。

 ダドリーの視線がミュリエルの胸元へと落ち、徐々にあらわになっていく上半身を凝視する。

 

 全てのボタンがはずされ、ダドリーの目に映ったミュリエルの上半身には――。

 

「ミュリエル……それは」

 

 切り傷があった。

 

「ヘレナさんに……やられたの」

 

「なん……だと……」

 

 身体の傷は、婚姻関係解消の重大な事由になりうる。

 ミュリエルの言葉が真実であれば、ヘレナが犯したことは大罪だ。

 

「私は……彼女が恐い……。彼女に……いなくなって欲しい……」

 

「なら、すぐアダムにも相談を」

 

「嫌です! もし……もしもこの傷を見られたら……。アダム様と……婚約破棄なんてことになったら……」

 

「ミュリエル……」

 

 ミュリエルは、そのまま体を前へと傾け、ダドリーの胸の中に自身の体を預けた。

 

「お願いダドリー。貴方だけが……頼りなの……」

 

 そして、ダドリーへと縋りついた。

 

 ダドリーの頭の中は、様々な思惑で埋まりつくす。

 密着するミュリエルの体。

 ミュリエルの懇願への男気。

 密着するミュリエルの体。

 ミュリエルの言葉への不信。

 密着するミュリエルの体。

 ヘレナという人間への不信。

 密着するミュリエルの体。

 アダムよりも頼られたという優越感。

 密着するミュリエルの体。

 

 密着するミュリエルの体。

 密着するミュリエルの体。

 密着するミュリエルの体。

 

 

 

「わかった。俺に任せておけ」

 

 

 

 欲にまみれたダドリーの脳は、あまりにもあっさりと、ミュリエルの言葉を信じてしまった。

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