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主人公、ジェリー・ブルーは、高度な神聖魔法の使い手であり、その実力は公爵家に匹敵する。
神聖魔法は、攻撃能力を持たず、治癒や邪悪を払いのける特殊な魔法。
言い換えれば、人間の肉体や精神に干渉することができる、神秘の魔法。
覚醒したジェリーは、『人間の潜在能力を開花させる』魔法を発動した。
この魔法こそがゲームにおいて、アダムとジェリーの二人がミュリエルを倒すことに成功した理由。
ミュリエルは、全ての能力がアダムに勝っていた。
が、ジェリーによってアダムの未来で開花する能力が引き出され、アダムとミュリエルの力関係が逆転。
結果、ミュリエルは敗北した。
「お姉ちゃんを」
そして今、ジェリーはヘレナの能力を開花させた。
「殺さないでえええええ!!」
ヘレナの『言葉を人間の思考にねじ込む』魔法。
止まれと言えば止まる。
走れと言えば走る。
言い換えれば、命令に従わせる能力。
ヘレナの叫びは盗賊たちに届き、盗賊たちの動きは止まった。
盗賊たちの頭から、ジェリーとヘレナを殺さなければならないという思考が消え失せた。
「……俺たち、なんでこんなところに?」
「さあ」
「って、馬鹿なこと言ってんな! 兵が来る前に、この村の村人全員殺し終えねえと!」
「そうだった! こんなところでのんびりしてる暇はねえ!」
盗賊たちは、目の前のジェリーとヘレナが見えていないかのように、体を翻して村の中へと戻っていった。
二人の周りだけ、沈黙が満ちる。
村の中心は、未だに阿鼻叫喚のお祭り騒ぎ。
ヘレナは、涙と汗でぐちゃぐちゃの顔をジェリーから放した。
「……助……かった?」
父は死んだ。
母は死んだ。
村人も殺されている。
心には絶望が満ちる。
しかし、ジェリーとヘレナは助かった。
その事実が砂粒程度の小さな喜びを生み出した。
「お……お姉ちゃん……。私たち、助か」
顔をあげたヘレナの目には――。
「……ったよ……?」
頭から血を流し、目から光がなくなったジェリーが映った。
なんてことはない。
ヘレナの魔法が盗賊たちに届く前に、盗賊の振り下ろした斧がジェリーに届いていただけの話だ。
なんてことはない。
たったそれだけの話。
ヘレナは、逃げた。
小さな体で、必死に走った。
今の自分では、盗賊一人殺せない。
誰の仇もとることができないと、幼心に理解し、ただ逃げた。
生き延びろと、両親と姉の声が聞こえた気がした。
「あーん? 餓鬼がこんなとこまで……。ったく、あいつら何をやって」
「私を忘れろ!」
声さえ届けば、誰一人としてヘレナを邪魔することはできない。
実にあっさり、ヘレナは村から離れた木の陰に息をひそめることに成功した。
ずっとずっと、燃えるリーバリ村を目に焼き付けていた。
断末魔の悲鳴が。
リーバリ村を飲み込む炎が。
呪いのようにヘレナの全身へ刻まれていく。
とめどなく流れる涙さえ、ヘレナの目を塞いではくれない。
絶望に刺激される脳は、気を失うことさえ許してくれない。
燃える村から盗賊たちが立ち去り、兵が駆けつけ、村の炎が完全い鎮火されるまで、ヘレナはただ見ていた。
空腹も。
睡魔も。
何もかも忘れて。
「殺してやる」
「殺してやる」
「殺してやる」
「殺してやる」
「殺してやる」
何もかもが形を失ったリーバリ村を見ながら。へレアは自身の爪を顔へと突き立てる。
ガリガリガリと搔きむしる。
顔の皮膚が裂け、指先を血が染めようとも、手を止めることはない。
「殺してやる」
「殺してやる」
決して、この瞬間を忘れない様に。
「絶対……殺してやる!!」
痛みと共に、感情を刻み付けた。