12
ミュリエルは、定期的に魔法学院から実家へと戻っていた。
今は、ミュリエルの部屋にて、ミュリエルとヨハネが二人きり。
令嬢と執事とはいえ、男女が密室に二人きり。
本来であれば、万が一の過ちを防ぐために阻止されることではあるが、ミュリエルは八歳の頃より定期的にヨハネと二人になる時間を設けていた。
二人きりになることが、ミュリエルとヨハネの間では普通のことと周囲に刷り込むように。
決して、過ちなど起きぬと、思い込ませるように。
なぜ、長い時間をけて、そんな手間をかけたのか。
もちろん、ヘレナの件のような万が一が起きた時、早急に対処するためである。
「確かに、村人は全員殺したのよね?」
「そのはずです。殲滅完了の報も、いただきました」
「…………ちっ!」
ミュリエルは、怒りのままに壁を蹴った。
伸びた爪をギリギリと噛みながら、窓の外を――リーバリ村の方へと目を向ける。
ゲーム上のミュレイルは、あらゆる能力が高かった。
学問も、魔法も、そして記憶力も。
ミュリエルは、父バラッシと共にリーバリ村を訪れた日のことを思い出す。
ミュリエルの手には何もない。
しかし、ミュリエルの目には、あの日、主人公の死を確認する際に手に取った村人のリストがはっきりと映っていた。
(ジェリー・ブルー)
記憶にあるリストのページをめくっていく。
書かれた名を、遡っていく。
(ジャン・ブルー)
そんなミュリエルを、ヨハネは人外でも見るような目で見つめていた。
(ヘレナ・ブルー……あった)
ミュリエルの視線が、左へと動く。
バツマークがついていれば、死亡確定。
「ない!!」
「ミュリエル様!?」
「ない!! ないわ!! ちくしょう!! 私としたことが!!」
ミュリエルは、何かを叩きつけるように手を動かした。
そして、何かが叩きつけられただろう場所を、思いっきり踏みつる。
ミュリエルの目に映る空想上のリストがぐしゃぐしゃになっていく。
「殲滅の報を聞いて……!!」
踏みつける。
「主人公の死を確認して……!!」
踏みつける。
「安心してしまってたなんて……!! ちくしょう!!」
何度も何度も踏みつける。
「ミュ、ミュリエル様……」
「五月蠅い!!」
心配そうに近寄ってきたヨハネの手を払いのける。
ミュリエルは、自分の失態を恥じていた。
主人公に関わる全てを消し去るつもりなら、主人公の身内の可能性がある人間も、死んだことを確認してしかるべきだったと強く恥じた。
主人公の前後の名、ブルーの名字を持つ名前のバツマークの有無を確認するだけの作業だ。
主人公の死の確定は、確かにミュリエルの油断を作り出していた。
「……まあ、いいわ」
ミュリエルは愚痴のように零し、ベッドに腰かけた。
そして、諦めが浮かぶ表情を隠すように、顔に手を当てた。
(主人公の妹一人生きてたところで、事件の真相になんて辿り着けやしねえ。もう、十年近く前の事件。証拠なんて風化してる。そうでなくとも平民一人にできることなんてたかが知れてるしな)
ミュリエルは、大きなため息を一つついた。
与えられた情報を総合した結果、多少の安堵という感情に落ち着いた。
(大丈夫だ。絶対に辿り着けない……)
「その女も、消しますか?」
が、ヨハネの一言で、すぐに安堵の感情が霧散する。
消す。
ヘレナを消す。
ヨハネの提案に対し――。
「てめぇは馬鹿か!! 今動いたら、私が犯人ですって名乗り出る様なもんだろ!!」
憤怒の感情が生まれた。
ベッドから起き上がり、ヨハネの胸ぐらをつかみ、そのまま突き飛ばした。
「うぐっ」
尻もちをつき、苦しそうな表情をするヨハネを、ミュリエルは冷たい目で見下ろす。
「いいか、何もするな。私たちに今できるのは、何もしないことだけだ」
ミュリエルと目が合ったヨハネは、すぐさま目をそらし、無言で二度頷いた。
コンコン。
部屋の扉がノックされる。
「はい」
「ミュリエル様、お食事の準備ができました」
「わかりました」
ミュリエルは、目でヨハネに立ち上がれと合図する。
ヨハネは急いで立ち、自分の服をパンパンと叩いて汚れを落とす。
次に、乱れたミュリエルの服を整える。
「さて、飯だ」
ミュリエルとヨハネは、そのまま部屋を後にし、キッチンへと向かった。