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ヘレナ・ブルー。
平民にして、魔法が使える才能の持ち主。
魔法学院の大半は貴族で占められており、ただでさえ平民の存在は目立つ。
まして、入学式後のパーティで、他の貴族を差し置いてアダムたちの元へ向かったヘレナの行動は、アダムたちだけでなく、他の生徒たちにも鮮烈な記憶を残した。
「あんた、何様のつもり?」
ヘレナの立ち振る舞いは、貴族たちにとって到底許容できるものではなかったらしく、翌日からヘレナへの嫌がらせが始まった。
入学式後からの嫌がらせ。
まるで、ゲームの主人公のようだと、ミュリエルは眺めていた。
ゲームでは、主人公がいじめに必死に耐え、けなげに笑顔を作り続けるシーンが何度も描かれている。
が、ヘレナは違った。
靴を隠されれば、堂々と裸足で学院内を歩いた。
教科書を隠されれば、「教科書の内容は全部覚えているのでいりません」と言ってのけ、授業では教師からの質問にさらさらと答えてみせた。
すれ違いざまにぶつかってきた相手には、むしろぶつかってきた相手を跳ね返して転倒させる始末。
「あんた、生意気なのよ!」
「そうですか」
何をしようが動じないヘレナを前に、嫌がらせに加わる貴族は一人、また一人といなくなっていった。
どころか、騎士の爵位を持つ準貴族たちが、ヘレナを慕い、群がり始めた。
そして、決定的な事件が起こる。
魔法の授業、初の実戦形式。
「平民風情が……。私が直々に、身の程を教えて差し上げますわ」
「よろしくお願いいたします、ドリアーヌ様」
伯爵家令嬢の一人、ドリアーヌが、ヘレナを対戦相手に指名した。
ドリアーヌは、一年生の伯爵家の中で、三本の指に入る実力者と言われている。
「御覧なさい、我が美しき金属魔法の力を!」
ドリアーヌがセンスを振ると、周囲に純金の剣が十本現れ、ドリアーヌの周りをくるくると回る。
そして、全ての切っ先がヘレナへと向き、再度振られたセンスを合図に、一斉にヘレナの方へと飛び掛かった。
当たれば串刺し。
穴だらけ。
ヘレナは、胸を張った堂々とした姿勢で、足を踏み出す。
「跪きなさい」
ヘレナが発したのは、たった一言。
そのたった一言で、十本の剣が突然地面へと落ちた。
ドリアーヌはその場に跪いた。
「……はい?」
何が起きたかわからず、焦るドリアーヌに向かい、ヘレナはつかつかと歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
ドリアーヌの目の前まで。
眼前のヘレナを見ても、ドリアーヌは呆けていた。
「吹き飛びなさい」
ヘレナが、呆けたドリアーヌの頬を張る。
バチン、と軽快な音が響いた後、ドリアーヌの体は実に数メートルの間、宙を舞い、地面へと叩きつけられた。
「そ、そこまで!」
教師の声によって、戦いは終わりを告げた。
決して、派手な戦いではなかった。
炎や水といった、わかりやすく強大な魔法ではなかった。
が、あまりに優雅で苛烈なその一戦は、ヘレナ・ブルーの名を学園中に轟かせた。
ミュリエルは、優雅に学院の廊下を歩く。
「ミュリエル様、お早う御座います」
「お早う御座います」
四方八方から浴びせられる挨拶に、絶世の笑顔で答えてみせる。
誰がどう見ても、第二王子の婚約者として相応しい振る舞い。
表面上は、だが。
(なんだ……なんだあいつは……!)
心の中で、ミュリエルはヘレナへの憎悪と恐怖が渦巻いていた。
(ヘレナ・ブルーなんてキャラ、少なくともゲームには登場しなかった。主人公と同じブルーって名字……。これは偶然か?)
自身の知識の及ばぬ相手に、ミュリエルはあらゆる憶測を抱く。
ミュリエルは、すぐにでもヘレナの正体を探りたい衝動に駆られたが、行動はしなかった。
理由がないのだ。
いくら優秀な一年生が入ってきたとて、公爵の位を持つミュリエルが、たかだか平民の行動に気を留めるだろうか。
答えは、否だ。
事実、パーティの時にミュリエルと共にいたアダムたちは、ティータイムのついでに時々話題にこそ出すが、ヘレナが何者かなど気にも留めていない。
どこの村の出身か。
姉妹はいるのか。
なんのために魔法学院へ入学したのか。
ミュリエルには、訊きたいことが山のようにある。
しかし、訊いた瞬間、ミュリエルの行動は、普段と違う行動として映る。
普段と違う行動は、ミュリエルに対し、なんらかの疑念を抱かせる。
疑念は現在だけでなく、過去のミュリエルまで遡って調べられ、ほんの小さな確率でリーバリ村の事件に辿り着き得る。
もしも、ヘレナが主人公やリーバリ村に関連する人物であったなら、なおさらに。
(私の邪魔だけは、してくれるなよ……)
ミュリエルにとって幸いだったのは、欲しい情報を得たこと。。
公爵令嬢という立場が、ミュリエルが指示するまでもなく、ミュリエルに情報を集めた。
貴族令嬢たちの、ヘレナへの愚痴という形で。
「あのヘレナって女、家族がいないらしいわよ」
「あー、あの平民ね。どうりで、品性のかけらもないと思ったわ」
「リーバリ村っていう、辺境の出身らしいわよ」
「リーバリ村? 昔、盗賊に滅ぼされたっていう、あの?」
「知りませんわ。そんな田舎の話なんて」
「なんでも、魔法学院への入学理由は、復讐らしいですわよ」
「まあ、なんて野蛮な」
「図書室で、必ず犯人を……なんて呟いていたのを聞きましたわ」
「まあ、恐い」
ミュリエルにとって不幸だったのは、ヘレナの正体がミュリエルにとって最悪の存在だったこと。
主人公ジェリー・ブルーの実妹にして、リーバリ村唯一の生き残り。
ヘレナ・ブルー。
今もなお、リーバリ村を襲った黒幕を探し続ける、復讐鬼。
ミュリエルの所業を、暴こうとしている人間。