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この世界には、六つの魔法が存在する。
炎魔法、土魔法、金属魔法、水魔法、植物魔法、そして神聖魔法だ。
魔法の習得は先天的なものであり、使えない人間は一生使えない。
だからこそ、魔法を使える人間は特別視され、最初の貴族となった。
その後、魔法が使える人間同士の成す子どもは、必ず魔法が使えるという法則が判明。
魔法は貴族の象徴となった。
魔法学院は、貴族同士の婚姻を確実にする場として設立され、現在は学問と魔法を学ぶ場所として残っている。
そんな背景もあり、魔法学院は学問よりも、むしろ魔法の成績を重視している。
高い魔法の能力を発揮しる生徒は、注目の的となる。
新入生であるミュリエル、アダム、ブラントン、ダドリーは、王族・公爵家の名に恥じぬ、圧倒的な魔法の才能を見せつけた。
一年生にして、学院の上位十人に入る魔法の使い手として、学院中に名を轟かせた。
金属魔法のミュリエル・スロバリン。
炎魔法のアダム・エドナ。
土魔法のブラントン・パンテリア。
水魔法のダドリー・ヴェルビオ。
(さすが悪役令嬢、ミュリエルの才能だ。ちょっと頑張りゃあ、モブどもなんざ相手になんねえ)
ミュリエルは、その成果に満足していた。
ゲーム上、アダムが主人公に興味を持つ理由の一つに、学問と魔法の成績がすぐれていたことにある。
だからミュリエルは、成績向上に努めた。
学問と魔法の成績が、アダムの気を引く水準に達するように。
ゲームのラスボスたる悪役令嬢の才能ゆえか、目標はあっさりと達成された。
もちろん、他のイベントも忘れない。
アダムがいる場所に偶然出くわす。
アダムの庶民的な一面を肯定する。
ふとした仕草を、アダムの目に留まらせる。
全部全部、アダムの好感度を上げるためのイベント。
さすがにミュリエルという公爵令嬢の立場上、いじめられている主人公をアダムが目撃する、といった類のイベントを再現することはできなかったが。
ミュリエルの努力は実り、一年生の終わりごろには、アダムのミュリエルへの態度は明らかに軟化していた。
「ミュリエル、今度、私の家でパーティをする予定なのだが、よければどうだ?」
「まあ! ご招待いただけるんですか! ありがとうございます、アダム様。喜んで、出席させていただきます」
「そうか」
(順調だ。順調すぎて、あくびが出るぜ)
フェリックスエンドも。
ブラントンエンドも。
ダドリーエンドも。
全部捨てた。
三人とミュリエルは、ただの友達。
もちろんは、二年生への進級と共に入学してくる五人目の攻略対象、エドワードも好感度を上げるつもりはない。
まるで人生の攻略本を持っているように順調に進んでいくミュリエルの学院生活。
一年は、あっという間に過ぎていった。
「もう二年生。月日が経つのは速いですねー」
「そうだな」
「今年は、フェリックス様の妹、フェイミル様が入学される年ですね」
「そうらしいな」
「フェリックス様によく似ていて、とても可愛らしい方だとと伺っております」
「私も、そう聞いた」
「はあー、今からお会いできるのが楽しみですわ」
ミュリエルは、二年生へと進級した。
学年で十位以内に入る学問の成績。
学院で十位以内に入る魔法の成績。
アダムに誘われる回数も、明らかに増した。
新入生の入学式を終え、恒例のパーティが始まる。
「初めまして、ミュリエル様。フェイミル・アミアカと申します」
「こちらこそ初めまして、フェイミル様。ミュリエル・スロバリンと申します」
ミュリエルは、フェリックスに紹介されたフェイミルと挨拶を交わす。
「ミュリエル様、こちらは私の友達、エドワードです」
「初めまして、ミュリエル様。エドワード・フレグレントと申します。お会いできて光栄です」
「こちらこそ初めまして、エドワード様。ミュリエル・スロバリンと申します」
フェイミルに紹介された、エドワードとも挨拶を交わす。
(一、二、三、四、五っと。これで攻略対象勢ぞろいか。こうしてみると、美形揃いで眼福だな)
ゲーム上の二年生編は、エドワードエンド、またはハーレムエンドを辿る場合の本番となる。
しかし、ミュリエルが目指すのはアダムエンド。
一年生の時と同様、アダムとのイベントを粛々とこなすだけで、アダムとのハッピーエンドを迎えることができる。
ミュリエルは、アダムの嫉妬を買わぬよう、またアダムから冷たいと思われないよう、絶妙の加減でエドワードと会話をする。
(さて、やることやったし。腹も減ったし。アダムでも誘って、飯でも食いに行くかな。今なら、嫌とは言わねえだろ……)
「アダム様、もしよろしければ」
ミュリエルからアダムへの誘いは――。
「失礼します!」
ミュリエルにとって初めて聞く声によって、遮られた。
ミュリエルは、一瞬何が起きたかわからなかった。
あり得ないからだ。
ゲームでは、ミュリエルたちに話しかけてくる生徒など、いないからだ。
一年生ならば主人公が話しかけてくるが、二年生にはいないからだ。
明らかなイレギュラー。
五人の攻略対象とフェイミルが、声の主へ視線を向ける。
一瞬遅れて、ミュリエルも向ける。
「お初お目にかかります、皆様」
(…………なんで)
視線の先には、一人の女子生徒が立ち、両手でスカートの裾を軽く持ち上げていた。
ミュリエルは、女子生徒の左胸のポケットに入った布を確認する。
騎士または平民を示す布。
主人公と同じ、灰色の布。
いや、主人公と同じなのは布だけではない。
その女子生徒が着ているドレスは、主人公と同じ、学院からレンタルしたドレス。
ミュリエルは、その顔に見覚えがあった。
(…………ジェリー・ブルー?)
主人公の面影を残す顔。
栗色のボブカット。
金色に輝く瞳。
顔立ちが、いないはずの主人公と重なった。
唯一主人公と違うのは、垂れ目でなく、つり目だということくらいだ。
「私、ヘレナ・ブルーと申します! 以後、お見知りおきを!」
ヘレナはそれだけ言うと、ミュリエルたちの元を去っていった。
その言葉、その振る舞いは、平民のそれとは思えぬほどに美しく。
その雰囲気は、凛とし、あるいは苛烈で、全員の脳にヘレナという人間を焼きつけた。
(……ヘレナ……ブルー? 主人公と……同じ苗字?)
「どうしたミュリエル、顔色が悪そうだが」
驚きの混じるミュリエルの表情を見て、アダムが心配そうに声をかける。
「い、いえ……。大丈夫です。少々、彼女の雰囲気にあてられたようです」
アダムもヘレナの醸し出す雰囲気に対し同じことを思ったのか、軽く頷く。
「確かにな。私も、彼女の雰囲気に飲み込まれそうだった」
去っていくヘレナの背を、ミュリエルは呆然と見送った。
(知らない……。こんなキャラ、知らない……!!)