01
ミュリエルの頭に強い衝撃が走る。
転んだのだと気づいた時には、体が地に触れ、頭を庭園の石にぶつけていた。
「お嬢様!?」
「ミュリエル様!?」
ミュリエルに付き添っていた二人の使用人が、慌ててミュリエルに駆け寄り、止血を試みる。
公爵家の令嬢の額に傷を残したとなれば、二人の使用人の末路は凄惨なものになるだろう。
いや、怪我をさせてしまった時点で、手遅れとも言える。
スロバリン公爵家の令嬢、ミュリエル・スロバリン。
齢八歳にして己の持つ権力を理解し、他者を虐げる楽しみを知った少女。
普段のミュリエルであれば、自分が怪我をした事実に嘆くよりも先に、この事実を利用して使用人をどう嬲るかを考えていただろう。
僅かな失態をつるし上げられ、屋敷を追い出された使用人の数は両手で数えるに足りない。
しかし、今日のミュリエルは、いつもと様子が違った。
痛い痛いと叫ぶわけでもない。
あなたたちなんて首だと叫ぶわけでもない。
目を丸くして、ボーっと遠くの方を見つめていた。
「ミュリエル様、意識はございますか?」
二人の使用人は、ミュリエルの状況を、頭を打って意識が朦朧している状態と解釈した。
一方のミュリエルの頭の中では、二人の使用人お解釈とは、全く別のことが起きていた。
「…………『五つの』……『果実』?」
前世の記憶を、取り戻していた。
ミュリエル・スロバリンとして過ごした八年の記憶。
日本で美沙子として過ごした二十五年の記憶。
八歳の小さな脳に、記憶が津波のように押し寄せてきた。
「ミュリエル様!? お気づきになられまし」
「はは……は……」
膨大な情報を前に。
「あははははははははははははははは!!」
ミュリエルは、笑った。
「ミュリエル様!?」
笑って。
笑って。
笑って。
そのまま意識を手放した。
「いかん! すぐに医務室へ運ぶぞ!」




