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ジェノサイド・デビル  作者: 縦島横ヲ
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簒奪者の戦い①

 夕刻。太陽が沈み切るまであと僅かとなり闇が支配し始める頃。草原を風のように横切る一つの影があった。

「こちら、ベルハイム! 目標確認! 攻撃を開始する!」

 影の主は耳元で浮かぶ小さな“穴”のようなものに言葉を投げかける。するとしばらくした後、その“穴”から女の声が聞こえてくる。

「こちら、ミオン。承認。攻撃を開始して」

「了解!」

 ベルハイムと名乗る男は快活な返事をすると、懐から銀色の液体のようなものが入った瓶を取り出す。

 その瓶の蓋を外すと、銀色の液体は樹木を這う蛇のようにぬるりと宙に飛び出す。

纏鎧アームド!」

 ベルハイムがそう叫ぶと、銀色の液体が自身の身体を纏わりつくように覆う。その姿は重装歩兵や重騎兵が身につける鎧のそれだった。

疾波ライド!」

 ベルハイムは手の平を地に向けると、そこから大きな雫のように銀色の液体が零れ落ちた。それは地に衝突する前に板状になり、僅かに浮かびながら宙を滑走し始める。

 ベルハイムはその板状のものに飛び乗ると、前方の目標に向け真っ直ぐに突撃する。

「どけ! 屍人ゾンビども!」

 眼前には大量の人影が行列を成して行進していた。ただしその人影の顔はいづれも死人のようで、生気は感じられなかった。

展開リベレーション!」

 ベルハイムの鎧の背中側からその言葉に反応するように、球状の銀色の液体が複数飛び出し宙に浮かぶ。その球体はベルハイムを中心に衛星のように廻り始める。

「往け」

 ベルハイムが呟くと衛星は球状からブーメランのような刃状に変形する。そして、一斉に前方を歩く屍人の群れに襲いかかった。屍人はプレートアーマーやチェーンヘルムなどの鉄製の防具を身に着けていたが、それらをものともせず身につけている肉ごと切り裂く。

「グアァ!」

 屍人たちは血と臓物を撒き散らしながら裁断され肉塊へと化していく。雑木林に生える低木のように立っていた屍人たちが、文字通り刈り取られていくのだ。まるで死神が、鎌を振り回して命を収穫していくように。

「ん? あれは……」

 ベルハイムが血の雨を浴びながら進んでいると、前方にぼんやりと橙色の光が見えてきた。光が見える方向は東で夕日は既に沈みかけている。それに光は風が吹くとそれに合わせて揺らいでいた。他のメンバーからは脳筋と呼ばれるベルハイムでも、流石にこれだけの判断材料があれば光の発生源が何なのかは予想できた。

「おいおい、今回はやけにアグレッシブじゃないか!」

 ベルハイムは行列の後方から外れ、先頭を目指し急加速する。

 屍人は通常は群れで行動しない。知能など存在せず、ただ生者の肉を貪ることしか考えていないためだ。だから屍人が行儀よく並んで行進している時点で断定できる。亡者の群れを操る首魁キングがいるということを。

 暫く走っていると、予想通りあちこちから火の手が上がる集落が見えてきた。家屋は崩壊し、人々が屍人から逃げ惑う様が遠目でも確認できる。

「くそっ、最悪だ!」

 こうなると雲霞のようにいる雑兵たちを片付けた後になど悠長なことはやってられない。将をダイレクトで叩き、短期決戦でけりを着ける他方法はないようだ。

鉄槌パニッシュ!」

 ベルハイムは浮遊する板から降りて地上を走り出すと、手の平を天に掲げる。すると、自身を纏っていた鎧や動き回っていた衛星に変形していた銀色の液体が全て手の平の上に集まる。そしてそのままベルハイムが手を振り下ろすと、銀色の液体は布を広げたように一帯の上空を覆う。

「潰れろ!」

 そのまま銀色の液体は形を崩すことなく降下する。巨大な鉄板が人の上に降って来るも同然だ。その後の光景は容易に想像がつく。

 銀色の液体はそのまま大量の屍人を轟音と共に押し潰す。血と肉が、暴風とともに辺りに飛び散る。その暴風が周辺に津波のように襲いかかり、辛うじてミンチにならずに済んだ屍人が吹き飛ばされ宙に舞う。

 文字通りの大惨事。ベルハイムは目を逸らすことなくその様子をじっと端倪していた。いつもなら屍人の群れ如き、軽くあしらうように欠伸をしながらのんびりと処理していたことだろう。

 ここまで警戒しているのは、“やつ”がこれしきのことで死ぬはずがないためで、柄にもなく超広範囲の速攻を仕掛けたのも、大量の屍人の中に潜んでいるであろう“やつ”を手っ取り早く炙り出すためだ。

「おいおい、やってくれるなぁ」

 何処からともなく声が聞こえる。ベルハイムはその声を聞くや否や銀色の液体を自身の元へ集める。早くなる鼓動が、その場の緊張感をよりいっそう高める。

「常温で液体の金属。流剛鋼か。なるほどね。『豊穣』の魔術だろそれ。久しぶりに面白いものみたよ。やっぱり永く生きすぎると駄目だね。思考が凝り固まっちゃう。魔術はもっと自由に世界を歪められる。忘れてたよ」

 その声の主は警戒するベルハイムをよそに語り始める。声は近くから聞こえるが、周囲には誰もいない。業を煮やしたベルハイムは少し苛立ちながら叫ぶ。

「出てこい! お前の今までの罪、清算の時だ!」

「そう焦るなよ。せっかちだな」

 ベルハイムはタネが明かされてしまったそれを再度鎧に変形させ身に纏う。更に保険として迎撃用の衛星もいくつか展開する。いつ、どこから襲撃されても構わない。そう言わんばかりの防御態勢。隙などないように思われた。

 だが、ベルハイムは忘れていた。相手が自身と“同類”であること。数百年も狡猾に生き延びているということ。そして、『暴掠』の魔術士と恐れられていることを。

 ベルハイムは足元が沈むような感覚を覚えると同時に、衛星を利用し上空へジャンプする。下を見下ろすと、地面が崩れ落ち、声の主が現れた。その姿はアビスオクトパスのように大量の触手を上半身から下に伸ばす、おおよそ人間とは呼べない、怪物だった。

「いないいないばぁ」

 その怪物の顔は醜く、屈託のない子供のような笑顔を貼り付けていた。

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