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ジェノサイド・デビル  作者: 縦島横ヲ
6/9

愚者の居場所⑤

「お母さーん!」

 鬼気迫る表情で叫びながら、走る。すると、その声に釣られてか家屋の裏から人影が出てきた。

「お母さん!?」

 呼びかけられた人影はアルカの方へ顔を向ける。その顔は先程の男と同様血色が悪く、口元には大量の血が付着していた。

「っ!」

 女の姿をしていた為一瞬身構えたが、母ではないこと確認すると胸を撫で下ろす。しかしそんな安堵も束の間、女はアルカ目掛けて口をあんぐり開けたまま近づいてくる。

「こっ、来ないで!」

 アルカはへっぴり腰で槍を女に突きだす。やはり言葉が通じている様子はなく、歩を止める気配もない。

「こっちは槍持ってんの! やるよ!? やりますよ!? 知らないよ!」

 混乱して誰に許可を取るでもなく問いかけた後、槍を子供のチャンバラごっこよろしく振り回す。

「おりゃー!」

 言葉が通じないなら出来るだけ大声を出し武器を振るうことで威嚇するしかない。そう判断し、勇気を振り絞り行動を起こしたのだが逆効果だった。

「「「グぁアー!」」」

 アルカの大声に反応して家屋の中や瓦礫の下、路地の裏とあらゆる場所から女と似たような症状の人々が出てきた。腕の関節が折れ曲がった老婆、右半身が欠損した子供。果ては何故か鎧を着込んだ屈強な男まで。それら全てが血に飢えた狼のような顔のままアルカに視線を移す。

「ひっ! ひぇー……」

 あまりの驚きと恐怖で腰が抜け、本日二度目の失禁しながらその場にへたり込む。逃げなければ。そう自分に言い聞かせ槍を杖代わりに立ち上がろうとするが、どうしても脚に力が入らない。

「ジャあヴァー……」

 そうこうしている内に人の姿をした化け物たちは、アルカの周りを取り囲むように距離を詰めてくる。袋の鼠という言葉が相応しい、二進も三進もいかない状況だった。

(終わりだ……)

 固く握りしめた槍の感触。濡れた下半身の不快さ。そして再び味わう、絶望のフレーバー。死を確信したことで研ぎ澄まされていく意識が感じ取る世界はやけに静かで遅く見えた。

 そして、アルカは確かに目にした。その静寂の世界が、空から降ってきた何かに打ち破られる瞬間を。

 突然アルカを取り囲む化け物たちの後方で爆発音のような轟音が鳴り響く。それと同時に腹の底に響くような衝撃が空気と地面を伝播する。

「ゴバッ!?」

 流石に反応が鈍い化け物も無視することは出来なかったらしく、何事かと音の発生源に目を向ける。

 土煙が徐々に消え、その犯人が顔を表す。

「あれは…… 銀色の水?」

 遠巻きにその様子を見ていたアルカでも分かった。先程視界を横切った影。それと同じ鈍色の何かが、石畳を抉り取りできた窪みの上で鎮座していた。

 その何かは、液体だがまるで鏡のように周りの景色を映し出し、傍らで立ち上る火をギラギラと反射させていた。しばらく呆気に取られていると、鈍色のそれはふわりと風に乗った羽のように舞い上がった。

 あり得ない光景に声を上げようとしたのも束の間、それは高速でこちらに向かって飛んできた。

 鈍色の物体は前方にいた化け物たちの身体を貫通し、肉片を吹き飛ばしながら突き進み、そのままアルカのいる場所から数メートル先に着弾する。

 その衝撃はアルカを吹っ飛ばすには十分な威力だった。

「ぎゃっ!」

 石畳の上を何回か転がった末停止する。アルカは意識が飛びそうになりながらも、何とか上体を起こし体勢を立て直すことに成功する。だが、立ち上がり足を動かそうとすると関節や大腿骨に激痛が走る。恐らく骨折しているのだろう。思わずその場で膝を突く。

「う…… あ……」

 アルカは薄れゆく視界の中、銀色の物体が再び宙に浮かんでいる姿を見た。

(また…… 来る……)

 次にあれをダイレクトに受ければ確実に死ぬ。そう認識する間もなく、その銀色の物体はこちらに向かって突撃してきた。

(お母さん……)

 目の前の死が迫ってくる現実から目を背けるため目を瞑り、心のなかで呟く。刹那、聞き覚えのある声が聞こえた。

「アルカ!」

 次の瞬間、身体を何者かに押され、同時に景色が回転する。そしてその後ぐちゃりという肉が潰れる音が聞こえた。

 動き回る視界の中、確かにそこにいた。間違える筈もない。もし間違いなら、今までのこの日々は嘘だったことになる。

(あ…… お母さ……)

 そこには銀色の物体が母であるエクレアの腹部を貫通し、石畳に着地しようとしている光景があった。その光景が目に飛び込んでくる一瞬は、無限に続くかと思われるほど永かった。

「ご…… ん…… な…… さ……」

 母が何かを呟く。しかし、言い終わるより先に銀色の物体が生み出す衝撃が、二人の身体を吹き飛ばす。

 アルカは再び宙へと投げ飛ばされる。そして、今度は石畳の上ではなく瓦礫の上に着地した。

「があっ!」

 肩に灼熱感が走る。激痛に耐えながら胸のあたりを見ると、尖った木片が肩に突き刺さり貫通していた。血が川のように流れ、服をみるみる赤く染めていく。

 木片を肩から抜き、止血と応急処置をするなど到底不可能だった。血が抜けてゆく感覚と反比例して意識が薄れてゆくのだ。力も血と一緒に流れ出し、心臓の鼓動も弱くなっていくのを感じる。

(せめて最後に……)

 視界が薄れゆく。その端で既に横たわって動かなくなった母に向けて手を伸ばす。

(一緒にご飯、食べたかったな……)

 アルカはそんな叶わぬ願いを抱きながら、完全に目を閉じた。

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