愚者の居場所①
「豚の腸詰めに、ヴェロトマトの角切り、ネビーセロリに…… え、ドトリハーブもいるの? うーん、まあナルニクミンでも代用できるでしょ」
あばら家。それ以外の言葉で形容できない家屋。そんな、獣が住んでいそうな場所から、少女の独り言と鍋の蓋が震える音が漏れ出してくる。
「あとは、事前に下処理してた肉団子と和えれば完成と」
ボロボロの料理本をめくりながら、ボロボロの調理器具で料理を作る少女。只でさえ不気味な場所なのに、そこで灯りもつけずに大鍋を掻き回す姿を見られたらどう思われるだろうか。きっと魔女が怪しげな儀式を行っていると勘違いされる事だろう。最も、そんな世間体は一年間以上前に捨てたが。
「かぼちゃパイに山菜キッシュ、そしてミネストローネ。よし、完璧!」
煤けた皿に鍋から掬ったスープを入れながら少し鼻息を荒くする。テーブルの上にできた料理たちを並べると中々壮観だった。
一通り火の後始末を終わらせると、部屋の隅から蔦を編んで作った籠を取り出す。そのままテーブル上の料理を籠に入れ、丁寧に布巾を被せる。
「今日こそ喜んでくれるかな」
仄かに暖かみを感じる籠を左脇に大事に抱えると、椅子に掛けていたマフラーを巻き玄関に向かう。建付けが悪い扉を力いっぱい開くと、隙間から冷たい風が部屋に流れ込んできた。
「寒い……」
思わず動物反射的に身を縮こませる。少しでも体を慣らそうと手を擦りながら扉を閉める。
外はすっかり冬の顔を覗かせていた。寒空の下、一歩踏み出すと乾燥しきった落ち葉を踏み鳴らす音が辺りに響き渡る。
少女は冬が好きだった。猛禽が鳴く声。枯れ木を抜ける冷たい風の音。雰囲気が好き、というそんな詩的な理由ではない。
生物にとって命を休め、春という芽吹きの季節を迎えるための準備の季節。新たなる旅路に思いを馳せる季節。
大抵は期待しているときだけは幸せなものだ。現実はいつでも理想を超えない。齢十三にして悟った人生の教訓だった。
ただ、案外仮初めでもその幸せに浸っているうちは気持ちがいいものだ。いつかなくなる蜜の泉だと知ってても他の安寧の地を探そうなんて気が起こらない程度には心地良い。
「ふぅ……」
鬱陶しい赤毛の前髪をかきあげながらしばらく歩いていると、木々の向うに何件か家が経つ集落が見え始めた。
「着いた」
少し立ち止まり短い休憩を終えると、少女は籠をギュッと握りしめ再度獣道を下っていく。
少女の目指す場所は集落の外れに建つ平屋だ。そこは少女の母親が住まう家だった。