プロローグ
曇天。空には淀んだ陽光を遮るように、死肉をついばみに来たスカベンジャーイーグルの群れが飛び交っていた。
「フェイトル団長、教えて下さい」
「ん、どうした」
そんな空模様の下、塹壕から顔を覗かせる二つの影があった。
「自分たちの今回の目的はなんですか」
「説明したろ、俺らの目的は後衛だ。前衛が取りこぼした敵を狩る。それだけだ」
フェイトルと呼ばれた男は、顎の無精髭を擦りながら言う。
「団長。私は武勲を挙げる為に、この第三師団に入隊しました。嘗て鋼鉄の重盾と呼ばれた由緒正しき第三師団に……」
「まぁそう僻むなよ。いくら今回の俺らの役割が雑用とはいえ、レーグスト帝国を護る大事な仕事には変わりはないんだ」
「仕事…… ですか……」
今回の作戦が初陣となる新兵は腰にぶら下げた、傷も汚れも無い綺麗な剣に目を落とす。
「団長はこれが仕事だと思いますか?」
「そうだ。これは仕事だ。戦なんかじゃない。そう思わないと同情とか憐れみとか、余計な感情が芽生えるからな」
「いえ、そうではなくて……」
新兵は眼の前の戦場を指差す。約数百メートル先には、前線を散歩でもしているかのように悠々と闊歩する二人の姿があった。
一人は禍々しい刀身の片手剣を持つ男だ。その男は満面の笑みを浮かべながら敵陣に歩みを進めていた。
もう一人は美しい装飾が施された細見の直剣を携えた女だった。戦場には不釣り合いな銀色の髪をたなびかせ、暇そうに欠伸をしながら男の隣を歩いていた。
「ダーインスレイヴ!」
男がそう叫び、右手に持つ一振りを前方に払う。すると、刀身からどす黒い血を想起させるオーラが奔流となり溢れ出し、前方の敵を飲み込む。そのオーラは鎌のような形状をしており、刀身を振るうたび幾重にも生み出され、敵の鎧を貫通し、肉を裂き、魂を刈り取ってゆく。
「ちょっと、ベニル。乱暴すぎ。血で服が汚れる」
女は整った美麗な顔を顰めながら、男に言い放つ。
「すまんなミオン! 雑魚が煩くてよく聞こえない! ハッハッ!」
ベニルと呼ばれた男は笑いながら禍々しいその獲物にて数百、数千、それ以上はいるであろう敵軍の大隊をまるで枝木でも払うかのように斬り伏せる。
果敢に向ってくる者。武器を捨て降参する素振りを見せる者。恐怖で笑う膝を必死に抑えながら逃亡を図る者。眼前の地獄を目にして取る行動は皆、様々だったが、訪れる結末は等しく惨たらしい死であった。
「あれは、ただの蹂躙ですよ……」
剣の赫いオーラと敵兵の血と肉片が嵐のように舞う前線を見て、フェイトルは深くため息をつく。
「ああ、その通り。あれは戦なんかじゃない。人を殺す作業。ただの虐殺だ」
新兵は呆然とした様子で、戦場の最中だというのに兜を外す。
「……すみません。自分、この戦いが終わったら辞めさせていただきます」
「……そうか」
手記
皇暦七〇八年。六の月。一八の日。快晴。
本日もライトハイネル平原にて戦死者の死体処理だった。動き始めが遅かったのもあるが、未だに処理が追い付いてい無い。
ハルバスタン小王国の敵兵の死傷者は約二万ほどと思われる。こちらの死傷者は無し。だが、今月頭に入隊した新入りが今日で一人辞めた。
宣戦布告から三月程しか経過していないが、小王国はすでに降伏する旨の宣言を出している。
このまま事が進み降伏条約を小王国が無条件で受諾すれば、ハルバニア晶鉱を我が国の手中に収めることができるそうだ。
来月には城下町の市場に神力晶のアクセサリーが出回ることだろう。今度里帰りの際に娘に土産で買って帰るとしよう。
今日は特に何もしてないが疲れた。死んでないとはいえ部下との別れは精神的に辛いものがある。
部下は最後にこう言っていた。
「農業でもやっていたほうがこの国に貢献できるだろう。あんなに強い人が帝国にいるなら自分は必要ないと確信した。いや、人ではなくあれは、悪魔だ」と。
今日はもう寝ることにしよう。明日も死体処理の任務だ。早く片付けないと『暴掠』が現れてしまう。
作成者:フェイトル=ゼルネアス