第5話 拠点
「ついたわ! ここが未開大陸を調査・開拓する狩人たちの生活拠点よ! 」
「うわ~! 懐かしい!」
フォルテにとって開拓初期の開拓本拠地の風景は狩人生活がリリースされた数年前の記憶が最後だ。掘っ立て小屋のようなボロボロの家屋が数軒、後は野営用のテントという見事なまでの未開拓具合。正にゲーム開始時の初期状態の拠点の様子だ。一年たっても初期状態のままという事には驚いたが、それ以上にこの光景全てが懐かしい。
懐かしさのあまり思わずはしゃいでしまう。
「……懐かしい?」
「あ、いや……ゴホン! そんな事よりも依頼品を納品をするんだろう? 狩人教会に行かなくても良いのか?」
「そうだった! というか、私の依頼よりもアンタの倒したリザドイーグルを提出するほうが先よ! 快挙よ快挙! 人の身で単独で大型モンスターを討伐できるなんてほんと凄いんだから!」
訝し気に首をひねっていたアイリスは、その一言で一転し大はしゃぎで荷車に積み込まれたリザドイーグルの骸を指さす。
フォルテがリザドイーグルを討伐してから拠点につくまでの間、アイリスはずっとこの調子だった。
インフレ環境に対し不遇武器で食らいついていたフォルテ的にはプレイ初期に登場する初心者殺しのリザドイーグルの素材などほぼなんの価値も感じていなかった。その為ただ重いだけの荷物になると思い放置していこうとしていたのだが、そこでアイリスの待ったがかかった。
曰く、こんな大物の素材を捨て置くなんて論外。協会に持ち込み換金すれば、数日は仕事をしなくても生活できる。上手く行けばこれから建築される住居の居住権利を優先的に買えるかもしれないレベルの金額になるという。
その為だけに荷車から降りてリザドイーグルを乗せ、歩いてここまで来ただけにアイリスの本気度が伺える。
案内された先には周囲に建っている掘っ立て小屋よりは多少はマシに見える程度の大きさの家屋。他の建物と区別するためなのか、狩人協会を表す弓と槍を模したエンブレムの描かれた旗が掲げられている。
これまたフォルテにとっては懐かしい、ゲームリリース当初の狩人協会の在りし日の姿だった。(余談だが、ストーリーの進行と共に改築されていく)
「こんにちは! 支部長! 支部長はいる!?」
「なんだこんな半端な時間に……ってアイリスじゃねぇか。どうした? 依頼に失敗でもしたのか? そっちの奴は迷子……はありえねぇな。新入りか?」
奥から出てきたのは酒瓶片手に顔を赤くする体格の良い男性。狩人協会の支部長にして開拓の取りまとめ役である【ニゲラ】氏だ。本来は自身も名の知れた狩人だったのだが腕の良さを見込まれ協会の支部長に抜擢された。と言えば聞こえは良いが、協会上層部と揉め事を起こした事による昇進とは名ばかりの事実上の左遷である。
0からスタートの開拓事業の取りまとめ役兼協会支部長兼事務作業員兼雑用係(現在開拓地にいる協会職員は彼だけである)などという貧乏くじを引いた可哀そうな人ともいう。
(うっ。酒くさ……)
思わずフォルテは顔を顰める。初期の頃のニゲラの描写では、進まない開拓から酒に逃げほぼ常に酔い飲んだくれていた。それはいざ現実のものとなっても変わっていないようで、相変わらず今も酔っぱらっていた。
ゲーム時代は同情交じりに経歴を見ていたが、いざ幻日で昼間から酒臭い支部長の様子を見てみると、フォルテは呆れと感動の混じったなんとも微妙な感情を抱いた。
「そうなの! それも超大型ルーキーよ! なんと、あのリザドイーグルを単独で討伐したの!」
「おいおい。馬鹿言っちゃいけねぇ。空から突然襲ってくる癖に劣勢になればすぐに手の届かない空へと逃げ出す。にもかかわらず深い羽毛によって剣も矢も通りにくいあのリザドイーグルをこんなひょろい兄ちゃんが討伐できるわけ「この通り証拠の亡骸もあるわ」なんだってぇ!?」
外の荷車に積まれたリザドイーグルを見せるとニゲラ支部長は驚きのあまり酒瓶を手から滑らせた。
割れた酒瓶は気にも留めずにニゲラ支部長は急ぎ外へと飛び出し、しげしげとリザドイーグルの亡骸を調べる。一通り見分を済ませるとうぅむと唸る。
「……これはすげぇ。通常大型モンスターとの戦闘では徒党を組んで包囲し、ちまちま体力を削っていく。だからこういった亡骸は本来素材として使える部位は少ないくらいにボロボロになるんだが……これはほぼ無傷の状態だ。それに対してこの頭部の陥没。恐らく全ての殴打を頭に集中させたんだろ。恐ろしく正確無慈悲な攻撃だ。さらに打撃により平衡感覚を狂わせて空への逃避を許さなかったな? ……確かにルーキーのそれじゃねぇ。一流の狩人のそれだ。お前さん、名前は?」
「えっと、フォルテ……です」
左遷されたとはいえ流石は支部長クラスに抜擢される実力者だろう。酒に酔っているにも関わらず、一切の酔いを感じさせない鋭い眼光でリザドイーグルの亡骸を正確に検分していく。
ぐでぐでだった先ほどと打って変わった様子に思わずフォルテは舌を巻く。
「そうか。フォルテ、うちの狩人協会に所属してくれるんだよな! するんだよな! してくださいお願いします! お前さんの実力があれば開拓は2倍、いや3倍にも10倍にもなりえる! 今のままじゃかさみ続ける赤字にここの支部がつぶれちまう! ランクも8等級、いや6等級スタートでいいから。な! な!?」
「は、はい」
「よっしゃー! これで開拓が捗る! 俺にもツキが回ってきたぞ!」
押しに負けて思わず頷くと、今度はニゲラ支部長は小躍りしだした。その喜び具合はアイリスも引いているレベルだ。
しばらく狂喜乱舞して落ち着いたのか、上機嫌なニゲラ支部長は受付の席へと戻り一枚の紙を取り出した。
「じゃあまずは登録からするか。名前はフォルテだったな。得意な武器はなんだ? って、あの打撃痕を見ればハンマーって分かるか」
「いえ、違います。俺の武器は響鳴器です」
「響……鳴、器? 聞いたことないな。王都の協会本部で新開発でもされたのか? どんな武器だ?」
「これです」
そう言うとフォルテは背中に担いだ獲物。【獣骨響鳴器・笛ノ型】を見せつける。獣の骨を用いて作られた笛であり、リザドイーグルを打ち倒したフォルテの相棒だ。
支部長はフォルテの響鳴器を暫く眺めた後、首を振った。
「駄目だ。見た事ねぇ武器だ。見た所楽器にしか見えねぇが、普通の打撃武器とは違うんだな?」
「はい。楽器です。共鳴器は楽器でありながら武器。武器にして楽器といった特殊な武器です」
「むぅ……楽器を武器にしてあのリザドイーグルを倒す……。にわかには信じがたいが、実際に倒している証拠がある以上覆されぬ事実か。分かった。共鳴器使いとして新たに登録しておく」
「……ありがとう、ございます」
分かっていた事だが、支部長も共鳴器も知らぬようでフォルテはひっそりと落胆した。どうやら、本格的に共鳴器が存在しない時代に転生してしまったようだった。どこか疎外感のような、孤独感のようなものを感じつつフォルテは共鳴器をしまう。
支部長はサラサラと書類を書き終えると、手帳を一部フォルテに手渡した。
「できたぞ。これが狩人証だ。分厚い分多少嵩張る荷物になるが、周辺の地図やモンスターの生息域記録、近年の素材相場といった貴重なデータやお前の狩人としての記録が記帳される便利な代物だぞ。再発行は出来なくもないが手続きで“俺が”大変だからくれぐれも無くさないようにな!」
くれぐれも、の所を強調するあたり本気で手続きが面倒なのだろう。フォルテは顔が引きつるのを感じながらも狩人証をしまった。
支部長の言う通り、この狩人証は非常に便利だ。
ゲーム初期、行商人NPCから回復薬を買った後、狩人証に書かれた相場を確認したら実はボッタくり価格だった__という事がざらにあった時期があった。その他にもモンスターの出現スポットや武器の生産強化に必要な素材の入手場所など、妙に詳しく掛かれていた。
wikiにも困ったらネットで調べるより手帳を見たほうが早いと書かれていたほどだ。恐らくこの世界で最も信頼性の高い情報源だろう。
本当にゲームの世界に迷い込んでしまったのか、後で狩人証を読んで調べる事をフォルテは決めた。
「っと、そうと決まればまずはこいつの清算だ! いつまでもこんなとこに置いとくのも良くないからな。素材は買い取れるが、お前の武具の強化にも使うだろ? どうする?」
「リザドイーグルの素材はいいです。全部換金でお願いします」
「分かった。部位の欠損や損傷は頭部以外にはないからな。色を付けて10万Gほどでどうだ?」
「じゅっ!? そんなにするの!?」
フォルテよりも先にアイリスが驚きの声を上げる。モンスターの素材は捨てるところがないと言える程に有用だ。
リザドイーグルの羽毛は矢に使えば非常に安定した弾道になるため重宝されており、また羽毛皮は防具に使っても軽く丈夫なものとなる。鋭い爪は武器として優れ、骨は丈夫な上に軽い。肉もそのまま食糧になる。巨体でありながら空を飛ぶリザドイーグルの肉は非常に筋肉質で脂肪が少ない。身体が資本の狩人にとって御馳走ともいえる栄養源だ。
それを丸々一匹売却したのだ。相応の金額になるのは必然であろう。
「普通なら狩人が数人がかり、数日がかりで戦う大物だ。出費を考えれば一人当たりの手取りは大したことないんだが、今回はほぼ単騎で半日とかからずの討伐だからな。そりゃあ大金になるだろうよ。ほれ」
「ありがとうございます。それじゃあアイリスの分。はい」
「は?」
フォルテは支部長の渡してきた硬貨の山を丁度二つに分けるとアイリスに渡す。数秒程呆けたように目を丸くするアイリスであったが、ハと気付くとその硬貨の山を押し返す。
「いやいやいや! リザドイーグルを倒したのは全部アンタじゃない! 無理して私に渡さなくてもいいのよ?」
「いや、アイリスも戦っただろ。それにアイリスがいなければここまでスムーズに拠点にこれなかったし、そのお礼もってことで」
「そういうことなら……私も生活厳しいし」
そう言うと渋々ながらアイリスは受け取った。二人で分割しても5万G。その日暮らしの狩人にとってかなりの大金だ。遠慮してはいても狩人暦2年目で万年金欠のアイリスにとっても嬉しい申し出だった。
「フォルテは今日来たばかりだろ? 野外テントはまだまだあるし、協会から貸し出そうか?」
「お願いします」
「それじゃ、これが一人用の野外テントな。組み立て方が分からなければアイリスに聞くと言い。メシはここを出てすぐの所に酒場がある。安くてうまいってわりと評判だぞ」
「その一か所しかないけどね」
「そういうなって。泣くぞ? 泣いた酔っ払いのおっさんは面倒臭いぞ~?」
アイリスの揚げ足取りに支部長は苦笑いを浮かべる。その一か所をこの開拓拠点に誘致するのにさえ支部長は東奔西走して苦労したという裏設定があったりする。
ゲームによくある食事システムと言ってしまえばそこまでだが、この開拓村に来てくれる物好きを探すというのも現実的に考えると大変そうだとフォルテは内心感心する。
支部長から野外テントを受け取ったフォルテとアイリスは狩人協会支部を後にするのだった。
~狩人生活ワードs~
【開拓拠点】
未開大陸を開拓する狩人たちの生活の拠点。最初の頃は狩人協会の支部を始め、鍛冶屋、酒場と最低限度の設備しか存在しない。必要な物資は狩人たちの現地採集の他、定期的にやってくる行商人から買うしかない。
ストーリーの進行と共に発展していく。
【狩人協会】
狩人達が好き勝手に動いて自然を破壊しないように統括管理する組織。狩人のサポートや依頼の仲介、必要物資の支援等を一手に引き受ける。
また、依頼の仲介には狩人が自身の腕に見合わない無謀な挑戦をしないよう見極め、狩人の命を守る役目も担う。
優秀な狩人の中には幹部として協会の管理者側に抜擢されるものもいる。現場を熟知する者を取り込み上層部が現場を知らないという状況を避ける為であるが、同時に協会側が現場の狩人達に舐められない為という意味合いも持つ。
モンハンのパクリと思ってもらえれば分かりやすいかと思います。
【等級】
狩人を技量毎に振り分ける制度。等級によって受けられる依頼の難易度は異なる。こう難易度の依頼に無謀に挑み命を落とす狩人を減らすための措置である。
等級は10等級が最も低く1等級が高い。一流を越え特筆すべき技量があると判断された狩人は特級1段、特級2段と今度は段位となり数字が増えていく。
協会幹部として抜擢されるものは特級クラスが条件となる。
【G】
狩人生活におけるお金の単位。読み方はゴールド。大体10ゴールドでリンゴ1つ程度の相場。
1000ゴールドあればそれなりの宿屋に泊れるし、1万ゴールドもあれば割と良い武具を買える。




