第2話 目覚
まだプロローグの続きです。ヒロイン登場回でもあります。
「うぅ……気持ち悪い。寝すぎたか?」
寝すぎたせいか痛みを訴える頭を軽く抑えつつ、奏は目を覚ます。まだ寝ぼけているのか何となく体が揺れている感覚まである。それに、ちゃんと布団で寝たはずなのに、奏の身体はまるで椅子で寝落ちしたときのようにバキバキに固まっていた。
風邪でも引いたのと眠い目を擦りながら辺りを見回すと、何故か大自然の中にいる。どこからか聞こえるピョーと鳴く鳥のさえずり。そよぐ風と風に吹かれる木々のこすれる音。
まごうことなき自然の中である。
「なんだ夢か……。ならもう一眠り……いだっ!」
何かに頭を強くぶつけて跳び起きる。強制的に覚醒した頭で辺りを確認すると、自身が荷馬車に乗って移動中だった事に気付いた。どうやら石を踏んだ拍子に荷車が大きく跳ねたらしい。更に付け加えるならば、痛みを感じている時点で夢ではない。
「って、夢じゃない!? ここはどこだ!? しかも俺の格好……なんだこれ!?」
奏の格好は部屋着のジャージではなく着古した麻の服だった。おかしいのはそれだけじゃない。荷馬車においてある荷物は着替えと幾分かの水と食料、それと短剣だけというまるで旅人のような持ちものだった。
異常な事態でありながらも、奏はどこか見覚えがあった。見覚えというよりもむしろなつかしさといった方が正確かもしれない。
疑問が膨れていく中、不意に「ぶもー」という不機嫌そうな野太い鳴き声が聞こえた。声の主は荷馬車を引く生き物。どうやら荷馬車の上で騒がれるのが癪に障ったらしい。
「わ、悪い。悪気はなかったんだ。……あれ? ビックモーか?」
ビックモー。
大型草獣種、ノンアクティブ型モンスター。大人しい上に力強く、人に良く懐き労働力や家畜として重宝されている__狩人生活に登場する牛型のキャラクターだ。
ビックモーを見た事によって奏ははたと気付く。
ビックモーに引かれる荷馬車に乗り、着の身着のままで開拓村の門をたたく。狩人生活のオープニングムービーだ。
数年前であったとはいえ、当時の衝撃は忘れられる筈もない。
「てことは何か? 俺は狩人生活の世界に来ちまったのか? ス、ステータス!」
慌ててステータス画面を開こうとすると、奏の目の前にウィンドウが開く。そこには奏のキャラクターネームである【フォルテ】の文字。レベルは最後にプレイしていた時と同様の999のカンスト数値で、アイテムボックスには回復アイテムを始めとした消耗品系のアイテムが多数残っている。
レベル1からやり直しでないことに安堵しながらも今度は装備品画面を開くが、表示された内容を見た瞬間奏は目を見開く。
「何だよこれ。使用不可のロック状態だと?」
そこにはこれまで奏が収拾してきた輝かしい響鳴器の数々。しかし、その全てが赤色表示で使用不可のロックがかけられていた。事実上の響共鳴の使用禁止縛りである。
唯一初期装備の粗鉄製の短剣一本だけであり、トップ環境にいた奏からすれば心許ないの一言に尽きた。
いや、他の武器種も奏は使えない訳ではない。むしろ、共鳴器の性質上、ほぼすべての武器に対して正通している。だが、あくまでも奏は共鳴器使いであり、それ以外の武器を使っては奏のアイデンティティが崩れてしまう。
奏は思わず頭を抱えてしまった。
「ステータスそのままでチートでも、メイン武器が禁止されていたら意味ねぇじゃねぇか……」
奏の愚痴に対して、ビックモーが「ぶもー」と同情するように小さく鳴いて見せた。
「現状を確認しよう。オルフェスタは使えないものの、俺のステータスは999のカンスト。消耗品も食べ物も潤沢にあるし、幸いにも防具だけならロックされていない。前向きに考えると普通に無双が出来るわけだ。うん。異世界転生無双チート。いい事じゃないか。うん」
自分を納得させるように口に出して現状確認をする奏だったが、その指は赤字になった装備品画面を延々と連打しており全く言動が一致していない。むしろ、語尾につけた『うん』が絶妙に後腐れをしている事が分かる。はっきり言って鬱陶しいレベルだ。
奏の記憶が正しければ、ガタゴトと揺れる荷馬車はあと少しもすれば開拓村の本拠点が見えてくれるはずだ。
それまでに自分を納得させようとしているようだが、その意味は皆無だったようだ。
「取り合えず開拓拠点で狩人ギルドに登録をして……寝場所を確保するところからだな。ステータスがカンストしているから初期武器でも何とか戦えるだろうし。一応所持金もたんまりある。確か設定的には一生遊んで暮らせるくらいの金額らしいからまずは一安心でいいんじゃないか。……ん?」
ステータス画面ばかりを見ていて気付かなかったが、ふと目の前を見ると荷物を担いだ人影が見えた。目を凝らしてよく見てみると、背負うタイプの革袋をパンパンに膨らませたその人物は二つに結んだその髪型から女性である事が伺えた。だが、突出すべきは荷物でも性別でもなく、その身の丈程もある長刀だろう。
近接・斬撃系統武器『長刀』。
狩人生活の実装総初期から存在している最古参で、常に人気の上位に位置しているポピュラーな武器だ。
同系統の『長剣』と異なり高いプレイヤースキルが求められる上に生産する価格も高いという上級者向けな性質を持つが、その代わりに非常に高い攻撃性能を有する。つまり、長刀を背負うその人物は相応に高い技量の持ち主という事を意味する。
「てことはうまく交渉をすればギルドへの登録とかも円滑に進むかもしれないか。おーい!」
奏が大きく手を振りながら件の人物へと呼びかけると、こちらに気付いたのか立ち止まった。
ビックモーに歩を急がせその人物の元へと近づく。遠目で見ていた通り女性だったようで、赤い髪に気の強そうな勝気な釣り目。整った顔を何処か不機嫌そうにさせている様子ではあるが、奏の目にはその女性が何処かちぐはぐなように見えた。
(長刀は強化済みの鉄刀“神楽舞”か? 確か上級の強化だった筈だけど、それにしては防具が初期の革装備。なんか微妙だな)
スタートダッシュの為に武器だけ強化して防具の強化を後回しにするプレイヤーは少なくない。だが、それにしても上級の強化された長刀を持つほどの実力者の装備としては何とも弱すぎるように奏には思えた。
「呼び止めておいてジロジロとみてくるなんて、良い度胸してるじゃない。ナンパのつもり?」
「へ? いや、違う違う! ちょっと道を聞きたかったんですよ。開拓拠点はこっちの方向で合っていますか?」
ナンパ目的に話し掛けられたと思われていたらしく、奏は慌てて弁明をする。女性は胡乱な視線のままではあるが取り敢えず奏の弁明は受け入れてくれた。
「ふうん。開拓拠点って事は、商人か同業者? 拠点はこっちで間違いないわよ。それにしても、人の事を言えた身ではないけど、相当の物好きね」
「あ、あはは。道があっていて安心しました。俺__いや、私はフォルテと言います。一応、狩人になるのかな? えっと、貴女も狩人ですか?」
「そうよ。まだまだ新参だけど、これでも一年間この未開の地で生き残れるくらいの力はちゃんと持っているわ」
「え? てことは狩人暦1年……?」
「何よ。文句ある?」
ぎろりと睨まれ、奏はぎこちなく愛想笑いを浮かべた。ゲームにおいて、一年間も初期装備のままと言ったらあまりにも遅すぎる。普通であれば、もっと上位に上っていないと可笑しい程だ。
だが、ここは狩人生活の世界という現実だ。
命がかかっているのであればそれくらい成長が遅くとも不思議ではないのかと奏は納得した。
「良かったら、俺の__いえ、私の馬車で送っていきましょうか? 丁度開拓拠点の話も聞きたかったので」
「あら? いいの? 楽が出来るなら喜んで乗せてもらうわ。私はアイリス。よろしくね」
狩人であるアイリスは、少しだけ表情を緩めるとそのまま奏の荷馬車へと乗り込んだ。
~【狩人生活ワードs】~
【未開大陸】
狩人達が開拓しようとしている人の手が全く入っていない未開の大森林。非常に広大で場所によっては砂にあふれる荒れ地のようなエリアがあったり、春夏秋冬で全く異なる顔を見せる。また、奥に行くほど危険なモンスターの縄張りとなっている為実力がないのに奥へと進む事は厳禁。
狩人生活ではこの大陸を開拓し人の住める場所を増やしていく事がストーリーとなる。
【ステータス】
狩人生活では職業システムのほかにレベルシステム・ステータスシステムも導入している。ステータスは体力、スタミナ、筋力、敏捷、耐久、器用とシンプルな項目。カンストレベルは99まで。
ただし、狩人生活におけるステータスはシビアでレベルをカンストに上げたからと言って素手でモンスターをワンパン出来るといったインフレにはならない。
あくまでもカンストは人類における最高到達点という設定で控えめに調整されている。
【スキル】
必殺技やアクションに繋がる技能スキルとプレイヤーのステータスを強化するバフスキルの二種類が存在する。ジョブや武器によっては必須スキルが存在するのはご愛敬。
スキルのスロットには上限があり、レベル1の初期状態では9枠。その後レベルが9の倍数毎に1枠追加されていき最大20枠となる。
【長刀】
所謂日本刀。巨大な刀を振り回して戦ったり、刀を振るった際に流れる金属音のSEが爽快感があり、プレイヤー人気が非常に高い。
反面使いこなすには相応にプレイヤースキルを求められるという難儀な武器。
分かりやすく言えばモン○ンでいう太刀。