第1巻第1部第9節 「お夜食到来 やや不作法 壊滅の印 剣帯角度論 そして」
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「 不可能? わが主にとって不可能など存在せんよ、 ダインバーント・グリム・ガスタム! 」
突然イヨルカが口を切った。翡翠色の驢馬はそれまでずっと頭を幽かに上下に振りながら大層静かに大人しくしていたのだが、ここにきて急にしゃべり始めたのである。しかしその声の調子にはどこか余所余所しい、否、微かに凶暴で短兵急な、本来の〔どことなく〕優しい〔時間を超越した〕性格とはまるで一致しない薄気味の悪い色合いが仄見えていた。
「 我々はいつでも、どこででも、好きな時に、ここを動いて、出てゆくことができる、そうする必要があるのなら必ずそうする、」
「 ほほほ、いよいよって訳ね、」
「 当然だ、しかしその前にまず腹拵えだ、」
「 いやに怒りっぽくなってるけどよほどお腹が空いたのね、」
「 お待たせいたしました、あら、皆さんお行儀よく座ってお利口さんだこと、で、話は終わったのかしら、」
木戸は音もなく開いていて黒衣の侍女が二人両手に巨大な盆やバスケットを捧げ持ちながら立っていた。〔ただし、長身の侍女は厚手の旅行用マントをぴったりと羽織っていた〕ランプの光が微かに震えている。テュスラは目の前で旋回しているセレン虫の群れを面倒臭そうに吹き飛ばしながら一番大きな盆を卓の中央に、右手に提げていた蜜酒グンナーハーベルの大瓶を主の斜め前、後のカイアスに運ばせてきた重い食器類とデザートの盆を自分の前に手際よく並べながら、自身の旅装も解き給仕に相応しい身支度をも点検し、若い侍女の歪んだエプロンの飾り紐をも正しく美しく直してやる。
「 でも、まあ、この面子ですんなりした話し合いなんて期待する方がどうかしてる、って訳かしら、ねぇ、カラン、」
カランソットは忌々しげに細く長く息を吐きほんの少しだけ肩の力を抜いた。しかしいかにもわざとらしい真面目腐った顔付きで給仕の準備をしているカイアスの動きを追う目線には殆んど場違いに優しげな、些か放心したような色調が浮かんで見えた。
「 おおい、テュスラ、こいつはちょっと豪勢すぎるんじゃないか、しかし大した手際でもあるな、あっという間にこんなご馳走がひねり出せるなんて全く凄いじゃないか、」
「 あら、そお、私は何も作らなかったし、そんな時間もなかったわよ、」
「 まさか、するとこれを全部カイアスが作ったのか、へぇー、腕を上げたもんだな、」
蜜酒を注ぎ分けていた若い侍女がぷっと吹き出した。テュスラはその危なっかしい手元に厳しい視線を注ぎながら一言だけ、
「 馬鹿なの、」
しかし、カイアス・ポレマンドーズが給仕をそっちのけにして驢馬の鬣の中に顔を埋め必死になって笑いを堪えているのを見ると、肉入りパイを切り分けていたナイフをさっとエプロンで拭い逆手に持ち替えて一直線に投げつけた。銀のナイフは若い侍女の右耳後ろに真っ直ぐ突き刺さるはずであったがそうはならず笑いこけて思わず驢馬の背中に突っ伏してしまった娘の髪飾りを掠め後ろの食器棚上段扉に深々と食い込んでしまう。
「 カイアス! ナイフを返してちょうだい! 」
「 テュスラ様、これ、深すぎて抜けません、それに冗談抜きで今のは危なかったです、」
「 ガーズ、それ返して頂戴! 」
庭男は無言のままあっさりナイフを引き抜いたがすぐには返さずほんの少し歪んでしまったように見える見事な細工の刀身に暫し見入っていた。ほとんど純銀製であり僅かにクロド鋼が混じっている。〔不可思議な、素晴らしい技術である〕 男は刀身を丁寧に拭い二本の指先で楽々と歪みを矯め直してから副女官長へと手渡した。何事もなかったようにパイは切り分けられた。
「 いっぺんに全部並べてしまいますからね、お好きなのからどうぞ、そうです、あまり時間もないんですから、えっ! デザートから寄越せっですって? まあ、よろしいわ、私にしてもこんな変則的な晩餐会にうるさいことを言いたくはないんですからね、ヨナルク様、では、」
「 ほんとのところ、誰が作ったんだい? ちょっと気味が悪いな、」
「 バーモス殿に決まってますでしょ、いくら私たちでも、これは無理、」
「 この豪華な砂糖漬け菓子なんか特に凄い、」
「 実のところ、まあ、偶然が良き方向に働いたと言ってしかるべきかと、つまりですね、突然、まあ、例によってでですが、ゼノワ様がお夜食をお命じになってたわけで、ただ今、バッタ伯爵と御会食中であらせられる訳、」
「 また、妙な時間に、妙な相手とだな、」
「 で、この料理はその献立の残り物という訳ですね、」
「 その会食はどこでなんだい、」
「 北塔の最上階、ロゥピリスの間ですわ、」〔これが、羊塔で、今は屋根がない〕
「 (噂が本当なら)ちょっと寒いかもしれんぞ、あそこは、」
「 全然問題ありません、タマーラ様がお給仕なさってます、あの人は完璧です、」
「 女官長自らかい、へえ、そりゃ大変だ、」
「 で、今、ウシアが偵察に行ってます、僭越ながら、あたくしが頼んだんです、今さっきそこの林檎の木のところで会ったものですから、ついでだと思ったんです、」
「 そりゃかまわんが、あれがそう素直に行ってくれるとも思えんが、おや、そうなのか、」
ヨナルクは手元のカップの中の液体の表面に現れる同心円状の漣が不規則に振動する様を暫く凝視めていたがすぐに些か意外そうな微笑を浮かべた。だがほんの少し呆れたようなテュスラの表情に気付くと気を取り直して蜜酒のグラスを取り上げた。
「 では、乾杯しよう、あらゆる花の中の花、最も美しい女王に、」
女王に、の言葉と共に、一度盃は乾され二度目も速やかに続いた。三度目はダインバーントが至極当然のように引き取った。
「 乾杯しましょう、女王の中の女王に、永遠の中に憩うものに、」
「 憩いなどありはせん、(まして、永遠なぞ・・・) 」
イヨルカがぶつぶつと呟いた。
*
「 それはそうと、さっきからずっと気になっていることがあるんだが、」
驢馬は特製のボウルに入った特製の秣に頭の半分を突っ込みながら顎が外れそうになるほどの咀嚼運動を一瞬たりともやめようとしない。巨大な臼歯がぶつかりあう物凄まじい音・・・
「 何のことだ? 」
「 ちゃんと答えてくれるのなら、二つばかり質問したい、」
「 おやおや、」
「 食うのかしゃべるのかどっちかにしろ、何を言ってるのかさっぱりわからんぞ、」
驢馬は、非常な勢いで肉入りパイをぱくついているカランソットを横目でじろりと見た。長姉ダインバーントは、優雅な手つきで小さな銀のフォークを使い糖蜜入りのゼリー菓子を厳かに口に運んでいる。ヒレィンは自分の掌の穴ごしに綺麗に着色された卵菓子を見つめるふりをしているが、実はそっと二人の姉を窺っているのである。
「 災厄というが、中身がわからんことにはどうしようもない、これが第一、」
「 ふむ、」
「 第二は、技術的な問題だ、もうかなり夜も更けた、東西どちらの門を突破するにしても好い加減きめておかないと、こちらにも心積もりというもんがある、」
「 鳥女と水蛇のところは無視か、」
「 やめなさい、カラン、口からものを飛ばすのは、」
男装の娘はフォークの尻でテーブルを叩く。
「 パストウィートだってもう、とっくに感づいているさ、」
「 というわけで、我が主よ、何度でも言うが、わしは何の意味もなく、曖昧なまま、この背中を使われるわけにはいかんのだ、」
ヨナルクは気難しげに見つめていたグラスを置き、一座を見回した。カランソットはカイアスを呼寄せ、グンナーハーベルを注がせながら何事か囁きかけている。侍女は耳元まで真っ赤になった。
「 まあ、もっともな意見ではあるな、」
痩せた修道士は目を上げ、奥の片隅で壁に背をもたせ腕組みをしたままじっと目を閉じている伊達男をちらりと見た。
「 まず、第二の質問の方から答えよう、全ての条件から見て、今夜に限ってはガルデンジーブスを突破するのが最善だ、これは間違いない、」
「 ふん、ご苦労なことだな、」
カランソットはいかにも行儀悪く、爪楊枝を使いだした。いかにもわざとらしい三文芝居めいた仕草である。
驢馬は咀嚼をやめた。頭上で、セレン虫が唯一匹、微かな鈴のような音とともに蒸発する。極微の青い放射光の影が卓上の銀器の煌めきの中に融ける。
「 この子は、栓にすぎんのだ、」
ヨナルクは空のグラスを両手に包みこみその底を覗き込む仕草をした。
「 しかも、二重、三重、いやそれ以上に複雑な封鎖弁、制御弁なのだ、このからくりはまだ誰にも見通せない、この私でさえ一体これの底がどうなっているのか、全く見通せない・・・・・・、」
「 いやに弱気だな、(それに、嘘八百だ)」
「 そうでもない、」
男は両の人差指を伸ばしその先端をゆっくりと近付ける。青い放射光球が陽炎のようにその隙間に出現する。その輝きはセレン虫の自殺光の比ではない。
「 私は象徴の言葉をあやつっているわけではない、わかるな、イヨルカ、」
「 グゥ・ムゥ・グゥ、」
「 第一の封印は、既になされていた、それがこの左目だ、無論、その“手”の主が悪神であるのか、善なるものであるのか、それは別問題だが、」
「 すこぶる、怪しいな、」
と、カランソット。
「 私は、そして、第二の封印をかけた、それがこの絶対の眠りの縛鎖と、日月箱だ、」
男は指先の青い光をさらに強めた。
「 にもかかわらず、にもかかわらず、だ、」
男の痩せた頬に苦々しい翳が浮き出した。
「 この子の存在は知れ渡っている、この虫どもの狂いよう、浮かれよう、これはどうなのだ? 私は失敗しているのか? 」
「 はてさて、」
と、遠間から、シド・レク。
「 薔薇の主たちも、かかる御執心の有様、いかに至近の存在とはいえ、私は、自身で自身のイメジを読み違え、あまつさえ、語りなおすことにさえ失敗しているのか? 否、それどころか、この私の術式さえも・・・ 」
「 何のことかしら、」
ダインバーントは、手馴れた優雅な指使いでゆで卵を剥き口に運ぼうとしていたが、明らかに緊張した面持ちでカランソットと目配せを交わしている。
「 災厄は、しかし、避けることができない、それは不可能なのだ、この子がここに、留まる限りは・・・、だ、・・・・・・そう、ダインバーント、おまえは、おまえたちは、いつもそうだ、自信に満ち溢れ、他を理解しようとしない、」
青い光球はほとんど実体化し今は両の掌の間、僅か12セカントの空間で光り輝く非在の卵、圧縮され局限された魔力髄核の塊と化している。二人の侍女はその光の渦の中心に恍惚として見入っている。テュスラは、直属の配下であるカイアス・ポレマンドーズの、ほとんど淫らなといってもおかしくない、奇妙に落ち着かない視線の前で、あろうことか透明な涎を垂らしていた。いつもは厳しく引き結ばれた口元は微かに緩み、長い犬歯の先が一本、濡れて、白く、ちらりと輝いている。壁際のシド・レクはそれらすべてを見てとっていたが指一本動かせず、ただ赤い目玉だけを両の眼窩の中で、非常な勢いで回転させ過熱させていた。その速度は既知の巨大回転体の自転速度に完全に一致していたのだがそれがどのような予測演算の為だったのかは誰にもわからない。
「 死が存在しないおまえたちには、あるいは、速度の意味すら存在しないのだろう、だが、死が存在せずとも、ある極限的な状態が存在する・・・、あらゆる意味が剥奪された、炎の地獄が、もっとも忌まわしい位相の転換が、瞬間の廃絶が・・・ これはもう予見などという生易しいものではもはやない、これを前にして我が神経は[・・・]のように激しく打ち震える、我が肉体の千の欠片に打ち砕かれるさま、・・・だが、重要なのは私のこのちっぽけな肉体のことではない、重要なのは・・・(そう、全ての・・・完膚なき壊滅が・・・)」
ヨナルクは、口ごもった。これはひじょうに珍しいことだった。ダインバーントが突然激しく咳き込んだ。上手にふかされた卵の黄身が咽喉の奥に詰まったのである。女は呼吸困難に陥りながら実は笑い転げていた。
「 駄目、駄目、駄目よ、ヨナルク! わかったわ、わかったからそれは引っ込めて、」
女はなおも笑い続けた。
「 あなたっていつもそう、大袈裟すぎるんだから、」
男は片方の眉だけを吊り上げ、忌々しさと照れ隠し〔?だろうか?〕の笑みを相殺しながら、それでも一世一代の悪戯を阻止された餓鬼大将のような膨れっ面を一瞬浮かべたけれども案外素直に両手を開き、印を解放する。青の光は消え、庭園の総面積の約四分の三までもを覆い尽くそうとしていた壊滅の手相も一瞬の揺らぎとともに消滅した。〔これは、遥か上空に静止していたドルナ・ゴンケルムがはっきりと視認している〕
「 ほんとにもう、非常識にもほどがあるわね、」
女は蜜酒で咽喉を洗い流した。
「 第一、そんな大爆発・大消滅を起こしたら、ゼノワ様に怒られるでしょうに、」
「 別にかまわんさ、怒られるくらい、」
男はハタハタと手をはたいた。
「 自分の主の居城を吹き飛ばし、自分の友達のねぐらを吹き飛ばし、しかも、欠伸ひとつですましてしまう、そんなことってありうるかしら? 」
「 誰かさんの強情のせいだというさ、」
「 まあ、」
「 とにかく、そういう訳なのだ、そろそろ行かせてもらうぞ、」
ヨナルクは立ち上がり素早くマントーを羽織った。ひどくお淑やかな風にナプキンを使っていたテュスラだったがほとんど予期していたような流れる動作で宝剣を取り上げ自在剣帯と共に主に手渡す。男は剣を腰にさげた。恐ろしく微妙な角度で、上半身と下半身を別々にひねってみる。
「 待て待て待て待て、話はまだ終ってないぞ、」
「 いや、もう充分だ、」
日月箱の乱れと歪みを点検し、糸屑やら藁屑、そして何やら得体の知れない液体の痕跡でも残ってやしないかしらんと、入念に拭き掃除をしていたテュスラは目ざとく主の仕草を見咎めた。
「 やっぱり返してください、それ、」
「 なんでだ、」
「 全然似合ってません、それに、」
「 それに何だ、」
「 多分、引き摺ってます、たいへんカッコウわるいですわ、」
「 そんなことはない、ちょうどよい具合のはずだ、」
「 だってそれ正面抜き打ち型の変形角度じゃないですか、全然意味がないと思いますけど、」
「 奇襲を受ける可能性はいつだってあるぞ、」
「 馬鹿馬鹿しい、あたくしが持っているほうが、ずっと早いです、わかりきったことですわ、ねえ、イヨルカ、なんとか言いなさいよ、あんただって剣の鞘がばしばしって横っ腹とか、おくり足に当たるのは遠慮したいでしょ、」
「 ふん、おまえはなにもわかっちゃいないな、」
奇怪な緑色に染まった驢馬は酷く険悪な口調で答えた。ガーズが鞍と手綱の用意をしているのを忌々しげに横目で睨みつけている。
「 腰に得物がある、このずっしりとくる感覚が重要なのだ、」
「 馬鹿馬鹿しい、」
「 馬鹿とは何だ、馬鹿とは、この馬鹿女めが、」
「 ははん!」
反身になり鼻先で笑いとばした。
「 馬鹿さ加減であんたと勝負する気なんてないわ、それにあたしの宿主メイファーラー夫人がどれだけ賢い人か、あんただってよーく知ってるでしょ、」
「 馬鹿め、クレサント殿だって疾うにあきれかえっておるわ、」
しかし、ヨナルクは黙ったまま素直に剣帯ごとドリュムフォーンズを手渡した。侍女は無造作に受け取り自分のマントの下にくるみこむように隠してしまう、
「 ワシは、反対だ、」
「 なんでよ、」
「 とにかくだ、ああやって剣を提げているといろいろと恰好がつくのだ、」
「 どういう恰好よ、」
「 女のおまえにはわからん話だ、それにお前は(抜くのが)早すぎる、」
「 早すぎてなにが悪いのよ、」
「 無用の詮索を招くということだってある、」
「 襲ってくる奴に遠慮なんて要らないわよ、それにたとえ観測者がいたとしても別に処理すればいいだけだし、」
「 ガーズ、」
日月箱を背負ったヨナルクは侍女と驢馬の口論には頓着無く庭男を呼び寄せ、深く屈みこむとその耳元に二言三言囁いた。庭男は項垂れたまま微かに頷いたが燻んだ黄蝋色の肌からは確かにそれと知れぬほどではあったが血の気が引いたようである。日月箱がガタリと鳴り、男は長い両腕を垂らしたままどこへともなくゆっくりと会釈をした。
「 では、しばしのお別れだ、」
男は腕を振った。〔大仰だが、いささかも宮廷風ではなく、ほとんど風を招くように・・・〕
奥の暗がりに立つシドレクは胸に手を当て軽くお辞儀をする。紅い目玉が小さく鋭く濡れたように輝いている。
「 ダインバーント、」
男は呼んだ。女は妹二人を従えたまま優雅に扇を使いつつ一歩踏み出した。無遠慮に差し込んだ月光が白銀の髪飾りと溶け合っている。
「 異論はないと思うのだが・・・」
長身の修道僧は左手を伸ばし傷だらけのテーブルの端に触れた。既にカイアスは無駄なく動き廻り小晩餐の跡はほぼ片付いている。ただ、飲止の薔薇茶のカップが一客だけ残っている。その底にはセレン虫の微小な死骸が一つ何ほどかの無念を訴えつつ所在無さ気に浮き漂っている。男は何気なくカップを取り一息に飲み干してしまった。カイアス・ポレマンドーズが待構えていたように茶碗を引き取り受皿と共に丁寧に拭うと食器駕籠の中に仕舞い込んでしまう。若い侍女の蒼白い頬に微かな鴇色の斑点が浮かぶ。
「 私の考えは変わらないわよ、ヨナルク、」
薔薇園の姉娘は胸前で手を合わせた。しかしもちろん、敬虔な祈りの仕草ではなく優雅な指先は複雑に絡まりあい縺れ合い何ごとかひとつの複雑極まる思考の核を暗に解きほごそうとしている風情であった。〔この指遣いにはゼノワの癖が反射している・・・?〕
「 でも、あなたの決意のほどはさっきのでようくわかったから、やっぱり穏便に御見送りする事にするわ、」
「 姉上!」
カランソットが不服そうに叫んだ。長剣の白銀の柄頭に両手をのせている。
「 ヒレィン、イヨルカにお別れを言っときなさいよ、」
小娘は驢馬の首を抱き、緑色の鬣に顔を埋めている。何か口の中で呟いている。鞍はしっかりと固定され手綱は末娘の左手にしっかりと握られている。