第1巻第2部第2節その22 「終りと始まり その4 die Passion=苦難(ゲキトウ)の予兆」
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空は粛然と晴れ上がっていた
風はなく、ようやく西に傾いた太陽が少女の左半身を照らしていた
やや黄色味を帯びた光が赤髪に蔽われた横顔を物憂げに照らし出している
何の痕跡もない細い首筋
壊れそうな肩先
かすかな柔らかみを帯びた胸
そして下腹は臍から陰部にかけてぽってりと膨らみ
何か熟れ落ちる寸前の果実のように
だが全体のプロポーションを崩すほどの厚みではなく
優しげな、しかし儚い曲線をえがいている
左右に三度ゆっくりと首を振る
寝起きの、覚醒前の呆けた状態なのだろうか
自身とそして周囲の状況さえ全く把握できていないようだ
ただ見渡す限りの虚しい夏の野に
たった一つ打ち込まれた巨大な黒鉄の楔
剥き出しの荒々しい感情の三角錐が屹立し
爆散寸前の予感に震えている
それがそのまま唇の震えとなり
それがゆっくりと右手を持ち上げ
ある一点を指し示す
その指先も震えている
薄い唇がキツく尖り渾身の息吹とともに
たったひとつの言葉をもらす
「ウ ソ ツ キ!!!!」
指さされた男は初めて会ったときの姿
杖もなく、草緑色のマントー、青い尖んがりに黄金の鎖を巻きつけた
巨大なつばの三角帽をかむっている
青灰色のヒゲは痩せた胸の中央までも届いていない
男はひさしの影の中で微笑んだようだったが
一言も発っせずただ同じように、ただ 遥かにゆるゆると
左右に首を振った
全裸の少女は深呼吸をするように
いっぱいに両腕を広げる
白銀に輝く左手が弧を描く
両手を開き また閉じる
(動きを確かめるように)
そうして作られた硬い拳を
まるで開戦の合図のように
自分の胸前で打ち合わせる
(鈍い、ガラスの鐘を砕くような音)
「いいわ、地獄なら地獄で」
そう呟いたアトゥーラは
初めてあたりを
新世界に降り立った鳩のように見回した
そして沈黙の内に固まった異様な視線の
異常な集中の焦点が自分の体の一点にあることを
本能的に理解する
そして再び呟いた
「また、始まるのね」
*
周りの男たち、そしてウェスタは何を考えていたのだろうか
いや、なにも考えてはいなかった
ただひたすらに、光り輝く少女の裸身に見蕩れ
魂を無くしているようだった
ただそれぞれが胸の内に抱く欲望は
それぞれの性癖に従い千差万別
しかし滾りたち暴発寸前であることでは全く等しく
思考はただその実現のためだけに
ありとあらゆる状況と方策を組み立てては壊し
組み換えては言葉にならぬ呻きを上げているのだった
誰が口火を切るのか、それだけが
すべての視線の交錯と混沌
その定かならぬ基底を支配していたのである
だがそれもまた唐突にやってきた
ついに一人の男が剣を抜き
少女の隠れて見えぬ左目のあたりにピタリと突きつける
グリモー・アナスだった
その表情は隠しきれぬ愉悦に満ちている
いなむしろ破壊と凌辱への予感に濡れそぼち
息もできぬほどに喘いでいると言ってもよい
「復活しやがった! 地獄の悪鬼、いや魔女め!」
男の乾いた声が紙のかさつくように
だが誰の耳にもはっきりと
イヤにはっきりと響く
男は右の半身をとり
そしてゆっくりと剣を鞘に戻しつつ
間合いを詰めてゆく
さらにもう一歩踏み込む
と
アトゥーラは鋭く振り向き
その足元を指さす
「そこ! その花を踏むんじゃない!」
そこには可憐なシロバナスミレがおり
その上には金色のサシガメがとまっている
吸血性の強力な昆虫である
「踏むなよ、それは踏まれたくらいじゃ死なんし
とっても頑丈だが、肢の一本でも傷つけたら
絶対許さんぞ」
男はあっけにとられ抜刀寸前
打刀の柄にかけた右手を
おもわずとりはずし身を起こす
だがニヤけた表情は変わらず
口元の歪みにはさらに深い皮肉の皺が刻まれる
「おまえ、なにもんだ!?」
再び柄に手をかける(しかし腰はのびたままだ)
「大した口のききようだが何様なのか、な?
それともお聞きするには許可が必要かな?」
アトゥーラの頬に一瞬怯えたような影が走る
が、薄い唇には凍りついたような微笑が浮かび
全否定の微笑が浮かび (ステバチ?)
碧緑の隻眼には素直な驚き
いな、素朴な疑問に満ちた
単なる好奇心に近い煌めきが明滅しているようだ
「ほうおーーーい、そおいうあんたは」
全裸の小娘は完全にこちらに向き直る
「さんざあたしをおもちゃにしてくれたご立派な副隊長さんだな」
「覚えてくれてるのは光栄だがそおいうおまえはやはりアトゥーラなんだな」
小娘は素直に頷いた
そして白銀に輝く左手をかざし
正面の西日に
静かに落ちてゆく太陽の
幾分乱雑な放射に
挨拶と遮りの無礼を詫びる合図を送る
*
「その左手はどうした、さっきまではなかったな」
「勝手に生えてきたってことにしとこうかな」
言いながら右手に佇む老巡礼をチラリと見た
そしてその表情に憐れみの欠片も無いことを知る
が、そのことに動じる様子もないアトゥーラを見定めた男は
おもむろに三角帽を取り虚空へと投げ上げる
帽子は黄金の鎖とともにそのまま青空へと溶けて消え・・・
いや一向に消えず
まるで帽子掛けに掛かったかのように
中空に静止している
ただそのことに気づき見上げているのはアトゥーラだけで
全ての男たち、そしてウェスタはやはりまだ
アトゥーラの体の一点に意識を縛られたままである
斜め下に向かって開いた三角帽の底からは
徐々に木の枝が現れ出す
それは一本の樹木の成長の逆回転
再構成というべきか
葉一枚
そして一本の枝から
ついに樹冠の先端まで33メルデンはあろうかという
大木にまで
霧のように立ち昇り 昇華する
だが幻影ではない
真実の木
一本のトネリコだった
「さっき燃えてた子?」
「そうだ」
「ウソね」
「ウソではない」
「あの木ではないの?」
「あの木であり、あの木ではない」
「ここに移すの?」
「お前次第だ」
「そう」
アトゥーラは柩でもあった箱車から降り立ち
ほんの一瞬その側面を撫ぜた
「あんたの兄弟に挨拶してくるわ」
そして黄金の花の咲き乱れる草地を踏み
新生した一本の木、だが灰の木とも呼ばれる
荒れた肌を持つ
いかにも錯綜した
巨大な幹の集合体へと近付いてゆく
白い足取りは軽やか
そして豪雨のあとの地面が
もう乾いていることに気づきもしない
変形を続けていた木は
アトゥーラが寄り添ったときには
もうただ一本の
つややかな幹へと変身していたのである
*
アトゥーラはその滑らかな幹を抱き、手を回そうとしたが
もはや届かない
青灰色の樹皮はトネリコのそれではなく
いいようのない 人肌の弾力をもち
徐々に白く輝き始める
やがてその表面に若い男の姿が浮き出てくる
その顔はどこか見慣れた 年齢を超越したものだ
(ヒゲはない)
そしてその長い腕を伸ばしアトゥーラを抱き締める
アトゥーラは足を開いて巻き付け全てを受け入れる体勢をとる
交接しているのだ
尻を蠢かし
腰から下を
すりあげるように絶え間なく痙攣させるソレは
例えようもなく淫靡であり周囲の
全ての視線に対する極限の挑発でもある
か細い蒼白の裸身はいまやほのかな鴇色に染まっている
長い腕は背中をなでさするようにおりてゆき
震える尻を鷲掴みにする
そうしてそのまま力を込めアトゥーラの下半身を没入させてゆく
最後に首だけとなった時、木の男の唇から舌を引き抜き
なにかを確かめるように老巡礼、いや
ドナドナを顧みた
男はヒゲをしごきながらじっとこちらを見守っている
ただその視線には、かすかに曖昧な二重性
同時に異なるものを見つめているような曖昧さ
平たく人間的にゆえば
どうにもうわの空といった感じがほのみえた
アトゥーラは首を振ろうとしたができない
そのまま不服そうに木の幹に沈んでゆく
最後に燃えるような赤髪が一本
挨拶のように左右に揺れ
そして消える
あとには青灰色のすべらかな樹肌が残る
木は全ての葉、全ての枝を震わせ
青白く燃え始める
*
そもそもこの茶番劇の最初から
ギドン・オルケンの様子は異常極まりないものだった
素裸の少女が、首無しのまま、黒い棺の上に立ち上がった時
少しの迷いもなく自分で首を拾い上げ
完全な体となり老巡礼に向かって何かを詰るように
指差しした時
その時、その小さな、瑞々しい果実の如き尻が
その見事なまでに鮮やかな割れ目が
己に向かってほとんど笑いかけたように感じた時
男は
ついさっき危うく自分自身で
この少女を絞め殺しかけた時抱いたはずの
ほとんど言葉にするも憚られる言語道断な感情を
全く同じように、いな、さらに強烈に心の奥底に感じ
さらにその上にその全てを凌駕する
さらに異常な感動を覚え、しかもそのことに
なんの疑問も抱かなかったのである
男の全身はある純粋な喜びに打ち震えていた
純粋?
いやそうではない
この感情には、かかる異様な少女を巡る全ての因果の糸の
まったく解きほぐし難い、ほとんど全時空体系を
端から端まで一本の弦に繋いで共振させる
ある一つの単音、いな、無限に複雑な
だが一見、単一の音響効果を示す振動体
いな、交差錯綜体の如き共鳴反応が伴っていたと言うべきである
男の全身がその言語道断の喜びによって
前代未聞の興奮状態に陥り制御不能の待機状態にあることは明白だった
だが突然現れた燃える木が少女を取り込み
再度の消失状態を現出させた時
男の中ではある致命的な亀裂が生じたらしい
その空隙が一瞬の冷静さをもたらしたのか
男はその通り名のごとく
狼の唸りに等しいくぐもった怒声を噛み殺しながら残る15人
おのが軍団の中核をなす最精鋭、まったく選り抜きの
家臣どもを見回した
いまやその 全ての視線はアトゥーラの消失点
青く不気味に燃え上がる木の幹の中心に注がれている
「あれを切り倒す!」
ゲイルギッシュのギドンは吠えた
そして魔剣を抜く
【後書き】
出たり消えたり忙しいヒロインです
振り回される男たちがアワレ
そしてもっとかわいそうなのが
原作者に訳文のヒドサをけなされまくり
たたかれまくっている訳者のアタクシ
いえ、こないだの内視鏡検査は無事終了、
ポリちゃんを3つほど取っただけで
無罪放免とはなりましたが
ストレス性腸内粘膜の炎症多数とかなんとか
もうズタボロだそうです
エグい写真をいっぱい見せられました
いえ、グチはいけません
・・・
姉様はこのごろ冷たいのです
年末のせい?
ああ、シリメツレツです
お正月
無事越せますように
いえ、
どうかみなさま
良いお年を




