第1巻第2部第2節その21 「終りと始まり その3」
「お、おい、い、いま動いたぞ、」
バイ・メダリオン副隊長グリモー・アナスは
少し後ろにいた同格の副隊長ラン・カスイードを振り返る。
「なにが、」
「なにがだと! アレだ! あいつの唇が!」
「この土砂降りだ、動きもするさ、」
「ばかな、やつめ、なにか俺に」
「いいから早く続けろ、あとがつかえてるんだ、はやくすませて埋めてやらんとそのうち溶けっちまうぜ、
ってか、こっちが冷え切っちまわーな、」
「ばかな」
「ほれほれ、はやくしろ、デグがあきれてるぞ、」
グリモーはしかし突然我に返ったように己の滑稽さ、醜態ぶりに気付く。
ギドンを始め幕僚たち、サラザン父娘も、無言のまま、しかし憐れみと侮蔑が入り混じる奇妙な目付きでこちらを見ているようだ。
そう、死んでからもこの小娘は俺に逆らい俺の神経を逆撫でにする、
クソっ! ウェスタ、そんな目で俺を見るな!
おまえの望み通りになったんだ、俺はお前に感謝されこそすれ、
そんな目付きで見下される筋合いはこれっぽっちもないはずだ、
クソっ! ああしかし! あの剣は・・・
あれは・・・
素晴らしかったな・・・
しかもあの腕の冴え、滅多に使わんはずの宝剣を持ってきたってことは
やはりな、あああ、しかし、いい女だ、あの体つき、さっきの腰の捻り、
残心のとり方、ああ、くそう、必ず抱いてやる、抱いてヨガらせてやる、
あの高慢な顔が苦痛と快楽に喘ぐザマを、
くそ、さっきもそうだ、口を吸わせもしねえ、ヤツが俺に気があることは確かなんだ、そうでなければ馬部屋の秣棚なんぞにしけこんだりするものか、
くそ、ギドンが来なきゃもう少し上まで見れたものを、あの足のスンナリと形のいいこと、あの足首の締まりよう、
くそ、膝までも見せやしねえ、
ま、いいか、アレが死んでジャマモンがひとつ減ったとも言えるからな、
ヤツの気を引くためだけに(そう だったよな)
随分とアレをいたぶったが、まさか自分で殺っちまうとはな、
ふん、なにか言いたいのなら、言うがいいさ、
言えるもんならな、こんどは俺が殺してやるぜ、
本式にな(あんなアッサリと ではなく だ!)、
さっきみたく甘い手加減は一切無しだ、全て引きちぎってやるぜ、
ハラワタを引き摺り出し目ん玉をくり抜いてやる、
それから犯してやる、穴という穴
いや、肉という肉をな、
どうだ、いっそのこと、蘇ればいい、
ありえんがな、天地がひっくり返ろうとそれはない、
俺は一体さっき何を見たんだ、ありえんことだ、
唇に跳ね返る雨粒に何か光が反射したのだ、
それしかない
「そうだ、アトゥーラよ、それがお前の運命だったんだ」
小男はわざとらしいぞんざいさで花を放り投げ
わざとらしい荒々しさで印を切る。
そうしてどうにもあきれた顔つきのデ・グリームに場を譲る。
・・・
・
・・・
・ ・
・
・ ・
*
「嬢ちゃんよ、おれは、あんたのことをよくは知らんのだ、な、名前だってさっきお、覚えたくらいでだ、い、いや、しる、知ってたかな、随分前にもお給仕してもらったことがあったっけな、あでは負け戦の帰り道だったがな、片手でもよく動いてた、だっけな、まだ随分と小さかったがな、そうだ、あんときも我が主がお前を蹴飛ばしてたよな気がする、どうか、我が主のこと、許してやってくれ、
(かなり小声になる)
そ、それに、おれもだ、おれはあんたが切られるのは反対だったんだが、な、な、なにも首切るほどのことででばねえってごぐどが、いいい言わなくちゃならんだったがいえんかったのんど、」
男は平服の腰回り、カットスカートのポケットから小さな紙包を取り出し花束と一つにした。そして印を切りながら投げ込んだ。
「じ、じぃくぁし、な、なんだコレ、も、もう、真っ暗じゃねえか、ひ、日暮れまでま、まだだいぶのは、は、はず、」
ただ一人平服のこの男は、しかし不安気に腰の後ろにたばさんだ秘蔵の短刀をまさぐった。
激しい雨音にもかかわらず老巡礼の読経の声が朗々と、
だがそれは慰めと鎮魂の響きではなく、
何か途方も無くこの場にそぐわない、
木々の葉を舞い震わせ、大地に根付く大岩をも揺るがせるような
一種異様に長大なリズム、
海原の大海嘯のウネリにも等しい、
無窮動かつ無限遅延の変化を伴っていた。
単調だが烈しい、ほとんど耳を聾する雨音が通奏低音としても強力すぎる伴奏をつけている。
「こ、これは、ま、真っ黒黒、じ、自分の手のひらも見えやしねえ、」
従士デ・グリームはさっきとは反対側のポケットから防水マッチを取り出し擦ってみる。火はついたが何ほどのことはない、自分の周りが漆黒の闇に閉ざされていることがわかっただけのことである。
「お、おい、ラン殿、いるか、ロ、ロキスハム、いるのか?」
返事はない。ただあちこちで小さな明かりが見えるのは、皆が皆、同じように防水マッチやらオイルマッチを擦り、この異様な暗黒を追い払おうと試みているらしいのだ。だが全ての明かりは、ほとんど実体に等しい強力な暗黒に押し込められ半径100セカントほどの球体にまで圧縮されているに等しい。なんのことはない、マッチを持つ右手が約13個ほど、漆黒の闇の中に浮かび漂っている、無骨極まる手首だけがボンボリとなって宙を彷徨っているというわけである。
と、突然、読経が止む。
ただ雨音だけが、大地を犯し、折檻するかのように音高く、
不滅の演奏を続けている。
*
大地を覆う全ての物質の表面が
狂気の如く打ち叩く
この異様に強力な雨粒によって
無限の打楽器と化し
ただ一つの旋律、ただ一つの打音を奏でているのだ
それはただひたすら
セッ○ン、セッ○ン、セッ○ン・・・ ・・・ ・・・
というのだが、むろん、そう聞いたものは
誰もいない
だが、事実はひとつである
真実はひとつである
人はすべて、おのれ独りの暗黒に閉じ込められ
互いの声を聞くことすらできない
貧弱なマッチの光に照らされた手先のみが
漆黒の闇の中に明滅する・・・
*
そしてマッチをつまんだその最後の手が
垂直に降りしきる豪雨の中
搔き消すように見えなくなる
それが誰の手であったか
もはやそんなことはどうでもよい
だが、この場のすべての人間が
いまや聴覚のみに頼り切り
ただひたすらに
雨音以外の
何か違う音の変化を聞き逃すまいと
極度の注意を集中している
いまこのとき
やはり突然
それは訪れたのだった
*
そう、まさに突然である
イヤにスッパリと 雨があがる
あがりきる
そして白々と夜が明ける時のように
すべてのものの輪郭が
その本来の線と色を取り戻してゆく
その腹立たしくなるほどの悠揚たる時の歩み
人には認識できぬその歩みの速度が
ある臨界に達した時
(ゆえに無時間の間隔、いな、間隙なのだ)
再建された世界が突如その姿を現す
その瞬間
墓石と柩、そして墓穴を囲む
全ての人間どもの位置はまったく変わってはいない
けどもいまはその時
命あるものすべての視線はとうてい信じられぬ一点に集中していた
黒い箱車、即席柩の真ん中に
首の無い小娘が一人
およそこの場にそぐわぬ
なにか探しものでもするような
落ち着かぬ素振りで
すっくりと立ち上がっていたからである
*
そしてくぐもった、だがいささか怒気を孕んだ、そう弱々しくもない声がする。
「あ、あれ、ここ、どこ、せまい、そら? なに、あれ、む、むせる」
首無しの体はよろよろと振り返ると柩の端にしゃがみ込んだ。そしてまた
くるりと回転しながら立ち上がる。
両手に自分の首を抱えあげた姿は
なぜかひどく間が抜けて見え
しかも矛盾したことにひどく活力に満ちているのだ。
燃える赤髪に碧緑の隻眼、紛れもなくアトゥーラなのだが
その顔はなんの疑いもなくそうなのだが
顔というものはヘソの位置にあるとどうにも座りが悪い
というかむしろ邪悪である
と そのように自身感じたのかはわからないが
そそくさと両手を持ち上げ首を定位置にのせる
そうしてそれはあたりまえのようにぴたりとおさまった
まるでうまれたてのように
そう
つぎめもなしに
・・・
うまれたて?
そう
そのように
少女は全裸だった
【後書き】
ナマゴロ第三弾
またアンマリなとこでとまっております。
スミマセン
もうなにを言い訳しようにも
とおてえ許されない・・・・・・・
といふよほな・・・




