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第1巻第2部第2節その20  「終りと始まり その2」

まだ早いのに辺りは夕暮れのように暗い、

今はまだそれほどでもないが雨脚は次第に強まる気配である。

「ギドン」

「ああ、わかっておる」

アーモアの促しにかすかに頷いた。

隊士たちは既に整列し、その手には思い思いに小さな花束が握られている。

仮止めの覆い(本来二分割式の木蓋だが補強され一枚蓋になっている)は外され

既に花に埋め尽くされた感のある小さなアトゥーラの姿が現れた。

とはいえ、見えるのは顔のあたりだけ、あとは金色と緑の、花と葉と枝茎ばかりなのである。※1

右目はギドンの指によって既に目蓋の下に隠され安らっている。

小さな低い鼻、薄い唇、対照的にほとんど魁偉に盛り上がった額、

そして雨に濡れ鈍く輝いている赤髪は生前の意固地な手癖のままに左目を隠している。

痩せて尖り、ほんの少し横に張り出した華奢な顎先はやや上向きに、

なにか物問いたげな、いな、不服がありそうな角度である。

狼伯爵ギドン・オルケンは柩の足元側に立ち、

花の海に浮かび出た白と赤、※2

たったの10年、この世の空気を味わっただけの、おのが養女、

ある誓約の元に託された孤児(ミナシゴ)の、

ほとんど浅浮き彫りの如き蒼白の死顔(デスマスク)を見下ろした。

ゲイルギッシュを前に立て、その重い口を開く。

「アトゥーラよ、お前の短い生になんの意味があったのか

それを問うことは私にはできない、そもそも生にはなんの意味もない、

そのように呟く口、広言する口は数多(あまた)だが、それは言葉の上だけのこと、

誰も、何も、わかってはいないのだ、生は死と合わさってのみ意味を持つ、しかしそれを真実に味わったものはまだ誰もいない、」

男は頭の側に立つ老巡礼、いな修道僧でもある長身の男へ目配せを送る。

青緑色の長いヒゲの男はどこから出したのか葬礼用のストールを首にかけその左の端を持ち上げた。そしてその暗緑色の粗末な布にキスすると右手の人差指を鉤形に曲げ空間印を描く。円と十字、三角、四角、そして無限印である。

「我々は今、一人の死者を冥界へと送る、このモノの生前の罪は現世では裁かれたがそれが全てではない、冥界の掟は人智ではうかがいしれぬ尺度の下にある、

さて、ここに集う者どもは、生前このモノと関わりのあった者ばかりである、彼らがこれから献ずる花は冥界へのミチシルベとなり、

かつ善と悪の秤を祝福の側へと傾けるだろう、

我が経文はその手助けとなるだろう、」

老巡礼アゥーレェーン・グロウフォードは三度膝を折り、立ち上がってからは銀の杖をアトゥーラの頭の上へと傾けたまま読経を始めた(鳥はいない)。

ギドン・オルケンが頷くと先頭のエイブ・サラザンが進み出る。

そして手にした花束、レグリザンドを投げ入れた。※3

「エイブ、なにか言ってやってくれ、」

長身、長腕、眇の男は軽く黙礼する。

そして無限印を切った。※4

「アトゥーラよ、」

雨脚がさらに強まる。



「・・・ そしてお前はその不自由な体でよく働いた、

大殿の軍団の一員として、そしてむろん、我が銀猫亭の働き手としても、

その働きに不足はなく、その存在は我らの慰めともなった、そう、」

ー 俺は決しておまえが嫌いではなかった、そう、おまえを虐げ、酷使し、慰み物同然に扱ったことは、そう、それは真実ではない、事実ではない、しかし俺は時の流れには逆らわなかった、そのことは懺悔しよう、

我が娘、ウェスタと同列に扱わなかったことは、これは人情の自然としては許してほしい、時にお前はあまりにも異質だった、ウェスタはそのことに苦しんだが、よく耐えていた、俺は・・・ ー

「そうして俺は、ただひたすらにおまえが安らかに眠ることを祈る、」

終わりに開放印を切り退いた。

ウェスタが続く。

身振り。

「アトゥーラ、あん、あなたの存在は私には慰めであり、けれども重荷でもあった、けれどもここにこうしてあん、あなたの眠る姿を見て、私は、正直に言おう、ほっとしている、そして仮にも姉と呼んでくれた私の手でおまえを送り出せたことは、実を言うと私の誇りでもある・・・ 」

ー ほんとのことをゆおう、あたしはまだ実感がない、あんたの首を斬ったのはあたしだ、だがほんとに斬ったのか、よくわからんのだ、手応えはたしかにあった、刀の血糊も拭き取った、あんたの首が落ちる音も聞いた、だがあたしの刀は違うと言っている、何が違う、だが違うと言っている、これは母の形見、母が愛した美しい人の形見という、神剣という、

それが違うといっている・・・ ー

「終わったのよ、そう、あとは安らかに・・・ 」

言葉は続かず、そのまま花を投げ込んだ。シロバナスミレの花束である。

大粒の雨が花を打つ。これまでに投げ入れられた花はすべてまだ、今摘み取られたばかりのように生き生きと輝き少しも萎れていない、それは嵐を孕んだ湿気が、まえもって仕掛ける舞台装置としての役割分担、その差配のお陰としか受け取れない。

アーモア・ライトが進み出る。

身振り。

「アトゥーラ、俺もあんたに許しを乞わねばならぬ、俺はあんたが大殿の娘となった、その場を証しする証人の一人なのだ、そしてこれまで、あんたがこれほど世を厭うまで思い詰めただろう、そういった事の次第をすべてとは言わんが、ほとんど知っていた、そして黙認したのだ・・・ 」

ー ことが終わった今となっては何を言っても言い訳に過ぎんだろう、だが、ギドンの取り乱しようを見ては、どこで、なにが間違ったのか、それを追求せねばならんという、その思いはますます強くなる一方だ、

俺はギドンを昔から知っている、ヤツが何を思い込み、何を決めつけていたのか、このささいな行違いが、どんな重大な結果をもたらすのか、それを見極めることは、それは俺が・・・恐ろしい・・・ ー

「もう、ゆっくりと眠ってくれ、」

印を切る。

グレンゴイールが進み出る。

「アトゥーラよ、お前の存在が無に等しいことは、そんなことは始めからわかっていたことだ、お前は我らが軍団の上に舞い落ちた無の欠片(カケラ)、一瞬の響きの内に消え失せる夕暮れの子どもの呼び声、虚しく、果敢無い悲鳴のカケラだったのだ、だがその響きのなんと長く、執拗に心を乱すことだろう、私はお前がこの国を、我々の軍団を呪っていたことを知っている、だからこれは正当な報いなのだ、だが俺は一滴だけだが涙を献ずることとする、お前が我々にもたらしたものが何なのか、いずれ知ることになるだろうが・・・ 」

裏表のない男なのであろう、男は発言のままに正確な身振りとともに献花を終わる。印を切り場を譲る。

そしてグリモー・アナスが進み出た。



いまや土砂降りの雨が全ての生ける(ヒト)死人(シビト)、墓石と墓穴、経を読む老人をも、

遍在する水の世界に封じ込めようとしている。

不穏な大気の轟きが徐々に近付いているようだ。

グリモーは進み出ながらウェスタ・サラザンの濡れそぼつ姿を盗み見た。

濡れた衣装は肌に張り付き、肩のなだらかな丸み、乳房の膨らみを際立たせている。エプロンの裾はかなり汚れている。

「アトゥーラよ、」

男は何食わぬ顔で続ける。

「俺だって何もお前が嫌いじゃあなかったんだ、」

激しい雨が死んだ小娘の薄い唇を、まるでこじ開けようとでもいうように

強く、執拗に打ち叩いている。

東の空の奥、より暗い彼方が光を孕んだように、微かに光る。

遠雷が響く。

「アトゥーラよ、確かに俺はお前にツラクあたった、」

そして印を切り、左手の花を投げようとする。

が、その手がピタリと止まる。







【原注】



※1 ただし、鋭い棘も混じっていることに注意



※2 白と赤  もちろん、顔の蒼白さと髪の毛の赤だが、祝福、祝祭の色、死と生の対照からの神の婚姻色という意味もある



※3 レグリザンド  キンポウゲとシロバナスミレを束ねたもの



※4 無限印  Zを描き最後に始点に戻る ∞印の竪型にみえる、

そして砂時計をも象る 通常人差指は伸ばしたままで描く



【後書き】


「ナマゴロ」第二弾です

すみません


なんかシャリーどん、ひーふー言っております

つっこみたいのはヤマヤマなんですが

ここはそっとしとくべきなんでしょうね

次回更新がいつになるか謎です


えーー あたくしめも仕事場が修羅場モードへと

明後日火曜日から突入の予定。

ついでにいうと、昨日まで二日間急性胃腸炎で

熱出して絶食してました(もちろん仕事には行きました)

いいダイエットになりました トホホ

それではみなさん、良いお年を・・・

を・・・

・・


ああ、だれか突っ込んでえぇーー 

(あねさま、出張中)


20251123


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