表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/83

第1巻第2部第2節その19  「終りと始まり その1」

「最後に聞くぞ、これが最後だ、」

ギドンの体は後退しその目配せを受けたウェスタが進み出る。

右手には既に抜き身の雌剣が輝いている。

「偽証を認め、そこの巡礼者の教唆を告白せよ、

それを誓うなら処刑は取り止めとする、」

アトゥーラは目の前の墓石、ほとんど枕のように滑らかな暗赤色の火山弾、はるか以前、自分が運び、据え付けたおのが母親(イヨルカ)の墓標を見つめていた。微かに唇が動き、何か呟いているようだ。

ー 光は牢獄に等しい、そこからの脱却は不可能に等しい、

ただひとつの道は ー

「こたえろ、アトゥーラ!」

「あたしは嘘はついてない、その巡礼は知らない、」

「ウェスタ! やれ!」

剣光一閃、小さなアトゥーラの首は地に落ちた。

まさに椿の落花にひとしく、やや(あおの)けに、膝と墓石の間に

その碧緑の右目は大きく見開いたまま、

そのままに

まだ日も高い、澄んだ青空を見つめながら

あまりにも素直に、簡単に、地に落ちた。

残されたか細い体は、微かに、円を描くように揺れていたが

やがてゆっくりと左に傾きそのまま倒れた。

間歇する血の噴出はすぐにおさまった。

墓石と茣蓙の半分が

鮮紅色に染まっている。

ウェスタは剣を拭い鞘におさめた。そして片膝をつき主君に向かい黙礼する。しかしその言葉を待ちながらゆっくりと(かお)を上げた時、その背中には冷たい衝撃が走ったのだった。

おのが主君、通称狼伯爵、ゲイルギッシュのギドンの表情は

それほどに異様な、驚くべきものだったからである。



ー これはなにかの間違いだ、そんなはずはない、ありえないことだ ー

伯爵の顔面は文字通り涙の描き出す象形文字が蠕虫のように蠢き這い回る、

完膚なきまでに破壊された迷宮の残骸、

復旧不能、再建不可能の廃墟の如き様相を呈していたのである。

しかしそれも一瞬のこと。

男は蹌踉(よろ)めき後ずさった。巨大な魔剣がその背を支えなければ完全に転倒していただろう、それほどに、全ての力を失った、弱々しい、

およそ武人らしからぬ動きだった。

アーモア・ライトとエイブ・サラザンが駆け寄り支えようとする。

だが男は両腕を広げ、荒々しく振り回し、助けを拒絶する。

そして背中と大地を繋ぐ形の魔剣を、後ろ手に、もぎ取るように引っ掴むと

胸前に突き立て辛うじて構え直す。



「一体どうした、ギドン、お前らしくないぞ、なぜそれほど取り乱す?」

アーモアが冷静に声をかける。全ての隊士たちは呆然とこの有様を眺めている。エイブ・サラザンは娘の傍らに寄り立ちそっと耳打ちする。

「よき打ちザマだった、さらに腕が上がったな、」

娘は首を振った。

「なにか気付いたか?」

「なにも・・・  簡単すぎたくらいよ、」

しかし平静を装う堅く強張った姿勢とは逆に声は震えている。そして視線は、

今は力なく大地にへたりこみ、目の前の死骸を

いまだ茫然と凝視(みつ)め続ける狼伯爵の表情に釘付けとなっている。

「ギドンのあんな顔、初めて見た、」

「俺もだ、長いつきあいだがこれほどの乱れよう、こっちまで力が抜けそうだぞ、」

「アサトス! ローハード! 埋葬の準備にかかるぞ、道具は持ってきたな!」

アーモア・ライトがやや強張った声をはりあげた。

二人はかねての指図通り穴掘り道具、つまり大型のシャベルをそれぞれ携行していたのである。頷きながら近付いてくるがすぐ後ろにデ・グリームが続いている。

「お、おでも手、手伝うぞ、」

「俺もだ、」

グエンドーまでもが続いた。

四人は一塊となり血染めの墓石の裏、鼻の尖端との間に広がる僅かな空き地に踏み込んだ。

「ここらへんか、で、そいつごと埋めるんだよな、」

ローハードが指差すのはギドンの後方約8メルデン、キンポウゲの咲き乱れる草地に鎮座している黒い箱車である。

「かなりデカイ穴が要るな、ま、四人でかかりゃあっという間だがな、」

デ・グリームは哀れな遺骸と、その真横に置物のように座る主君をみやった。ギドンの魔剣は常のようには直立せず、何か疲れたように主の左肩にもたれかかっている。イヤ、それもひとつのナグサメなのか

「穴掘りの間中、あのままでは可哀想だな、ヒツギの箱に収めといてやろうか、」

デ・グリームが一歩踏み出した瞬間、ギドンの声が轟いた。

「サ ワ ル ナ!!!!」

それはおよそ虚脱状態の人間の発する音声(おんじょう)ではなかった。前屈みにうなだれたまま、目の前の遺骸からは既に目を離し今は己がブーツの足首のぶっちがえを凝視しているままにである。そして、はて、さっきこいつが抱きついてキスしたのはどっちだったろうか、と考えている。その極度の思考の集中にもかかわらず感覚は研ぎ澄まされ四辺の状況を完全に把握しているのである。※1

そして男にはわかっている、いま、アトゥーラの小さな鼻の上に蝿が一匹とまり、なにか満足そうに前足を擦り合わせているサマが。しかしそれは戦場では見慣れたはずの汚損や腐爛の観念を呼び覚まさず、全く別次元の新しい観念の告知、でなければわかるものにしかわからない、微妙極まる何事かの暗示ででもあるかのように感じ取れたのだった。男は何か怒りに近い感情が湧き出てくるのを感じ、そしておのが四肢に本来の力が戻ってきつつあることをも感じてゆっくりと立ち上がろうとする。そう、もう、フラツキはない

ー あの蝿すらも力に満ち、おのが宇宙の中での位置を弁えている、光を言祝いでいるのだ、だが、光がすべてだろうか、こいつは最後に何か言わなかっただろうか ー ※2

男は再び顔を上げ横たわる、小さな遺骸を直視した。蝿が増えている。サシアブも。数を数えようとするが忙しなく飛び回るのでヒドク難しい。

墓穴はもう半ばまで掘り下げられている。男は苛立ち、焦燥する。

一体何に対して?

男は自分がほとんど前代未聞、形容不能の錯乱状態に陥っていることを知り、しかもそのことを冷静に観察していることをも観察し、その無限背進を嫌悪しながら、それらの過程全てが誰かに見られているように感じている。※3

この時、右手から吹き寄せた南風が、かなり強くアトゥーラの体を撫ぜて通る。蝿どもは吹き飛ばされまいとしがみつく。乱れたスカート、ほぼバラバラに分離したソレが捲れ上がり膕までがアラワとなる。

そして突然、電光石火の如くひとつの無意味な認識が男の脳裏に閃く。

今は右足に隠れ完全には見えないが左膝の周り、ヒカガミの中央にかけて赤い歯型が燦然と輝き残り、それが例の小狼の歯型と完全に一致していることが突然明瞭となる。あれが一緒に埋めてくれと懇願した理由がそれなのだ。

こいつは、この狼の子どもと何かあったのだ。

この想念は耐え難いほど確実で明晰、しかも同時にドス黒い雷雲のように不透明であると思われた。※4

そして疑問が浮かんだ。

ヤツは・・・ あの首はどこへ行ったのだ、あれを抱き上げたときあそこにあっただろうか、

男はさきほどまでの後悔と怒り、オノレの無力と無能が渦巻く堂々巡りの思考圏域をあたかも一枚の紙を裏返すように綺麗サッパリ閑却し霹靂のように降って湧いた単純(タンジュン)な疑問のみでココロが一杯となる。

男は一歩を踏み出した。だが体の芯がぐらつくのを感じ寄り添ってきた魔剣に手を伸ばす。が、辛うじて踏みとどまり左の拳を握り直す。

もう一歩。 だがおのれの体ではなく、大地がグラつくように感じるのはなぜだろうか。

最後の一歩。

そして跪きまだ柔らかい遺体を仰向きに整える(手は震えてはいない)。

探していたもう一つの首はすぐに見つかった。

狼の首は下腹の前に、包帯の左手で大事そうに抱えられ、その上を右手が押さえていた。男は安堵のため息を漏らした。

ー そうか、そういうことか ー ※5

そうしてアトゥーラの首をその隣に並べておいてみる。蝿どもはもういない。



中空を睨む碧緑の右目はまだ生きているようだ。首の周りには同時(モロトモ)に切断された赤髪の断片が血に汚れ、汚らしくこびりついている。

男は一瞬だけ、その目を覗き込むことを自分に許そうとする。そして馬鹿げた期待通りにはならぬことを重々承知しながらその深淵に魅入りかつ魅入られんとするもそれこそおよそ虚しいことだ

暗緑色の瞳はただ光を反射しているだけでそこには深みもなければ魂の振動(フルエ)を映す揺らぎもない

男は深く長い溜息をつき起き上がる。

男は、二つの首が転げ落ちぬよう注意を払いながらほとんど二つ折りに遺骸を抱き上げる。

そしてその異様な軽さに、今さらのように驚きながら柩となる黒い箱車へと運んでゆく。付き添うゲイルギッシュが時折、力なく垂れ下がるアトゥーラの足指に触れている・・・



穴掘り人夫たち4人は、もちろん、さきほどからの主君の奇妙な振舞の一部始終を、しかし全くあからさまにではなく視界の片隅にではあるがしっかりと見届けてはいた。見届けてはいたが作業がおざなりになることはなく墓穴はしっかりと深化拡大しつつあった。

ただ土はたいへん軟らかくシャベルの先をへし曲げるような岩石も出ず進行にはなんの支障もなかったのに時折奇妙な意見の対立をみて作業が中断するのだった。まずグエンドーがこれで十分、十分深くなった、といい作業を止めようとする、と、デ・グリームがいやまだまだ、これではクマどもの餌食になっちまう、もう少し掘らんといがんでがと、肯んじず続行を強制するのだった。グエンドーは渋々従うのだが明らかに力を抜く、他の三人は見て見ぬ振りをしながら力の加減を調節する。しかしその繰り返しが三度ほども続くとさすがに最も長身のアサトスの頭も見えぬほどの深さとなった。

「ここらでいいだがや、」

デ・グリームも満足そうに呟き、四人は墓穴から這い出た。北向きの短辺を斜路として残してあったのである。

深すぎるだろ、と、呟くものが約一名。



墓穴の完成の報告を受けた時、丁度こちらでも納棺の儀式めく一連の手当が終わろうとしていた。遺体は真っ直ぐに横たわり首は元の位置にある。

赤黒い切断線さえなければ何の変哲もない少女の遺骸である。革のクッションが左右に2つずつ、頭の上の空間には3つ(もちろん枕にはできない)、そしてその間も上も、あらんかぎりの野の花、全てが黄色い、いな、金色の花たちで覆われていた。

キンポウゲ、エニシダ、ハリエニシダ、その他諸々である。その圧倒的な黄色味に惹かれてミツバチたちが柩の内側を飛び回っている。

子狼の首も花に埋もれ小娘の臍の辺りで安らっている。

片目の小娘の右手がやさしくその頭の上にある。左手の包帯はあまりに汚いので花の下に隠されてしまった。

この花々の手配は無論ウェスタの指図だが、手の空いた全ての従士たち、老巡礼までもが花摘みに加わり大いに働いたのである。

ギドン・オルケンは魔剣を背負い直立していたが作業を手伝おうとはしなかった。次第に花に埋もれてゆく己が養い子を見つめ、なんとしても明瞭な形をとろうとしない疑問を反芻しているのだった。それは疑問、疑惑ともいえず、ただひたすらに巨大な、この宇宙と等しい大きさの巨大な不条理としか思えない、いかに巨大な体格とはいえ人間一人が抱え込み、背負うにはあまりにも理不尽な想念だった。そしてそれに加え、当然といえば当然であるが、まったく人間らしい、あまりに人間的な後悔と自責の念が、それはちっぽけではあるが、鋭い針として胸の中心部を抉り続けていたことも事実である。

そして風が吹き始めた。



それはさきほど突然吹いた生暖かい南風の続きではなく、真正面、東から吹きつけてくる、ひどく冷たい風だった。

晴れ渡っていた空はいつの間にか低い灰色の雲に覆われていた。

金色に輝いていた花たちがいっせいに白々しく、よそよそしくなり、

あれほど飛び交っていた虫たちは今は影も形もない。

男が、柩となった黒い箱車を小脇に抱えゆっくりと運んでゆく。

老巡礼とウェスタ、そしてデ・グリームが引いてゆこうと申し出たのだったが

自分で運ぶと断ったのである。そして墓穴の前に着いた時、雨が降り始めた。










【原注】



(※1全く違う意識のレベルの三重奏? 三つ重ね?)



※2 もちろん聞こえたわけではない だが・・・



※3 見られている

※4 明晰かつ不透明

※5 そういうことか

     このあたり、この大男の心の動きは支離滅裂である







【後書き】

突然シャリーどんがここまででいいから上げといてな、というので

中途半端ですが上げておきます。むっちゃナマゴロです!

相変わらずこのひとの考えてることはよくわかりません。

この続きが年内に間に合うか、年を越しちゃうのか、

ワタクシにも全然わかりません。

なんか大急ぎでしたのでほぼ未定稿です。

ちょこちょこ修正や改稿あるやもしれません、

イヤ、キットある、

てなわけで

今後ともヨロシクお願い申し上げます。


20251114

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ