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第1巻第2部第2節その16   「馬部屋前の裏庭にて   一同揃い踏み  続き 判決 ギドンとアトゥーラ  ウェスタとアトゥーラ」

「それでは始めようか、」

ギドンの声は威厳に満ち、疑惑や逡巡の影すらも無い。

両脇には副官であるアーモアとグレンゴイール、

そして

グリモー・アナス、ラン・カスイード、

グエンドー・バガガンスらが居並ぶのは

先ほどと全く同じ馬囲いの前。

その中央、柵の内側からはまたもやロクサヌが頭を突き出している。

(時々、思い出したようにその顎先をギドンの肩の上に乗っけるのが

いやに人間臭く、いな、化生めく雰囲気で甚だしく妖しいが主は平気である)

アトゥーラは、その正面、まさにギドン・オルケンに相対する形で粗末な椅子に縛り付けられている。虐待の意味ではなく、ただ弱りきった体が転げ落ちるのを防ぐ為だけらしいが使われている縄も縛り様もさほど気が利いてはいない(誰の手仕事だったのかはここでは問わずにおこう)。

その左手、3メルデンほど離れて先に使われていたテーブルが置かれ、

ゴタゴタの食器類が一掃された跡に小さな木箱が一つだけなにやら意味ありげに置かれている。脇に控えたサラザン父娘、特に亭主の方は真底不快そうにその箱を見つめている。

「なあ、あれ大丈夫なのか、」

父親が隣の娘の肘を小突く。

「下に油紙でも敷いとくべきだろが、」

「シッ! 黙って!」

ウェスタはなぜかエプロンをつけたままその上に専用剣帯を巻き締め真後ろに二振りの剣、相伝の双子剣をぶっちがえに装備している。いかにもしっくりと身に馴染んだ佇まいだがそう場違いではない。※1

「報告を聞こうか、」

大熊の如き巨大な武人が促した。

グリモーが進み出、アトゥーラとテーブルの間に立つ。

一同の視線はバイメダリオン副隊長グリモー・アナスとアトゥーラ、そしてその右脇に立つ長身の老巡礼、この3人の上を探るように、好奇に満ち満ちて、彷徨っているふうだ。遠巻きに控えるそれぞれの従士たちも一時おのが職務を忘れ固唾を呑んで見守っている。

アトゥーラの乱れた赤髪が太陽の直射を受けて輝いていた。

昂然ともたげた首はしっかりと真の主である大領主を見据えている。

暗緑色の瞳はやや潤み、ほんの数秒おきに主の手の下にある壮麗な魔剣に吸い寄せられているようだ。

「これの証言によれば、私が預け、持ち帰るように指示した狼の死体は、」

小男の副隊長は皮肉たっぷりな視線を椅子の小娘にそそぐ。

「我が剣が切り離した首がひとりでにつながり、すなわち復活を遂げ、とっとと走り去ったという、」

二三人のかすかな忍び笑い。

「そしてそこの御仁は、」

小男の副隊長は、非常な長身である老人をやや疎ましげに見上げる。

「経をあげ、懇ろに弔い、シルバ・シルバの下に葬ったと告げておられる。」

さらに二三、押し殺したような失笑が漏れる。

「両者の主張は相反している、

となると、物証による判定が最善と判断し我が従士デグリームを検証に向かわせた、ここまではよろしいな、」

小男の副隊長は冷ややかな面持ちで、おのが手際のよさを誇る素振りをわざとらしく押し殺し一同を見渡した。

「そしてその結果がここにある、」

言いながら箱の蓋を開け中身を取り出した。そして左手で高く掲げる。


「バ-ス-」

見上げる碧緑の瞳に一瞬だけ涙が滲んだがそれに気づいた者はいない。

呑み込まれた呟きも誰にも聞こえてはいない。

それは本人にしかわからないことである。

小娘は全ての視線が集中している小さな狼の首をきっかり5秒間だけみつめてから視線を地に落としうなだれた。かすかに、なにかを否定するときのように首を左右に振っている。それはあまりにも場違いなおのが表情を誰にも見られないための計算ずくの仕草だったのだが、そんなことは誰にも、わかるはずもないことである。

空虚な(とアトゥーラには思えた)、嫌味たらしい、しかし冷淡と冷静を装う声がベラベラと続いている。

「そう、これが走り去ったという、若い狼の首だ、確かにこの俺いや私が打ち落とした首だ、

間違いはない、デグリーム、お前が見たことを大殿に話せ、」


呼ばれた従士デグリームは馬囲いの角の辺り、お偉方の傍近くに控えていたが素早く進み出た。これもまだごく若い、こざっぱりとした、しかし一癖ありそうな兵士だったが、いささかぶっきら棒な身のこなしで片膝をつく。突き出された膝頭には黒い泥を落とした跡がくっきりとわかるのである。

「大殿様、俺は確かに、グリモー様の命令を受けたんで、」

と、ちらりと主を振り返る。

「わざわざ、シルバ・シルバまで馬を飛ばしたんだな、」

そして両腕を広げなぜか呆れた風に首を振った。

「一本道だし迷うことはなかったし、」

また、首を振る。

「あの阿呆みたいに背の高い石の柱はすぐに目当てになるしな、」

そして空を見上げ黒い鳥、カラスだろうか、が一羽、悠然と飛び過ぎるのを見送った。

「が、いつもと違うんだ、びっくらこい、いんんにゃ、驚ろ、ろかされるんだな、これが、」

「なんだ、どうした、」

ギドンは鷹揚に促した。苦々しげに己が従士を睨みつけているグリモーにチラリと目を遣ったが何故か楽しげである。

「それがだな、おおど、おおとのさま、びっくらこ、いにゃ

びびら、いにゃいにゃ、た、大変、驚きました、ことで、」

ギドンの機嫌がよそさうなことを見て取った従士は自信ありげに頷くのである。

「続けろ」

「それがだな、あれの頭が(とんが)ってるんでさ、」

「なに、なんだと?」

「あれな、の、あの頭はテェブルみてえに真っ平らだったはずだんだが遠くからだとよくわかる、そう、こんどは針みたいに尖ってたんで、」

「それはおもしろいな、あとで見に行こう、」

「そうなんで、」

険悪な顔付きのグリモーを尻目に、なにか憂さ晴らしでもやらかしている風に呑気に続ける従士デグリーム。

「で、で、お柱の下に着くとだな、場所はすぐわかっただな、番犬みたくあちこち嗅ぎ回る必要な、ないんだ、ちゅのももう、そこはとっくに掘り返されてたからん、からなんだがな、」

「詳しく話せ、」

「いんにゃ、もう話すほどのことねえんだな、これが、

体の方はもうあらかた食い尽くされてたし皮もズタズタだし、ただ頭だけ残ってたがこれはでかいカラスが一羽だけおってな、めんたまをほじくろうとしてただが俺が追い払っただ、」

「全部カラスの仕業なのか?」

「いんにゃ、それは無理、あらかたやっつけたのはまだ若い、ホオジログマだな、足跡が残ってた、一頭ぶんだけだったんが不思議だが、あれはいつも二頭で動くからな、でだな、グリモー様がほしがってたゲ、ゲじゃねえ、毛皮はとうてえ駄目なんで、証拠にこの頭、そ、それを持って帰ってきたわけなんでさね、」

「ご苦労、よくわかったぞ、」

従士は下がり主の近くへと戻る。そして耳元で囁いた。

「グリモー様、あんな感じでどでしたかな、」

「上出来だ、」

「もひとつあるんだが、」

「なんだ、」

「デグリームはやめてくれって何度言ったらわかるんだろな、

俺の名は、デ・グリームなんだがからな、」

「わかったわかった、もう下がってろ、」

若い兵士はやや不満そうに首を振りながら従士仲間の一団へと戻る。途中椅子の小娘の後ろを通るが、なぜかその小さな背中から目を離すことができない。そして突然、言い様のない巨大な憐れみ、かわいそうにな、という思いが溢れてくる自分の心に自分でびっくらこいていることにびっくりしているのだった。

一同は沈黙し、ギドンの言葉を待っていた。

大熊、いや事によると、大王熊なみの巨大な体格である

魔剣ゲイルギッシュの主、ギドン・オルケンは腕組みしたまま

瞑目し、沈思の構えである。ここで何か口を挟むことは禁忌であると

皆が承知していたのだからこれは当然のことである。グリモーでさえ、

自分が総括の考えを述べるべきタイミングを図ってはいたが

口出しは危険であることを完全に理解していた。

不思議な静寂はいつまでも続きそうな、みな、一種金縛りと言うに近い

ある意味滑稽な有様で黙っていたのだがそれは突然破られた。

老巡礼の杖の上、例の小鳥(まだ居たのである)が歌い出したからである。


それは通常、遥かな高空で、おのが領土を宣言し、侵入者を威嚇し、

そして太陽と空の澄明さを讃える言祝ぎの歌の・・・

はずのもの、が、唐突に、この濁った地上近くで発声されたのである。

だがそれは、誰の耳にも何故か少しも場違いに聞こえず

なにかこの場に最もふさわしい、あからさまな勝利の歌、但し

聞く者それぞれがまさに自分自身への凱歌として受け取れる、

そんな都合のよい現象の輝き、誰の心にもやや強制的な

自己満足を含む心緒(しんちょ)を誘導する趣きのあることは、

これはなかなかに理解し難いことである。

複雑華麗なリフレインが終わりに近づき、小鳥の胸はいやがうえにも膨らんだ。

だが、幸福と快楽は突然に終わる。シャボン玉が弾けるように、

暗い女たちのハサミがもつれた糸をパチンと切る、※2

その空隙と空白の印象が鮮やかな終止符を打ったその瞬間、

ギドン・オルケンは両目を開きアトゥーラを見た。

歌い止めた喉赤雲雀を見上げたアトゥーラの右目が

まるで偶然のようにその視線をからめとる。

それはさながら、抜かれた匕首がもとの鞘に戻るが如き自然さなのである。

「アトゥーラよ、なにか申し開きはあるか?」

静寂の中で狼伯爵の声が轟いた。

青緑の瞳は大きく見開かれ、総勢五百騎を越えるこの騎士団の中で唯一、微かな、愛情らしきもの、いな、愛をも超えた何か定かならぬ、

気まぐれではあるが抗えない、そんな絆を感じさせたことすらある、

薄青色の瞳を、

探るように・・・ だがそんな疑心は一瞬で消え去り、なぜか不可思議な安堵とともに、一度ニ度ゆっくりと瞬きながら見返すのだった。

小娘はやや苦しげに首を振った。あたりの、微かな忍び笑いの気配。

唾を吐く音がほぼ重なるように3つ。

「答えろ、アトゥーラ、」

再び、イヤイヤ、としか見えぬ首の動き。

「弁明があるはずだ、おまえはウソをついた、だが、そこの巡礼殿に言い含められやむを得ずついたウソなのだな、」

「う、嘘じゃありません、」

「では、そこのアゥーレーン・グロウフォード殿が嘘をついているということになる、」

「言いました、」

「なんだ、何を言った?」

「あ、あたしは、その、そこの、ジュ、巡礼、す、スギョウジャに※3

会ったことはありません、」

目を遣りもせず小娘は呟いた。

「聞こえんぞ、ちゃんと話せ、」

「そのヒトに会ったことはないんです、」

ギドンは老人をチラリと見た。相変わらず髭をしごきながら杖をもゆるゆると揺らしながら、長身の老巡礼は首を振っている。

グレンゴイールが口を挟んだ。

「ローハード!」

「ホイサー」

「おまえ、さっきこの二人の近くにいたな、見たり聞いたりしたことを話せ、」

「特に何も、ありゃしませんでしたな、こいつは痛そうに転がってただけ、ご老人はロクサヌとなんか頷き合ってただけ、会話は一切なし、

目配せも、指の動きも、打ち合わせめく仕草も一切なし、

そんなとこですな、」

グレンゴイールは主を見返り肩を竦める。ギドンは微かに頷いた。

「ご老人、いや、無限遍歴修行者どの、」

「なにかな、」

「改めてお聞きすることも野暮ではあるが、この際問わせていただく、

あなたがこの子の命じられた仕事を止めさせ、ソレを埋葬し、滑稽なファンタ・シーを報告させ、いわゆる「ウソ」をつきとおすよう強制された、

そういうことでよいのだな、」

「そう、大筋では間違いない、」

「だが、この子の頑なさ、否定の様子には何か違和感がある、

ひょっとして魔法? や、ゲッシュのようなものがからんでいるのか?」

「そのような事実はないですな」

「では、ますますわからんな、なぜこの子はあなたに会ったことまで否認するのかな?」

「この年頃の女の子は皆、度を越した恥ずかしがり屋ですからな、外で見知らぬ男に会っていたことなどなかったことにしたいのかもしれませんな、」

ここでギドンは不敵な笑みを浮かべた。

「あなたは一体どっちの味方なのだ?」

「どちらの味方でもありませんな、我々はただ、

生死を司る、

公正な天秤であろうと努める、

ただそれだけですじゃ。」

「フム」

狼伯爵ギドン・オルケン、魔剣ゲイルギッシュの主は糸のように目を細め、ほとんど瞑目したかのように見えた。が、それは一瞬のことであり次の瞬間には立ち上がっていた。大王熊に匹敵する巨体が重さをもたぬ煙のように、火花と共に立ち昇る祭典用蝋燭の長い炎のように、

音もなく、軽やかに、鎧の隙間の軋む音すら無しに。

「アトゥーラよ、申し渡す、」

狼伯爵は必要以上の大音声で吠えた。

「汝は死刑とする、」

軽薄の気配は鳴りを潜め、一同の沈黙は油のように野面に広がって行く。

しわぶき一つ無し。

平静な、押し殺したような声が続く。

「罪状は、虚偽の申告、現状の否認、我が誓約のもとでの諸々の逸脱・裏切り行為である、」

必要のない息継ぎが入る。

「我が軍団の掟は絶対である、嘘つきを許すことはできない、

その存在の抹消は至当である。」

全てを睥睨しつつ言葉が続く。

「刑の執行はウェスタ・サラザン、お前に一任する。方法は任意。

期限はこの日没までとする。以上だ。」

ギドンがおのが魔剣で大地を突く。ここで初めて、天地の間の万物がその音を取り戻し、日常の響きが再開されるかのようだ。

「暫し待たれよ、異議がある、」

やはり、とゆうか、当然のように老巡礼が口を挟んだ。


「なにかな、グロウフォード殿、」

「貴殿の判決について異議を申し立てたい、」

「申されよ、」

「もちろん、一介の修道僧であるこの私に、領邦国家の最高権力者であるあなたの決定に異議を申し立てる権利も権限もござらんことは重々承知の上で申し上げるのだが、」

老人は深くうなだれたまま微かに肩を震わせているアトゥーラをチラリと見下ろした。

杖をやや前方へ傾け、はや長大な魔剣を肩越しに背負う動作のギドンを牽制する気配である。先端に止まった雲雀は危なっかしくバランスを取りながらそれでも飛び立とうとはしない。

「そう、つまり、あらゆる局面から見て、この判決は重すぎる、

ましてや最大の罪過とされる虚偽の申告が、その一端を修道僧であるこの私がかかわり、強制した事実がある以上、情状酌量の余地が当然あってしかるべきと考えられる、そうではござらぬか?」

「貴殿の申し条は理解できる、」

ギドンはあっさりと認めた。

「あらゆる局面と申された、そうだ、掟と侵犯の循環支配が通り相場となっておるこの世界を超え、人倫の、いな、道徳上の超越的な至上命令を鑑みるならば、この子の命を奪うことは過酷に過ぎ、不当である、とも言える、」

「それがおわかりなら、罪一等を減じられよ、他にいくらでも、」

「だが、それはできんのだ、」

ギドンは肩越しのロクサヌの頬を軽く叩いた。

「わが軍団の掟は絶対である、これは既に言った、だがこれは総則に過ぎん、眼目はこの私、私個人に対する偽証、虚偽の申告は、これを絶対に許さない、そしてその侵犯は即ち死罪であると、重々承知の上こやつは偽証した、

これは確信犯である、即ち、あらゆる人倫の、憐れみの道徳律をも

カンタンに突破、無効とする、これが事実なのだ、

そうだな、アトゥーラ!」

片目の小娘はやっと顔を上げた。涙が一筋右の頬を流れた跡がある。

しかしその表情には絶望の嘆きの色も、助命を懇願する為の必死の足掻きの色も、ましてや有り得べき悩乱の影さえも無い。

それどころかあるきっぱりとした決意のために心のあらゆる動揺が綺麗サッパリ拭い去られた、

むしろ晴れやかなとさえ言い得る、ある意味この状況下では、

面妖なとさえ言い得る、

奇妙な、輝くような顔付きだった。

碧緑の、時にウェスタをさえぞっとさせた、無限の井戸に等しい瞳が、

微かに眉をひそめ、探るように絶対の主を見返している。

だが、人間の間での、宿命的な口下手は全く変わらない。

口元は震えているが言葉が出てこないようだ。ギドンは少しの苛立った様子もなく見慣れたようにそのアリサマを見守っていたが、相も変わらずズリズリと頭を押し付けて来るロクサヌを押しのけるようにして数歩前へ出た。そして背負いかけた魔剣を下ろし左に下げたままアトゥーラへと近付いた。

「どうした、なにか言いたいことがあるなら申してみよ、」

「お、お、お願いがあ、あり、あります」

首を上げると痛いので仕方なく主の靴先を見つめている。

「言ってみろ、」

「し、死にゆくものの願いは、ひ、ひとつ、きき、聞き届けて、も、

も、もらえると、と、ききました」

「たしかにな、」

「ゲ、ゲイルギッシュ」

「これがどうした?」

巨大な剣はあるじの手の中で重さを失ったように軽く踊っている。

かすかな鞘鳴りが甘美な音楽のように聞こえるのか、小娘は微笑んだ。

「お願いです、」

「ウム、」

「あたしの首をはねるなら、このゲイルギッシュで、」

「それはできん、」

「な、なぜ」

「これは戦場の剣、処刑刀ではないからだ、」

「お願いします」

「だめだ」

「死ぬ前の最後の願いでも?」

「ダメなものはダメだ、」

「おかしい」

「何がだ」

「この子が首を切ってるのは何度も見た」

「それは戦場での話、ここは戦場ではない、」

「で、でも」

「くどい!」

「わかりました」

しかし、アトゥーラの目に落胆の色はなかった。少し首を振り考え込んでいたが窮屈そうにやや体の向きを変えテーブルの上の木箱をチラリと見た。

「じゃ、じゃあ、あ、あっと、いえ、あの、あ、あの、」

「何を望む?」

「し、しむ、死ぬ場所を、」

「ウム」

「死ぬ場所を選ばせてください」

「どこだ、」

「ろ、ろばの、あ、あの緑の、驢馬のお墓の前で」

「驢馬だと?」

「あ、あた、あたしの、母さんだった驢馬です」

ギドンの額に暗い、複雑な影が浮かんだ。

「あれがお前の母親だと?」

「お乳をもらいました」

テーブルから数歩下がり、控えているウェスタへと

説明を求める視線を投げる。

背中で腕を交差させ、逆手に双剣の柄を握り締め、直立不動のまま

堅い、岩のような姿勢を保っていた娘は静かに(カブリ)を振る。

「妄想です、こいつは夢と現実の区別がつかない、」

「ゆ、ゆめじゃない、」

アトゥーラは苦しげに体をよじった。

「大殿様、こ、これ、もうほどいて、」

「グリモー、切ってやれ、」

荒縄は蛇のように、三重の輪をえがいて解け落ちる。

片目の小娘は立ち上がったがひどく痛むのかすぐに跪いた。

そして懐かしいギドンのブーツを見つめたまま顔を上げようともせず

なにか微かに、口の中でブツブツ呟く風。

「なんだ、どうした、」

「あ、お、おお、大殿さあ、」

「ウム」

「か、かんさ、い、感謝しい、します」

「ウム」

小娘はそのまま腹這いとなってにじり寄り、ギドンのブーツを掻き抱いた。

そしてキスをした。

巨大な武人は屈み込み右腕一本でアトゥーラをつかむとおのが顔の高さまで引き上げる。子猫をつまみ上げるのと全く同じこと。

そして何故か顔を背けようとする小娘を目の前で固定する。

「こっちを見ろ、」

「い、いたい」

「私を見ろ、なぜ笑う、」

「え、えち、ちがい、ちがいます、わらってなど」

「なぜそんなに嬉しそうにする?」

「ん、な、え、そう、

泣きたいときにわらう、わる、笑う時に泣く、

アタマがオカシイ証拠だって、誰かに言われた、」

「巫山戯た奴め!」

「お、あ、い、いた、いたい、お、おろして」

「このまま絞め殺してくれようか」

「そ、それも、い、い、いや、お、お墓で、

あそこで、切って、そ、そこへ埋めて、」

いつの間にか左手の魔剣を離し、(剣はそのまま中空に浮いている)

両手で小娘の肩と胸を包み込んでいる。

そして、男はその肉の感触に驚いている。

「握りつぶしてくれようか」

「い、いたい」

「いつからそんな痛がるようになった」

「いたい、いたい」

男の両の親指が小娘の胸の先端部に喰い込んでゆく。

男の腕を虚しく掴もうとしていた両手は既に垂れ下がり、

足指の先からは尿が滴っている。

「やめろ、ギドン、ここで殺す気か!」

筆頭副官であるアーモアが肩に手をかけた。

男は全身の筋肉がたった一つの塊となり、おのが意志に反して

全力で目的を遂行しようと異常な高熱を発しているのを知る。

が、古い友人であり、寡黙な忠告者でもあるアーモア・ライトの声に

一瞬遅れて反応した。そしておのが腕の中の惨状に気づき、

しかしさすがにあからさまな動揺は見せず、静かに、

失神した小娘の体を横向きに、抱え直した。

(この時、真っ先に男の心を専有していた衝動を描写することは憚られる)

そしてカラカラになった唇を舐めながら、今の今その存在を思い出したかのようにウェスタの姿を捜した。

「おお、そこにおったか、ウェスタ、」

銀猫亭の看板娘は目をパチクリさせながらも黙礼する。

そして無言のまま小娘の体を抱き取り、そのままテーブルの上に横たえた。


狼伯爵は解散を命じ、一同は次の騎行へ向けての準備の為に散ってゆく。

テーブルの前にはギドンとアーモア、サラザン父娘だけが残った。

老巡礼は一人馬囲いに依りかかり馬具の点検に余念のない従士を横目にロクサヌと無言の会話を交わしている。

例の杖は、テーブルのすぐ横に突っ立ったままである。ヒバリは、一刀彫りの彫刻よろしく不動の姿勢で中空を睨んでいる。

「エイブ、お前には苦労をかけたようだな、」

「まあな、」

「10年くらいか」

「そんなとこだな、」

「で、どうなんだ、俺の決定に不服か?」

「特に異存はないな、」

「ん、どっちだ?」

嗅ぎ煙草を探り、隠しに突っ込んでいた手は娘の不機嫌そうな目つきにピタリと静止する。

「どっちとはなんだ、水くせえぞ、はっきり言え、」

「いやいや、これは俺が悪かった、ちょっと混乱してるんだ、

まず一つずつ片付けよう、そう、まずは例の引っ越しの話だ、」

「だから言ったろ、異存はねえよ、」

「ではここを畳み、昔のように副官として復帰してくれるんだな、」

「まあな、この商売は好きだが、もう潮時かもしれん、

いろいろと面倒な制約も増えたしな、」

「そうか、よしよし、ありがたいぞ、ではもうひとつ、」

ギドンはぐったりとのびたままの小娘の体に目を落とす。

「これに関してはどおだ?」

「これか、」

ここでエイブ・サラザンは溜息をついた。

「まあ、潮時かもしれん、」

「これもか、」

「これもだ、」

「無慈悲だと思うか、」

「わからん、わからんが、」

毛皮交易所兼旅人宿の亭主はチラリと娘を見た。

「ついさっき、これと話してたところだったのだ、」

「そうなのか、ウェスタ、」

「まあね、これ以上とても面倒は見きれない、とは思ってた、」

「そもそもだ、あの時、あの大嵐の夜、戻ってきたお前はひどく錯乱してたんだ、一体どこへ行ってたんだ、」

「それは言えん、」

「ふん、まあいい、いまと全く同じだな、戻ってきたお前は真っ赤になり興奮しきっていたがまるで半時の()に世界を一周してきたような疲労困憊ぶりだった、そしてあのヒドイありさまの赤子を俺に押し付けてこう言った、」

「そうだ、はっきり覚えている、」

「そうだ、お前はこう言った、我が子と等しく育てよ、

ゲイルギッシュに誓え、とな、」

「そもそもだ、その前の状況はどうだ、あの時、俺とお前、アーモア、

グレンゴイール、ドロスコらもいた、10本近い剣がたった一人の

それも武人ではない、修道僧の姿の、ヨボヨボの爺さんを斬り伏せることができなかった、」

「あのジジイの剣は、そう、青く光ってたが、あれも完全に魔剣だな、

それも、優にお前のゲイルギッシュに比肩するほどの、」

「あの爺さんの、あの引き上げっぷり、虚空に門を開き、中から黒衣の、メスカマキリのような女が現れた、あの女の胸は緑色に光っていたが、妙に異質な感じだった、そして耳障りな哄笑をあげ消滅した、」

「あいつは、やはりこの子を殺そうとしてたんだよな、」

「たぶんな、墓穴を掘り、まさに埋めようとしてたとこに間に合ったわけだ、」

「で、その仕上げを、今、ここで俺たちがするってわけか、」

「仕上げかどうかはわからん、まだな、

が、またしても修道僧だ、

あれだって見た目通りかどうか知れたもんじゃないぞ、」

二人は、いやウェスタも含め三人がほぼ同時に老巡礼へと視線を投げた。

当の男はいたって呑気に、ロクサヌとなにやら小突き合いをしているのである。どうやら男が差し出した花束に馬がそっぽを向き男は拗ねているようなのだ。

「ところでこいつの言ってた墓ってのはどこにあるんだ?」

「すぐそこだ、ロギンの尾根の北の端、セガムの鼻にある、」

「で、またなんだってそんなところに埋めたんだ、」

「わからん、ウェスタが決めたことだ、」

「ちょっといいか、」

アーモアが口を挟んだ。

「どうした?」

「これはどうやって運ぶ? ギドン、お前が抱いて行くのか?」

「かまわんが、ン、どした、ウェスタ、」

「アレを使うわ。」

「あれ?」

「箱車よ、さっき泥炭を積んできたやつ、」

「ああ、あれか、ちょうどいいかもな、そのまま棺桶にしてもいいわけだ、」

「そう、で、大殿様、聞くけど、やっぱり見届けに立ち会うの?」

「まあな、お前に任せとくつもりだったがちっと気になることもあるのでな、」

「なに? あたしの腕じゃ不安?」

「いやそれはない、」

「じゃなんで? これの首を()し切るくらいどうってことないわ、」

「それは別に心配しとらん、それよりもさっきの話、なぜ墓をそこに作ったのか、それが聞きたい、」

「どうもこうもないわ、この子の希望だったのよ、」

「どういうことだ、」

「もう何年も前の話よ、突然この子が自分の拾われた場所が見たいって言い出したのよ、」

「ほう、」

「で、この下のエギュの沼地へ連れてった、」

「あああ、」

「で、あの臭い沼地のそばで呆然と突っ立ってたけど突然泣き出した。

で、理由を聞くとここにお母さんが埋まってるって言う訳。あたしはすぐお前も埋めたげようかって言いたかったけどそれは止めておまえに母親なんていないって言ったけど信じないのよ、」

一同、即ち、ギドン・オルケン、アーモア・ライト、エイブ・サラザン、そしてウェスタ・サラザン、四人の全ての目が、

テーブルの上の、

生きているのか死んでいるのかわからない、やや(きたな)らしい、泥だらけの、

微かに排泄物の臭いの漂う、

見た目は10歳前後だが、その半ば隠された横顔は何故か年齢を超越したような、

既に幾世紀もの間、善と悪の、どちらが表か裏か決定しようの無い、

常に変幻するカードの翻転を見尽くしてきたばかりという風な、

なにか諦めきったような、見ようによってはひどく不貞腐れたような表情を浮かべた、

そんな横顔に、

なんとも言いようのない正体不明の引力の軛がかかったのか、釘付けになっているのである。

ウェスタは続ける。

「で、よくよく聞くとあの夜、あのカーノイって坊さんがこれを埋めようとしてた時、踏ん張ってあの青い剣に齧り付こうとしてた変な驢馬、

ま、あの坊さんが乗ってきた驢馬だけど、

で、あの乱戦の中であの青い剣に

あっさり首を切り飛ばされてたよね、

あれが自分にたった一回お乳をくれた正真正銘のお母さんだという訳、」

「目に浮かぶな、昨日のことのようだ、」

「そうね、嵐の後、あの場で残った死体はその驢馬だけだったから面倒臭いんで沼に沈めたじゃない、」

「そうだった、」

「そう、俺が重しを括り付けた、よく覚えてるぞ、」

長い腕の父親が引き取った。

「あたしは完全に忘れてた、けど、手首を切られてもほとんど泣かずにいたあの赤子、不思議よね、血が全然、一滴も出ていない、あれが覚えてるはずもないのに、ここを掘れっていうのよ、」

「まさかな、」

「そう、そのまさかよ、イヤだったけど、当てずっぽうに鈎を打ち込んだらガツンと来たわけ、一発なのよ、」


「馬鹿でっかい、驢馬の頭骨がまるで待ってたようにポッカリ浮いて来た、磨き上げたように真っ白でピカピカしてた、あたしはもうまるで

呆れて思わず唾を吐きかけたけどなんでかな、できなかった、

これは骨を抱き締めたままヨロヨロ歩き出した、それから

もうどうでもよくなったアタシが付いて行くと、ズンズン歩いて

セガムの鼻で行き止まり、ここに埋めろと抜かしよった、」

「で、埋めてやったと、」

「冗談! なんでアタシがそんなこと! で、こいつは四日ほどかかって右手一本で穴を掘り、かなり深く埋めてしまい、目印に赤い熔岩?

いや、火山弾かな、妙な石ころを拾ってきて墓らしくしよったのさ、

ま、自分の墓になるとも予感してたのかも。」

「セガムか、あの鼻は確か東向きだったな、」

「そう、朝早く、日の出前によく行ってたわ、でも別に拝むんでもなし、ずうっと半時ばかりも黙って座ってるだけ、なんか口ん中でブツブツ呟いてる時もあるけど何言ってるのかはサッパリだし、まあ、不気味なことこの上なし、って言ってもいいわけ、」

藪睨みの娘は右側の剣の柄をトントン叩きながら話は終わりとばかりに唾を吐いた。

「では行こうか、エイブ、お前はどうする? 来るか?」

「いや、俺はいい、それより店仕舞の支度にかかるさ、なんならこの後

の巡回騎行に加わってもいい、」

「ほう、見切りが早いな、」

「善は急げだ、ここはいい土地だが、やはり寂しすぎる、」

「パリスタが恋しくなったか、」

「そうだろ、そうだろ、次のサガン城には恋女房(パリスタ)の墓があるからな、」

「冗談は顔だけにしろよ、アーモア、

フン、森が俺を呼んでるってことがわからんのか、」

長い腕のエイブ・サラザンはその場で軽く跳んてみせる。

「猿も木から落ちるというぞ、精々エテ公どもに笑われんようにすることだな、」

「フフン、言ってろ!」

父親譲りの藪睨みが一層磨きのかかったウェスタは些か呆れた風に大の大人の巫山戯合いを横目で睨んでいたが薄っすらと右目を開いたアトゥーラにすぐに気付いた。

「あ、あねさま、」

四人は同時に見た。スカートが乱れ、足がのぞく。

男どもの視線が3組、(あらわ)になった太ももの内側、輝くような白さの中に無数の赤い歯型が、星のように散らばっているのを見る。それはありえない眩暈(ゲンウン)のように相関位置を変え、空間を定義し、ある名状し難い淫靡な関係式を提示しているかのように見える。が、全ては一瞬の内に消え去り、左膝の下、裏と表の両側に一列の歯型を残すのみとなる。

碧緑の目の小娘は微かに呻きながら起き上がろうとする。しかし上半身が動かない。両足だけがゆっくりと藻掻き、テーブルの表面を弱々しく擦るのみ。既に排泄され尽くした液体の痕跡が男どもの鼻を襲うが男どもはその意味が理解できない。ではなく、自身の有機体組織への問答無用の波及効果が、それを理性で制御することの不可能性について徹底的に認識することを何故か事前に拒んでいるようなのだ。

それはさておき、ウェスタはさすがに長年姉として接してきた功徳というべきか、この旦夕に迫った命の最後の足掻きともいうべき訴えを無視することができない。

ウェスタは耳を寄せた。しかし聞こえたのは意外にもひどくキッパリとした、明晰な、少しの震えもない、むしろ(つや)やかな声だった。

「あねさま、」

「何?」

「お願いがあるんです、」

「言ってみな、」

「さっきの子と一緒に埋めて欲しいんです、」

首を動かせない小娘は目の動きだけですぐ頭の上にある木の小箱を指し示す。ウェスタは頷いた。

「わかった」

「あ、ありがとう、」

藪睨みの酷い娘は起き直り太陽を見上げ時刻の見当をつけた。

「じゃ、行きましょ、あたしは箱車を取って来るわ、」

「おまえ、その格好でいいのか?」

「別にいいでしょ、あたしの正装みたいなもんじゃない、」

エイブ・サラザンはエプロンが汚されるのが嫌らしい。娘よりも酷い藪睨みを一層深くしたがそれ以上は文句を言わなかった。首を振りながら母屋へ戻ってゆく。

狼伯爵は巨体を揺すりながら馬囲いへと向かう。

ロクサヌが喜びの嘶きを上げる。

老巡礼は何故か口惜しそうに手にした黄色の花束をポトリと地に落とす。※4

「お話はまとまりましたかな、」

「すぐ出発する、もちろん同道されるのだな、」

「あの憐れな子供の最後を見届けてやるのはもはや必然、いや、絶対の義務と心得ておるのです、で、ギドン殿、あなたは最後の仕事を彼女に一任されたはずだが・・・ 」

「同じく同道することとした、やはり、最後を見届けることは必要であろう、そう考え直したのだ、」

「なにか、期待されておられるように見受けられるが、」(予期せぬことを)

「生と死の境目、これに興味を持たぬでは武人とはいえん、」

「一般論ですな、」

疑惑とも非難とも取れそうな曖昧な声調だったがギドンは取り合わず踵を返す。老人は杖を取りにテーブルに寄る。

アトゥーラは真っ直ぐに空を見上げていた。やはり雲ひとつない、

春の昼下がりの空である。雲雀はいつのまにかいなくなっている。

誰もその羽ばたきの音を聞いていない。




従士たちの間で一悶着が起こっていた。

きっかけは剽軽者のデ・グリームである。水飼い場の横で洗い桶を使い汚れたズボンを念入りにゴシゴシの最中、ふと顔を上げ呟いた。

「なあ、お、俺、思うんだが、」

サボンだらけの手でツルツルの顎の下を掻きながら、

「どうしたってなあ、やっぱ、きれいにしてやるべきなんだが」

「なんの話だ?」

耳かきスプーンを突っ込んでグリグリしていたローハードが気の無さそうに応える。井戸横のベンチで寛いでいるのだがほとんど下着だけの格好である。さっきまで体を拭いていたわけである。

「あ、あれさ、あの子、エイ、エ、じゃねえや、アイ、ア、アトゥーラ、あれのことだげさ、」

「あれがどうしたって?」

ローハードの連れ、いつもつるんでいるアサトスが引き取る。

ロクサヌの下でソーセージを齧っていた男である。

「もう、お日さんが落ちる前におっ()んじまう、そん、そんな時だってえのに、あんの泥だらけ、ボんロボロのカッコだぜ、あんまりカアイソじゃねえかってこ、ことざね、」

「それは言えるわな、俺が洗ってやろうかな、」

ローハードは身を乗り出す。耳かきスプーンをフウッと吹き指先で回転させる。

「隅々までキレイにしてやるぜ」

「おめえ、変態だな、勃ってるじゃねえか」

「うるせえ、あれでも女のうち、出るとこ、は、まだねえが、ひっこんでるとこはちゃんとひっこんでるはずさ、」

「おれはゴメンだね、(きたな)すぎるだろ、」

「いや、あれは磨けば相当よくなる、っていうかおめえら気づかねえか、あいつこのごろ、っていうか、さっき気付いたんだがみょおーーーに色っぽい、っていうか、なあ、さっき副長が締め上げてた時、やつの顔付きを見てておらあ心底ゾゾゾイってきたぜ、」

「何いってんだテメエ、」

「アレを、芯から、泣き喚くまで、

骨を折ろうが砕こうが、

爪を引っ剥がし指を折り曲げ、

手足をもぎ取って切り刻んでやれたら、

ああくそう、グリモーめ、何を手ぬるいこと、

やってんじゃねえやってな、思わなんだ奴はそうそうは」

「たしかに、やつが泣き喚いてるとこは見たことねえな、」

「それにあいつは、折檻されてる時も、余興で嬲りもんにされてる時も全然顔色ひとつ変えやしねえ、なんかあの気持ち悪い一ツ目でじぃっとこっちを、じゃねえや、全然意味ねえ方を睨んでるばっかだろ、不感症の女をいくら絞め上げて血反吐を吐くまで殴りつけても面白くもなんともねえのとおんなじことだわな、」

「おいおい、おめえら、む、むちゃくちゃだな、こ、これから死んでゆくもんになんちゅーーう、ことを言ってんんだが、」

「いーや、どーせ殺すんなら、その前にちょこっとだけ楽しませてくれたらいいんでねえかなって話さ、」

「お、おれは そんな話はし、してねえぞ、体を拭いてやり、死装束を着せてやる、やれってんだぞい、」

「できるもんならな、が、その前にウェスタにナシをつける必要があるがな、」

「ウェスタなあ、あれはいい女になったな、」

「ああ、あれはいい女だ、」

「が、あれは剣呑だ、」

「そう、剣呑だな、」

「しかも後ろにゃエイブが控えてる、」

「お、おめえら、おれのは、はなしを、な、なんだと、」

「で、デグさんよ、あんたの(シュ)、グリモー様はどうなんだ、」

「ど、どうとは?」

「やっこさん、ウェスタにご執心じゃねえか、」

「そうそう、さっきもなかなかの役者っぷりだったぜ、」

「お、オデはウェスタの話なざしてねっつって」

「誰が誰だって!?」

三人のだらけた男どものすぐ後ろに当の剣呑な女が立っていた。左手には小さな洗桶と雑巾、しかし右手は腰の横、雄剣の柄にかかっている。

「や、やあ、ウェスタ殿、」

三人の声が完全に重なり完璧に等しくブルッている。

「そこどいてよ、水汲むんだから、」(別に邪魔ではないのだが)

下着姿のローハードはしかし少しも慌てず尻をずらす。そして都合よく大人しくなった股間をこれ見よがしに広げながらわざとらしい落ち着いた動作でおのが装具を引き寄せる。

「おやまあウェスタ殿、箱車取りに行ったんじゃなかったっけ?」

汲み終えた娘は心底呆れたように三人を見回す。

「あんたら、だらけすぎでしょ、」

「遊ぶ時は遊び、だらける時はだらける、これ我が家訓(モットー)なり、」

「で、働くのは何時?」

「お呼びがあれば即参上! であるからして、

ほれ、もう出発するのかい?」

「もすこししたらね、これで顔と足くらいはキレイにしてやるのさ、

あんまりひどいんでね、そしたら箱に載せて出発、

って、ローハード、長耳のあんたがこんな近くでダラダラしてるのはそれ、グレンゴイールの命なんでしょ、」

「べつに、なんでもない、ちょっとサッパリしたかっただけさ、」

「で、どうするの、あんたたちは、

ついてくるの?」

「へっ! よかったのかい?」

「さっき大殿様仰ったでしょ、見届けたいものはついてくるがよいって、すぐそこだしね、全員ぞろぞろ来ても大した人数じゃないし、」

「そうだったな、大殿も最初あんたに任せるっつってたのにな、

やっぱりか弱い女性の細腕では心細いと御推察」

「あたしが非力がどうか、あんたの首で試してみる?」

ウェスタは桶を下ろした。どこからどう見ても優しげな、ただの女給仕人、たっぷりしたエプロンで隠されてはいるが豊かな乳房の盛り上がりはかえって男心を惹き付けるようだ。ただし藪睨みの眼光は鋭く殺気に満ち、どこからどう見ても、ただただ男にご奉仕する、都合の良い女などという風情はカケラも無い。

「遠慮しとくぜ」

男は既に再武装を終えている。減らず口の間も手足は動いていたわけである。

「つぅーーか、よお、きれいにしてやるんなら、俺も手伝うぜ、」

「お、俺たちもだ、」

藪睨みの娘は首を振る。

「あんたら、今から3分以内に馬部屋の方へ籠っちまいな、こっちの方をちらとでも覗いたら殺すからね、」

三人と一人の間を黒と黄色、斑らの、巨大なトンボが飛び過ぎる。

が、微かな鍔鳴りの音と同時に二つに分離し男たちの目の前に落ちる。

ウェスタの右の手の平が雄剣(オケン)の柄から、ゆっくり撫でさするように滑り落ち離れてゆく。女は無言のまま桶を拾い上げすたすたと歩き出すが、男どもは半ば呆れたように、茫然とその後姿を見送るのみ。ただ一人、デ・グリームだけがすぐに腰をかがめ、とんだトバッチリで絶命したトンボを拾い上げた。

そして羽と羽の間の物凄い切り口を矯めつ眇めつしため息をついた。

「や、やぱり、主にはムリか、」

そして供養とばかりに口に放り込みムシャムシャやりながら自分の着替えも済ませた。洗濯の終わったズボンは井戸横に二列ある物干しにかけておく。

「ま、しゃあねえわな、なにせヴェランの白き狼様の二代目だ、俺たちで歯が立つわけねえわな、」

アサトスが引き取り自分の装具を背負い直す。

向こうでは振り返ったウェスタがシッシッとばかりに手を振っている。

で、だらけていた男たちは仕方なく退散するのであった。


アトゥーラはされるがままになっていた。最初に顔を拭かれた時、髪を掻き上げ左目の位置に蟠るほとんど生きているが如きの、無気味な瘡蓋に危うく吐きそうになりながらも手を止めることはなかった。胸元をはだけ、首の下と微かな隆起の始まる鎖骨の下あたり、拷問の紐跡がくっきりと残るのを確認すると痛いかと聞き、頷きながらも大丈夫と強がる妹をバカね、と小馬鹿にしつつもより優しくぬぐってやり、だが拭けば拭くほどなにやら得体の知れないヌメヌメした粘液のような物の残り滓が纏わりつき異様な臭いも立ち昇り再び嘔吐しかけるのだが、だがそれ以上に何か言葉にしようのない、ほとんどこの世の物とも思われない、肉の弾力、あのギドン・オルケンの感覚をさえ狂わせた、愛撫と破壊、両極の感情を同時に引き起こす厄介極まる皮膚感覚、その感触がウェスタの神経にも直接作用し、徹底的に破壊し尽くしたい、と同時に、全神経、全肉体組織そのものを浸透融合させ究極的に交わり尽くしたいという、完全に矛盾した欲望に圧倒されそうになるのを歯を食いしばって耐え、だがスカートを捲り上げ、左膝の下に歯型のある、一本のほとんど完璧に美しい足、そして完全無欠と言い得るもう一本の右足、これを同時に見た時、姉娘は何故かそれまで無条件に誇らしくまた自信に満ちて自慢であった自分の足が急に全く無価値なものに思われひどく意気消沈すると同時に、その白さ、だがその内部から発する異様な波動によって単なる色感覚を超えたほとんど実体としての白、一瞬で反転し、無限の色彩を秘めた黒をも内包する圧倒的な白、その白さが目に焼き付き振盪性の眩暈を引き起こすことは回避不能と感じ、こういった時、最も安全、簡便な方法でやり過ごそうとする。

即ち、目を閉じたのである。


「あねさま、こそばいです」

一瞬の後、とばかり思われたその時、目を開いたウェスタが見たものは、

そう、特に不思議な光景ではなく、雑巾を使い、アトゥーラの泥だらけの足指の先を一本一本丁寧に拭き清めている自分の両手だったが、

最後の左足の小指を終わり身を起こしかけた時、まるで自分の意志のように再び身をかがめ、あろうことか、その右足の親指を口に含んだのだった。反射的に妹が足を引くのがわかったが足首を捕まえ阻止固定する。そして右の5本が終わると当然のように左足にかかり、なんなくすべてしゃぶり終えてしまう。

「うん、きれいになった」

「あ、あねさま」

「なに?」

「美味しかったですか?」

「なぜ聞く」

「歯があたったのを感じたから」

「一本もらっておこうとおもった、けど」

「けど?」

「歯を立てた瞬間、鉄みたいな硬さになった」

「そ、それはあたしのせいじゃありません」

「おまえのせいじゃないとしたら誰のせいなんだ?」

「たぶん」

「たぶん?」

「これのせいです」

ゆっくりと右手を持ち上げ頭の上を指す。

「この子がやったことです」

「わかった」

「信じないの?」

「わかったと言ってる」

「あたし、この子に何度も犯されました」

「首だけなのに?」

「だからいったはずです、この子は復活したんです」

「けど逃げてったはずだろ」

「それが兄弟を引き連れてもどってきたんです」

「へえ」

「母狼もいました、それから兄弟3人で代わる代わるあたしを犯して

それから母狼があたしを食べました」

「食べられたのになぜここにいる?」

「母狼があたしを生み直してくれたんです」

「そ、それは、なかなかのもんだな」

「あの親子はどこにでもいるんです」

「そうか」

ウェスタは左手をアトゥーラの額に当てた。

「熱はないな」

「熱なんてありません、でも体が火照って火照って苦しいの」

「グリモーがやりすぎたせいだな」

「あ、あんなの、へなちょこです」

「ほう」

「へたっぴです」

「へええ」

「あ、あねさま」

「どうした」

ウェスタは答えながら自分の声が震え湿り気を帯びているようなのに気づく。

「あねさま、これが終わったら、あたしを抱いてくれますか?」

「首無し女を抱く趣味はねえな」

「あたし処女ですよ」

「けったいな処女もあったもんだ」

「信じないの?」

「むずかしいな」

「たしかめてみて」

アトゥーラの右手がウェスタの右手を捉えおのが○○へと導く。

ウェスタはなぜか抵抗できずされるがままになっている。

指先が、肉の接触面もわからぬほどに潤った狭い割れ目に沈んでゆくと

そこでは抵抗不能なほどの急激な引力が生じ、さらに奥へ、奥へと導かれてゆく。もう手首も見えない。中指の先がさらに小さな、狭い門をくぐる。するとそこには何かがあった。指先がそれに触れるか触れないか、

その瞬間全身を電撃が走りウェスタは崩折れる。


夢でも見ていたのだろうか、とウェスタは訝しみおのが右手を見つめ直す。左手はアトゥーラの額の上に、右手はアトゥーラの憐れな胴衣とスカートの境目、ちょうど臍の下あたりに置かれていたのである。その哀れなスカートは戻され足は隠れて見えない。白い足指だけは、何事もなかったように、けれどもかすかに左右に揺れている。

思わず右手先の匂いを嗅ぐ。全く何の香りも悪臭もない。湿り気さえもない。と、そこでじっとこちらを見上げているアトゥーラと目が合った。

「もうひとつお願いがあるんです」

「言ってみな」

わざとらしく突っ慳貪に。

「時刻のことなんです」

「時刻だって?」

「あたし、夕陽がみたいの」

「まだだいぶ間がある」

「正確には、夕陽が黄金色に変えた緑の葉っぱたちが見たいの」

「理由は?」

「理由ですか」

アトゥーラは眉根を寄せる。

「なぜだろう?」

「話にならんな」

「あ、わかった、」

「ん」

「あれが永遠そのものだから、

あれを見ながら死ねたら、あたしも永遠と一緒」

「永遠なんてつまらんだろ」

「そうでもないわ、ふふふ、でも、もういいの」

「もういいのか」

「そう、青空の下で死ねるだけでじゅうぶん」

「そうか」

「ワガママばっかり言ってごめんなさい」

「じゃ、そろそろ行くぞ」

「あねさま」

「まだあるのか」

「あねさま、あたし、いい妹じゃなかった、

そのことはあやまっておきたいの」

「あやまらんでもいい」

ウェスタは何故か腹立たしげに呟いた。

「あたしだって同じことだ」

そして辺りを見回した。

土を踏む音がし、亡霊のようにひょろ長い、老巡礼が近付いてくるのが見える。その先端で螺旋を描く杖が、ほとんど上下動を見せず滑るようにその手の中で、そして今はまた、雲雀が一羽、なぜか偉そうに、胸を張って止まっている(さっきと同じ奴だろうか?)。

母屋の方からはほぼ全員が現れた。これから隊列を組み、

セガムの鼻、処刑場(シオキバ)へと向かうのである。









【原注】


※1 双剣  これは昔カーノイに尻もちをつかせたオリファンド鋼の逸品とは別物 母親からの、正確にはその主家筋ヒレーン家の伝来品。

ほぼ相似形の雄剣(オケン)雌剣(メケン)とから成る。

稀世の宝剣であるがかなりぞんざいに、荒っぽく扱われている。


※2 暗い女たち   正確には、暗い女たち、の内の一人、と書くべきところ。


※3 スギョウジャ  この特殊な読み、呼び方は恐らくイヨルカから。(前にも出た)


※4 黄色の花束   苜蓿(うまごやし)の類の一束であろう


【欄外注 補遺】

◯◯ → いろいろ想定しうるが、穏当なところでは、股間、陰部、秘部、秘所、

もう少し露骨なら、秘唇、秘裂、等等



【後書き】

「やりました! つ、ついに! 二月連続更新でっす!」

「ほおーーー」

「しかも! 前回を上回る文字数でっす!」

「へえーーー」

「姉様、感動が薄くございやせんか?」

「お盆休みやったしな、ほいでから暑すぎてどこも行かれへんかったしな、しょーことなしにキーボードに向かう図、とも言うな、」

「まあええです、それは不問に付す、で、」

「なに、その上から目線、」

「で、でぇーーす、そ、そんなことより、」

「なによ、」

「遂に、第一巻の終わりが近付いてまいりました!」

「ほおおーー」

「これは事件です!」

「ほあああーー」

「思えば苦節5年、長い長い道程(みちのり)でありました!」

「ふいーーー」

「姉上様、ヒドイであります、

お、おもえば2020年6月25日、初アップを前に

ドキドキドキ・ワクワクワク、胃も痛くなるほどやったあの日、

それがこんなに遠くまで

我ながらよく来たものと涙のちょちょぎれる

今日此頃・・・ ウ、ウォンウォ、オーーン」

「あんたなあ、それ嬉し涙のつもりかしらんけど

それはちがうやろ、ここは悔し、いやさ、慙愧の涙に暮れんならんとこやろ、」

「へ?」

「へ、やないわ、第一巻終わりて、まだ終わってへんけど、

考えてみ、こんなペースやったら12巻出そうおもたらあと

5〜60年かかんねんで、わたいらこの世におれへんわ、」

「う、それはそうかも」

「あんたなあ、暑さのせいか知らんけど頭、沸いてるやろ」

「そうでした、そうでした、とんれもないことれす」

「舌まわってへんで」

「いや、思い出しました、これ、怒らなあかんとこれした、

姉上様のおっしゃる通り、で、でもこの責任はひとえに

あのスケベコオロギ、シャリー・ビョルバム殿のせいなんです!」

「なんだとおーーー 」

「出たな、エロじじい!」

「キサマ、ひとを実体のない、虚しい幽霊扱いしおって

このネットのアイドル、電子の海に浮かぶキュートな神に向かって

なんたる暴言!」

「いいよった、ついに言いよった、こいつ、ついに

自分のこと神やて、ああ、サイテーーや、」

「なにを嘆くことがある、ネットの海には神なんぞゴロゴロしておる、

吾も神、アレも神、神様だらけじゃ、」

「そんなんナンボのもんじゃい!」

「こらこらこらこら、アホな言い合いはやめて肝心な話をせんかい!」

「姉上様、ひどいと思いませんか、このお話、そもそも

日常系のゆるふわラブストーリーのはずやったのに

今やただの三文エロ小説の出来損ない、そこらの中学生の回し読み同人誌にも負けてそう、ちゅーーか、こんなん、チュウボウには読ませられへん、」(ターゲット年齢そんな低かったん!?)

「ふふん、これやから今日びの若いもんは!世間様のテレンドと

エイアイとやらのぶっ飛び進化にばっかり目を奪われおって」

「そんなことないもん、お話にはある程度のスピード感が必要やってゆうてるだけや」

「そんなもん、それこそもっと達者な、筆の立つ方々に任せといたらええんじゃ、もちろん、ワシには全てわかっておる、」

「なにがいな」

「この話が、いや、この書きっぷりが、というべきか、

世間様の時流に完全に逆行し、自ら、好き好んで、難読のスカスカ

亡霊小説への道を歩んでいる、その自覚は、いな、覚悟はとうにできておる、

ちゅうことじゃ、」

「そんなん、誰も読めへんやん、」

「いや、3人は確実にいてはるし、潜在的にはその十倍、30人くらいはいてはるはずじゃ、」

「その三人様かてどうせもうすっかりあきれてはるはずや、いちぬけた、にいぬけた、で、はらはらはらりと全滅の憂目、もう目に見えとるやんか」

「ねこどん、それはかえって失礼というもの、この方々の海のような包容力、眼光紙背に徹する先見の明、侮りがたしと忖度&深謝いたすのが礼儀というもの。」

「そんなことわかってます、そやからよけい、もうちょっと、」

「あんたらな、そげな虚しい掛け合い漫才もうやめとき、

それよりも今後の展望を二三そこはかとなくでも匂わすくらいのことはしとかんとあかんやろ、」

「はっ!(これ効果音です) そ、そうでした、ちゃんとやることはやっとかんと、そうでしょ、シャリーどん、」

「う、うむ、まあ、そうじゃな、」

「でもまあ、ここで第2巻の粗筋をいっちゃうと、と、ねえ、」

「うーーむ、むずかしいとこではある、」

「で、アトゥーラはどうなるの、首切られて、」

「ああ、ダメです、ダメダメ、それ以上は言えません、」

「ほんにのう、さきの見えん話じゃのう、」

「あんたら、もう、勝手にやっとき!」


・・・  ・・・  ・・・


とゆうわけで、お話はまだまだ続きます。

わたくしも姉上とこでの新生活にだいぶ慣れてきました。

熱中症気味で体調もよくありませんがなんとか頑張ってゆきたいと

思っています。どうか変わらぬご支援を

よろしくお願い申し上げます。

20250824

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