第1巻第2部第2節その11 「炉部屋の風景 続き 嫉妬と欲望の綯い交ぜが・・・ 涙[涎]を流す その5 風と○○○○」
ではありますがね、いかがですかな、ドナドナ殿」
異様な活力に満ちた枯木の体※6という、妙な風体の長身の男、どうにも場違いな襤褸を纏った人形師はさきほどから完全に主人の方へ向き直ってはいたのだがその長大な左腕をあたかも祝福を授けるかのように二人の少女の上にかざしながら
その視線は心ここに有らずという風情で有らぬ方を見つめているらしい、
バスポラとジーナはほぼ同時に顔を見合わせその行方を追うのだったが
明らかに一座の主人である黒衣の大男を通り越し背後の壁面、その真ん中に穿たれた長方形の虚空の彼方へとその意識を集中しているように見えたのである。ただし、天蓋の如く広げた左手は、別に何の問題もなくゆっくりと円を描きながら少女たちの小さな頭を守護するように、ほとんど歌うように、柔らかく、上下に浮動しつつ旋回し続けているのだった。
「ほぉーーむ、まさにコレ、ここ、なわけか、道理で・・・」
男はかなり満足げに呟くと しかしいまさらのように、
まだ見詰め合ったままの二人の少女を見下ろした。【ココマデ前節ノ再録】
*
その時突然その場の全員が微かな風の吹き込むのを感じたのは、考えてみれば不思議である。窓は一つしかなく、対面の唯一のド・アーは完全に閉まっている。
壁の石ストーブは季節外れの勤勉さで部屋の空気を撹拌してはいるが精々が熱対流の緩やかな循環過程であり、少女たちの後れ毛を優しくなぶるほどの力もないのである。
アトゥーラは、いまだ火のように燃えているシュリアナの
熱すぎる肉体を再び軽く抱き寄せた。
「まだ震えてるのね」
燃える赤髪の小娘は小さな侍女の耳許で囁いた。滲み出る汗は瞬時に蒸発してゆくのだが、薄い、甲虫の鞘翅に似た滑らかさを持つ皮膚は乾いていると同時に湿っている、不可思議な手触りでアトゥーラを驚かせる。
「とても変な感じ、いったい暑いの? 寒いの?」
「両方ですね」
シュリアナは事も無げに答える。しかしその視線はひどく真剣であり、
間近のアトゥーラの瞳を、あたかも底無しの井戸を覗き込むように、
或いは何か必ず探り出さねばならない秘密がそこにあり、
それを汲み尽くすことが己が究極の使命であると覚悟しているかのように、ほとんど瞬きもせず見入っているのだった。
「ですが、少々変であることも間違いはないのです」
シュリアナは一瞬目を伏せた。
「それはあなたのせいかもしれません」
「どおいうこと?」
アトゥーラの薄い唇の動きから目が離せなかった自分に、まったく正当な疑問を感じたらしい半裸の侍女はいささか頑固そうに首を振り無理やりもぎ離すように目を上に向けた。
秀でたというにはあまりにも異様に盛り上がった額
ナイィの深淵にも見紛う底無しの青緑の瞳
渦巻く瘡蓋に覆われた、醜い、左目とおぼしきもの
(その凄まじいまでの、隠蔽された実在感)
左耳上のリボンはほとんど解け
きついウェーブの残った輝く赤髪が
頬の上にまでかかっている
アトゥーラは相手の目線に気付き、なぜか自分でもわからぬままうっすらと微笑みながらその唇を青白い頬に近づける。半ば無意識にだろうか
右手がすっと持ち上がり黄金のリボンを解く仕草。
既に壊滅状態に近かったみづらを優しく解きほぐし梳き揃えながら後ろへと流してやる
銀灰色の柔らかな髪が散らばるように靡くのと
燃えるような赤髪の後れ毛が意志を持つ蛇のように持ち上がり
その銀と赤が、今ありえない風になぶられて
ほとんどひとつの巻き毛のように絡まり合い
(ひとつの本覚の雲のように)
二つの小さな頭同志を引き寄せ合う
*
「わたしにもよくはわかりません、でもたぶん、あなたが想像されてるのと同じだと思います」
「さっぱりわからないわ」
「そうですね、わたしにもさっぱりです」
シュリアナの不可解な応答にもかかわらずアトゥーラは特に怒り出しもせずそれどころかひどく不安げに侍女のかすかにわななく口許をみつめるのだった。そうして何か確かな予感に導かれるように、両手を相手の腰に回し、さらにしっかりと支えようと身構えた。
だがホンの一瞬、遅かったのである。
突然侍女は顔面蒼白となった。
そしてアトゥーラの両手両腕の輪をするりと抜け落ち、
あたかも身重の人魚の、なんの取っ掛かりもない滑らかな重いカラダのように音もなく
暗い寄せ木細工の床の上へと崩折れた。
*
後書き
大慌てでこれを書いております。バタバタしまくっております。
とにかく更新するのです。
ははは、姉上はまた出張でおりません。
うーーん、残念、
と、とにかく、今年もよろしくお願い申し上げます。
冒頭、【再録】などと称してエラク水増ししておりますが、これシャリーどんのたっての御指示なんであります。たっての、と申しましてもナンのことかサッパリですが、
ウホン、これ、ここ、この一連の流れの中に瞠目すべき真実が隠されておる、
などと呟かれておりました。シュリアナではありませんがサッパリです。
ですが、まあ、よく読むと、なんか意味深でもありそうな、なさそうな、
いえ、済みません、訳者のワタクシにもよくわかりませんが
そういうことなんでございます、次回、もう少し詳しく、このあたり、
姉と二人であのトンデモコオロギ殿を問い詰めたいと思っております。
どうか今回はこれでお見逃しくださいませ。
20250128
追伸
のっけの表題から伏せ字とはコレイカニ、
とのお叱り、ごもっともでございます。
シャリー殿の秘密主義にも困ったもんであります。
これも次回、三者面談?の議題予定であります。
何卒御寛恕の程お願い申し上げます。




