第1巻第2部第2節その10 「炉部屋の風景 続き 嫉妬と欲望の綯い交ぜが・・・ 涙[涎]を流す その4 」
*
・・・
「仕える者は・・・
そう
仕え さ、させる者に対して、
ある絶対的な優位を保つのです、
それは主人の意識が、
つ、仕える者を
ほ、泡沫の如くと
みなすほどに ほどに
濃ゆく揺るぎないものとなるのです
ってぇぇ・・・ては、 聞いたこと・・・ が、 あるんです、
でもそれって・・・ お、おかしいですよね、」
アトゥーラは極自然に、軽やかに(淑やかに ではない)、
もはや
微かな苦痛と、それとは真逆の愉悦の翳りを、
有るか無きかに纏い付かせた
奇怪なまでに真っ直ぐな視線を
ごくあっさりと、けれども、そおっと
外しながらゆっくりと
ドナドナの背中を巻くように
回り込みながらゆっくりと
ほとんど唱うように呟きながら猫のように※1
完全に足音を消して接近する
一転して優しげにその姿を追う二組の目の光はその時
何故か完全に同調=同期しているかのようだ
(さきほどまでのいがみ合いが嘘のよう)
人形師の巨大な枯木にも似た、しかしいかにもひょろ長い、
奇妙にねじくれた体躯を盾として
赤く燃える頭が一瞬隠れ再び姿を現した時
その姿はもはや以前のアトゥーラとは似ても似つかぬものだったろう
ただどこがどう違っているのか精確に指摘できる二人ではなかっただろう
洗い洒落たような※2貫頭衣はさらに酷く短くなり※3
もはやさっき気にしていた露出度(エ◯っぽさ)を遙かに通り越している
燃える赤髪はやや逆立っているのだろうか小さな頭を倍以上の大きさに見せ
このただでさえ特異な空間の中で揺らぎ
萌え
震え
輪郭さえをも不確かなものとするようだ。
グレオファーンは常態であるはずの顫動を停止し
ひじょうな好奇に満ちた目線で、
己が膝の上で半ば硬直している半裸の侍女と
その拘束された露わな右の太ももに
今そっと右手を載せたアトゥーラを
交互に見較べている。
・・・
「恐ろしいことをおっしゃる」
あたかもアズラ・メリーノーーンの石像が
直角に座した固い姿勢のまま空恐ろしい託宣を述べるように
不動の石像がその虚ろな目と円くぽっかりと開いた口から
誰にも理解できない意味不明な言葉の羅列を滝の如くに吐き出すように
しかしそこはかとなき意外の感に撃たれたようでもある
口辺には何故かうっすらと乾いた微笑を湛えながら
だが慎重に言葉を選びながら
いかにも楽しげに話し出す。
「ですが、その未知の御仁のお言葉には一面の真実がある、
もちろん唯ひたすらに功利的な側面、或いは人の世の習いからは
いささか外れた見方ではありますがね、だが共感できないわけではない、」
大男は愉快げに軽く体を揺すり巨大なロッキングチェアは微かな、陰に籠った悲鳴をあげる。
シュリアナの、普段はきつく引き締められた口元からは一筋、涎が垂れ、流れているようだ。
が、すぐに苦しげに口を開き、なぜか異様に甘やかな、
ひどく官能的なといってもよい、かすれた吐息を洩らすのである。
アトゥーラは侍女の小さな口の中、痙攣する舌の付け根の奥※4に一瞬、
赤い丸い頭、ひじょうに賢しげな極微の青金の目玉をつけた
丸っこい蛇の頭(つまりやや扁平気味の・・・)が見えたように思う。
(その異様さ、甚だしく場違いな感じ、は、まさしく名状しがたい異物感なのだ
と同時に、遙かに奇妙なことだがその視力の分解能、暗視能力の異次元さも
問題となるはずなのだが・・・)
しかしソレは瞬時に、恐ろしく素早く引っ込んでしまいもはや跡形もない。
確かに何かの合図、なにか明確な目的を持った示威行為としてのみ思い出させようかという、
そんな特殊な、いささかワザトラシイ、時空刻印の類いであったのかもしれぬ。
だが
ーあれ、なんだったのかしら、わかる? イヨルカ?ー
ーさあねえ、でも、あまり考えたくないようなシロモノかな、ー
ーな○すぎる! ってヤツ? ー
ーもっとヒドイもん(アリエネェー)かもね、ー
ー ! ー
「お嬢さん、いや、アトゥーラ殿、こんな格言をご存知かな、
つまり、主人のものを盗まぬような、そんな召使いなぞ存在しない、」
「そ、それはわかります、ごく常識的なお話でしょうけど、
私が言いたいのはそれとは違うんです、」
「もっと深層心理的な側面であると?」
「そ、そうです、かな、い、いえ、」
「いな、むしろ、さらに哲学的な、逆説的な話柄ですな、」
「そう、そうかも、で、でも私は、その、もっと物理的に
それはどうかな、っと、も、もちろん、
ひとのおうちのヤリヨウに口出しする
そんなつもりはないんです」
アトゥーラの表情が微かに硬くなる。
その右手の下でシュリアナの体温が異常な乱高下を続けているのだ。
(今は、その太ももは、氷のように冷たくなっている)
黒衣の大男は相変わらず、アノ時の雌鶏のように満足気に、侍女を抱きかかえている。
今はやや膝を引き寄せ下腹との間にさらに具合の良い窪みを作り
そこに特大の卵を据えて
至極ご満悦の化鳥の親玉といった感じでもある。
「ひどいことはヤメテ!」
「なんのことをおっしゃっておられるのかな?」
「ひどい言葉の調子!」
「では、あなたが、ここに? いや、ここで」
グレオファーンの濁った金色の目はアトゥーラの剥き出しの素足に注がれている。
そのなぜか浮動する、安定しない、作り物めいた視線はゆっくりと舐めるように
上の方へと滑りゆきやがて今やほとんど丸見えとなっている憐れな下着とその下あたり、
下腹部の、洋梨のようなあえかな膨らみを、あたかも透視するかのように
じっと見据えるのだった・・・ ・・・ ・・・
「クワバラ、クワバラ、」※5
男は不意に呟くと僅か1、2秒の間だけ目を閉じた。
そしておもむろに、やや大袈裟に首を振りながらさっと両腕を広げた。
*
ほぼ同時にシュリアナの顔に生気が戻る。小さな侍女は口元を拭いながら解放された膝を立てひどく慎重に
何かを確認するかのようにホンの少しだけ自分の尻を持ち上げる。
そして乱れたエプロンのあちこちを整えるとサッと体を捻り「主の上」から飛び降りた。
「お気遣い感謝いたします、アトゥーラ様」
素早く、まだひどく不安げなアトゥーラの前に跪くと頭を垂れた。
さきほどまでの鈴のような声が戻っている。
「大丈夫なの?」
アトゥーラは反射的に侍女を抱き締めるようにし
ややふらつきながら立たせたがまだ微かに震えていることに気付く。
そしてその体温は、今は異常なほど上がり、ほとんど溶岩のようだ。
背丈はアトゥーラの方がホンの少しだけ高いのである。
「全然大丈夫そうには見えないけど」
「問題ありません、アレはいつもなら3日3晩くらいは続くのです、
アトゥーラ様のお陰です、こんなに短くて済んだのは実に久しぶりなのです、」
「それにしても人前でやること?」
「いつものことです、我が主の考えは常に深遠なので・・・
(そして我が主の体力は異常に異常なので・・・)
つまり、常に正しいのです」
「そうかしら?」
「そうなのです、それよりもアトゥーラ様」
「あっ!ちょっと待って! その様って言うのやめてほしいんだけど」
「なぜです?」
「だって私のことは下女以下、って言うか
奴隷以下みたいなもんなのに様付けなんかで呼ばれると気持ち悪いっていうか」
「問題ありませんね、つまり社会的な序列と存在の序列は一致しないのが普通
というか普遍的現象ですから」
「存在の序列って何?」
「丁度いいですね、あなたの言葉に奴隷という観念がございましたので
さっきの箴言に反論させていただきたいのです」
「ちょっとあなたたち、」
ドゥーナ・カンシスタが割って入る。
「ここがどこだかわかっててやってるの?」
金色の、しとどに濡れた(汗です)小娘はひどく高慢ちきな顔付きで、
しかしどこか拗ねたような、長いことお預けをくっていた子猫が
やっとの自分の出番に自慢の爪を研ぎ飽きつつも、
満を持してしゃしゃり出てきたという、いささか軽薄な様子も見せていたが、
これもやや演技臭い、計算された自己演出の類いであろうかという趣、とはいえ
「いわゆる『秩序』(大文字、カッコ付きの)、が問題ならワタクシの方が適任ということになるのでは?
どう思われます、グレオファーン様、」
と自信満々なのである。
いささか着崩れた、だらしのない胸元を一向に気にもせず主人役の大男は曖昧な角度で、しかしかなり力強く頷いた。ただしその巨大な体格がホンの少しだけ縮んだように見えるのは何故だろうか。
「こういった脱線はいつでも歓迎ですな、無論、お客人がたの承認が必要ではありますがね、いかがですかな、ドナドナ殿」
異様な活力に満ちた枯木の体※6という、妙な風体の長身の男、どうにも場違いな襤褸を纏った人形師はさきほどから完全に主人の方へ向き直ってはいたのだがその長大な左腕をあたかも祝福を授けるかのように二人の少女の上にかざしながら
その視線は心ここに有らずという風情で有らぬ方を見つめているらしい、
バスポラとジーナはほぼ同時に顔を見合わせその行方を追うのだったが
明らかに一座の主人である黒衣の大男を通り越し背後の壁面、その真ん中に穿たれた長方形の虚空の彼方へとその意識を集中しているように見えたのである。ただし、天蓋の如く広げた左手は、別に何の問題もなくゆっくりと円を描きながら少女たちの小さな頭を守護するように、ほとんど歌うように、柔らかく、上下に浮動しつつ旋回し続けているのだった。
「ほぉーーむ、まさにコレ、ここ、なわけか、道理で・・・」
男はかなり満足げに呟くと しかしいまさらのように、
まだ見詰め合ったままの二人の少女を見下ろした。
欄外注 まとめ
※1 なぜかこの時アトゥーラは帳場の主である
老雌猫(デア グリューネ テピッヒ=ヴォーンタントン、略してタントン、
雄でないことは間違いないのだが・・・)のことを思い出し
その足運びを真似ている、つもりらしい
※2 洗い洒落た → 洗い晒れた の特殊慣用表現らしい 所謂方言の類いかも
パーソナルボキャ? 個人言語(Idiolect)?
前にも一度出た(注記した)ような・・・
※3 単純な身長の変化ではないことは確実と思われる
※4 舌の付け根の奥 これは喉の奥とすべきなんでしょうが原表記に従って訳しております
※5 クワバラ!クワバラ! ≒トイ!トイ!トイ! ではないですが訳語としては精一杯なところ
トイトイの語感は好きですが・・・
さてこのグレオファーンが果たして尋常の視覚を頼りに外界を把捉しているのかどうか、
ここでの目線の動きよう(あまりにも露骨かつワザトラシイ)も気になるところではある
そしてそれ以上に、光に依存しない感覚器の存在はあの例のヤクザな箱車を引っ張り出すまでもなく確実ではあるのだから、ここはそのように解釈すべきなのかもしれぬのである
※6 カラダ 掛けことばになっている
【補説】
アトゥーラの肉の改変について
(それは本当に起こったことなのか という議論 もある)
集合フェロモンばりのダダ漏れは解消し遮蔽結界、俗に言う相互浸透阻害ヴァリアーの、常時展開の必要性は無くなった、などと、
安堵とも無念ともとれる変なタメ息を漏らしていたイヨルカ・・・
しかし肝心なことを忘れている
その肉の美味しさ? 無限の価値が無くなった訳では全然ない
それは、より隠微な形でわかるものにはわかるのである
ここでは、グレオファーンが無意識の裡に流す涎が証明している
そして奇妙なことに、それに気づくものどもに関しては
その位階・順位が、ほとんど全く証明、というか解明されていないことは重要である
イヨルカは、変な奴ほど気づく、とかそれこそ変なことを
口走っていたが、案外それが正解なのかもしれぬ
物語の進行とともに追々わかってくることだが、アトゥーラの肉に執着するものたち、その偏執的かつ変態的存在たちの本質、形式、すべてにわたって何の共通点もないことは確実である
[そして、驚くべきことに、その短くはないリストのさらに裏のリスト、つまりブラックリストの筆頭には、
ドナドナ(と、その一味たち全員?)が載っているらしい・・・
しかしこれはなんとなく納得できるフシもあるのが悩ましいところである]ー
ところでかかる偏奇珍妙なリストの類いの
ほんとうの 「作者」は一体誰なのか?
むろん(と臆面もなく続ける)、
存在の位階[そんなものがあるとしてだが]、
社会的身分上の位階、
生物学的な強度の位階、
その他もろもろの非対称的な関係性について(その名称はどうあれ)
ここでコチタク議論を続けることは無意味であるけども
いずれにしても、アトゥーラの存在それ自体が、なべての存在秩序を引っ掻き回す特異点であることは間違い無いのではなかろうか
と、シャリー・ビョルバムはグレイ・ゾーンの中で述べる
イヤ、述べたらしい・・・
【補説2】
・・・その姿はもはや以前のアトゥーラとは似ても似つかぬものだったろう
ただどこがどう違っているのか精確に指摘できる二人ではなかっただろう・・・
この2行は意味不明だが、のちの注釈者の一人は、アトゥーラの雲の追跡=追跡不能の論理とパラレルであるとみなしている。
後書き
ああ、だめです、まだすこしも話が進んでおりません、
お恥ずかしい、を通り越し、まったくもって意味不明、
文体の変化も甚だしく、こちとら隠蔽工作?にヘトヘトという有り様、
愚痴をこぼしたくもなるというものです。
あねさま絡みの緊急非常事態はなんとかしのぎきり、
年末進行もあと2日ばかりでケリがつきそうな今日この頃、
ようやっと戻って参りましたが又変なところでチョン切ることに
なりそうです。
お茶会はまだ続きます。というか、まだ本題に入っておりません。
ああ、それから、ウェスタ&グリモーがなにやらチョメチョメやっておるようなのを、ちょいと挿入することになりそうな気配もチラホラ。
お正月休みに期待したいところなんですが、いろいろやっかいな行事その他が控えておりますようで去年のようにヒキコモリ三昧とはイカンようなのです。で、要するに、更新が滞りそうな言い訳ばかりしてるわけですが
どうかお許しください。
今年もあと僅かとなりました。
来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
20241228
追伸
来年からは、この後書き欄を使い、姉上との対談を増やすつもりです
単に後書きのネタにつまったからではありません、ちがいます、
・・・ いま、姉様の沈黙がコワイのはナゼ?
【陰の欄外注】
「どつきアイ」にナル、と思っとるところがカワユイのう、
と、誰にも聞こえないはずの姉の独白を再録しているのは誰?




