第1巻第2部第2節その07 「炉部屋の風景 続き 嫉妬と欲望の綯い交ぜが・・・ 涙[涎]を流す その1 」
「なに? っていうかあなたはいったいだれ? なんの権利があって気安くアタクシの名を呼ぶの?」
「なぜお前がここにいる!? 城に籠もってろってアレホド!」
「お城? ってあなた、アタクシが誰だが知ってて言ってるの?」
金色の小娘は再び立ち上がった。そしてスタスタと紐男[グレオファーンのことである]に近付き不細工に突き出た膝頭の辺りに右手を置いた。
「ねえ、この無礼な奴らをこのままにしておく気?」
男は黄色い目玉をグルグルにうごめかしながら首を振る。しかしそれは肯定とも否定とも取れる曖昧な動きだった。
金色に輝く少女は大げさに溜息を吐いた。目線をピタリとジーナにつけたまま(明らかにその正体に気付いている気配は濃厚だが)
おもむろに、腰前に耀う偃月刀に手を掛ける。音もなく鞘走った刀身はかなりゆっくりと、だが確実に要所に煌めき男の拘束衣を切り裂いてゆく(鋼鉄に近い素材の鎖をも紙のように)。
棒のように直立していた男の頭が亀のように、
胸板の厚みの中へと吸い込まれるように
ほとんど嘆くように沈んでゆき、
やがて全体が圧しひしゃげるように、
一つの分厚い、鎖と包帯めく布帯の、燻んだ灰色の堆積となり果てる。
が、中央の裂け目が内側から押し広げられ
にょっぽりと現れ出たのは全くもって場違いな、
春の夜の園遊会にでも出没しそうな伊達男、水も滴るような美丈夫が一人だった。
「ふうぅーー、やれやれ、恩に着ますぞ、ドゥーナ・カンシスタ・アサイラム・コー・ペイラム・ユーサリパーニア、ふぅぅ、長い、」
男は流れるような動作で右手を一閃、背後の汚らしい脱殻の山を消滅させる。
基本的に宮廷風の、文官めく服装だが黒尽くめであり、ただ銀のベルトの両脇、なめらかな腰のくびれを飾るように華奢な短剣が二本(だが、刃渡りは優に200セカントはありそうである)、
ほとんどただの飾り物、風雅なアクセサリの如き趣で、あたかも蝉の抜け殻のように、やや危う気にくっついているのである。
男はさきほどまでの異常な長身ではなく、まずはドナドナと同等か、やや低めという、いかにも敏捷に、必要なだけ、いくらでも迅速あるいは超速的に動作又は移動・転身が可能という潜勢力を暗示する風、しかしそんなことはおくびにも出さず澄ました顔でチョイチョイと袖口と襟元、やや裾長のジャケットの身頃を整える仕草も、なるほど堂に入っている。
「では、あらためて、自己紹介をお願いしても?」
男はドゥーナ嬢を自分の膝下に引き寄せた。それはあからさまな庇護の意図・・・? というよりは、ありうべき少女の暴走をも事前に抑制しようかという、半ば以上善意?に溢れた予備行動のようにも受け取れた。
いつの間にかドナドナはジーナたちのソファの真後ろに、あたかも前面の主人側との鏡像的対照を期し、完璧な対抗構築を誇示するかのように静かに佇立していたのである。両手はそれぞれジーナの右肩、アトゥーラの左肩に置かれている。
「申し遅れましたな、私はドナドナ、旅の巡礼者にすぎませぬが、
そう、行き掛かり上、この二人の保護者となっておるものです、」
「ドナドナ殿・・・ ふぅーーむ、どこかでお会いしたことがありましたかな?」
「いや、お初にお目にかかるようですな、しかし、ここな一人は、」
右手の下の丸い肩先を優しく押さえるように愛撫する。
「どうやらご昵懇の間柄かと推察いたしますな、」
「さよう、たしかに、その声には聞き覚えがあるようです、」
肩を軽く叩かれたのを感じ銀の小娘は素直に立ち上がった。
(アトゥーラもつられて立ち上がる、というか気分的にはジーナの左腕にぶらさがる、いやに甘えた姿勢のまま)
「ジーナだ」
しかし、声は異様に低く抑えられ内に籠もったような、ひどく陰気臭い響きなのである。
「ジーナ?」
男は意外そうな、だが取ってつけたような疑問符を付属させ問い直す。
「ジーナ、何?」
元オオスズメバチである小娘は金の少女をきつく睨みつけたまま、しかしいささか忌々しそうに続ける。
「ジーナ・ヴァルケンホーク ・・・・・・ クッ 少佐だ」
「腐れ軍人、レキシアナの飼犬、暗殺者、そして最悪の女蕩し・・・」
ドゥーナ・カンシスタは微かに口中に呟くのだったが、それが前の三人の耳に入ることは承知の上なのである。
「歴戦の勇者と聞き及んでいますぞ、
その名があのジーナ・ヴァルケンホーク、
第八代女王、レギナ・ヴァルデス・レキシアナの懐刀、
あの恐怖の帝国の上級監察官にして特務工作員、
そして『壊滅の波動』『最後に嗤うもの』
この二つ名の持ち主と同じであるなら、」
「たしかに、そんな呼び方をされたことはある、が、もう昔の話だ、」
「でゅふふふふ、あのキレイな池の辺りでの邂逅は今でも思い出すことがある、そうですな、ジーナ殿、」
「過ぎた話ね、もう忘れたわ、(池の辺りって、ものはいいようね、でも、いまのあなたじゃ考えられないようなアクロバティックな姿勢だったわねえ)」
「あの時、あなたの恋人は、そう、なんといったかな、凄い美人だったが、ちょっとばかし頭のネジが」
「黙んなさい!」
ジーナは左腕を、隣の熱くからみつく右腕から引き抜いていた。肘から先は青白く輝く身の毛もよだつような刀身となっている。
「おお、こわいな、」
「あんたの体節を21等分するのに何秒かかるか、知ってる?」
「そんなコマ切れは御免被りたいな(しかし等分とはヒドイ)」
「これが以前と同じ切れ味のままだと思ってる?」
「明らかに次元が違いそうだとは思いますな」
男は両肩を自分で抱き締めるように身を縮め、大袈裟に震える仕草を強調するのだったがどう見ても少しも恐れてなどいないことは明白である。
「で、そちらのお方は?」
水も滴るような美丈夫たるグレオファーンが、
今は背後にひとり、いささか所在無さ気に取り残された感のあるバスポラに目配せをする。
が、当の狼少年はしかし全く退屈なぞはしておらず、いなむしろその内実は多忙を極めているのだった。
がいかんせん表情のコントロルが全く上手くいっておらず非常な顰めっ面になってばかりなのがおかしいのである。
ー なあ、アトゥーラ、今お前完全に(ワザトラシク)無視されてるみたいだがこれってイミシンだよな ー
ー どぉかしら、というより、どおでもいいんじゃないかしらん、
そんなことよりあんた、なんか忙しそうね、ほかの兄弟と通信してるの? ー
ー 俺たちにそんな必要はないな、俺たちは俺たちだからな(すなわち、一にしてムゥゲーン、ムゥゥーゲーンにして一)、そんなことより、おまえ、気にならないか?ー
ー なんのこと? ー
ー この家の構造だよ、というか、この部屋、すごくヘンだろ、いったいどういう構成、っていうか、魔法のたぐいでないことは確かなんだ、そう、そしてイヤな感じでもない、しかし、不思議きわまる、ふむむ、ー
「俺か、俺はバスポラだ、」
いかにも不貞腐れた感じでバスポラは淀みなく答えるが、グレオファーンの視線が自分の体中を嘗め回すように、そしてさっき少し痛めた足首や、ほっそりとしているが肩の筋肉との接続がひどくなまめかしい首筋まわり、肉感的な唇の辺りをしつこく凝視する様子にはいささか引いているようでもある。
「ねえ、君、ちょっと聞きたいんだが、いいかね、」
「かまわんぜ、」
「この部屋、ではなくて、この磐座全体の力というか、力能というべきなんだろうがここにはいるものはすべて、そう例外なく、どんな存在だろうと一様に人型に変換、いや、変身させられてしまうんだが、そう、むろんもとから人間であればそのままなんだが、しかし元の姿の本質が反映されることも事実なんだ、ゆえに」
「ちょっと待った、」
「なにかな、バスポラくん」
「それってこっちの意志や願望やなんかが鏡みたいに写されるってことでいいのか?」
「それはなんとも言えんね、この石(!!!)はキマグレなんだ、だいたいにおいて忠実な再現・・・ とは言えるんだが、ときどき突拍子もないハズシ方もやらかすんでね、とはいえそれがおもしろくもあるのは確かなんだ、」
「一口に謂うとヤヤコシイ奴だな、」
「まさに!」
「で、俺はあんたにはどう見えてんだ?」
「いや、それがね、」
長身の男は黄金色の目玉をクルクルさせながらほとんど舌舐めずりせんばかりに薄い唇の端を引き歪める。
しかしこの瞬間、背後の扉が音高く開かれ、用意万端整えたシュリアナが登場したので肝心?の話の腰は折られたのである。
*
鈍い破裂音に似た馬鹿でかい音がしたのはドアーをこじ開け、まず魚雷のように進入してきたのが異様に細長いワゴンテーブルだったからでその舳先がほとんどドア板を突き破らんばかりの勢いだったからでもある。
テブルの上には行儀よく、水菓子の鉢一式、薫り高いお茶道具一式、ただの水差し、そして両端には明らかに古代中国製とみえる青銅の香炉が二つ、
そしてそこから立ち昇る薫煙はさきほどからお馴染みの青白い淫らの香りに加え、さらに強力な副次的効果も期待させるような、複雑な定式にのっとった組香の類※1のようでもあった。
そして肝心のシュリアナの格好はと言えば、これがまた極端な趣味に(一体誰の?)走っていたのである。
つまり先程までの簡素な貫頭衣ではなく、いやもうむしろほとんど全裸であり、わずかに身に着けたエプロンみたいなものは体の要所要所を辛うじて隠す程度の意味合いしかなく、ただ一箇所、露わな左太ももの中程にはひどく艶めかしい漆黒のベルトが一本吸い付くように巻き締められていて何か凶悪な感じの暗器めく飛剣が一振り(片手の中に楽に隠れる大きさである)、ごくつつましやかに装着されているのだった。(もう足首の鈴はなし)
主人であるグレオファーンは肩をすくめながら両手をあげ無言のまま、しかし明らかに称賛の意をあらわしているらしい。テーブルが部屋の中央に固定され落ち着いてしまうと五人が順序よく有り得べき席順につくのにさほどの時間はかからなかった。シュリアナはほとんど無音で素早く立ち回り誘導も給仕の方も完璧にこなしてしまう。
香炉はベッドの裾、窓との間にあるこれも中国風のナイトテーブルに移された。
黒衣の男が席に付いて鷹揚に一同を眺め回した時、部屋の温気はほぼ極点に達していたので残る五人の視線は自然と、イヤに涼し気なシュリアナの姿に惹きつけられてしまう。少女は澄ました顔で主人の左脇に控えているがもうほとんど裸も同然なので汗一つかいていず今はお腹を蔽う僅かな布地についた可愛いポケットからイヤに分厚いハンカチをひっぱり出しなぜかひどくもったいぶった様子で汗みずくの主人の顎の下をゴシゲシ拭っているのである。
主人の左手すぐ、ドナドナの向かいに座ったドゥーナ嬢はしかしかなりご機嫌斜めでなにか汚いものを眺める目つきでシュリアナを睨みつけていた。
「あなた、その格好は一体何? イヤラシイにもほどがあるわね、」
「私の責任ではありませんね、」
侍女は簡潔に答え背中でX型に交差する肩紐を引っ張り上げる仕草である。
胸前に降りてきたそのベルトは丁度✕✕を隠すほどの幅しかなく○○自体はかすかに膨らみかけただけの、ほとんど男の子の胸と見紛うくらいのつつましさだったので全く意味もなかったのである。
ドゥーナの隣にはこれもかなりムスッとしたジーナが陣取っていたがやはりかなり不愉快そうであり、向かいのアトゥーラへその長い脚を伸ばしてはお互いの親指同士をからみあわせゴニョゴニョしているのであった。
ー なにこの暑さ、蒸し風呂みたい、ー
ー まあ、変態のタグイよね、下心ありありだわ、ー
ー なにそれ ー
ー まあ、みてなさい、すぐわかるわ、ー
注ぎ分けられた煎茶は薫り高いがひどく熱く、湯呑がまた極薄の朱泥製なので手に持つこともできない。が、グレオファーンは全く平気で掲げ持ち乾杯の音頭を取った。
「では、どうぞ、ご賞味を、熱いのでお気をつけください、」
「ちょっとこれ熱すぎて持てないし、とても飲めないわよ、」
「いやいや、汗だくのなか、熱いものを飲むのがよいのです」
ジーナが至極当然の反論を試みるに男は平然としている。
「ですがまあ、趣味嗜好は人それぞれ、こんなこともあろうかと、つめたいものもご用意させておりますのでな、そう、それです、」
素早く注ぎ分けられた水菓子は甘いシャーベットもどきで器(ゴブレット)ごとよく冷えている。
こちらは全員躊躇なくあっという間に平らげてしまう。
「お代わりもどうぞ、」
シュリアナが二重になったガラスの大鉢に手を添え待ち構える。
で、五人が五人ともすっぱりお代わりしたのだった。
「ではでは、お口がすこし涼しくなったようでもあり、本題に入らせていただきましょうか、」
グレオファーンは自分のハンカチで口を拭いながら左右に首を振った。
「おおっと、うっかりしておりました、まだあなたのお名前をお聞きしておりませなんだな、」
男は今始めて気付いたかのようなワザトラシイ、だが嫌味にならぬ程度なさり気なさを装ってアトゥーラに問いかける。
・・・ ・・・ ・・・
※1 組香の類・・・ これは古式ゆかしい香道のそれではなく、単に数種の香薬を組合せ複雑な効果を狙ったものという意味らしい、言葉としては誤用に近いのであるが・・・
後書き
妙なお茶会みたいなのが始まってしまいましたが、どうなるのでしょうか?
ここから本番なのですが、なんと月末が迫っております。
で、非常に心苦しいのですが、この奇天烈なお茶会の導入部の、
わずかな点描のみで今回の更新とさせていただきます。
(まともなお茶会になるのかどうか、激しく謎です)
リアルはなんともヤッサモッサしており、まったく時間がとれませんのです。お恥ずかしい限りでございます。
さて、今回もまだ序の口なのにもう例の伏せ字が出没しております。
シャリーさん、ネットの影響もろに受けすぎてるんじゃないでしょうか?
またまた、怪しく、ど顰蹙ものの傾向が垣間見えているような・・・
いえいえ、ここはアタクシがしっかり手綱を引きしぼり、
後ろ指をさされませぬよう、踏ん張らないといけませんところ・・・
しかし、疲れます、
姉様はまた出張でおりませぬ、
で、これ読んどき、って置いてった本が
工藤さん訳の『サラゴサ手稿』(岩波文庫版よりこっちの方がズットいいそうです、もうすぐ下巻が出て完結予定?)と、『官能小説「擬声語・擬態語」用例辞典』、おまけに復刊された柳瀬さんのあの『フィネガンズ・ウェイク』(ギャー、2冊セットで1万円です!)
いったいどういうご了見?
サッパリです、一体妹になにをさせようとゆーーんでしょうか?
そんな本 買うてるヒマあるんやったら、なんかオイシイもん食べに行きたいデス!!
そういや、今年は天神さんのとき、鱧鍋食べてない!
で、イモトの叫びは虚しく宙に消えてゆくのでした・・・
おねいちゃん、あたしの昼ごはん、ソ○ジョイ1本なんですけど・・・
追記
ポトツキさんの大団円の巻、昨日出てたようで、姉上今日出張帰りに買って帰ってきましたが、
お蔵入りだった経緯や、出版社側の言い訳、期待してた工藤さんの新コメントなど、なにもない!
解説は大系本の再録やし、チョーガッカリです! などとのたもうておりました。
まあ、なんのことか私にはサッパリですが、そんなことよりおねいちゃん、
連載第70回ですよ、キリ番?ですよ、なんかせんとあきまへんのやないですか?
なんか新企画考えてくださいな、それかシャリーどんにあんまりエ○の方へ走らんように
釘刺したってくださいな、このごろは、あたしの言うことなんて全然聞いてくれんのです、
それどころかこのまえなんか、裸○プロンの資料画像捜しを手伝わされたあげく
実際つけて見せてくれとかなんとか無茶苦茶ゆわれて往生したんです、
え、なんすかコレ?
『関口 ドイツ語主要前置詞辞典』?
そうそう、これ最近出たんやけど、むっちゃおもろいから読んどき、
って、あーーた、またこんな高い本、どっからみつけてくるんどす?
あたくしのドイツ語あやしいの、まえ、シャリーどんにも言われましたけど、
こんなん、もうイジメ以外のなにもんでもないっつーの!
あーもう いいんです いいんです どうせアタクシなんか
スン スン
あさってから9月ですやん、そうです、時空系列すっとばし、
全然あたらしい局面のアトゥーラの姿をひとつ、短編形式で考え中です、
予定は未定です、わかっとりますがな、はや、年末進行のヤバイ足音がヒタヒタと・・・
どうかどうか、お気を長く、お待ちいただけましたら幸いです
20240830〜31




