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第1巻第2部第2節その06   「メノンの磐座 続き 炉部屋の風景」

「ジーナ、ちょっといい?」

「どうかした?」

「あんたここ来たことあるの?」

「ないわよ、なんで?」

「だってあんまりびっくりしてないじゃない、こんなトンネルみたいな家、来たことあるのかなって、」

「あるわけないじゃない、」


【承前】


「そかしら?」

疑ぐり深そうに口ごもるアトゥーラは、何か心当たりがあるらしく真剣な面持ちで前をゆくドナドナ、バスポラ、ジーナを見比べるのだった。

「ぺッ、ペッ、ペリッパトゥス? アナイーサー?」

「なに、なんだ、どうした? アトゥーラ、」

ドナドナが振り返る。

「さっき、ドナドナ様言ってた、グレオファーンって人、ぺ、ぺり?」

「そう、ペリパトゥーゥス、なんでも疑ってかかる奴らの渾名みたいなもんじゃ、」

「ジ、ジーナも会ったことあるって言ってたわよね、」

「もちろんよ、別に友達じゃないけどね、」

「恋のライバルだっけ?」

「そんなんじゃないわ、でも、」

「でも?」

「そうなる可能性もあるってことね、」

「なんで?」

「そんなことアタシに聞かないでよ、ドゥーナ次第なんだから、」

「ドゥーナさんって、さっきあたしにチクって刺してったあの金色のキレイなミツバチさんのことよね、」

「そうよ」

「アタシあの時あちこち痛くってよく見てなかったの、声はちょっと聞こえたんだけど、でも、そう、なんか凄く怒ってたし、早口でよくわからんかった、で、でも、なんかモノスゴク気の強そうな感じ、それにおっそろしく賢そうな感じ、それはよくわかったの、」

「一瞬でそれだけわかれば大したもんよ、」

「ねえ、ジーナ、」

「なに?」

「あ、あたしね、そのドゥーナさんにとっても会いたいんだけど・・・」

「ムリね、今ごろ城に籠もってるだろうし、もし会ったとしてもアンタなんか一発で刺し殺されちゃうのがオチね、」

「そ、それは、とっても・・・ アタシにとっては・・・ 」

「あんたねえ、」

一行は立ち止まった。先頭の性別不明な童子が、一つの、古臭い木の扉の前で首をかしげている。

[この不可思議の閉鎖回廊のなかで、不規則に、とびとびではあるが、扉は無数(トユーカ、ムゲン)に並んでいる・・・ ようである]

「あ、あれ、ここだったかしらん、」

そしてニスの剥げた後のようなひどいつや消しの、それでも何某(ナニガシ)か味わい深い色合いの古びた木材にじかに耳をつけた。

「あらら、」

呟きながら振り返り、微かに皮肉っぽい、なにやら茶目っ気すら感じられる眼付で、明らかにジーナの表情を窺う風である。(何か会話が聞こえたのだろうか)

扉には真鍮製らしきノブが、鈍い金属光沢を放ち、これ見よがしに突き刺さっている。

その偽の黄金の輝きにはしかし何か威嚇するような、隠微に、不穏な、最後通告めく光が揺蕩(たゆとう)ているのだが、にもかかわらずホンの少し角度が変わるだけで

しかし反対にひどく人懐っこい感じの、非在の楽園への(いざな)いにも似た、ほうぼけた※1ような雰囲気が漂うのが不思議といえば不思議であった。

(そしてこれこそは、あのキグ・ナラクの信号機なのである) → イミフ

先導の童子、ドナドナ、そしてバスポラが無言のまま脇へ()ける。

「え? アタシ?」

自然に押し出された形のジーナがドアの前に立つ。いつの間にか

あれほど狭かった通路は、ここではちょっとした控えの間、いな、

シガレットルーム並の広さとなっていた。

そう、かすかに、まるで型にはまったクサイ舞台演出のように、どこか懐かしい、

しかしほのかに危険で催淫的(みだら)な香りが漂ってくる。

ジーナが手招きし、アトゥーラは身をぴったりと寄せた。

「一緒に開けてみようか、」

二人並び、ジーナの左手、アトゥーラの右手が重なりノブにかかる。

感触は軽く、ほぼ自動の回転が仕組まれてでもいたように簡単に回る。

音もなくドアーが、すべてを、いざない迎え入れるように、なめらかに開け放たれる。


そしてごく自然に足を揃えて踏み込んだ二人が見たものは、

特になんの変哲もない、ありきたりの、小さな炉部屋のように、

そのように、認識するしかないものだった。

それは、13歩四方ほどのこぢんまりとした快適な部屋で、

明らかに、そこに住みなす人の極落ち着いた趣味を反映し、

なんとも言いようもなく平穏無事な、いかにも冬籠りに適した

アンチームな佇まいを見せているのだった。(但し今、季節は早春乃至初夏である?)

そう、確かに、部屋自体は、そのようだった。

しかし、二人の足はそれ以上進むことができない。

二人は文字通り凍りついていた。(だがその理由は見事にマチマチなのだが・・・)


右手の壁中央には定番の、巨大な陶製放熱機台、俗に謂う石ストーブが鎮座している(正確には壁と一体化し、ひどく不恰好に突き出ている形)。しかし全力稼働しているわけではなく、かすかな余熱を発散している程度であり、さもなければ部屋は蒸し風呂になっていただろう。

ドアーの真向かい、正面の壁にはこの部屋にただ一つのかなり大きな、恐ろしく横長の窓があり無造作に開け放たれている。

今は、見晴るかす、遥かな田園風景※2が、

まるで「一枚の絵」のように、ごく静穏に広がっている。〔奇妙・・・というべきだろうが・・・〕

(そして、その見える風景全体に対する反証!のように、

 一輪の真紅の薔薇が、小さな翡翠製の鉢に窮屈そうに、やや悲しげに植えられ、窓台の上に、ほとんど無造作に置かれていた)


(そして家具らしい家具は数えるほどで空いた壁面はすべて、明らかに手作りの、ひどくデコボコした書棚で蔽われている)


左手の壁際には簡素なベッドがひとつ、

しかし、その壁面の見上げる位置には異様に奥深い祭壇めく小壁龕(アルコーヴ)がぽっかりと口を開けてい、そこにも可愛らしいソファーを兼ねた洒落た小寝台が鎮座しているのだった。

そして正にその上に、

金色に輝く極極ちっちゃな少女が、

なにか妙に強張った、見方によっては恐ろしく尊大な姿勢で、

足を高く組んで座り・・・

なにやら残酷趣味のお姫様風に、凝念と、こちらを見下ろしていたのである。

「お、お人形さんかしら、」

アトゥーラがジーナの耳元に囁いた。

「シッ!」

もとオオスズメバチである白銀の少女は微かに震える手でアトゥーラの口元をおさえ、空いた手で部屋の中央、ややベッドに近い位置に置かれた、度外れに巨大な、横向きの安楽椅子(ロッキングチェアー)を指差した。

あまりに巨大なのでかえって気づかれない、そういう事態は存在する。

もちろん、すべては厳密に相対的な連関のもと、冷静沈着な判断によってのみ、事実の正確な把捉が可能なだけ、なのであるが(心すべきことではある)。

そして今そこには、異様に巨大な男が一人、文字通り、縛り付けられていた。


いや、縛り付けられていた、というのは正確ではない、男は椅子に固定されている訳ではなく、ただ雁字搦めに、いな、文字通り滅茶苦茶に縛り上げられ自律的な行動の自由を失っているというべきだった。

そして、あまり気は進まないのだが、この男の容貌容姿については若干の説明が必要だろうと思われる(どんな石材からでも、鑿一本で削り出すことが可能だ、と人は言うべきなのだろうが・・・)。


男は、壁の少女から目を離さずわずかに顎先を揺らしただけで二人の入室には気付いていることを示しながらやや苦しげに、だが存外に明るい、屈託のない若々しい声を上げるのである。

「や、やあ、せっかくの御入来(おこし)なのにお構いもできず申し訳ない、いま、すこし取り込み中なんでね、」

「お邪魔だったかしら、」

ジーナが、横でドギマギしているアトゥーラには全く意外だったことに、ひどく落ち着き払った冷静な声で応える。

「お、おや、その声は、なんと、どうしたことだ、まさに聞き覚えのある、ムカシナジミノ、」

男はガラス細工のような黄色の目玉を忙しそうに動かし横目使いに二人の方向を見定めようとするのだが焦点が合っている気配が少しもない。

顎のすぐ下まで、赤錆びた、帯状に()ち延ばされた鉄の鎖と、対照的に滑々(ヌメヌメ)に

なめらかそうな

練絹製の平打ち紐(明らかに魔術的な組成で殆ど生きているようにも見える)が幾重にも、

ひどく無造作な、やっつけ仕事めく手際で巻き付けられていて

両の(かいな)も胸前に折り畳まれて固定され、ほとんど古代墳墓の木乃伊状態に近い有様、いや、ここは、羽化寸前の繭玉状態というべきだろうか。

男の胴体は異様に長く、胸前に拘束された腕の膨らみから数えても都合6つばかしの大きな瘤が腰前まで盛り上がりながら並んでい、腰部のそれは臀部のそれと環状に融合してさらに巨大だった。そしてそこから床上に伸びた脚は驚くほど華奢で小さい。

(ねえ、今あたしの目の前にいるの、信じられる、どうみたって、あれ、あの黒っぽいチ○ポバサミ※3が直立して椅子に座ってるって感じ、外側だけ人間風の衣装っていうか、それにとってつけたようなヘンな手足だわ、あの、ハサミの先っちょで立つつもりなのかしらん、へんなの、これこれ、それはいくらなんでも失礼でしょ、アタシには、そうね、もうちょっとましな、うん、うん、似てる印象っていえば、あれよ、あれ、シド・レクが、そう、でもあんなに剣呑な感じじゃないわねえ、シドはねえ、あああ、でも・・・背、高すぎるのは一緒だし、ああ、まあ、あの動き方がねえ、やぁーーねぇーー)※4

「シュリアナ、シュリアナはいるかい?」

男は、もはや打って変わってひどくのんきそうな声で呼ばわった。

「ちゃんとおりますよ、」

「そうかい、残りの方々にも失礼なきようにな、狭苦しいところだがお入りいただき、わが窮状をご説明」

「お寛ぎいただこうにも椅子がありませんね、」

「ああ、そうか、それなら、ほれ、隣の部屋に例のソファがあったろ、あれを持ってきておくれ、」

「それはいいですが、まだ足りませんよ、」

「なら、その隣の部屋からももう一脚、ん? とまあぁーた? 

もおぉぉーーう一脚?」

「まあ、仕方ないですねえ、ええと、あれはこの前、こわれちゃったし、うん、いざとなったらこのアタクシがかわりに」

「こらこら、要らん事せんでもいいぞ、

そ、それではみなさん、いまさらですが、はじめまして、いや、

はじめましてでない方もいらっしゃるが、まあ、はじめまして、

わたしがここの主、グレオファーンです、こんな格好ですが、

まずはお見知りおきを。」

性別不明だった童子は、どうやら童女だったらしいが、澄ました顔で音もなく出て行き、

但しドアーの閉まる音がやや甲高く響く。

男は微かに顔を顰めたが、その細長い奇妙な胴体をゆるく波打たせるように蠢かし、その蠕動が足先にまで伝わると黒い、一見すると都会の伊達男の洒落た短靴に見えるピカピカのエナメル風のつま先を

タンタンタンと小気味良く寄木造りの床(一面に、小暗い市松模様なんである)に打ち付けるのだった(しかし、その調子といい軽い響き方といい、苛立たしいという風ではなく、なにか秘密めいた愉悦に満ちた趣きがあるのである)。

ここで注釈を入れなければならないが、男の服装は、しかし、まったくもって社交的なモードではなく、誰がどう見ても場違いにイヤラシク、ほとんど扇情的と言っても良い、法外な様相(クツロギヨウ)なのである。

まず第一に、規範的に第一選択肢とは程遠い、ごく薄い、薄すぎるといってもいい、そして気狂いじみて法外に上質な・・・(場違いも甚だしい)妖し気な生地の、ぞろりとした長衣(ワンピース)であり、ほとんど下が透けて見える、そんな状況なのであった。辛うじて、目を背けずに済んでいるのは、まったくもって雁字搦めの鎖と紐が目隠しの役を果たしているからに過ぎない、と、言うべきなのである。そして腰の中央下部、まさに枢要の部位にはさらに珍妙に大きな瘤状の突起物の陰が見えたのだが、これの正体を語ることは今は出来ない・・・


「ね、ねえ、ジーナ、あれ、あの人、人? って言っていいのかどうだかわからんけど、あれはいったい、」

二人は、豪華だが、やや古ぼけたチッペンデール風の肘掛け椅子に窮屈そうに収まり(もっともアトゥーラはぴったし抱きつけるのでかなり嬉しそうではある)、あとの二人がそれぞれ誂えたように寸法の合った、これもなかなか洒落た椅子に腰を落ち着けるのを眺めていた。

シュリアナと呼ばれた童女はお茶の支度をしてきますと言い残して再び姿を消しそれを合図としたようにこの炉部屋の主人はぎごちなく身を捩りながらこちらへ向き直った。ただし、壁龕の中の少女にちらちら目線を送るのを忘れたわけではないようだ。

「しっ! 黙って! 」

ジーナはさきほどまでよりもさらに冷ややかに、だが一皮むけば、ある特殊な感情の嵐が渦巻いている、そんな複雑な表情で、だが表面的には至極穏やかな風を装ってはいる、しかし相変わらず手は細かく震えているのが当然アトゥーラにはわかるのだった。白銀一色だった顔色は既に人間的にまっとうな階調を取り戻してはいたが・・・

[美しい頬に、時折、チリチリとした薄青い縦筋が、浮かんでは消え、いささか落ち着かないことはこれは本人にさえわかっておらず、かろうじてアトゥーラのみが手の震えの感知とあいまって気付いていたことになる]

「で、今回のこのご訪問、御用の向きをお伺いしてもよろしいかな?」

「それよりもまず、」

なぜか直接問いかけられた体のドナドナが、おもむろに、これまた至極まっとうな疑問を口にする。

「あなたのその格好、というか、状況をご説明願いたいものですな、」

「質問に対するに質問とは、ふむ、なかなかに、

そう、状況・・・とな? 

そう・・・ですな、

俯瞰的に、総合的に、つまり比喩的にではなく、

お答えするべきなんでしょうが、」

男はわざとらしく口ごもった。

「ま、いっか、特に秘密にすべきことでもなし・・・ んんん? いや待てよ?」

グレオファーンはおちょぼ口をさらに窄めるように、ニチャリとした笑みを一瞬浮かべて独り言めく言い訳を呟き、さらに忙しげに左右に首を振った。

(この首だけではなく、体全体もやはり、絶えることなく、無窮動的に、ずっと左右に振れているのである・・・ つまり忙しいのである)

ー ねえ、ジーナ、気付いてる? あの人のまわり、なんか空間が揺れてるみたい、ん? ねじれてる? あたし、あれと似たの、なんか見た覚えあるんだけど、ー

ー しっ! 黙ってみてなさい! ー

ー なによ、さっきからしっ!シッ!ってそればっかし、ー

ー いいから、もうすぐおもしろいものが見れるから ー

アトゥーラは抱え込んで抱きしめたままのジーナの左腕が、かすかに、それ自体螺旋状に、ごくゆるりゆるりと旋回しながら変容を始めようとしているのがわかってしまう。もちろん、剣呑極まる、アッチ方面の変形準備であろうことは確かなのである。

ー ね、ねえ、話し合いで済むって言ってたじゃない、荒事はやめてよね、ー

ー アラゴトってあんた(フルクサ!)、アタシをなんだと思ってるの、

まあ、みてなさい、いろいろ勉強になるから・・・ ー


「ですが、まあ、この世の中にはいろいろとシガラミも多い事ゆえ、

いまから申し上げることは他言無用とお心得願いたいのです、」

「ここにはそうそう口の軽い者はおりませんぞ、」

「そう・・・願いたいものです、」

この時、バスポラが小さくあくびを噛み殺しグレオファーンはちらりとそれを見た。しかし何事もなかったように続ける。

「さて、さて、今のこの私の状況は尋常ではございません、それは明らかです(まさにおっしゃる通り)、」

男は大げさに(何かに揉み込むように)身を捩り巨大無骨な安楽椅子はギチリリと鳴る。

「ですがこれはやむを得ぬ必要最小限の措置、まあ言うなれば極紳士的な予防措置を厳密に講じただけのこと、そのようにお受け取りいただけると大変有り難いのです、」

「ほほう、」

「さてさて、ここからが大層微妙な、ま、いうなれば 大人の事情などと巷では噂される、そういった類の消息にまつわる複雑極まるお話となるのですが、」

「どうぞ、遠慮や忖度は無用ですぞ、」

「では、事実のみを精確に述べましょう、

まず第一、これは、わたしのごく親しい茶飲み友達でもある、

ある、非常に身分の高い、うら若い女性からの、たってのご依頼により

招来しきたった、まさに特殊な事態なのです、」

「して、その依頼とは?」

「ズバリそれは人間の探究なのです」

「ホホウ」

「こういうことです」

雁字搦めの男は素早く目線を走らせ壁上の人形めく少女に合図を送る。

「その方は・・・ そう、とても、とても若い時にあるひとつの、不思議な体験をなさった、」

ひとつのソファに押し込められるように座ったジーナとアトゥーラ、マッキントッシュのラダーバックに似た変な椅子にちょうどよく収まったドナドナ、ラフィルガンスの馬椅子にくるまれたようなバスポラが、三者三様に注視する中、その座高だけでも優にドナドナの身長に匹敵するような、

それほどにも長大魁偉な男は、まるで手も足も出ない文字通り滑稽な体勢であるにもかかわらず荘重極まる調子で始めるのだった。


「という訳で、その御方の心には二つの疑問が残ったのです、」

長い長い話が中間部の総括にかかった時、狭い炉部屋の中は汗ばむほどの陽気・・・暑苦しさとなっていた。人形(ヒトガタ)である四人は四人とも文字通りの大汗を流していたし、主のグレオファーンは汗を拭いたくても拭えず、いわば水? も滴る○○の男という風情でやや荒い呼吸を続けている。

「人間のもっとも美しい姿と、もっとも醜い姿、この絶対的に矛盾する二つが、ひとつの、統一的な判断をジャマするのですな、」

「ホホオ」

「で、ここでは、可能態としての全形態が、発現可能であることを利用して様々な、文字通りあらゆる状況(シチュエッチョーン)を試してみる、そんな実験を行おうとする時、問題となるのが、この密室状態での欲望の開放がもたらす破壊的な結果を回避する事前の根回し? いえいえ、賢明なる予防措置、すなわち、依頼人の安全を確保するための、より完全な、この緊縛(・・)状態であるわけなのです・・・」

「つまり、その高貴なお方とおっしゃるのが、そう、そこの御仁であるというわけですかな?」

汗みずくの髭先をしごきながらドナドナが指差す高所では、さきほどから無言のままの金色の少女が、何故か今やひどく可笑しげに、だがやや皮肉っぽく唇の端を吊り上げ、いやがうえにも可憐な仕草でちょうど腰を浮かしかけ立ち上がろうとしていたのである。


立ち上がった少女は丁度1メルデくらいの身長しかなく、同じく汗みずくの為に金色の薄い上衣はピッタリと肌に張り付いてその小振りな乳房や平たい下腹の形を如実にあらわしてはいたがすこしもイヤラシイ感じではない。しかし、首にかけたちょっと長すぎる緑金色のレースベルトの先には刃渡りが約130セカントほどの優美な偃月刀が、細かなエメラルドを鏤めた精緻極まる細工の鞘に納まり、なにか物問いたげな風情で左右に揺れ、あたかも少女の最も密やかな大切な部分を守り隠すかのように、やや不吉な光の乱反射を起こしながら燦いているのである。

少女はアルコーヴの縁に裸足の親指をかけグッと力を込めた次の瞬間、

「エイヤッとぉーー!!」

可愛らしい掛け声とともにベッドに飛び降りた。かがんだ着地の体勢のまま、右手には剣の柄を握って胸前に突き出し、左手は左膝を守るように掴んでいたかと思うとさっと旋回させてベッドの敷布の上を探るように撫でさすっている。

が、やおらすっくと仁王立ちし、あたりを睥睨するやと思いきや、

すぐあっさりとベッドの端に腰を落とし、姿形に少しも似合わぬ、大人びた口調で呟くのだった。

「ふうぅーー、疲れた、ほんと、暑すぎるんだから、ほんと、この季節になんで暖房なの? 熱帯出身だから?」

また、脚を組み上げ尊大な姿勢で主を詰問する形。

「で、お客さん方にお茶もなし、新式の接待方式なの? シュリアナはどこ?」

小娘はよく日に焼けた華奢な片脚をプラプラさせながら膝の上で弓形の小刀を弄んでいたが不意に左手に鞘を持ち替えその(こじり)をピタリとアトゥーラに突きつける。

「で、お前は一体何? そこの不良(ヤクザ)っぽい女とはどういう関係?

一体、なんの権利が合ってそいつにぴったり張り付いているの?」

ほとんど半裸といってもいい少女はしかし、妙に威厳のある仕草で詰問を続ける。

「ああ、いま思い出した、さっき無断でアタクシの針を使った、例の、あの女か、

ま、使ったのは、

とことん無礼なヤリクチだったのはそこな男だったがな、」

「ドゥーナ!!!」

ジーナの怒声が轟いた。



・・・ ・・・ ・・・



以下欄外注まとめ(元来印刷バージョンでは、欄外注として該当箇所に頭注、または脚注として挿入するはずのものですが、このWeb版上ではとりあえず直近の段落の最後などで<※ >で導いての記載としていましたけども、大変読みにくく、文の流れを断ち切る悪影響も強いとのご指摘を受け公開部の最後にまとめて置くことにいたしました

ついでに、スペースを無視できるのをいいことに、勝手に、恣意的に増補、補説を強行・・・などという弊害?も発生しておりますが・・・)


※1 ほうぼける?

こんなの辞書にないっつってもシャリーさんきかないので

このまま置いときまする(またですかぁ)

漢字を当てると、おそらく 法・呆ける、となるのでしょうが

シャリーさん曰く、

法、すなわち、六大無碍常瑜伽 の消息を示す

呆ける、は混沌、即ち常瑜伽の同義語反復ともいえるがまた位相が違うということも・・・

そして、両者相まって宇宙の実相、その裏表を示す、一大キーワードと言う訳やな、

そしてこのささいな光の反射現象が、このササイな局面で

かすかな、ひどく遠慮がちの声で、何事かを語っている、ということは

かの盲目の図書館長殿、最後の文人の、やや気後れした一エピソードとの

はるかな照応を物語るのやもしれん・・・

などとのたまうのですが、なんのこっちゃです。

シャリーさん、ええ加減、ネットで適当に拾てきたコトバを

ドヤ顔で使うのは恥ずかしいので止めてほしいんですけど・・・

って、なんど言っても全然きいてくれません。

まあ、ネットと半ば融合している御仁になにを言っても

馬耳東風、暖簾に腕押し、糠に釘、

あ、すみません、伝染るんです、これ、相当業の深い病気みたいな

もんなんでしょうか、一昔前に流行ったコトバでいえば、

「厨二病」という奴の一変種(ヴァリエーション)なんでしょうが

アタクシといたしましては

どうにもシックリこない、ヤナ感じのコトバなんです。




※2 田園風景

あの憂愁に満ちた雷雲の下の麦畑が

変形した市松模様の無限の麦畑が

俯角15.7度の不安に満ちた眺望が・・・

正に一枚のタブローとして・・・

不定角の影に満ちた永遠の、真昼の広場と交替することもあると・・・




※3 チ○ポバサミ?

これは標準和名ハサミムシのことだと思われますが、

まあ、男の子、などという凶悪な小暴君が、

その小さい頃、どこぞを思い出しながら

ちょっと想像を逞しくして勝手に震えてたという・・・ 

つまりアレのことだと思います。

アトゥーラは、菜園作りも担当でしたから石の下などでよく見かけてたんでしょうがこの方言が口をついて出るというのはちょおっと謎。




※4 これは融合体内での会話なのでわかりにくいが、アトゥーラとイヨルカの相互応酬をカッコ一つのうちにまとめているのである、あえて引用符を省く所以である


後書き

やっと帰ってまいりました。まことに申し訳ございません。

無事、メーンエベントをすませ、姉ともども

やっとこの世に戻ってまいりました。

再び、月一の更新を目指し、(目指し! です、ここ肝心)

精進いたします

世事多難、盆暮れ正月上等の月日の流れを乗り越えて

ひたすらアトゥーラの行く末を見守りたい、

この意志に寸毫も変わりはございません、

なにとぞ、生暖かくお付き合いいただければ幸いです。


今回も中途半端なちょん切れようで本当にすみません

この炉部屋での痴話喧嘩はもう少し続き、というか

ここから本番なんですが、またいささかコードにひっかかりそうな

場面続出かもしれませず、対応に苦慮しております

なんとか穏当な表現に落ち着くよう、シャリーどんと

相談中ですが、(伏せ字のオンパレードは避けたいデス)

どうなりますことですか、訳者のワタクシめにも

サッパリです

姉の不穏な視線が怖い今日このごろ・・・

ナニトゾ・・・ ・・・

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