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第1巻第2部第2節その05   「メノンの磐座」

【承前】


岩の南正面、アトゥーラたちと向き合って巨大な縦の溝が彫られている。それは岩のほぼ中央部まで貫通していて謂わば巨木の虚〔ウロ、ホラ、又はウツボ、とも点ずるか〕とも言うべきであり、生い茂る蔦や頂上部に茂る木々のお蔭でほぼ洞窟のような趣を呈していた。

一行は静かに、やや気圧されたように進んで行く。

そうして辺りは小鳥の声に満ちていた。

いな、翼あるものだけが歌っているのではなかった。

なにか微小な昆虫たち、あるかなきかの鉱物の破片(その極微の破砕音・・・ だが、一体何が・・・)、

時折吹き抜ける風とその葉擦れの反射交響(さわめき)、※

その何れもがこの巨大な石塊自体が醸し出す通奏低音、半ば以上その呼吸音とも見紛う渾然たる和音(アルペッジョーン)、ある一つの意識が奏でる統一体に等しい、謂わば混成式ズュムフォニィーアと化して深く、轟くように、しかしひじょうに微かに、微かに、鳴り響いていた。

(しかし、そんな微妙(ミンミョー)微細(ミサイ)な消息には全くおかまいなく・・・)

「お腹空いたわ、」

アトゥーラが呻いた。確かに、呼応するように、小娘の胃も派手に鳴いているようだった。足下のバスポラが笑いだした。

「そりゃそうだろう、食われはしたが、食ってはいない、」

「酒はシコタマ飲んだがな、」

「そう、まさに、溺れるほどな、」

「肉体とは・・・ 悲しいものだ」

ペームダーが引き取った。

ー こいつら、いつか絶対挽肉にしてやる(やっぱりちゃんと覚えてるんじゃない) ー

ー ま、ヤッカイな奴らだわ ー

「はい、行き止まり、ここまでね、」

先頭のラグンが停止した。首を振り臭いを嗅ぐ。地面は不思議なことに乾いた、非常に細かな、サラサラした砂地となっている。壁面に繁茂する蔦や着生蘭とは対照的に緑の草一本も見当たらない。

左右も正面奥も見上げるような一枚の緑の壁・・・ ではなく、壁自体は鏡のような青みがかった灰色に輝いて滑らかであり蔦の吸盤や気根などもほとんど吸着できていない、が、天頂部の縁から垂れ下がる膨大な緑のカーテンを、不動を装い辛うじて保持する役目は果たしているようだ。

「なんか変なの、これの下に住んでるって、ありえないんじゃ、」

小娘もキョロキョロしながら声を出した。

「って、これ、例のアレ、サイコロ岩の一種なの?」

「いや、これは全然違うな、」

蔦を掻き分け壁面に手を当てていたドナドナが(かぶり)を振る。

「くらべもんにならんほどズット古い、気が遠くなるほどじゃ、」

「どれくらい?」

「さあてのう、3公転周期以上なのは確かかもしれん、」※

「ナニソレ」

「さあさあ、引き返すわよ、」

ラグンが向きを変える。

「ちょっと待って!」

ジーナの震えるような声が響いた。

「どしたの」

「ここ見て、ホラ、」

いつものクセで葉っぱの裏を覗いていたオオスズメバチが、ちょうど人形師と小娘の頭の高さの中間点、微妙な高さでホバリングしている。右手の壁の、奥の壁との際近く、直角の薄暗がりの中である。

「ほほう、これはこれは、」

人形師がやや腰を屈め検分する。

「なんと、ド・アーがある、」

ラグンの鼻先とドナドナの左手が蔦のカーテンを掻き上げると、なにやらノッペリした、無愛想な、しかし非常に微かなドアの輪郭が現れた。丁度真ん中に小さな可愛らしいノッカーがある。他に取手らしきものは見当たらない。

「これを押せってことかな、」

言いながら、ほとんど躊躇なく、無造作にそのアオガエルの背中を押す。

カエルはギュエエエと鳴き何か透明な液体を勢いよく飛ばした。

生きているのである。しかし持ち場を離れるつもりはないようだった。

(と言うよりも一時的に貼り付けられているらしい・・・つまりお仕事中)

ゆっくり四股を踏むように足を引き付けては伸ばし尻をモゾモゾさせている。オ○ッコの方はどうやらオマケらしい。

そしてほとんど間髪を容れずドアは内側へと開いた。その隙間に顔を出したのは7、8歳には見える利発そうな童子である。髪を角髪(みずら)に結い簡素な生成りの貫頭衣に紅い帯を締めている。裸足の左の足首には鈴を付けているがドオ言う訳か無音のようだ。

「どうぞお入りを。ただし、狼様はお一人までで。ちと狭うございますので、あと、箱車様はそこでお待ちくださいませ。」

まさに鈴を振るような声で男とも女ともつかぬ不思議な声色なのである。大きくドアを開き招じ入れる仕草には大変気品があった。

アトゥーラは振り返りホルキスを撫でた。

「ちょっと待っててね、」

「かまわんよ、イヨルカが中継してくれる、かな? まあ、なんとかなるさ、(遮蔽能、減衰率・・・ ブツブツブツ・・・)」

「俺たちはどうするかな、ラグン、あんたが行く?」

「アタシはいいわ、窮屈そうだし、ここらへんちょっと探検しとく、いい匂いだしね、」

「では、くじ引きと行こう」

四頭は鼻先を突き合わせた。そしてお互いの鼻の感触に何かうっとりしている気配もあったがすぐに離れた。バスポラがクシャミする。

「ま、順当かな、」

一番小柄なバスポラは頭を上げ、すぐ横のアトゥーラの足首を舐めた。

「ほれ、行くぞ、」

こうして二人(凹凸)と一頭(小モフ)と一匹(ハネ)が、ドアを潜る。それは音もなく閉まり、壁面には毛筋ほどの隙間線も残らない。




<※ さわめき≒ざわめき≒ささめき・・・ 「さわめき」なんて言いません、って言ってもシャリーどんはきかないのです。こう、ニアリーイコールで結ばれても、そう、結局それは違う、って言い張るのです>


<※公転周期・・・  意味不明  銀河年とする説もあるが恐竜時代をも遡るとはもっと意味不明>



中はやはり、とにかく狭いトンネルだった。長身のドナドナは少し背を屈めている。青のデカ帽はとっくにドコカに仕舞い込まれている。続いているのは12歳ばかりの小生意気そうな童子で微かにびっこを引いている。服装は先導の童子と全く同じになっている。うっすらと(頬と顎周りまで一面に)ヒゲが生えているので角髪(みずら)が全然似合っていない。その後ろすぐには白銀に輝く少女姿のジーナ、そしてアトゥーラである。二人共ほぼ同じ洗い晒したような貫頭衣、ただし帯はほとんど黒色に近い茶褐色だった。両の角髪(みずら)には短い、だが色鮮やかな金色のリボンが巻かれている。

ドナドナだけがこれまでと同じ巡礼衣、あちこち煤け、破れ汚れているのもそのままであった(しかしさきほどの血の痕は全く見えない)。

アトゥーラはジーナと並んで腕を組みたかったのだが通路の幅が狭すぎるのでそれもできない。そして前を行くジーナのすんなりと長い美しい足を羨ましげに見詰めている。時々自分の足を見返してため息をつき、貫頭衣の裾をムリムリ引っ張る仕草を続けている。

「ね、ねえ、ジーナ、これ、ちょっと短すぎない? お尻が見えちゃうわよ、」

「べつにいいじゃない、見えたって、」

「よかないわよ、バスポラだっているんだし、それにあの子、アナイの子だって男の子でしょ、」

「どうかしら、女の子かもしれないわよ、」

「そうかもね、とってもきれいな声だったしね、」

黙り込んだアトゥーラだったがチラチラと前方の男の子二人を気にしている。

「ねえ、バスポラ、なんか言いなさいよ、あんたが黙ってると気持ち悪いのよ、」

「・・・ ・・・」

「なに考えてるか当てたげようか、」

「・・・」

「なんで俺、こんなチンチクリンのガニ股なんだ! でしょ、」

「うるせぇーー、ほっといてくれ!」

「ショックなんだ、人形(ヒトガタ)遷移(ヘンゲ)するのって初めてなんだ、こんなはずじゃなかったってなモンでしょ、」

「やかましい口だな、縫いつけるぞ!」

「へぇーーーんだ、やれるもんならやってみなさいよ、そのヒゲ全部引っこ抜いてやるから!」

「こらこら、なにやっとる、こんなヤヤコシイところで喧嘩するんじゃない!」

ドナドナが窘めるのと先導の童子が振り向きもせず右手をひらひらさせながら言うのは同時だった。

「仲の良いのは大変美しい、ありがたい光景ですな!」

「「だれがっ! こんなのとっ! 仲良くなんて!」」

二人同時にお互いを狙って足蹴りを繰り出すのだが間に挟まれたジーナは難なく(サッと)浮揚し、また優雅に着地するのである。あたかも目に見えない翼を背に生やしているかのようだった。[いつの間にか天井が、ひどく高くなっているのである]

(いや、この俺がこんな有様(ブサイク)であるわけがない、これは真実ではない、これは、この、ケッタイな、結界内(ケッカイナイ)の、ウーム、こ、固有の変異形態なのだ、誰か、恣意的な、まったくもってヘタクソな、ヤツなのだ・・・ 盲滅法界の、ヤッツケ仕事、んっなハズなのだ!)

トンネルは異様に長く続きいつ果てるともわからない。時折方向を変えるのだが必ず直角に転進する。左折の回数のほうがやや多く感じられる。明かりはないが壁自体がボンヤリと輝き不自由はない。

ー ねえイヨルカ聞いてる? ー

ー なぁーーに? ー

ー これ、ここって、グレオファーンとか言う人のお家なのよね ー

ー 行き掛り(ナガレ)から言うとそうなるわね ー

ー で、でも、変じゃない? いきなり、そう、ノック?はしたけど、まるで押し込み強盗みたいだったじゃない! ー

ー ま、むこうも、はいはい、ササッ、ドーゾドーゾってな感じだったんだからいいんじゃない、ー

ー だとしてもマア、ドッチも名乗りもナンモ無しってのはちょと不用心、って言うかアンマリ・・・無頓着すぎない? ー

ー なぁなぁの関係って ンなもんでしょ、別にどおってことないわよ、ー

ー それはそうと、ジーナはこの変なお家?のこと、知ってんのかしら、さっきは、グレオファーンって人のこと知ってるような、知らないような、曖昧なこと言ってたみたいなんだけど・・・ ー 

ー 聞いてご覧よ、なんかのんきそうに歩いてるから、知ってるんじゃない? ー

ー でもなんか物珍しそうにキョロキョロしてるわよ ー

ー まあ、もとがあれ、ガチガチのオオスズメバチだからねえ・・・ ー

「ジーナ、ちょっといい?」

「どうかした?」

「あんたここ来たことあるの?」

「ないわよ、なんで?」

「だってあんまりびっくりしてないじゃない、こんなトンネルみたいな家、来たことあるのかなって、」

「あるわけないじゃない、」


後書き

すみません、今月はここまでになってしまいました。

(ほとんど、予定の半分、いえ、三分の一くらいかもしれません、トホホ・・・)

グレちゃんに御目文字はまたまたお預けです。

ほんとにすみません。

我が生涯最大の大事件が今進行中なのでございます。


Ein großes Ereignis ist im Entstehen. Aber man hat es nicht gemerkt

ちゅーーわけや、とかなんとか、姉がつぶやいております。

かく言う姉も、最大の当事者なのです。

アオイキトイキ、ヒロウコンパイ、

? と、ゆー、わけなんでございます。

いえいえ、艶っぽいお話ではございません、

我が人生最大の一大(メーン)エベントなのでございます。

で、さきに誓った?ような毎月の更新が、

・・・(そ、その、舌の根っこも乾かぬうちに! ですぞ!!)


・・・なんか急に男言葉(アレ)になっとるがな・・・


しばらくの間、不可能になりそうなのです。

どうかお許しください。

必ず戻ってまいります。

さらにパワーアップし?

さらに絢爛豪華に  ??

さらに謎めいて   ???

そして、さらに、錯乱して・・・ ????

すみません、

必ず帰ります。

私の夏の帽子にくっついているのは、

輝く、緑の、カエルさんのブローチです。

そのカエルさんのように、

誓って!

カエって!

参ります!!

どうかお見捨てなきように・・・

伏してお願い申し上げます。

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