第1巻第2部第1節の続きその18 「手術終り 続きその12 大雀蜂ジーナ その11 門の前 続き シルバ・シルバの上にて・続き~~~~の終り」
*
「雲って不思議よね、」
メスと針が素早く動き、眼窩と赤い石球との間、
切り開かれたごく狭い間隙の中で、
複雑に絡み合った巨大な樹状突起みたく、
ほとんど艶かしい、絹糸のような妖しいものどもが、
こんがらがりムラガリひっくり返りつつ蠢いているのを、
手際よく整序し、植え付け、埋め込んで行く。(女雀蜂の手際は正に神憑り・・・??? というべきか・・・ )※1
覆い被さるそのジーナの顔の影になり空はほとんど見えないのにアトゥーラは平然と続けている。ただし、額の脂汗も相当なもの。
(腰を抱いていた腕は今はアトゥーラの頭が1セカントたりとも動かぬよう強力に作動しているし、
ほぼ等しい大きさの体幹もぴったりと重なり合い小娘の激しい震えを完璧に制圧している、
だが自重だけでは足りぬ時※2、瞬間的に翅を展開し推進力を加えているさまはほとんど無慈悲なまでに容赦がない)
<※1 切開等の侵襲が可能であること、出血が即時的に消滅していること、この二つは絶対的に矛盾しているが・・・ イヨルカの力能に関しては疑問疑惑が山積であり、それゆえ数多の書物が書かれておりますが頭が痛くなるのでここでは追求しない、で、おきまする・・・
また、練達の外科医顔負けのメス捌き、顕微鏡的な針先の超絶の手技云々については、
まあ、これは、憑き物の類いで片付けるには重大すぎる案件ではあるが、
これも頭が痛くなるので保留としておくべきところ・・・
ジーナの眼球のトロッケンシャル変換に関しては言わずもがな・・・(後出)>
<※2 蜂の体重からの連想は失礼なのであるが・・・>
「雲の動きを追うことは誰にもできない、って、誰か言ってた、
誰かしら、
でも、ちょっと違うと思う、動くはわかる、追えるのよ、
風の手が、引っ張って行く、
透明な口がウンとすぼまって、吹いて吹いて吹きまくる、
そう、そんなんじゃない、そうじゃなくて、
あの輪郭線、青空との境界、あの明確な線が変容して行く、その有り様がね、追えたためしがないってこと、
ああ、あれね、ギリッシャーの壺絵の線みたく、
くっきりしてるのに、いつのまにか全然形が変わってる、
あれの不思議さってば、
さあ、何に例えようか、
夏の雲が
空いっぱいに広がって、
あのスケールで、
最大と最小、極大と微塵が等しく、
平行に、変容して行く、
あれに匹敵するのは、さあ、なんでしょう、
ああ、ありえない、ありえないわ、
あの動き、あの追跡不可能性、あれは悪魔の本質以外にありえない、って、誰か言ってた、
誰だっけ、
毎日、夕方、西の天末線、水平線の彼方に、雲の縦列行進を見る、
その変容を楽しむことこそ(ああ羨ましいっ!!)賢者の特権って、誰か言ってた、
誰だっけ?
そう、究極の賢者と究極の悪魔は表裏一体って言ってたな、
誰だっけ?
いや、そんなことより、イタ、痛すぎるんだけど、これ、いつまで続くの?
なんか脳みその真ん中まで針来てるみたい、脳みそって、なんの冗談? こいつは痛みなんて感じない、ってか、
誰か言ってたな、
いやいやいや、それはそうなんだろううう、うおううう、けぃ、けん、けんどもぉーーー、
そう、いや、アタシの目がアホなだけで、誰にでも、雲の形なんて明々白々、
なんの疑問もあらしまへん、ってか、
ああ、日がな い~~ちんち~、雲を、眺めてたかったなあ・・・・・・
そんな贅沢は許されまへん、ってか、
それはそうだろう、自分の立場を考えてみな、カタワの孤児なんだ、
なんの役にも立ちゃーせん、やっかいものなんだ、でも、穀潰しって言われたことないな、
なんでだろ、なんでタダ飯食わせてもらってたんだろ、ふふふ、あった、あったな、
ひとつ可能性がある、なんかの贄にされる予定なんだ、
お伽話によくあったな、
たいていは出来損ないのお姫様かなんかだったけど、
それか、どっかの貧乏人の
末っ子のミソッカスがイケニエにされかけるんだけど、
どっこいこいつが一等機転が利くやつで、奇体のマモノを、逆に従え逆凱旋、
返り討ちっておはなし、ああ、でも、賢くないとね、賢くって、素早くって、機転が利く、
ははは、アタシと正反対じゃん、それはそーと、お姫様って言ってたな、
ドナドナはなんでアタシんことお姫様って言うのかな、
賢者の、片言には、実は深い意味があるってか、くくく、実はアタシはお姫様ってか、笑えるね、
でも、生まれがいいってだけでチヤホヤされるのってなんかイヤ、アホらしいはなしだわ、
第一、生まれた時はみんな赤裸じゃん、いまのアタシとオーンナジ、血筋っていってもねえ、
氏より育ちっていうじゃんか、
い、一面だけの真理じゃがな、ってイヨルカは言った、
なんであれ、時々ジジムサクなるのがねえ、ちょと不思議・・・
ああ、イヨルカ、あんた、いろんなお姫様や王子様見せてくれたよねえ、
あれは紹介って言っていいのか、単なる粗探しだったような、
どいつもこいつも決まりきったノータリンばっかだったわ、
そいでから、そのオツムの足りないオヒメさんに向かってなんかワザトラシク跪いてるのがね、五万といるのだわ、
で、そいつらが揃いも揃ってみーーんなね、豚よりひどいお貴族様って連中だったのね、
(そうはいっても、着てる服は超上等だし、住んでる宮殿は超豪華なのよねえ、全然興味ないけど)
あ、ごめん、これ、豚さんに失礼だわ、
ねえ、イヨルカ、あんたなんで黙ってるの、
あたし首動かせないからわからんけど、どーせあんたに食いついてるのバスポラでしょ、
そこ、痛いのよ、くっついたばかしの手首だのになんでそんなキツク噛むの、とれちゃったらどーするの、あんたの首みたいにお手軽にくっつくって?
だあーーーとしても、ほら、なんかイヤなんだけど、
ねえ、イヨルカ、ねえ、バスポラ、どっちもダンマリ?
あっ! 思い出した、一人ヘンテコなお姫様がいたわねえ、
キューキョクの聖女様ですって崇められてたけど、
すごいイイ子ぶってたけど(でも、無茶苦茶なお転婆もするの、お付きの侍女さんが酷い目にあってたり)、
実はすんごい腹黒なの、で、表では自分の父親と喧嘩してるくせに裏ではスゴイ嫌らしい繋がりかた!?してるの、人をだまくらかすのがとってもうまいのよねえ、
でも、美人だったわ、とっても美人、こわいくらい・・・ なぁーーんかゾクゾクするよおな、
まぁぁぁーーーだちっちゃいのにねえ、
どこのお姫様だったんだろ、イヨルカ、知ってるくせに教えてくれないんだもん、
紋章や旗印の見える場面はぼやかしちゃうんだもん、
貧民街とか、墓場とか、徒刑場とか、変なとこばっかしに現れてたわねえ、
一度すごいヘンテコリンな船に乗ってたな、あれは手掛かりになるかも、
あれ、あらら、ジーナ、あんたもいつのまにそんな美人になっちゃって、
きゅうきょくの美女じゃない? あのスゴイ鎧を脱いだらそんな柔らかい、きれいな体だったのね、
ねえ、もう終わったの、その糸どっから出てきたの、ああ、例のアラクネードたちね、あんたの眷属だったのね、もう縫っちゃうの? あんなに痛かったのに、ああ、でもまだ痛いけど、なんだか慣れちゃったかも、ねえ、これもう放してよ、暴れないから、
えっ! ダメなの? ええ? まだあるの? でも、いいわ、ちょっとうれしいわ、だって、
さっきあんたを抱き締めたいって思ったとき、できなかったんだもん、
あんたの腰、あたしよりも断然全然細いんだもん、でも、ごめん、すごく重い、
そのお腹一体なにが詰まってるの?
あれれ、乳首が四つもある、ちょっと薄ペッタイけどきれいな乳房、
不思議ね、いや、不思議じゃないか、腕が四本あるんだもんね、
ねえ、ちょっと吸ってみてもいい?
あたし生まれてから一回しかお乳を貰ったことがないんだ、それもだいぶ変則的なヤツ、このイヨルカが、どう、想像つく? こいつがまだロバだったころ、あたしに飲ませてくれた、あのとき、十年分? じゃなくて一生分? のお乳をもらったような気がする、あの乳房はすごかった、飲んでも飲んでも無くならない・・・ ふふふ・・・
ああ、ちっさな、しろっぽい、へんな焚き火が燃えてたわ、
そばで怖いかおした男がひとり、なんかブツブツ言ってたよーな気がする、
きっとあれがイヨルカのご主人様ってやつだったのね、そのうちいやでもわかるって、言うばっかりで名前も、なにも全然教えてくれないんだもん、
ケチンボね! あああ、ふふふ、やっぱりね、そうだと思った、
ちゃんと出るんじゃん、ちょっと薄味だけど、おいしいわ、なんかホエイみたい、
あんたもお乳を吸われるなんて初めてだもんね、
こそばゆい? 気持ちいい? ふふふ、そうよね、
ああん、
手が動かせるんなら触りたいんだけど、駄目なの? もう離してよ、
なんかこれ、おかしくない? 手術っていうより、これ、拷問台?
ていうより処刑台? ああ、そんなたいしたもんじゃない?
ただの俎板? そかもね、ふふ、お似合いだわ、
そうそう、ちょいと持ち上げてみて、ああ、きれいだわ、ふふふ、四本腕って便利ね、
ほんというとね、あんたに最初おでこを撫でてもらってた時、すごくドキドキしてたの、
この手であたしを抱き締めてもらえるのかって(腰のとこはすぐギュッとしてくれたけどね)、
そしたら、なんと、出てきたのはメスと針ってわけ、せっかくもらった目玉を刳り抜かれちゃうのかって、ちょっと怖かった、
あんたの銀色の体がぎゅううとのしかかってきて重たかったわ(今もよ)、
お腹の下の方に何か当たってたのが、なんか入ってくるのがわかったけど、
あたしのお尻を動けなくするためのクサビなんだと思ってた(でもそれなら肛門の方に差し込むべきよね、ちがう?)、でもすごく気持ちよくてまたオシッコちびりそうになっちゃった、
でね、これは絶対内緒なんだけど、ドナドナ様もおんなじよーーなことしてたような気がするのは気のせいかな、あんたのより、ちょっと、いや、だいぶキツかったんだけど、
でも、ずうっと長くて、柔らかいような、固いような、不思議な感じ、
でね、お腹の奥の、ずいずいっと奥の方になんか熱い固まりみたいなのを置いていったんだけど、それ、ほんの一瞬だったような、それとも、
リンゴが一個、ゆっくりと腐ってゆくよおな、みょおおぉーーーうな間合い? 感じ?
そ、そ、そ、
しばらく変な感じだったんだけど、
そ、いまはもう何も感じない、わからなくなっちゃってるの、不思議よねえ、
今はほら、あんたのが入ったままになってる、ドナドナのよりだいぶ手前だけど、ぎゅんとつまってる、
お尻を浮かそうとすると気が変になりそうなくらい気持ちいい・・・ってのは内緒よ、これってやっぱし、イン○ンってやつ?
でも、女同士だもんね、全然問題ないって思うんだけど、そうでもない?」
金色をした小さな可愛い縫い針と例の糸が不意に現れ一仕事終えるとまた不意に消えた。
これで何度目だろうか、しかし、針仕事は謂わばジーナの専門即ち表芸である。まあ朝飯前の仕業なのだろう。
しかし銀色に輝く異形の女はややあきれた風に小娘の耳元で囁いた。
「あんたねえ、わかって言ってる?」
「なにが?」
「ドナドナはそこに立ってるのよ、」
「聞こえたかな?」
「さあねえ、あっち向いてラグンとなにか話してるみたいだけど、あらら、相変わらすおっきなアタマよねえ、ここからはみ出しそうじゃない?」
「全然見えないわ、ラグンはどうしてるの?」
「なんかブンブン頭振ってる、イヤイヤしてる? でもなさそうね、あら? 潜っちゃった?」
ジーナは、全く無毛の、銀色に輝く小さな頭を軽く振ったが大した興味もなさそうに無視すると、やや慌てたふうにアトゥーラの頬の横へと、寄り添うようにぴったりと、自身の顎先を近付ける。
そしてまるで蜂のように(いやまあ蜂ですが)、触角で巣房の直径を測るように、顎を左右に細かく振り震わせながら、ごくゆっくりと、自身の唇をアトゥーラの震える唇に近付ける。
「さあ、やっかいな仕事は終わったことだし、」
背中の翅は淑やかに格納され巨大な筋肉の塊、二つの瘤のようになっている。その二つが凝縮するように寄り合い、ほとんど信じがたいような、強大な力瘤となって蟠る。
アトゥーラは間近に迫ったジーナの顔を不思議そうに凝視ている。今は赤い左目は閉じられ青緑の右目のみでじっと見上げている。対するジーナの瞳は、ほとんど金色に近いレモン色でオレンジ色の外環があり、その二つの直径は連動しつつ目まぐるしく変化するので少しも落ち着かず※、なにか己が心の秘密の中心、光の井戸の底を絶えず汲み上げられ、意識の底の底までをも見透かされているような、そんな気分になるようだ。しかし小娘は異界の覗き穴ともいうべき二つの瞳にも心底魅了されたように、ややかすれた、ただし幾分心細げな、甘えたような声で問い掛ける。
<※ トロッケンシャル変換即ち準差動変換のこと。単なる視界深度調整機能のことではない>
「もう、終わったの?」
「そうね、それより、あんたのその右目、まあ、なんて色なの、底無しの淵みたい、吸い込まれそう、」
「ジーナのは反対ね、凄い反射してる、クルクル回ってる、反射してる、回ってる、
ああ、忙しい、なんかこっちが丸裸にされそう、あっ、もうなってるか、そう、じゃなくって、なに? あたしの考えてること、わかっちゃう? そんな感じ?」
「試してみる?」
「どうやるの?」
「こう」
小娘と蜂娘は唇を合わせた。アトゥーラの薄い唇とジーナのやや厚ぼったい、潤んだような唇がそっと触れ合った。ほんの数秒間、ぴっとりと、大人しくじっとしていたがすぐにジーナが動き舌を差し入れ始める。唇の隙間にそれを感じた瞬間、一瞬だけビクッとしたアトゥーラだったが侵入してきた舌先の感触が先の感覚とは全く違いごくありふれた人種の肉のまろやかさ、暖かみであったため少し緊張を解き自分の舌を絡みつかせる。ジーナの唾液には微かな苦味があったが極限的な甘さであることには変わりがない。そして息苦しいほどもどかしげに、お互いを吸い尽くそうとするかのように交わり合い舐り合うのだが直に、なにか、お互い、とんでもない勘違いをしているような気分になってくるのだった。
「ね、ねえ、」
ほとんど溺れそうに、噎せながら、小娘が囁く。
「な、なんかヘン、あなたの舌、なんかヘン、へ、ヘンじゃない?」
「あ、あんたのだって、なんか、へんよ、おかしいわ、」
「ちょ、ちょっと、長すぎるし、なんか、回転がきつすぎるし、ちょ、ちょっと、まって、それおかしい、そんなの、オオナメクジの交尾じゃあるまいし、なんでそんな、へ、へんたい? おあ、んんん、おおう、うぼぼっ」
「ま、まって、アトゥーラ、あんた、なんでそんな、うまいの、へんじゃない、お、おかしいでしょ、こ、こんな、くっ、処女のくせに、いったい、どこで、こんあ、じゃねぇ、こんな! ああ、」
ジーナの二組の腕が、それぞれに、アトゥーラの小さな頭を守るように掻き抱き、薄い胸と無防備な腋下とをまさぐり、締め上げ、締め付ける。
[さて、腰から下の、より神秘的な領域については、その動きの詳細
(とはいえ、一方が磔状態に近く固定されている以上、あまり極端な動きを発動すべくもないことは明らかなのではあるし、また、肉体内部器官の淫靡、いな隠微な動きまでもを詳述することは、これはもちろん[遺憾ながら]断、断、固として避けねばならないのである)
を記述することは、人道上、いな人倫上、とてもではないが許されない、とすべきであろう・・・ なにせ片方の当事者は未成年である、云々]
・・・・・・・・・
[ここらあたり、不明の省略があるらしいが、関知できない、云々]
「ねえ、ジーナ、教えてよ、」
「なに?」
ジーナは、まだゆっくりとアトゥーラの首筋を舐めていたが、もう狂乱の激しさからは脱しているようだった。二本の腕を鏡の床に突っ張り、ほんの少しだけ小娘との間に距離をとっている。ただし、残りの腕はゆっくりと、燃える赤髪を愛撫している。
「これって、その、あれ、あの、大人たちがいうところのマグワイってやつよね、」
「まあね、」
「要するに生殖行為なわけよね、」
「ま、まあね、」
「子供を作るのが目的よね、」
「そう、まあ、男女の間でやるときはそうなるわね、」
「あたし、まだ、この世で10年くらいしか生きてない、はずなんだけど、」
「ふんふん、」
「随分いろんなマグワイを見てきたわ、」
「まあ、そうでしょうね、」
「ねえ、ジーナ、そんな離れないで!
ちゃんと抱いててよ、」
アトゥーラはいささか切なそうに身をよじった。四頭の狼たちは小娘の四肢を噛み締めたまま無言で中空を睨み付けているが、眠っているのか、聞き耳を立てているのかよくわからない、ただし、ほんの少し前からやや緊張の色が黒い瞳の中に浮動しているのが見える。
「特にひどかったのはメダリオンの遠征隊が負け戦気味で帰ってきた時ね、捕虜や人質やなんかを一杯連れてたんだけど、そりゃあひどかったのよ、ギドンがいたらよかったんだけど生憎別の城攻めだったのよね、で、最初のうちはおとなしかったんだけど酒がまわりだすと、さあ、もうダメね、みんな勝手に破目を外しはじめてね、ひどいことをやりだしたの、身代金目当ての大事な人質なのにね、
まだ若い、可愛い母娘がいたんだけど、グリモーのやつ、順番に、ご丁寧に犯しちゃったのね、それも泣き叫ぶのをお互い見えるようにね、変態でしょ、それから、ビアトリクスは自分の旦那がいるくせにお付きの侍女の若い子を何人もおもちゃにしてたし、旦那は旦那でちっちゃな男の子を犯してたわ、馬や豚や犬を相手にしてるのもいたし、牛はいなかったけど(ク○タの神話にあったわねえ、牛とまぐわってよろこんでた王妃さまのはなしよ)、でね、不思議なのはね、あいつらあんなに好きホーダイやらかすくせに自分の相方がやらかすとね、この浮気者ーーって怒るのよね、まあ、ログマイン(ビアトリクスの旦那ね)は別としてね、これってどういうことかしらん?」
「ま、人間ってその程度のもんってことね、」
「でね、聞きたいのはね、ジーナさん、これってあなた、浮気よね、」
「えっ、なに言ってるの、」
一様に銀色なので顔色が変わったとしても全然わからない。
「だって、あなた、さっき言ってたじゃん、俺はドゥーナ一筋だって、」
「一筋なんて言ったかな、会いたいっつったのは覚えてるけど、」
「おんなじことでしょ、」
「ちょっとちがうかな、」
「じゃあ、これからグレオファーンってひとに会いに行くけどもしそこにあなたの愛人がいたら、やっぱり怒る?」
「なんでアタシが怒るのよ、あたしはあいつのやりようを制限したことなんか一度だってないわよ、」
「じゃ、じゃあ、ここで、こんなやり方で、あたしを抱いてたってことも言っていい?」
「だ、だ、だ、駄目よ、」
「なんで?」
「あいつには到底理解できないからよ、」
「理解できないから怒るんじゃないの?」
「た、頼むから、ややこしい話は勘弁してくれ、」
「別にややこしくなんてないでしょ、簡単な話じゃない、」
「ア、アトゥーラ、何が言いたいの?」
「別に、なんでもないわ、」
小娘はそっぽを向き、周章て降下してきた銀の唇をはぐらかそうとする。
そして二度、三度と、相手の輝く唇を避け続けていたがついに右目の窪み一杯に涙を溜めて呟いた。
「あんたなんか嫌いよ」
「なんてこと言うのよ、」
ジーナの四本の腕がアトゥーラのか細い体を抱き締める。少しも動けぬアトゥーラは遂に再び唇を奪われてしまう。長いこと舌を絡め合ったのち、ごく自然に会話の距離をとった。深紅の左目も開き、そのまわりにはいく筋もの奇態な放射線条が、太陽の焔光の如き奇怪な痣が現れている。しかしこちらには涙の気配がない。
「あたしはもう処女じゃない、」
アトゥーラの声はけれども異様なほど平静だった。
「あたしの初めてを奪ったのがこんな浮気者だったなんて、」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
ジーナの第一右腕が大きく旋回し右手がアトゥーラの頬を撫でる。
というか、その乾いた左の頬を軽くつねる。
「なによ!」
「あんた、なんか誤解してる、処女とか処女でないとか、ここでは全然関係ないでしょーが、」
「あるわよ、あたし知ってるもん、いま、あたしの中にはいってるのが、なんていうのかはわかんないけど、あんたたち蜂族の交接器官だってことくらいわかるもん、あんたが女だってことは不思議だけど、いま、この圏域ではありうることだってことくらい、バカなあたしにだってわかるもん、」
「こ、これは交尾器官じゃないわ、ありえない、わかってる? あたしだって女なのよ、そんな都合のいい道具、そう、道具ね、男にとっちゃあ、都合のいい、ただの種蒔き機よ、そんなもん、こっちが願い下げだわ、」
「でもでも、なんか入ってるのは確かじゃん、」
「あのね、アトゥーラ、ぶっちゃけ言っちゃうけど、これ、あんたの方から誘導されたもんなのよ、」
「意味わかんないっ!」
「あたしはね、ただ気持ちよくあんたのお腹にあたしのお腹を乗っけてただけなの、そしたら急にあそこがムズムズしだしてなんか呼び出された、いえ、引っ張り出されたのよ、」
「どゆこと?」
「あんたのお腹の奥、多分、子宮でしょうけど、そこにある何かがあたしのからだの一部を変形させ引っ張ったのよ、で、ゆっくりそれが伸びていって、子宮の入り口らへんまで届いたんだけどそこでぴったし止まったわ、でも物凄い快感だった、全身痺れそうだった、あんたの方はどう、痛かった? それとも、きもちよ」
「バカーーー、そんなこと、言えるかーーー、」
「きもちよかったのね、」
「ジーナのアホーーー」
今度は両目から、あの深紅の左目からも涙が流れていた。
アトゥーラの声にすこし落ち着きが戻り、やや優しげな、愛情めく響きが加わったようだ。
ジーナもほっとため息をついた。
「アホーーーじゃないわよ、とんだ濡れ衣よ、」
「じゃあ、じゃあ、結局、わるいのは、わるいっていうのかわからんけど、
わるいのは、あれ、あ、あ、あれじゃん、あの、あ、あ、青い、」
「そゆこと、れれ? あれ、どこいった? 」
*
次の瞬間、ジーナは常在戦闘態勢の本能のままに、弾かれるように浮上していた。それでもそれは間一髪、瀬戸際のタイミングだった。巨大な黒い顎が小娘の両脇にせりあがり聳え立つ。
そして瞬きよりも迅く、見事に、完全に、閉じ合わさり、そして跡も残さず霧のように消滅する。
シルバ・シルバの天頂部、白銀に輝く露台の上に残されたものは
上下に両断され、夥しい血潮とともに無惨に切り離された、ちっちゃなアトゥーラの体だけだった。
後書き
大変なことになってしまいました。我が主人公の消滅です。
ああ、これは夢オチですね、そう、そのはずです。それしかありません。
みーーんな、一幕の夢でしたーー、ってやつ。安直です。
安直すぎますが、そうであってほしい・・・
シャリーのヤツ、なにを考えてるんでしょーか、あんまりです、
というわけで、しばらくお休みです、いや、お休みしたいです、
それでは、ミナサン、オヤスミナサイマセ・・・ ・・・
こらこらこらこら、なにを言っとる、これは現実そのもの、
厳然たる事実なのじゃ、そして本当の物語がここから始まる、
そういう大事な場面なのじゃ、
と、突然、シャリー殿がおっしゃる。
ホ、ホ、ホワット イズ リアル
ああ、なんかかなり有名な映画の名台詞にもありましたっけ?
それを追求することがこの物語の眼目、
そうおっさる。
私、哲学っぽい話は苦手です。眠たくなるだけナンデス。
で、わが愛しの姉上は、出張でおりませぬ、
踏んだり蹴ったりデス。
ひとり旅する焔、アタシは独りぃぃぃーーー
えっ? これ、キーワードですってぇぇーーー




