第1巻第2部第1節の続きその16 「手術終り 続きその10 大雀蜂ジーナ その9 門の前 続き シルバ・シルバの下にて・続きの続きの続きの続き」
「ま、待って、あんた、イヨルカなの? どこ? 一体どこでしゃべってるの?」
「アトゥーラ、あんた薄情な子だね、いっぱい兄弟姉妹ができたんでアタシのことなんてどうでもよくなったんでしょ、」
「な、なに言ってんの、って、なんで、いつも頭ん中でしゃべってたのに、急に声に出して、わかる、わかるわよ、あんたの声だって、でも、でも、あんたの毛むくじゃらの口、あのおっきな口から出てる声だって、で、でも、」
「ここよ、ここ、」
銀の左手が勝手に裏返る。そこに一瞬、薔薇の花めく掌紋が浮かび上がったがすぐに消えた。見慣れた、ただし、右手とは微妙に違う手のひらのシワが、銀彩の明暗、奇妙に生々しい凹凸によって浮き上がって見える。
「ほら、」
「ほら?」
銀の手のひらはやや焦れったそうに少し窄まってみせる。
「ここよ、ここ、」
確かに声はその左手から響いている。が、なにも見えない。
「ああーーー もう、メンドクサイわねえ、これならどう?」
突然、手のひらの真ん中に、イヤに分厚い、しかも周囲一面に剛毛の生えた巨大なクチビルが現れた。凶悪に獰猛そうな門歯が左右にいがみ合う。が、その奥から聞こえる声は
「あっ! 間違えた!」
と、非常に艶やかで愛らしい可愛い声だった。で、醜悪無惨なクチビルは一瞬に消え去り、代わりに十歳位の女の子のお菓子のようなおちょぼ口が現れた。
「ま、これが標準よねっ!」
「ふん、つまらん芸当だな、」
いつのまにかバスポラが小娘の腰を抱きかかえるようにして伸び上がり銀の手を覗き込む格好。
「お、重たい! って、あんた、急に大きくなりすぎ、重たすぎ!」
前のめりにへしゃがりそうになるのを嫌い腰を振って払い落とそうとするが狼の前足がそれを許さない。
「ああーー、もう、どいてよっ! 重いっつっとるでしょーが、」
「ほれほれ、さっき言ってたシーキューシーはどうした、一日と半分習ったんだろーーが、」
「シーキューシー?」
「おっと、ちがった、キュウアルシンとか言ってたかな、」
「あたしが姉様に習ったんはベイルシングダンスだって言っとるでしょーが!」
言いながらしかし払腰に似た奇妙な動きで前足の拘束を外すとスカートをからげてバスポラを投げ飛ばしてしまう。
「これのどこが体術じゃねぇっつぅーーんだよ!」
3メルデンあまりもふっ飛ばされながら空中で狼の仔が叫んでいる。
「ま、アホはほっといて、どーよ、これでわかった?」
手のひらのクチビルがニィーーーっと横に広がり、おまけにピンクの舌先までもチロチロと閃かす。
*
それは奇妙な光景というべきだった。
暗く黒く、無限にしずもる静かの森の縁をまわり、
爽やかな、花の香りに満ちた春の風が、
そうろりそうろり廻り廻り吹き寄せる今この瞬間、
相変わらず垂直の、※
<※これは正確ではないがたとえ厳密な角度が47度(又は55度)であったとしてもこの表現は至当なのである>
撃ち下ろす真昼の太陽の、
黄金の列柱どもの穏やかな制圧の下、
二人と、三頭と一頭と一匹、そして一台が、
明るく開けた春の野の小道の上で寄り集い、なぜか長閑に、しかし
てんでんバラバラ、およそ、お互いまったく関わりのない、それぞれの思いに耽りながら、
立ちつくしつつ、だがゆるやかな、ひとつの統一体として、
開花寸前の、無限の蕾の幻影として、
今まさに、この世界の中心として、花開こうとしているかのようだった。
だが、その中心の中心は、抜きん出て長身のドナドナではなく、
一見すると哀れに貧相な、たった一人の、みすぼらしい小娘なのだった。
小娘は、手鏡をもたげて魅入る処女らしい仕草で、自身の左手を、
今や高くかかげ、いささか不審の面持ちで見つめかえしている。
だが、その姿は一種異様な威厳に満ちていた。
見るも憐れなボロボロのスカート、繕いだらけの短すぎる胴衣、崩壊寸前のサンダル、
けれども藪睨みのウェスタに見送られ左肩を下げて蹌踉めきながら出発したつい先程の有り様とはほぼ別人のよう、
すなわち、ちっぽけなその肢体にもかかわらず、すらりと背筋が伸び、
傲然と顎を持ち上げ、左手に宿る唇(それが自身の薄い唇と相似形であることには気付いていない)と、はるか上空のモノリスの頂上を等しく見比べ、
オオガラスの黒い影に眉をひそめながら、三体問題に思案する数学者さながらの渋面で、
それらに絶対的に相関するであろう己が運命の曲線、いな直線の、行方の彼方を冷静に計測しつつある、
そんな風情だった。
燃える赤髪は、さきほど結い上げられた原形をもはや留めず、小鬼のようにダヌンを駆け上がった時の、ザンバラ髪に戻っている。(例の、液体は蒸発しただろうか)
だが髪質が明らかに変化し、むしろ潤い豊かに、その一筋一筋が輝くような滑らかさと優しく繊細な、けども極悪のアラクネどもの糸の、鋼鉄に等しい強靭さをも兼ねた稀有な美質を備え、もはや赤色浮動の生きた宝冠の如き趣がある。習い性の癖は相変わらず残り、やや増し増しの前髪が左目を完璧に隠している。
右目の碧緑は、より深みを増し、以前では全く見られなかった攻性衝撃波の振動が微かに浮動している様が、おそらくは、ドナドナの目にのみ、見てとられているようだ。
そのドナドナは、今は最初現れた姿のままに青いデカ帽をかむり、腰袋一つに杖なしで、面白そうに腕を組みそのアトゥーラを見下ろしている。視線は時折、すぐそばのラグンのそれと重なるが穏やかな肯定の反響のみが交差しているのは明らかだ。
「どおよ、」
再びイヨルカが、その不似合いな唇を振動させる。
「わかったからもうそれやめて!」
心底嫌そうに小娘は言う。
「外見に囚われすぎるのは人間の悪い癖ね、」
「いいからもう!!」
舌を突き出したり、前歯を舐ぶったりしながらからかうように徐々にクチビルを消して行く。
「悪趣味!!」
同時に口走ったのはアトゥーラと、そのすぐ前に無音で浮動しているジーナだった。
オオスズメバチは今や親指三本分くらいまで巨大化していたが、黄金と漆黒の装甲板にはいささかの曇りも瑕疵もなくその輝かしさはもうほとんど常軌を逸していると言ってもよかったのである。この存在が今や昆虫界を離脱しつつあることは確かなようだった。
「あなた、イヨルカっていうのね、俺、じゃなくて、あたしはジーナ、空中機動が専門よ、」
「まあ、さっき十分に堪能させてもらったわね、あんたの攻撃は大したもんだったわ、針を痛めちゃったのは悪かったけど、」
「あたしにしても、前代未聞の経験だったわ、針のことはいいのよ、すぐにもっと凄いのと変えてもらったし、新しい性能もくっついてきたし、」
「新しいって?」
「よくわからんけど、超次元振動切断能とかなんとか、チンプンカンプンだけどまあ、くれるってものはもらっとくわよ、とかね、」
「まあまあ、あちらのお歴々は気紛れだからねえ、」
「いつもこんな感じなの?」
「まあ、あたしだってそんなに長い付き合いじゃあないからねえ、それより、さっきの新型の針、っていうより、剣? よっく見せてほしいんだけど、」
「いいわよ、ちょっと恥ずかしいけど、そことまってもいい?」
「どうぞ、」
「あら、すごいイイ感触、」
「あたしもねえ、こっちに越してみてびっくりしちゃったわよ、あんまりぴったりくるんでなんか怪しいくらい、でもここで局在してるほうが全力発揮しやすいってのも不思議だけどよくわかるんだしね、あ、これがそう? すごい、ものすごく切れそう、ちょっとここに刺してみて、いいのよ、だいじょうぶ、ああ、すごく長い、それに厚みも可変式なのね、分子どころか、原子面切断でもできそう、」
「なんかくすぐったいわ、でも凄く気持ちいい、切れ味が上がりそう、」
「もしかしたら、痛んじゃったらここで修繕(自然回復)できるかも、ああ、ちょっと動かしてみて、そう、そう、いい感じ、すごくいい、どう?」
「あああ、いいかも、くせになりそう、こっちの指に刺してみてもいい?」
「全然かまわないわよ、ああ、まだ上がるの? さっきより凄いじゃない?!」
「じゃ、こっちは?」
「あっ! そこはまた、ああ、凶悪な切れ味ね、逸脱してるわ!」
「こ、こんな経験は、ああ、普通できない、こんな、刺し続けるなんて、ありえない、ねえ、あの、イヨルカさん、イヨルカさん、」
「イヨルカでいいわよ、」
「イヨルカ! ちょっと出してみてもいい?」
「ああ、例の究極のアレね、いいわよ、あんたの攻撃力の真髄だもんね、さっきは跳ね返しちゃったから味見できなかったけどここでなら、ね、」
「ここでもいい? もっと別んとこがいい?」
「そのままでいいわよ、ちょっと動かしてみて、そう、いいわよ、」
「あああ、じゃあ、ちょっとだけ、うんと深く刺してみてから、そう、これで、あああ、」
以下略・・・
・・・ ・・・ ・・・
アトゥーラは自分の手のひらの上で勝手に盛り上がっている二人をしばらく面白そうに眺めていたがすぐに目の前の自分の問題に注意を戻すのだった。蜂とイヨルカの、ほとんど睦言にも等しいやり取りは、もちろんアトゥーラ自身にとっても興味深々の妖しい主題のひとつではあったのだが、目前の難関がそちらへの集中を許さないということなのである。
ーー ああもう、こいつら、人の手の上でナニやってんだか、
それになに、なんかあのお尻の動き方イヤラシイったら! ふふん!
でも問題はそんなことよりよっぽど切羽詰まってんだ、なにやってんの、あたし、ほら、目の前にあの森があるんだ、門はすぐそこなんだ、あれをくぐればまたあのお化けの大群なんだ、あたしの体をなめまわしにくる悪霊どもなんだ、もうあれはイヤなんだ、
でも、泥炭沼へはここを抜けないとダメなんだ、あの、途中の窪地のふちがまた、怖いんだ、
あの底にはなんかものすごいのがいるんだ、なんとなくわかるけど、みたことないけど、気配でわかるんだ、ものすごいんだ、いちど氷の手みたいなのが伸びてきてあたしの首に巻き付こうとしたことがあったんだ、あれに掴まれるんなら地獄に落ちた方がましなんだ、そんな、気味悪いってもんじゃ、あの冷たさ、あれはぜったいこの世のものじゃないんだ、あんなものが実在?するなんて、でも、あたしにだけ見えるなんて、ああ、なんてこった、いちど姉様と通ったときも出てきたけど姉様には全然みえなかった、気配さえ、ああ、それから、あの長い長い、ながーーーいお化け、蛇じゃない、蛇じゃないけど、蛇よりもっと悪い、あの白くて長いからだはなに? あれがゆるゆるうと飛んでくると森全体がキチガイみたいにざわめくんだ、そして、もうお昼もまわって、とっくにお昼もまわって、
姉様はカンカンになってる、ああ、でもいいのか、あたしはもう死んでるんだった、いや、
そうじゃない、不死身になったって、ふふ、試してみるにはちょうどいいかも、
ふふふ、不死身かあ、なんてことはない、どっちにしてもいいことなんかひとつもない、すぐに地獄に直行するのか、生身のまま永遠に地獄の責苦に遭い続けるのかの違い、なああんてことはない、だいたい、なんで不死身なの? あたしは頼んだ覚えなんかこれっぽっちもない・・・ なんでなの、
でも、まあ、いいか、まあ、ありえないはなしなんだし、これっぽっちも信じられない、
あたしはなんでまだ生きてるんだろ、こんなのが生きてていいわけがない、じゃあ、いいんだ、悪霊がなんだ、ってことになる、ってか? 怖いものなしじゃんか、不死身だろうと、なかろうと、ただぶっつかればいいハナシ、ここで震えててもホント意味ないじゃん、ってか、さっさと行って死ねばいいんだ、死ねるなら、ってか、ホント、イイカゲンにしてほしいんだわ、ーー
「おおーい、アトゥーラ、ちょっとこっち向きな、」
ドナドナの声がした。見上げると、ちょっと眩しい。
シルバ・シルバの天辺に、まだ太陽がかかっている。(いま何時だろう)
おでこが熱い。
隠れた左目の辺りから血が一筋、滴り落ちている。それは地面に落ちる前に自然に消滅しているが、それがイヨルカの、そもそもの最初からの、第一の力能であることはアトゥーラにもわかっている。
ドナドナが青い手巾を当ててくれる。
「さあ、開くようだ、」
と、青い帽子の男は言った。
まだ、門の前で足踏みしてます。
厄介です。
イイカゲンにしろ、って彼女も言ってますが、訳者もイイカゲン疲れてます。
でも、まだまだ続くのです。
次回から、加速しますって、言ってみたい、
でも、言えないんです、
リアルはドツボにハマっています。
今月アプできるのは奇跡かも・・・
いえ、別の意味でも奇跡がほしい、今日この頃・・・
花粉がおわり、マスクがおわり、
来月からは上を向いて歩こうってなるはずなのに・・・
ドンヨリです・・・
すみません、グチばっかしで、
あっ、そうです、
その来月あたりから、例の人名録の方で
アタクシと姉様の掛け合い漫才、じゃなくて、
ネタバレ問答大会が始まるようです。
っていうか、始めるつもりナンデス!
お暇な方、覗いてやってくださいまし。
いえ、まだですよ、予定は未定デッス、
いつものことですが・・・
追記
シャリーさんの仮人名録、やっとこさ、更新できました。
なんと1年以上ほったらかしだったんです。
お恥ずかしい限りです。
ジーナさん他、人名若干と
ネタバレ全開、匿名座談会の第1回目です。
お暇な方、どうぞ覗いてやってくださいませ。




