第1巻第2部第1節の続きその15 「手術終り 続きその9 大雀蜂ジーナ その8 門の前 続き シルバ・シルバの下にて・続きの続きの続き」
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静の森の入り口、僅かに傾いた銀の円柱がその交差する円蓋で形作る大門の下で、
アトゥーラは振り返る。見上げる視線の先はシルバ・シルバの狭い平らの頂き、
底抜けの晴天の下、危うく墓標にされかけた、孤高のモノリスの頂上、
相も変わらず一羽のオオガラスが見下ろしている、
その高みでは目にも見えない虚空の門が折からの強風にその透明のノドを鳴らしている。オオガラスの風切り羽があり得ない角度で逆立ち、翻る。
(何か幕開き前のいびつな、遠慮がちの、喝采のよう? 或はモナドの風の偏向?
或はクリナメンの囁き?)
漆黒の鳥はいかにも賢しげに首を傾げたまま何やらノドの奥でブツブツ呟く風がある。
「なんかブツクサ言ってる、おあずけくらった猫みたい、」
「実際食いそびれたことに違いないしな、」
とペームダー。
「でも、あの子ずうっと見てるの、なんか変な感じ、」
「ま、腹ペコではなさそうだな、」
「ほれ、ジーナが帰ってきた、」
一直線に舞い降りて来たハチはドナドナの青帽の縁近くでなにか躊躇うように、微かに波打つ軌道を描きながらほぼ定位していたがやおら鋭く小旋回するとバスポラの鼻先に止まろうとする。
狼の仔は派手なクシャミで応じたがこの歴戦のオオスズメバチにはもちろん通じない。
いつでもその鼻先をかじり取れる位置にしっかり取り付いたハチはおもむろに報告を開始する。
「そうブンブン振り回すな、目が回る!」
「嘘をつけ!」
「まあ、ちょっとじっとしてろ、黙って聞け、要するにだ、あれは、ただのオオガラスではないぞ、」
「そんなこと!!!」
三頭が揃って吠え立てる。
「ああ、うるさい、それでだ、」
ハチの頭はぐるりと旋回し、背ぇ高のっぽの人形師、片目の小娘、
そして青い母狼[なぜかちょっとソワソワしている]を順繰りに見渡した。
「奴(結局名乗らなかったな)が言うにはこうだ、
近来、いな、ここXXXX※年来(なんかワケわからん単位、というか妙に莫大な大数概念にも等しかったような、イヤにまわりくどい・・・)稀に見る佳き見世物、
粋な小芝居だったな、とくに、その子、おまえの演技は最高だった、そこの小娘に代わり、ほんとうに葬ってやりたくなったのは内緒だがな・・・、と言うことだった、うむ(一体、誰の口癖だろうか?)」
<※X:ここは、エッキス、エッキス、エッキス、エッキス と読む、とは、SB氏の談>
「チッ!!」
バスポラが舌を鳴らす。
「演技? 小芝居?」
アトゥーラが呟く。
「そしてそこの小娘、そう、おまえだ、アトゥーラ、」
ジーナのなりきり風報告が続く。
「精々用心するがよい、贈り物の大小を苦にするのは子供のすること、そして世界には三つの、いや、四つの空しい、不可ー思量、不可ー思議の道がある、それを追求することは必ず徒労に終わる、」
「四つの道って何?」
アトゥーラの声も不思議に静まっている。その秀でた額の中央、広く盛り上がった小円丘の頂上には銀の光が、淡淡とともっている(しかしこれは見える人にしか 見えない)。
「まあ聞け、
それはこうだ、
虚空を渡る鳥の飛行の跡、
巌の面を這い回る蛇の道、
人の小舟のみおの跡、
そして最後は処女の内なる男の道、
[爪痕・・・或は、痕跡、とも]
これら四つが世界を把捉する為の四つの種となる、しかし絶対に芽吹くことはない、これらを解くことは人間には絶対にできない、うむ、」
「ふん、古臭いお題目だな、」
と、ペームダー。
「四つ目だけなんか変」
と、アトゥーラ。
「そう、それが肝心なんじゃ、アトゥーラ、」
ジーナの声音は変化していて遥か上空の大烏が不意に胴震いし嗄れたダミ声を上げるのと完全に
同期しているようにも見える。
「そんなこと考え出したらキリがないぞ!」
と、トワイム。
「特に処女ってのはいただけん!」
「なんでよ?」
「逆に質問するが、アトゥーラよ、」
「な、なによ、」
「おまえ処女だろうが、」
「そ、それは、」
小娘は眉根を寄せひどく気難しい年寄り臭い顔付きになった。
「それは、そお、その、処女って言う言葉の定義によりけりでしょ、」
「こいつ、また、ややこしいこと言い出したぞ、」
「頭悪いくせに理屈臭いってのはやっかいだぞ、」
「でも、まあ、処女の思考の襞としては正解か、」
「あたしにはよくわからない、けど、それがそんな難しいことだとは思えないわ、」
「ほう、なぜだ?」
と、三頭が口を揃える。
「だって、男が処女とやりたがるのはあたりまえだし、そのためには命を賭けて道をつけるってのもよく聞く話だし、」
「ほう、たとえば?」
「誰でも知ってる話でしょ、ラシュダ湖の処女結界を破ろうとするバカ、エメラルドタワのテッペンに夜這いをかけるバカ、って、」
「フンフン」
「で、みーんな死んじゃったって話、」
「しかし、それでは道にならんぞ、」
「あ、そっか、」
「それにおまえ、肝心な点を忘れとるぞ、」
「なに、」
「道は処女の内っ側にあるって言ってんだぜ、」
「あ、そっか、」
「おまえ、ほんとにアホだな、」
「あたしの中に、男のアレがあるってこと?」
「アレっじゃねぇーー、道っつっとるだろーーが、アホか、」
「道っつったって、結局は、あれ、その、あれじゃない、」
アトゥーラはスカートの裾にじゃれている三頭を邪険に追っ払おうとするがその右手は空振りするばかりである。ドナドナはといえばすぐ後で木の箱車に向かってかがみこみ、何事か真剣に話し合っているようだ。上下左右にガタゴト揺すりまくっているのはどーやら相当興奮しているらしい。ジーナは相変わらず荒馬乗りの牧童よろしくバスポラの鼻先にくっついたまま、しかも、その小さな体と不安定極まりなく激しく動揺するその体勢にもかかわらず、大変な貫禄で泰然自若としているのである。
「男が女に出会う、その出会いのこと、抽象的に言えばそういうことって、」
「それ、誰の受け売りだか当てたげようか、」
突然、ラグンが横入りしてきた。巨大な狼はさっきまでシルバ・シルバの根本を(急に思い付いたように)散々嗅ぎ回っていたのだが何か納得したのか、それとも何とはなく仲間外れが寂しくなったのか、ヒョッとひとっ跳びで小娘の傍らに降り立ち寄り添ったのである。
「イヨルカでしょ、(ナゼか自慢げ)」
アトゥーラは一瞬でその首に抱きつき頬擦した。まだ微かに渦巻いている(しかしもはや人の目にはほとんど見えない)青白い炎をじかに吸い込み深呼吸する。ラグンの漆黒の瞳の中で、真空中に突如生まれる空間の偏差、星屑の誕生にも似た物質波の煌めきが、ごくごく密やかに、瞬くように、輝いては消える。
小娘はそれには気付かず荒々しい毛皮の中でモゴモゴ呟く。
「ああ、ラグン、今、今すぐ、あたしを食べて! ぜんぶ、こんな体、ぜんぶ、食べ」
「こらこら、」
狼はしかしその巨大な頭を振り向けると大地そのものを飲み込めるほどの大口を開けアトゥーラの小さな頭をすっぽりとくわえ込んでしまう。娘は首に抱きついたのをそのまま振りほどかれ半ば宙吊りになっていたが(か細い、折れそうな首筋が輝く牙の間から、なにか干した魚のように、ぶら下がっているのだが、出血もなければ痛そうな素振りもない、その右手が虚空をさぐり、ハタハタと空をかき、やがてすぐに顎下の総毛をひっつかむ)、その狭い暗黒の中で、甘い唾液に満たされた大顎の中で、窒息もせず、かのドナドナの言う、神々のカミカミ酒を思う存分飲み、かつ呼吸しながら、なかば溺れなかば酔い痴れつつ独語する。
ーー ここは・・・ ・・・ ああ、また、おんなじだ、広い暗黒、明るい暗黒、痺れたように、甘い、甘い、甘いといえば、さっき、バスポラに噛まれた時、なんか突き抜けてった、あの感じ、あれも甘かった、苦い、血の味も、そう、バスポラの血、甘い、なんでだろう、あたし、不思議だ、あたし、なんでこんなペラペラと蓮っ葉女みたく、しゃべり散らしてるんだろう、蓮っ葉女? って、ああ、この前、ドロスコが言ってた言葉ね、あのロバが説明してくれた、ふしだらなってこと、ふしだらってなに、淫乱ってことだな、って、淫乱ってなに、って、つまりだな、男と女がところ構わずくっつきあってイチャイチャすることだな、イチャイチャってなに、要するにだ、○○どうしを擦り付け合うことだな、男と女って必ずそうするものなの?
そうとも言えるし、そうでないとも言える、そもそも、男と女、とは限らん、男と男、女と女、男と獣、女と獣、なんでもありなのだ、極端な話、女と蛇、男と鳥、男と魚、っていうのも有り得るのだ、って、なんのことだかさっぱりだわ、ああ、でも、イヨルカ、あんたって物知りね、あんただって獣なのになんでそんなに物知りなの?
ああ、それはね、秘密なのよ、あたしの前のご主人様がね、あたしを鞭打って働かせてた人がね、とおっても変な人でね、鞭はイヤねぇ、グリモーの奴、さんざんぶってくれたけど、なんにも教えてくれないんだもん、あたし、こんな、ペラペラしゃべりまくってていいのかしらん、変ねえ、グリモーやドロスコ、大殿様の前なら、全然しゃべれないのに、ああ、また唖か、なんとか言えってまた鞭が降ってくる、いいかげんヤンなるけど、ああ、でも蹴っ飛ばされるよかましかな、ウェスタねえさんも大概足癖悪いけど、あ、あたしんこと、足癖悪いってあいつら言ってたけど、これウェスタのせいだからね、あ、いけね、呼び捨てしちゃった、ウェスタねえさま、ねえさまはキレイだ、ねえさまは男を知ってるのかな、知ってるかも、ドロスコもべンギスタンもこのごろ色目を使ってた、グリモーなんかこのあいだねえさまのスカートの裾をいじくってた、いじくりながら、
おまえ口が悪いな、下の方の口もこんな具合なのかって、イヤらしい笑い方してた、下の方の口って、ああ、そういえば、さっき青い帽子の人もさわってたとこね、なんか入ってきたよな気もするけど気のせいかな、ちょっとお腹の下の方が熱くなった、変な感じ、青い帽子の人、ドナドナっていった、ドナドナ、変な名前、あ、ダメ、ドナドナ様って言わなきゃ、だいじょうぶ、あの人はぶったりしない、鞭も無し? そうかな、変な人、そういえば、変だな、あの人、なんであたしの名前知ってたんだろ、名乗ったことないのに、なんでだろ、そだ、あたし、うたぐってるんだった、へんなんだ、あたしは死んだはずなのに、なんでこんなとこでモノスゴイ狼やヘンなハチや、ヤクザっぽい木の車としゃべってんだろ、これってまんまお伽噺ってやつよね、ねえ、イヨルカ※、あんた、毎晩毎晩夜もすがら明け方までいろんな本ってやつ読んでくれてたけど、あれがねえ、ずうぅーーと続いてたらよかったのに、(この世のどこかに本が一杯つまった場所、図書館ってのがあるらしい、ほんとなら死ぬまでに一度行ってみたいな、とかなんとか毎晩毎晩しゃべくりあってたな)、一番おもしろかったのがお伽噺ってやつだった(その次に読みたいのは、もちろん、百科事典ってやつね、世界の全てのことが説明されてるって、ホントかしら、ホントだったら、ああーーん、ドキドキするわね)
、いろんな神様や悪魔が出てくるやつ、この大地や星や太陽ができる始まりの話、ほかにも、お姫様の話、魔神の話、魔神にさらわれる王女様の話、いろいろねえ、
<※イヨルカ・・・ ここでは、主に夢の中でのみ出会っていた幻のロバのことを指すらしい、ついさっき名乗りあったばかりのイヨルカとの混同が甚だしいが、結局同一なので問題ないのである、覚醒前のイヨルカの隠微な力能とその発現形態については諸説ありややこしいのでここでは割愛する>
そう、そうだった、魔神だ、ドナドナ様って、そう、魔神じゃなかろうか、
いや、いや、呼び捨てはイカンな、魔神様、じゃ、青い帽子の人が、
魔神さまなら、なんとなく、納得できるかも、あたしって魔神に魅入られちゃったのかな(それとも騙されてるのかも、ふふ、)、
チョー可哀想なんじゃなかろうか、カワイソーってあぁーーた、他人事みたく、言いなさんな、これは大変なことですよ、ってか、ふふふ、
あたしを不死身にしてくれたんだった、まいったな、それがホントなら、
まいったな、利用しないって手はないな、ま、あんましアテにはならんけど、
利用しないってぇーーー手は、無い、ってか、ふふふふ、おかしくって涙でちゃう、まったく、笑いころげるレベル、オ○ッコちびっちゃうレベル、あいつら、ほんと、やらしいわねえ、なんでヒトのオ○ッコなんて飲みたがるんだろ、あいつらさっき直接舐めてった、いやらしいったら、でも、ちょ、ちょと変ちょこな、こそばいよーな、
い、いぃーーい気持ちにもなっちゃったな、それより、ジーナさん、あの人がアソコの上にとまったときはちょっとこわかった。あたしの一番敏感なとこにあの人の針の先がちょっとかすっただけで痺れるようだった、ジーナのあの凄い顎からでてきたあの毛むくじゃらの舌みたいなの、あれもこわかったけど、あれが入ってきたとき、オ○ッコとは別の何かがジンワリ出てきて気持ちよかった、ジーナさんを抱き締めたいって思ったけど、ちっちゃすぎるんだもん、つぶしちゃったら大変って、我慢してたら余計に気持ちよくなっちゃっていっぱいでちゃったな、あーーあ、あたしって、やっぱりインランなのかな、あたしのからだを欲しがる男なんているはずないけど、ジーナさんならあげてもいいかも、でもダメね、ジーナさん、想い人がいるんだもん、よこはいりはできない、でも、あのひとも苦しい恋をしてるんだった、ドゥーナさんって言ったっけ、すごい美人のミツバチさんだって、凄い美人って、ああ、いいなあ、会ってみたいな、美人の、すごい頭のいい、美人さん、女王様の重臣だって、あたしなんかとも友達になってくれるかしらん、ああ、だめね、頭のいい人としか話をしないって言ってたし、あたしなんか、不細工な片目の女なんだし、頭悪すぎるんだもん、これから行くメノンのグレオファーンって人はどんなだろう、大岩の下に住んでるって言ってたけど、やっぱりハチさんなのかな、もしかしてジガバチさん?
どっちにしたって片目の女なんぞに勝ち目なんかない、ああ、でも、もう片目じゃないんだっけ? さっきドナドナが左目をくれたんだった、さっきドナドナがあたしんなかにはいってきたときこの石を埋めてくれたんだった、これはあと半時で芽をだして根付くはず、ゆっくりとまわりを溶かしながらテキゴウしてゆくのだって、あのひとはあたしのみみもとでゆっくりとささやいた(とってもこそばゆいんだ、これが)、テキゴウってなに、溶かして、くっつく、それだけのこと、でもひどくいたいぞ、って、はは、あたしをなめてんじゃないわよ、いたいのはなれっこなのよ、とくにあいつらのまえではぜったいいたいなんていってやらないんだ、あいつらはきみわるがってもっとぶつ、ぶたれてもけられてもいたくないってかおしてるとしまいにもっときみわるがってやめるんだ、ああそれから、これからはもちっとようじんしないと、うっかりイヨルカにおしえてもらったコトバなんかつかうとキチガイあつかいされるんだ、ああ、でも、せかいには四つの門があるんだって、あの連中におしえてやりたい気もするな、ふふふ、四つの門の上に、もうひとつ、そいから、そのうえにももうひとつ、ぜんぶでむっつの門があるってきいたらソットウするかも、いんや、そのまえにあたしをむしけらみたいにふみつぶしてあーーせいせいしたってかおするのがオチだな、グレオファーンって人ならわかるのかな、四つの道っていってたな、どのみち、処女のみちなんてあたしにはえん無いだろーし、むかし、じゃないや、さっき? だれかいってたな、あたしのまえにはいっぽんみちしかないって、あれってだれだっけ、骨だらけのオサカナだったよーな、うんにゃ、ちがうか、ーー※
<※ここ(ーーとーーの間、アトゥーラの独白)は本来全く句読点無しの、○○の涎のような寝言のごとき長広舌なのだが、大変読みにくいので(特に後半)、適宜ふってあるのです>
ラグンは大あくびの振りで、ある、ひとつの、門を開き、そこでアトゥーラは逆向きに浮上してきた。※
<※ここの動きを描写することは難しい、物理的にはありえない動きだからである、しかし、ラグンによる、非常に特殊なPKが働いていたであろうことは間違いないだろう>
ちょっと眩しげに目をパチパチさせ頭を振る。なぜか荒ぶっていた赤毛がきれいに渦を巻き誇らしげに結い上がっているようなのが不思議である。ただし、いささか酒臭い微妙な液体の渦も一緒くたに渦巻き渦巻きし、その不思議な髪型を固定している気配がある。(ラグンの、女専門美容師顔負けの腕?捌き、いな、舌?サバキ?)
「ダメなの?」
「もちょっと太ってからって言ってるでしょ、」
「むうぅーー」
「で、そんな難しい言葉誰に聞いたの? やっぱり?」
「出会いそのものを道として、その痕跡は処女のなかにも隠されてあるって、ある人が言ったって、言ってたわ、もちろん、常識的にはって含みでっとかナンとか・・・」
「まあ、まわりくどい言い方だこと、」
「ラグンの言う通り、イヨルカに聞いたんだったかな、」
「あいつ、無駄に博識だもんねえ、」
・・・[ここより音声なし]
「無駄にっとはなによ、無駄にっとは!!」
「あら起きたの?」
「あたしはいつでもおきてるわよ!」
「それにしては、あんた、働きが悪いんじゃないの、やっぱり寝惚けてんでしょ、」
「どーゆーことよ?」
「だって、あんた、この子に怪我させすぎでしょ、」
「なにいってんの、ラグンあんたらしくもない、あたしの防御障壁は完璧なのよ、盲滅法界の御乳母日傘じゃあないのよ!」
「だって、さっきもだけど、この子大ケガするとこだったのよ、下手すれば死んでたかも、」
「ふん、ありえないわね、でもね、そも、ちょっとの怪我や病気なんて無視無視よ!」
「へえ、そんなのどこで判定するのよ、」
「感じでわかるわよ、一瞬よ、あんたや、そこのヤクザなチビどもの、ご自慢の牙なんか特にそうね、どう偽装しようが完っ璧にはねかえしてあげるわよ、」
「なんか怪しいわねえぇぇ、」
「なんとでもいいなさいな、とにかく、この子の体は完全完璧に守られてるわ、」
「まあ、痛みを知らない体なんてロクなもんにはならないってのはわかるけどね、」
「そんなことより、ほらっ! これっ! この手はなに、なんで復活してる(生えてる)の!?」
「ふふふ、やっぱり寝惚けてるんだ、」
「それにこの目は? これは、ああ、すごい、今、同調中なのね、ものすごく不思議な素材、ありえない! ありえない素体だわ!」
「やっぱ寝てたんだ、」
・・・
「ドナドナ! ドナドナ!」
人形師は木の箱車との相談を終わり、腰を伸ばしてじっと石柱を見上げていたが、オオガラスのねっとりとした視線には全く頓着している様子もなかった。ジーナは相変わらずバスポラの鼻先でふんぞりかえっている。
「なあ、アトゥーラよ、おまえが四つの門を開いたとき、また、四人の王と交わった時、この世界の終わりと始まりが・・・ お、おっとぉーーー、」(バスポラのクシャミ)
「ドナドナ!」
「あ、あの、ドナドナ?さん? 誰か呼んでるような、変な声が、いま、突然、あれ? どっから聞こえてるんだろ、えっ! い、いま、あたしの手? 手がっ!」
アトゥーラはジーナの、いささか嗄れた、意味不明な予言めく言葉に気をとられながらも、
突然聞こえだした何故か懐かしい声に動転したらしい、すこし珍妙な格好で手をかざしきょろきょろと、まるで慣れぬお使いに出された仔猿のような仕草であたりを見回している。しかし無闇に背の高いドナドナ以外、人の姿の、モノは見えない。
「そうして、処女であり、処女でない、おまえが最後の鍵となる、こころするがよい、四つの門が円をえがく、そしてアトゥーラよ、おまえのえがく円が・・・ いな、おまえの掴む舵輪が、あの運命の輪が、そろり、そろりと
下が上に 上が下へと回転する ・・・ すると・・・ スルト? ・・・ 」
「ドナドナ! ドナドナ!」
「そんなにがならんでも聞こえとるよ、」
青い帽子の人形師はゆっくりと振り返りアトゥーラの手を取った。
「すると、すると、アレだ、例の、あの腐れ魔女どもの予言どおりとなる、うむ?」
「予言なんてアテにならんぞ!」
横合いからバスポラが吠える。
「ただのレェェトゥーリクというヤツだな!」
と、ペームダー。
「解釈次第というやつよ、」
トワイムが呟く。
「ほう、やはりこっちに来たか、」
人形師はアトゥーラの左手をぐいと持ち上げる。そしてさきほど自分が巻き締めた緑の包帯をためつすがめつしていたが、
「もうそろそろか」
そして解き始めた。解かれ地に落ちた皮帯はそのまま自然にとぐろを巻いて行くのだが、ぎょっとしたアトゥーラは思わず後退る。緑金色に輝く小蛇になってゆくのである。
紅く、紅く、凶悪にか細い、針のような舌を吐き、
瞬くことのない円らな瞳が、ラピスラズリの、金を含んだ濃青色の輝きが、
じっと小娘を見上げている。が、いかにも小賢しげに、ただややあきれたふうに微かに頭を振ると、懐疑的にゆっくりと、森の縁の、こんがらがった茂みの中へと
のたくりながら悠々と退散して行くのだが
しかし時折、何事か思い付いた風に、止まって思案してみたりと、
やや焦れったく間延びしながらゆったりと消え去って行く。
茫然と見送るアトゥーラだったが、上からの、ドナドナの、
落ち着いた声には、はっとしたようだった。
「ほれ、ようく見てみな、」
アトゥーラは自分の新しい左手を見た。それは、ほんの一瞬、今生い出たばかりの
トネリコの若枝に見紛うばかり、
しかしよく見ると、萌え出ずる、不吉に、赤黒い(まるで血が凝ったような)、
妖しの薔薇の新芽のようでもあり、やがて銀灰色に真昼の光を反射するドロノキ※の葉裏が
そのまま五裂の手指へと実体化したようにふっくらと光り輝き、またぽってりと、意想外の重さを匂わせながら、
なにか全く別の生き物が、誰か未知の至上命令により全く仕方なく、まああ、よんどころなく繋がったのだ、とでも言いたげに、しかし、別に愛想なしに不貞腐れた風でなく、
どこか夕暮れの、超越的にだだっぴろい、不吉の手術台の上で、諦めた風に偏執狂の執刀医を待つ、
まったく麻酔も効きそうにない、不運で不合理な患者のような、やや危うげに、物憂く、気怠い雰囲気を、まったりと漂わせていた。(これが、近い将来、世界を、三重の恐怖と惑乱のドン底に叩き落とすこととなる、あの逸脱の、闇の左手となることなど誰が想像できようか)
<※正確には、ギンドロ、であろう>
「どうだ、アトゥーラ、なかなかのもんじゃろう、」
「こ、これ、生きてる? の?」
いつでもおっぽりだせる他人の持ち物を見るように、いくぶん気味悪げに自分の新しい左手を見つめている。ヌメヌメと銀色に輝き、いささか艶かしくもあるその物体は、完全に接合されなんの継ぎ目もなく完璧に連結されているにもかかわらず、なぜか全くの異次元の存在、あるいは非在であるとの印象が拭えない。
「見比べてみな、」
うながされるまま、右手を突きだし並べてみる。寸分たがわず左右対称というわけではない、しかし完璧なコピーであるとも言える、その左手はしかしまだ1セカントといえども動かない。
「き、きれいだけど、なに? これ、全然動かない!」
「まだ無理じゃな、が、そうやって動かそうとしてれば段々動くようになるのでな、」
「ちょっと、あんたたち、あたしんこと無視すんじゃないわよ、」
すみません、また尻切れトンボになってしまいました。
リアルのモゲモゲの圧力に、あっけなく力尽きてしまいました。
いつになったら森に突入するんでしょうか、メンドクサイ、
じゃなくて、焦れったいことでございます。
どうか気長に見守っていただければと思います。
我がヒロイン、性格の悪さが徐々に滲み出てまいりますが・・・
どうかどうかお見捨てなきよう・・・
今回、推敲の時間なく誤字脱字その他お見苦しき箇所多々あろうかと思いますが
どうかお許し頂ければ・・・




