第1巻第1部第33節の続きその5 「密談?」
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しかし亭主自慢の料理はなかなか出現せず、風はいよいよ激しく唸りだし、建物自体の微かな振動にも何か不安をそそる奇妙な捻じれが加わっているように思われ出した。旅の修道僧カーノイは薄紙一枚分だけうっすらと目を開き真向かいに陣取った山師二人が何やら額を寄せてひそひそ話し込んでいる様子を眺めていた。男には話の内容は判らない筈である。極限まで低められた声は紙の隙間を動き回る死番虫どもの足音ほどにも響かない。(但し、時として、異様に耳障りになることもあるが)しかも、使われている言葉は、さきほどまでの会話とは違って、北部低地地方のキリキア語を始めとする辺境方言その他の混成語、そして要所要所にはさまれる鍵言葉はすべて深部森林地帯盗賊団にのみ通用する隠語に置き換えられているのである。山師二人が、もちろん、細心の注意を払いながらではあるが、安心して会話を交わしているのも無理はないのである。しかし、この修道僧は、顔の筋一本動かさず、次のようにこの会話を聞き取っていた。
「 だからそれはなしだろ、早い話が、」
「 まあいいさ、そんなことより、ほれ、ウェスタの奴、うまく見切ったのかな、」
「 間違いないな、大分気取ってたが、ありゃ相当に来てるはずだ、」
「 俺の鼻にも疾うにぐっと来てるもんはあるのさ、コポルのやつの狸寝入りにしたって同じことだろうが、」
グエンドー・バガガンスは再び不規則な鼾をかき出した仲間の方へと顎をしゃくって見せた。
「 いや、あれはほんとーに寝てるとみた、」
「 じゃあ、今回は二人で山分けかな、」
「 大殿様がまもなく着く、先走りは拙い、」
「 しかし、全くいい匂いがするもんだな、」
「 そう、この手の坊さんは見かけは汚いがいろいろおいしいもんを持ってるもんさ、」
「 いつかの、あの、純金製の法具、あれはよかったな、」
「 ウェスタの鈴を聞いたろ、ありゃあ、相当だ、今ごろ涎を垂らしてるぞ、驢馬のこともぶつくさ言ってたが、あのわざとらしいこき下ろしよう、相当値打ちもんとみた、」
「 まさか、ひょろひょろのぼろぼろってぇらしいぜ、」
「 いーや、それだって間違いなくめっけもんだな、」
「 まったく、まったく、いい匂いがぷんぷんするな、」
二人の山師はしかし全く同時に口を噤み声を揃えてご愁傷様を呟いた。老いた旅僧が突然身を捩りクサメをひとつやらかしたからである。修道僧はごく上品な言葉遣いで悪魔祓いを吐き向かいの二人にもお決まりの礼を述べた。
「 いやいやいやいや、」
二人は笑い出した。
「 気遣いなど無用だな、それよりもエイブの奴、鯰を釣りに行ったとしても遅すぎるんじゃないか、くそっ、俺たちにも何か食わせろ、」
「厠はどこじゃろな?」
老僧は突然立ち上がった。尻のあたりがむずむずするらしい、微妙に情けない格好で腰をかすかに捻っている。
「馬部屋の奥だ、さっきウェスタが消えたところさ、ちょっと臭うからすぐわかるさ、」
「すまんがお二方、ちょっとの間こいつを見ててくれんかの、」
返事も待たず老いた修行者はさっさと奥のドアに向かう。二人の山師と、老僧と入れ替わりに戻ってきた亭主が全く同時に顔を見合わせ、三つの視線は意味ありげに日月箱の上に重なり落ちた。亭主が笑い出した。
「あわてない、あわてない、」
グエンドーは、わざとらしく口を拭う仕草である。
「どうせ封印されてる、 お楽しみは後ほどよい、」
ドロスコは全く興味もなさそうな顔つきで腰のタンカナイフを抜き刀身を拭い始める。その柄頭には高価な象牙の彫刻が施してあるが、さして使い込まれた風でなく、長年の愛刀という風でもない。亭主はようやく食器の準備を始めた。




