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第1巻第1部第33節の続きその1 「亭主 ウェスタ、驢馬に引き摺られる 護符」

「 ウェスタ、さっき頼んだ水汲みはどうなった?」

黄色い光は扇のように街道に広がり巨大なオグの赤い光と交わった。その曖昧な交錯の中にのっぽと小娘の二つの影法師が奇妙に寄り添うような形で突っ立っている。

「 おや、誰か一緒なのか?」

「 お客だよ。」

腰に拳を当ててウェスタは答えた。

「 旅のお坊さんだよ、お泊りなんだ。」

黒い影は半歩ばかりじんわりと身をのりだした。ひどい藪睨みで前屈みになっている。

この時、オグの人がたの一部が弾け、ボンといい、暫くバチバチと火の粉を撒き散らした。二人は誰何の主をそっちのけに振り返り、さも苦しげに身をよじる憐れな藁人形の方へと再び引き寄せられる。

「 ウェスタ、水はどうした? お供えの点検は終わったのか?!」

主の声にあからさまな怒気が孕まれたが、小娘は一向に平気だった。スカートの裾をポンと払い、さっと坊さんの前へ出た。

「 狼様が川の方へ出張ってらっしゃるらしいわ、お天気も大分とあやしいのよ。」

「 そんなことはとっくにわかってるぞ。」

亭主の声は作り物めいた不機嫌さで低まったが、すぐに矛先は変化した。その視線はやはり胡散臭げに上下していたけども、しかしまんざらでもなさそうなのである。

「 ベッドが要るんならお貸しするが一人頭十六シルかかる、それにロバ一頭につき四シル三十、荷駄ひとつの預り賃は半シルムだ。」

藪睨みの亭主はイヨルカにも一瞥をくれ淡々と条件を並べた。但しあまりに貧相なその姿に憐れを催したものかすぐに付け加えた。

「 けどもまあ、ロバの飼葉と水はおまけしてもいいがね。」

男は礼を述べ荷物らしい荷物と呼べるのは背中の日月箱だけであること、前払いの用意のあることも付け加えた。亭主は鷹揚に頷き隠しをまさぐりかけた手を押し留めると再び小娘に向って言う。

「 話は決まった、ウェスタ、そのロバ公を連れてって世話してやりな、それから次の仕事も忘れるんじゃないぞ。」

ウェスタは返事もせずフンと鼻を鳴らしただけだったがすぐにロバの手綱を取った。灰色ロバはしかし二、三歩ついて行きかけたのを止めて急に立ち止まり今度は逆に主の方へ近付いていった。この世のものとも思えぬ物凄い悪態の塊となった小娘を首にぶら下げながらこともなげに逆戻りして主の後ろにぴたりとくっついた。そして一声、

「 ヒンハン!」

と鳴いた。修道僧は幾分苛立たしげに振り返りロバの片耳をひっつかみながら口寄せして呟いた。

「 わしは約束は守る。」

この一言はあとの二人には聞こえなかったのだが、結局ロバはすっかりおとなしくなり素直に連れられていったのだった。但し、ウェスタのおかんむりも相当なものであった。

さて、妙な暗闘を余所に宿の亭主はなにやらご満悦の態でさっと道を開け客を招じ入れようとする。〔男は巨大なドアの陰になった暗がりに酒樽ほどの大きさの奇妙な石が鎮座しているのを目に留める。一瞬、その表面に触れたそうに右手を伸ばしかけたが何故か思いとどまった。そして〕段差も何もない平土間続きの敷居であったにもかかわらず男は一歩手前で立ち止まりじっと足元を見た※。


<※敷居の地下に埋められている呪物について透視と解析を行う>


そうして頭を振りつついかにも偶然を装って頭上の戸框の部材に夥しく張り付けられた星の護符をも見た。主要な星は全部で七つあり純銀製である。それぞれが不定数の伴星を従えておりその配列には微妙な規則性が認められた。黒く塗られた堅牢な木材が精密に組み合わさり、この外壁の厚さ

の尋常一様ではないことを示している。同じ分厚さの扉はしかし音もなく滑らかに旅僧の背後で閉ざされ、抜け目のない亭主の手によって二重の閂がガッチリと下ろされた。いかにも手荒く使いこまれた、重い金属の擦れ合う音が、幾分耳障りに、何やら奇態な運命のように、後から修道僧の耳朶を撃った。 けれども新しく目の前に展開した光景は、ひどく友好的で暖かく、あまりにも心地よいものだったので、なにも鉄の心を持った男でなくっても、冷えきった体の筋がほぐれ、バターのように軟らかくなるのに大して時間もかかるまいと思われた。男は依然として馬鹿でかい日月箱を背負ったまま扉近く突っ立っていたが、するりと回り込んだ亭主の誘う声にはっとしたようだった。

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