第1巻第1部第33節 「御供のお菓子 ロバ到着 燃える人形(ヒトガタ)」
時系列的には、第25、26節(その冒頭部)よりの続きと思われます。
真夜中の驢馬騎行の終着点に近付いたところでしょうか。
* * *
巨大な篝火が立っているのは、しかし何の変哲もない路傍の平らな地面で、前には小さな祭壇――とも言い難い、単なる粗末な長机が据えてあり、おまけにその足の一本ときたらまるで種類も太さも違う不細工な継ぎ足し細工だったから、極小さな萱ネズミが一匹ひょいと跳び乗っただけでもがたりと傾いてしまう始末である。
けれどもお供え物の方はなかなか豪華で、さして手の込んでいるわけでもなさそうだが見てくれだけは大した物のように見えるのがおもしろい。先ず目に付くのが馬鹿でかいお盆に盛り上げられた肉饅頭の山で、その真っ白なむちむちした皮は炎の反照を受けてほんのりと鴇色に染まり、時には気違い染みた欲望をそそる上気した柔肌を思わせる。その横には種々雑多な油菓子が、幾分乱雑に散らばっているのが妙な具合であるけども、その犯人は明らかであるように思われる。
というのも、もう随分と前からであるのだが、机の前には小さな女の子が一人しゃがみこんでおり、時折いやに勿体ぶった仕草で小首を傾げつつ、目の前のお供物どもを点検し続けていたからである。要するにごく上品にお味見をしていたわけだが、今しもその点検はもっとも枢要なる七色菓子の一群へとかかろうとしていた。お淑やかに伸ばされた傷だらけの人差し指が頂点に鎮座する黄色いお菓子に触れようとしたその刹那、娘はギョッとして跳び上がり撥条仕掛けよろしく激しく鋭く振り向いた。〔 この子は大変勘がよろしいようだ 〕小娘の凝視の先には白い踏み分け道が薄ぼんやりと浮き上がり彼方の闇の奥へと消えている。再び、鈍い、人を小馬鹿にするようなシワガレ声が響き渡った。
「 イー! アー! 」
「 誰?」
「 イーヨー! イーヨー!」
小娘はしかし少しも逃げ腰でなく、それどころか半歩ばかり踏み出して薄闇の彼方から近付くものを見極めようとした。酷い藪睨みで眉間に深い皺を寄せている面立ちはけれどもあまりにも分別臭いのである。やがて現れた代物を見分けてしまうとその表情はさらに尊大に、いやむしろ胡散臭げな渋面に変わってしまった。
「 ヒンホー、ヒンホー 」
ロバの嘶きは複雑な色合いを帯びて高らかに響き、鞍上の人影はフードを被ったままなにやら曖昧な具合に頭を振りかしげた。
「 コンバンワ、お坊さん、宿をお捜しなの?」
「 おお、あ、あんたは、つまり、その、女の子なんだね?」
小娘はいささかムッとしてほとんど襤褸としかいいようのない見事なスカートをはたいて見せた。
「 この俺のどこをどうみたら! 女の子じゃないってんだ?! 」
「 いや、すまんことを言った、どれ、ちょいと失礼!」
男はいかにも大儀そうに恐ろしく緩慢な動作で大地に降りた。そうして二、三歩無造作に近寄ったので小娘はほとんど反り返らんばかりにして相手の顔を見上げねばならなかった。それでも商売上必要な事はすっかり見て取ってしまったようである。
「 もちろん、ここで泊まってくわけね。御判りでしょうけどここいらで夜旅をかけるのは命を捨てにかかるのも同じ、愚の骨頂もトッペラボーな話だわ。」
「 あんたの言うのはつまり大神様のことじゃろ、わかっとるよ、さっきもさんざっぱら咆えとったわい。」
「 つけられやしなかった?」
「 さあ、よくはわからんが、だんだん近付いとったような気はするの。」
ふーん、と鼻を鳴らしながら小娘はじっと相手を見上げた。ちょいと意外な気がしたらしいのである。男はようやくフードを落としやや当惑した面持ちで辺りを見回した。見事に禿げ上がった額にもごく平等に炎の反照が赤い。
「 それにしても奇妙な形じゃの。随分と古いもんじゃろうが・・・ 」
「 今夜は特別なの、星の御供なのよ、お坊さんにこんなこと言ってもなんだけど昔はほんとに中に人間を詰め込んで焼いたらしいわ。」
「 よくできとる、ふむ、まさにオグじゃな、長々と燃えとるがすこしも型崩れしちょらん、ガワは何を使って編んどるんじゃろ?」
少女は無言で首を振り、ほんの少し肩を竦めながら後の闇路の方を指差した。巨大な人型の松明の光が茫々と辺りを輝かしその奇妙に揺れ動く幽霊じみた影どもの彼方、ようやく薄闇がその勢力を取り戻し始める境界線のすぐ外にうすぼんやりと同じような大きさの人型がかろうじて見える。しかし全く同じ姿勢ではないらしく、なにかこう奇妙に苦しげな形で身を捩っている風なのがひどく場違いな感じで気持ちが悪い。
「 全部で七つあるわ、順番に燃えてゆくんだけどさあ、日の出までに止まったところでこの冬のお山※のご機嫌が占えるのよ。」
<※山とはいえ、ここでは、広大なヴェラン高原全体を意味しているらしい>
「 よくできとる! まったくぢゃ!」
男は全く感に堪えた風に首を振り、そのまま振り切ってぐいっと体勢を入れ換えた。少女の頭を通り越し、辛うじて古代の舗石らしきものが露頭している貧弱な街道幅をも飛び越したその視線は十一歩ほども向うへ引っ込んだ巨大な黒塗りの建物へと届いた。カチリと音を立て、当って落ちたといってもよい。
それは灰色の曇天を背景にして黒々と横たわっていたが明かりというものがひとつも漏れていずまるで人の気配を感じることができなかった。引き倒された墓石といった風情もあったが内に篭った異様な精気がそういった陳腐な喩え自体を嘲っているようでもある。ともかく典型的な毛皮交易宿の造りであり、スケールの狂い(これを建てた大工が身長3メルデン半の巨人なら納得もできるけれども)や異常な塗装、辺境の中の辺境という地勢をも考えに入れるなら、大抵の人間ならば首を捻りたくなる代物ではあった。
すると突然漆黒の壁面の一部が四角に切り取られ暖かな金色のスクリーンが浮き上がった。おやと思う間もなく黒い人影が現われた。
「コオロギの跳躍に定め無し・・・」
「長虫の、悪意無き跛行に雲の根の生ゆること無し・・・」
いずれもSBの古い格言らしいのですが、
まず、人間的には、無責任極まりない放言としか受け取れませんです。
彼は、これを私に叩きつけて去りました。私があっけにとられていると、二三回瞬きするうちに
また、スパッと戻ってきました。電光石火です。なにがしたいのか、
なにを意味しているのかサッパリです。
素直じゃないなぁ、と思うのですが、私としても、
そのジッグザッグを追いかけるしかないのでありました。
チマタのリアルコオロギさんたちのセレナデも、だんだん
幽かになりゆく今日この頃・・・
ああ、なんかセツナイのです・・・
【言い訳】
前段、32節の続きは、非常に重要なのですが、ヒジョーに長いので、
枝番付きでジュングリに継ぎ足してゆく所存でアリマス。
あ、コイツ、投げたな、などとくれぐれもゴ、誤解なされませぬように、
どうかよろしくお願い申し上げます。
【言い訳その2】
この段、第33節も、非常に重要なので、チョー長いのですが、
枝番をつけて、ボツボツボツと、継ぎ足しゆく予定デアリマス。
どうかお見捨て無きよう・・・
【言い訳その3】
節番号は公開時の暫定的なものです。
巻と部の確定時に内容に則して改訂し
振りなおすことになるはずですので、
現時点でのゴチャゴチャ感、行き当たりばったり感には
どうかお目こぼしを願えましたら大変幸いです。




