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第1巻第1部第32節 「双子 ご案内 鏡と扉」

「 ベイドリアル・コーです、お見知りおきを、」〔コーは、端からバシュラに対して不審を抱いている、らしい・・・のだが・・・〕

長身の若者は自分はここの三番番頭であると名乗った。ホールは三階の天井まで吹き抜けになっていてそれぞれのフロアの端は洒落た屋内張出しテラスになっており、凝った造りの欄干から各階一つずつ小さな金色の頭が突き出している。

「 こら、覗き見なんかするんじゃない、店の中で遊ぶんじゃない、」

男は拳を振り上げて威嚇するが押し殺したようなクスクス笑いが降ってくるばかりで、無遠慮な品定めの視線と切れ切れの不穏な言葉が落ちかかってくるのはすこしも止む気配がない。・・・・・・・

「 お、お客だよ、」

「 おお、お客だね、」

「 珍しいね、」

「 こんな時間だしね、」

「 でも、コーは喜んでるね、」

「 夜だからね、」

「 夜は深いからね、」

「 また、かもるのかな、」

「 かもるかもね、」

「 美人だね、」

「 うん、とっても美人だね、」

「 男の方は、ちょっとね、」

「 男はね、」

「 コーとどっちが強いかな、」

「 そりゃ、間違いないよ、」

コーと呼ばれた番頭は黙礼とともにさっと姿を消したが、三十秒も経たないうちに戻ってきた。両手には金髪の幼女が二人、襟首をつかまれてぶら下がっている。

「 お客様にお詫びを申し上げます、ほら、死んだふりはなしだ、」

右手にぶら下げられた方の少女はご丁寧にも唇の端から舌の先を垂らしていたが、鼻を鳴らしながらすぐに目を開いた。その瞳も黄金色である。

「 嘘じゃないもん、」

男は右手首を軽く捻ったので本当に首が絞まったようである。

「ぎゅむぅ、」

人形のような手足をばたつかせていたが、なかなかしぶとく抵抗しているのである。左手にぶら下げられている方も既に目を開いていたがその瞳は銀色であった。双子としか思われない瓜二つの顔立ち、しかし、左の少女の方が少し目付きに険がある。

「 ここのご主人、マルホーン殿のお孫さんなのですが、いつも悪戯がすぎるのです、」

「 もう、許してあげて下さい、わたしたちなら全然かまわないんですから、」

リューニスの方がむしろひどく青ざめていたくらいである。バシュラは溜息をついた。

「 ベイドリアル・コー殿、」

長身の三番番頭は軽く頭を下げた。

「 折檻なら時と場所を選ぶ方がよろしかろう、それよりもそのお二人を我々に紹介してもらいたい、」

「 いえ、まずはお詫びが肝心です、ほら、」

男は両腕をさらに持ち上げたので二人の顔の高さは丁度リューニスの胸元近くまで来た。慌てたリューニスは思わず両手を一杯に広げ二人を抱き取ってしまう。男はすぐに手を放したので娘は突然二人分の体重を預けられた形で後へよろめいた。支えるバシュラと娘の両肩に乗った二つの愛らしい小さな顔がほとんど触れ合わんばかりに接近する。

「 こんばんは、バシュラ・フェズ、」

「 こんばんは、バシュラ 」

二人の幼女は満面の笑みを浮かべていた。

「 お会いできてとっても嬉しいの、」

リューニスは二人を下ろした。きっかり一分半首吊り状態だったにもかかわらず、けろっとしているのである。

「 自己紹介するわ、わたくしはネア・マルホーン、姉です、」

「 自己紹介するわ、わたくしはニア・マルホーン、姉です、」

「 お二人とも、おいくつなのかな、」

「 五歳よ、」

と、二重唱。

「 これは失礼した、ちゃんとしたレディにはちゃんとした答礼が必要、」

バシュラは膝を折り、略式だが、宮廷式のお辞儀を返した。

「 バシュラ・フェズです、侍従武官として陛下にお仕えしているものです、」

「 まあ、」

二人は声を揃えた。

「 お城の中に住んでいらっしゃるのね、」

「 いえ、拝領した屋敷がセリーン河岸にありますので、」

「 まあ、」

と、今度の“まあ”は、かなり残念そうな響きである。

「 で、そちらのお方は? 」

双子は同時にリューニスを振り返った。

「 リューニス・グロムハイン殿、我が友人ガイ・グロムハインの姉君です、」

「 ああ、あなたが・・・ 」

二人はわざとらしく口ごもった。しかし、礼を失しない程度に優雅に答礼した。リューニスはまだ心配そうに二人の首筋を調べている。だが、痣もなければ鬱血の痕もない。双子はお互いの腰に腕を廻しぴたりと寄り添って立っている。純白のお揃いのドレス、ピンクの艶やかなサッシュベルトは舞踏会用の軽快優美な仕立てで全くよく似合っている。ただ、明らかにおろしたてであるのに、あちこち傷やほつれ、擦り剥いて汚れた痕などが目立つのはお転婆が過ぎるからだけであろうか。

「 何かお探し物でもおありなの? 」

「 私たちの共通の友人に贈り物が必要なんですが、よくわからないのです、」

「 まあ、だめよ、そんな言い方をしては、」

リューニスがたしなめた。双子は同時に手を打った。

「 素敵! わたしたち、お手伝いできますわ、ねぇ、コー、いいでしょう? 」

「 わたくしはかまいませんが、よろしいのですか、お嬢様方、お時間の方は? 」

「 全然、問題ないわ、夜は長いもの、」

二人の大人びた話し方は何かおかしかったがリューニスもバシュラもそれぞれ別々の理由を思いえがいていた。

「 じゃあ、きまり、早く、コーはあっちへ行って! 」

若い番頭は丁度通りかかった倉庫番の小僧〔ひどく不敵な面構え!〕に何事か申し送りの符牒を囁いたが、特段慌てた風でもなく、こういった委任には慣れっこになっているらしかった。

「 では、わたくしはこれにて失礼いたします、お嬢様方、後は宜しくお願いいたしますよ、ああ、それと後一つ、」

ベイドリアル・コーは、いささか呆気に取られ不安げな微苦笑を浮かべている二人に向って極めて複雑な捻りを含んだ蛇がのたくるようなお辞儀をしながら同時にホールの壁の一点を指差した。

「 あちらに見えるような呼鈴が各階のあちこちに御座いますので何かお困りのことが御座いましたらお呼びつけ下さいませ、適当な者がすぐに駆けつけるはずで御座います、」

「 お困りだなんてあるはずないわ、」

「 地の底が抜けるくらい、ありえないわ、」

「 では、これで、」

コーは身を翻して姿を消したが、その際小さなヘマを一つやったことに気付かない風だった。風のように翻った長衣の裾が階段脇の小テーブルの上にあった青いガラス細工のランタンのミニチュアを叩き落としていったのである。毛足の長い厚い絨毯の御蔭で砕け散りはしなかったのだが、事実、物音一つしなかったのだが、双子は同時にそのランタンを凝視していた。ほとんど驚愕の面持ちであったといってもよい。すばしこいリューニスは、あら、と言い、屈んで拾い上げようとしたが金色の目のネア・マルホーンがあっという間にそれを掠め取り自分のポシェットに仕舞い込んでしまう。その一連の動作の異様な滑らかさ、リューニスの素早さをさえ遥かに上回る異常な速度とその〔必然性の無さ〕は、ある悩ましい不可解な印象をバシュラに与えたが双子はそれ以上の追究を許さなかった、というよりも文字通り全く何事もなかったような表情を臆面もなく取り繕いながら、幾分はしゃぎつつ二人の先に立ち案内を始めた。薄いピンク色の実に可愛らしい舞踏靴が音も無く絨毯に沈み、また再び浮き上がる。

「 ねえ、バシュラ、あの子達、とっても可愛いわね、」

リューニスは殆んど魅入られたように囁いた。

「 まさに、ええ、恐ろしい可愛さですね、」

「 なんだか変な褒め方ねえ、」

リューニス・グロムハインはくぐもった笑い声をさらに押し殺す為に微かに身をよじった。

「 ねえ、バシュラ、」

「 何です、」

「 私、さっき気付いたんだけど、あの年頃の女の子って、結構、」

と、ここでさらに声を潜めた。

「 そう、結構、重たいのよね、」

「 さあ、わたしにはわかりかねますね、」

「 あの、コーっていう方、あんなに細いのに凄い腕力なのね、」

「 ああ、まさに、」

バシュラは至極無感動に、さりげなく呟いた。

「 見かけほどあてにならないものはない、」

この間、双子はちょっとした口論を行っていた。

「 ニア、あなた嘘はだめよ、自分のこと姉だなんて、きっと誤解されちゃったわよ、」

「 ネア、あなたこそ駄目よ、自分のこと姉だなんて、きっと誤解されちゃったわね、」

「 今夜こそ決着をつけるわ、365781だったかしら、」

「 3658881でしょ、(馬鹿ね)」

四人は小さな控えの間を通り抜けようとしていたが、ドアの手前に大きな姿見が掛かっていた。双子は一瞬足を止め、幻影めく相似形の、決して重ならない重なりを見た。そして満足したようだった。半回転しぴたりと重なり鏡面を横目に見ながらキスをした。一瞬間舌を絡めあい体液を交換する――すると――

――でも、やっぱり同じことね、何万回殺しあっても結局は同じ、全然おもしろくない、今回は趣向を変えましょ、丁度いいじゃない、あのバシュラ・フェズよ、彼から先に一本取った方が勝ち、本当のお姉さんよ――

ネア・マルホーンがくるりと振り返った。

「 あたしたちの見かけがどうかなさいました? 」

「 いえ、ああ、ちょっぴり困っています、お名前でお呼びするにしてもさっぱり見分けがつきませんので、もしも失礼が、」

「 全然かまいませんのよ、もう慣れっこですし、それよりもバシュラ様にちょっとお願いがあるんですけど、」

ネアはポシェットからさっきの青いランタンを取り出した。

「 これを預かって欲しいんですの、」

「 お安い御用ですが、何かのゲエムですか?」

双子は手を取り合いながらはにかむように頬を赤らめた。

「 ええ、とっても大事なことなんです、あたしたち、一生の大問題ですわ、」

二人は声を揃えた。

「 どちらが本当のおねえさんか、ちゃんと決めたいと思いますの、」

「 どうやら、とても真剣な話のようですね、」

「 おっしゃるとおりですわ、」

二人は声を揃えた。

「 真剣も真剣、片刃のメルモス※の切っ先ほどにも、」


<※これも名のみ高く実在の疑わしい古代刀剣のひとつである>


「 ちょっと、バシュラ、」

リューニスの声が少し震えている。

「 鏡の中に何か、見え、」

「 さあ、こちらですわ、ここはミャオミャオ、うんギャン・ズィーームグゥ・・・ 」

「 ぎゃん、ぎゃん、ぐぅーむ、ぐぅうー・・・ 」

双子が同時に声を挙げたが、古く錆びついた錠前の何段階にも分かれた複雑な動作音と蝶番のやや不服気な回転音が異様に高く響き続きの言葉を掻き消したらしかった。古い木の扉は分厚く重く両面に宇宙樹※の彫刻(浅浮彫)が施されていたがその技巧は超絶的であり(もしその素養があれば)片面を目にした者はその裏側を想像せざるを得ず、しかもその全き全体像は決して同時に目にすることができず往々にして(明るい、或いは、薄暗い)発狂に導かれるのである。


<※この宇宙樹は、同時に都市図でもある、相異なる三つの相において、この都市の本質を開示する、或いは隠蔽するのである>


バシュラは扉の半回転と共にこの図の異様さに撃たれはしたのだが薄暗さと二三の気懸かりの為にそれ以上追究することができない。しかし、リューニス・グロムハインは今この時、数瞬前に感知した鏡の中の異様な気配をほぼ完全に忘れてい、小さな歓声を上げて、なぜか少しよろめきながら一歩を踏み出していた。バシュラはこの時無論己が馬鹿さ加減を呪いながら微かに舌打ちをしたのだが、当然リューニスの耳には入らない。同時にニア・マルホーンがくるりと振り返り殆んど意味不明にくすりと笑い一瞬間女を飛び越して男の方を見た。男が、己が失策を素直に認めたのがわかったらしく幼女は再び満足げな微笑を浮かべた。

「 ようこそ、テネブラ・マルホーン商会へ、こここそが、当店随一、自慢の第一階、天空の間ですわ、」

ニアは自身の背中の曲線を意識しながらほんの少し誇張気味に反り返り優雅に手を振った。

ひどく大人びた慣れきった動作なのである。その手首の動きにつれて展開した一階展示室の有様は一見すると東西貿易商の商品倉庫風に薄暗く狭苦しくとても「見世」としての機能を果たしている様ではなかったのだが、それは全くの見かけだけのことにすぎなかったのである。

リューニスはもう既に六歩ばかりも踏み込んだところで天井から奔流のように垂れ下がる布地の滝を浴び殆ど夢見心地に浸っている。ありとある技巧を凝らした極薄様の夏の生地が清冽な水のように、ほとんど重さも無く指の間を流れ落ちてゆく。

「 ああ、ここは駄目、駄目よ、駄目、駄目・・・ 」

突然リューニスは涙声になり、生地見本の奔流の内側から浮上してきた。見ると本当に涙目になっておりしかも頬がほんのりと赤い。

「 何が駄目なんです? 」

「 ねえ、バシュラ、信じられる? 」

「 一体、何のことです? 」

「 この生地のことよ、」

「 とても優美な布地ばかりだと思いますが、」

「 まあ、これだから、男の人って、(でも、ガイはちょっと例外かもね、)」

リューニスの美しい眉が逆立つのは、かなり珍しいことでもあり、まさに見物というべきだった。

「 それよりもリューニス、さっき何か見えましたか、鏡に何か、映りましたか、」

娘は蝉翼絹の一種ブラースガウ・ホーのつくる漣に頬を寄せながら微かに不服げに口を尖らせた。

「 ああ、こんな生地が十エレフォンもあれば、皆に夏のドゥパージュ(外出用の肩掛け)を作ってあげられるのに、ああ、これは・・・ これは、スワン様の好みだわ、これでパスコルの型をつかえば素晴らしいドレスになる、私の手で着付けて差し上げたい、夏至祭りの贈り物なら受取ってくださるかしら、でも駄目ね、あの方は私にばかり、」

「 リューニス!」

娘は少し自覚したのかちょっと紅くなり、目を伏せた。

「 御免なさい、何だか馬鹿みたい、とても久しぶりだからどきどきしちゃってたみたい、まるで子供の時と同じね、そう、さっきおんぶしてくださったでしょ、あら、ちがった?でも、あれでいろいろ思い出しちゃったし、昔はよかったなあって、ふふふ、」

「 さっき何か言いかけていましたね、思い出しました? 」

四人は豪華だがいささか重苦しい装飾布のトンネルをも泳ぐようにして抜け出た。

先頭のニア・マルホーンがくるりと振り返りわざとらしい秘密めいたくぐもった声で口を挟んだ。

「 あたくし、リューニス様のおっしゃったこと判ってしまいました、」

「 あたくしたちも丁度見てしまいました、」

「 なんでもないの、なんでもなかったの、」

力尽きました。お察しください。

しばらく、お休みかも・・・・・・

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