第1巻第1部第28節 「銀の義手 バシュラとリューニス ドナドナ出現 大茶会」
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既に辺りは闇に沈んでいた。夏虫どもが茂みの中ですだき始めていた。風は無く暖かだったが、ボレナ河の湿気が足元に感ぜられた。次々に現われる半ば朽ちかけた、奇妙に歪曲した石燈籠どもにはまだ火が入っていない。バシュラは姉娘に腕を貸し、闇の彼方を透かして見る。ガイはもう門亭に着いたらしい。微かに、興奮した馬どもの気配・・・
その時、リューニス・グロムハインの腕がほんの少しこわばり、そしてそっと引き抜かれた。二人は立ち止った。
「 ねえ、バシュラ、こんなこと訊いてはいけないんでしょうけど、今ちょっとびっくりしたものだから・・・ 」
「 何です? 」
「 今、感じたんだけど、その、あの・・・ 」
「 こいつのことですか? 」
バシュラは左手をさすって見せた。青白いリューニスの頬にうっすらと赤味が差した。
「 ええ、でも、確か、義手だったのはこっちの方ね。」
「 そうですね。」
「 でも、でも、暖かかったわ!」
若い武官はそっと右手を上げて制止した。そうしてゆっくりと左手の長手套の内側に並ぶ物々しい留め金をはずし始めた。
「 待って! バシュラ! そんなつもりじゃなかったのよ。お願いだから止めて!」
男は、ほんの少し手間取りはしたが確実に作業を終え、ほとんど装甲板なみの分厚い外装を取り除いた。そうして、今や半分泣きべそをかいている姉娘の目の前に己が肉体の最奥の神秘を曝け出した。
微かな星明りが煌めいていた。薄闇の中で、鈍い銀色に輝く左手がそっと差し出されていた。娘は小さな、声にならぬ叫びを上げ、まるで自身の重みに耐え切れぬ風にその場に跪いた。
「 ごめんなさい、バシュラ、ごめんなさい、私、私、あなたに・・・」
「 ねぇ、リューニス、なにも謝ることなんかありませんよ、この左手の中身のことは、確かに秘密ではあるけども、あなたにまで隠しておくつもりではなかったんです。」
「でも、その手袋のことは、人前では絶対にとらないってことは、ムザラ様との神聖な誓いだって、それはゼノワ様の御下命にそむかれてもお守りになった絶対の誓いだってことは両世界首都の人々なら、ほんのちっちゃな子供でも知ってることなのに。」
「 これを見たのは、父上を除けばガイとあなた、お二人だけです。母の無い私には、肉親といえるのは同じ乳房で育ったあなた方だけなんです。さあ、立って、リューニス、それに泣くのはよしてください、ガイに見つかったら私の命が危ない。」
姉娘は無理やり微笑もうとしたが、少し口元がこわばっただけだった。男はわざと左手を伸ばし娘を支えて立ち上がらせた。
「 ガイは私のことなんか全然気にしてやしないわ、それどころか近頃は私がいつまでもお嫁に行かないものだからもう邪魔者扱いなのよ。」
「 そんなこと、ありえませんね。」
バシュラは微笑しながら左腕に力をこめた。娘はひどく曖昧な具合に頭を振りながら今度はしっかりと両手で、この世のものとも思えない、銀色の、小さな手を包み込んだ。銀の手は驚くほど華奢でか細く、まるで女の手のようだった。姉娘の冷え切った両手はすぐに汗ばみ始めた。
「 とても熱いわ、それになんだかとても柔らかくて、そう、まるで生きて、脈打って、呼吸してるみたい・・・ 」
「 憶えてますか、リューニス、父がここを切り落とした時、あなたもガイも丁度あの裏庭に回ってきたところだった、ガイは今のあなたよりも蒼ざめて声も上げず凍りついたように突っ立っていたし、あなたは丁度今と同じ、すぐに駆けつけてその両手で包み込み、必死に血止めをしてくださった・・・ 」
「 ええ、ええ、昨日のことのように! 」
「 父は、ムザラ・フェズは、顔色ひとつ変えず、ベェルバタンをさっと一振りして鞘に収め部屋に上がっていつもと同じように黙ったまま遅い朝飯を食い始めた。アグライアがまるで給仕でもするように脇にちょこんと控えて行儀よく、もぐもぐ動く顎の動きを見つめている、そしてあなたは、スカートの裾を引き裂いて血止めの包帯を作ってくださった。美しい布地の引き裂かれる音がまるで悲鳴のようだった・・・ 」
「 私はあの時何をして、何を見たのか、今でも自信を持って思い出せないみたい、血が溢れて止まらず、あなたの顔色がずんずん青白くなってゆくばかりなのがただただ恐ろしかった、必死で考えたけども、どうしたらいいのか全然わからない、ムザラ様が何事もなかったように食事をなさい、ワイングラスを傾けられ、ああ、あのワインも血のような色をしていました、私はムザラ様に向かって叫ぼうとしましたけどそれがどんなに場違いで無駄なことであるのかは、あの時、お日様の光が真っ白に照りつけていた庭の敷石と同じくらい簡単明白なことだったわ、ここには召使が一人もいないことはわかっていましたし、チュリスは連れて来ていなかったし、まさか猫のアグライアにお医者を呼んでこさせることもできないし、でも不思議なのはそばで石のように突っ立っていたガイのことをまるで穂先のない役立たずの箒のように思い出しもしなかったことなのね。」
二人は手を取り合ったままゆっくり歩いていた。地面には松の落ち葉が敷き積もり足音を消している。幽かな風の気配は、松の梢の遥かな高みで、何やら遠慮がちな伴奏をつけている。
「 そして遂にあなたの顔色が紙のように真っ白になった、ムザラ様はつと立ち上がり、やはり無言のまま奥へ入ってしまわれる、アグライアは相変わらずお行儀よく、ゆっくり顔を洗っている(変化するつもりの全くないのが凄くよくわかったわ)、その時、誰も通る筈のない裏道の板塀の向こうから奇妙な歌声が聞こえてきた! 」
「 ハイドリーベルだね。」
「 ええ! ええ! 」
「 あれは、不思議なことに僕にもはっきりと聞こえた、あの響きは忘れようにも忘れられるはずもない、伝説の、最後の吟遊詩人、最大の魔術師、最高の人形師、神をも凌駕する万物の傀儡子・・・ しかし、人間界に現われるのは何十年に一度、いや、それ以下とも言われているのに、なぜ今、ここに、この穢れた地に、と僕には訝しかった。」
「 あの歌声とともに何故か急に体が軽くなったような気がして私は振り向いたの、板塀の上に、青い三角の帽子の先が見えたわ。その瞬間、声が、二人分、つまりガイも同時に、叫んでた! ドナドナ様って! 」
「 それから起こったことの方がずっと奇妙なんだけど、まるで夢の中の出来事のようだった、リューニス、あなたは一声叫ぶなり気絶してしまい、僕は自分のことよりあなたのドレスが血塗れになりはしないかとハラハラするばかりだった、ドナドナ様は庭に入ってくるなり全ての状況がお気に召したようだった、ガイはぶるぶる震えながらローングラムを捧げ持ち、口もきけないでいる、部屋の奥の例の大壷の上では、アグライアが直立不動の姿勢で、つまりエジプトのスフィンクスかアヌビス神像よろしく何か物言いたげの様子、そして、ドナドナ様はやおら懐から小さな鹿革製の袋を取り出しこう言われた、貴君は二重、三重に運がよい、まず第一に、失血の限界寸前で辛うじて停止しておる、そう言われて両手を血に浸して倒れているあなたを見下ろされた、第二には、わしが今ここに丁度お誂え向きの用材を持ち合わせておったこと、第三に星回り、第四にお天気が上々、第五にはこの切口じゃが、これは良くも悪くもある、なぜなら元の部材、今の場合だとこの哀れな左手だが、これを元通りくっつけるだけなら、これは素晴らしい切口なのだ、最高の手練、最高の業物、いや、身の毛もよだつとはこのことだな、しかぁし、残念ながらその手練が災いしておる、つまり本体はまだ生きておるがこちらは見事に死んでおる。と言われつつ僕の可哀想な左の手首をひょいとつまみあげられた、と、なんとも一段と哀れなことにそれはドナドナ様の手の上でまるで錬金術の薔薇が萎れるように萎び縮んで一筋の煙を残し文字通り雲散霧消してしまった・・・※ 」
<※ここにフェズの剣技の本質の一端が垣間見えている>
リューニスはそっと男の手を握り直した。すこうし温度は下がっているように思われる。だが、その外見のか細さにもかかわらず、ずしりと重い、いな、重すぎるように思われるのは気のせいだろうか。
「 ドナドナ様は袋から銀灰色に鈍く輝く金属の塊を取り出された。見たところ水銀のような感じで、大きさは火喰鳥─火吐鳥の卵ぐらいはある、そしてこう言われた、これは滅多に手に入らぬ霊妙な金属でまさしく生きておる、まさに今ここでの用途に完全に相応しいものなのだ、しかし、憶えておくがいい、これは単なる素材でもある、要は、接合される本体の持つ潜勢力とその本質にかかっておる、その意味ではどんな悪しき副次的反作用が出ないとも限らん、だがどうころぶにせよ他ならぬこのわしが今ここで通りかかったということは、まさしく運命に違いない、そう言われると僕の無事な右手を一度さっと握り、次に、ちょっと重過ぎるな、と呟かれて腰の短刀を抜き卵を縦に真っ二つに切り割られた。両手でそれぞれの重さを計るように暫らく弄んでおられたが少し首を傾げられた後、左手の方を元の袋に仕舞われ右手にある方を残された。そしてひどく無造作に両手の中でそれを捏ね回し、大体の形を整えるとこの傷口の上にすっぽりと被せてしまわれた。」
姉娘は自分の手の中にある小さな掌を再び見つめなおした。どう見ても右手の半分くらいの大きさしかないように思われる。そしてその表面の温度と硬度の変化は何か名状し難い、殆んど非人間的な、否、非生命的な法則に従って変動しているように感ぜられたけども、何故か嫌な感じではなく、むしろあらゆる夾雑物を排した絶対的な安心感へと通ずる奇妙な心地よさがその白銀の滑らかな表面に遍在しているように思われた。男は再び長手套をはめ、窮屈な留め金をかけた。
「 ドナドナ様が大変なものをくださったのだということはすぐにはわからなかった、けれども四日間続いた激痛が漸く薄れだしたころ凡そ名状し難い奇妙な感覚が始まって、僕は・・・、リューニス! ここのところがちょっと不思議なんだけど、大笑いしてしまったんです! 」
娘は作ってもらった杖を小脇に挟み〔道はもう平坦で歩きよかったし目的地ももう間近だった〕、黙ったまま心配そうに男の横顔と青い長手套を見比べている。
「 突然、ほんとに突然だった、痛みが嘘のように消えてしまい、こいつが(右手で左手首のあたりをとんとんと叩いた)なにやらブツブツと呟き出し、僕の手首の骨と会話を始めたのがわかったんです、おまけに鼻歌まで歌い出す始末、丁度煉瓦職人が調子をつけて漆喰を塗りぽんぽん煉瓦を積み上げてゆくように、まったく小気味のいい、思わずこっちまでブムブムやりだしたくなるような・・・ 」
リューニス・グロムハインはほっとため息をつき微笑んだ。若い武官の話は全く信じ難いものであるはずだったが娘の表情や姿態には一点の疑惑の影もなく腕を胸前に組みすこし俯き加減に歩むその風姿には無限の優しさだけが感じられた。バシュラ・フェズは殆んど無意識の動きのように手の甲を擦り始めた。手套の中では、再び本来の形と大きさに戻った銀手がさも大儀そうに己が筋を伸ばし寛ぐようである。男は微笑を浮かべるつもりだったのが何故か頬がこわばってしまい、どちらかというと渋面に近い表情になってしまう。女はそれを見た、というよりも感じたので少し胸騒ぎがする。しかし男は本当に笑い出した。
「 今少し可笑しかったのは、」
突然口を開き説明を始めた。
「 セリナ殿のことを思い出したからなんです。」
リューニスはちょっとだけ背筋を伸ばし生真面目な顔つきで年若い武官を見返した。
「 もし、セリナ殿にこれを見せてしまったらどうなってたでしょう?」
僕と僕の哀れな左手の運命がわかりますか、とでもいうように悪戯っぽく微笑んだ。リューニスは軽く首を振り微かに眉根を寄せた。
「 わかりませんか? 見るも無惨な恐ろしい運命ですよ、リューニス!僕はシーアム殿か、或はもっとありそうなのはバスコム卿のところへ連れ込まれ解剖されてしまうんです!もっとも今ならセリナ殿自身が自分の実験室を持ってますから悲劇の舞台はおそらく後宮のリバモア塔ということになりそうですけど・・・」
「 それは・・・、 そんな噂なら聞こえてきたこともあるけどあんまりひどいんじゃないかしら? それに武器庫長のシーアム様はともかく、(あの方がカラクリきちがいだってことはみんな知ってますけど)東の門主様までまきこむなんてちょっと話が大袈裟すぎない? 」
「 そんなことありませんよ、バスコム様だって相当なもんです、それにあそこの溶鉱炉―いや、あれは超解炉と言うんでしたっけ―の凄まじさときたら、なにしろ五百年間火の落ちた試しがないときているし、三日に一度新しい金属を生み出しているというし僕のこの左手なんてもってこいの素材ですからね、下手をすれば、えーい面倒臭いってんで頭のてっぺんからまるごと放り込まれかねない! 」
リューニスもとうとう笑い出し、しまいには少し苦しそうに咳き込んでしまう。ケープをかき寄せながら胸元を押さえたので小脇に挟んでいた杖も落としてしまったのだった。
「 すこし冷えてきましたね、風向きも変わったようです。」
リューニスは突然立ち止まり拾い上げた杖をさっと振り上げた。〔この人は時々こういう子供っぽい仕草をするのである〕
「 大変!」
「 何です、もう二度目ですよ、さっきもそうおっしゃってたけど一体何が大変なのか、肝心の説明を聞かせてくださらない! 」
「 私、やっぱりガイに馬鹿にされても当然だわ、どうしようもないお馬鹿さんだわ、なんでこんなにぼぉーってしてしまうのかしら、このごろ特にひどいのだけど、今日はまた特別みたい、ねぇ、バシュラ、私、セリナみたいには絶対なれないのかしら? 」
「 馬鹿げてますね! 」
「 馬鹿だわ! 」
「 またそんな! 」
「 バシュラ、今何時くらいかしら? 」
「 さあ、大体七時ぐらいでしょうか。」
姉娘はもう答えもせずひどく切羽詰った様子で歩き出した。しかし気ばかり焦っているけども哀れなほどの速度である。ついて歩くバシュラはなんとも妙な具合だった。右手に見える小さな木立を抜けるともう乾門の車寄せである。
「 さあ、リューニス、おぶってあげますからもう少し急ぎましょう、これでは蝸牛にも抜かされてしまう、ほら、昔よくあなたをおぶさって駆けっこをしましたっけ、僕はガイよりもいつも早かったでしょう。」
リューニス・グロムハインは真っ赤になり、やたらと杖を振り回しながらさらに足を速めた。が、結局サンダルが脱げて何かに蹴躓き大きくつんのめってしまう。五体投地寸前の有様だったが素早く回りこんだバシュラが軽々と右腕一本で受け止めた。
「 放して! バシュラ、遅れちゃうじゃない、大変なんだから! 」
娘を真っ直ぐに立たせ足指に怪我のないことを確かめてから履物をしっかりと履かせる。
「 ねえ、リューニス、この世の中であなたをこんなに急がせることがあるなんて信じられませんね、それにたとえどんな事情だろうとあなたに怪我をさせるくらいなら僕がそんな事情とやらは消してしまいますよ、ええ、完全に、僕の完全な両腕の力の及ぶ限りにですが・・・ 」
二人はまた立ち止まり顔を見合わせた。木立の緑の黒い蔭が二人を蔽っていた。茶褐色の大きな火取り蛾が一頭、ふらふらと飛んでゆく。向こうの回廊に明かりが入ったようである。
「 ですからもう急ぐことはありません、ゼノワ様をお待たせしているなんてことなら、これはちょっと問題ではあるでしょうけどね。」
「 でも、お待たせしているのが西の門主様だとしたら、やっぱり問題だと思わない? 」
「 さあ、どうですか、大した問題ではないと思いますけどね。」
「 正確にはガルデンジーブス様の奥様なの。」
「 おや、おや、それは少し大変かもしれない・・・ 」
「 実を言うともう一月も前から奥様の頼み事を聞いていたんですけどずっと延ばし延ばしにしてしまって、今朝いよいよ最後のお願いだってお手紙をいただいてしまって・・・ それじゃ夕方遅くにはお伺いしますって返事を出してしまってたんだけど・・・ 」
「 でも一体全体あなたをそんなに悩ませるなんてどんな問題があるっていうんです? 」
「 あら、大変なことなのよ、ね、バシュラ、夏のお茶会がせまっているのはご存知でしょ。毎月のお城での茶話会じゃなくて年四回の大茶会の方のことよ、今度は西の門主様が主催なさることになっているんだけどほら、門主様はあの通りの方でいっつも奥様にまかせっきり、それでいて前回主催の時は会場の選定から引き出物の用意、それに肝心のご衣裳まで、なにからなにまで東の門主様より見劣りがしたっておっしゃって随分奥様をお責めになったの、とてもお気の毒だと思わない? 」
「 しかしスワン様のご趣味のよさが都でも一二を争う評判だってことは誰でも知ってますよ、門主様がそれをお責めになるってことは全てを承知の上でのことでしょうし、傍からとやかく口を挟んだり気をもんだりする問題ではないと思いますがねぇ。 」
「 でもとにかく、 」
頑固そうに首を振り娘は反論する。
「 今度の会では他のお三方をあっと言わせ、文句なしの主席茶頭として次回五星公会に完全な主導権を握りたいというのが門主様のお考えらしいの、もしうまくことが運ばなかったら、」
リューニスはすこしのけぞるようにして背中に走った戦慄を誤魔化そうと試みる。若い武官はさっと蒼褪めた。
「 まさか! 」
娘は立ち止まり胸元のケープをしっかりと掻き寄せた。微かに震えているようである。
「 スワン様にだけは、はっきりと言われたらしいの、もし今度も恥をかくようなことになるのなら、いや、そうなる前にわしは五星会闘式を宣言し直ちに突入することをも辞さないって・・・ 」
「 そんな無茶苦茶な! 」
二人は火の神の小さな祠の前を黙礼して通り過ぎた。終日絶えることのない不滅の灯明が善神なる鷹を象った青銅の拝火盤の中で燃えている。風の吹き込むはずのない祭壇の中で、青白い炎が身をくねらせて踊っている。バシュラは自分の視界のぎりぎりの片隅で赤い小さな蛇が一匹、するりと閃き、姿を消したように感じた。錯覚か、幻覚か、あるいは予兆なのか、その尻尾を捕まえようと思考の手を伸ばしたその瞬間、聞きなれた少年の声が響いた。




