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第1巻第1部第24節 「永久魔方陣  サイキス」

また、過去へ。忙しいです・・・

*       *       *


「 しかし、絶対の法則にさえ例外が存在するらしいというのが、この世界のおもしろいところなのだ、いや、ひょっとするとこの世界そのものさえ、ひとつの、巨大な例外、または単なる冗談なのかもしれん。

無から有が生ずること、一体そんなことがありうるだろうか? わしは常々それを疑っておった。」

バスマンは、腕白小僧のような仕草で窓枠に頬杖を突き、いかにも楽しそうに鼻柱に皺を寄せた。

「 わしは力を尽くして世界の秘密を探ったが、謎はどうしても解けなかった。しかし、その途上で様々な発見をしたのだ。そのひとつがあれの存在だった・・・ 」

深い藍色の空の中で、巨大な化鳥は再び首をかしげたが、その動きには言うに言われぬ愛らしさがそなわっていた。

「 あれは本当に不思議な存在だ、いや、非在というべきか、あれを感知できる人間はほとんどいない。又、知ったところでどうということもない。だが、あれたちはしばしばわしの前に現れた。どうやらわしらのような人間は、こちら側とあちら側を繋いでいる中間的な存在ということらしい。あれはひどく好奇心が強くて、わしが一定限度以上の力を扱おうとすると必ず現れて見物するのだった。で、わしは考えた、どうやらわしらが使う力には、決定的ではないにしても、次元を超えて、あれらに何らかの影響を及ぼす性質があるらしい。単なる好奇心ではなく、あれたちもわしらのことを気にせずにはおれないのだ・・・とね

そうこうするうちに、わしは、長年の夢の実現にとりかかった。古来強力な術者なら必ず夢見た大いなる技、永久魔方陣の建造だ。勿論記録の上ではこれに成功した者は極僅かで、しかも遥か古代のものばかりだ。しかしどういうわけかその存在は知られていた。これが成功すれば術者は、この世では殆ど無敵(いや、殆ど、全く、無意味で滑稽な言葉だがね・・・)の存在となる。そして魔方陣から生み出されるサイキス、擬似生命体にして永久活動体なる非物質的存在・・・ これはほとんどあの聖霊達と同等の存在だ・・・ 古記録にある通り、わしは自分の力が絶頂期に達したと信じたある期間、文字通り全ての力を結集して魔方陣を組み上げた。幸運なことにそれは成功し、以来わしは自身の損耗を恐れることなくほとんど無際限の力をそこから取り出すことができるようになった・・・やがてこの魔方陣はわしの為に四つのサイキスを生んだ。」

「 四つですって? 」

「 そう、四つ、いや、四人と言うべきか。」

「 しかし、しかしそんなはずは・・・ ベオリグ、僕には二人だとしか・・・ 」

「 二人と言った覚えはないぞ、それは君が勝手にそう決めつけただけの事だ、もっとも同時に二人以上を呼び出さなかったのは事実だが。しかしよく気をつけておればそれぞれのサイキスの個性に気付いたはずだし、半年ほども精密に観察し続けておれば、明確に異なるあれら四人を識別できたはずなのだ。いやはや固定観念というものはつくづく恐ろしい。君は魔道書の類を研究しすぎたのかもしれんね、しかし書物は既にして固定されたものでしかないし、現実は生成流動する無限の働きだ。だが君は多分、HTMのことを考えていたのだろう。」

そう、まさにその通りだった。ヨナルクは正確に師の力を測っているつもりが、ただ自分の知識に酔っていたにすぎなかったのである。

「 さあ、そろそろ時間となった、役者は揃っている。夜の女王も御照覧だ。」

ベオリグ・バスマンの声は再び深く反響し周囲の空間に轟いた。薄闇に浸された屋根裏部屋の中で、しかし次第に奇妙な光が満ち始めた。

「 ヨナルク、君があんなにも知りたがっていた魔方陣とサイキス、そして術者との関係を明かそう、そうしてその前に我が四人の分身、絶対の夜の下僕(サイキス)を紹介しよう。」

師の声が終わると同時に四方の壁が発光し、痙攣でもするように激しく撓み始めた。発光の中心は次第に黄色味を増し、遂には目も眩むばかりの金色となった。師の呪文を確認する暇もなく、ヨナルクは既に自身の全感覚が閉ざされてしまっていることを知った。肉体さえほぼ完全に制圧され指一本動かせない状態にある。

そうしてヨナルクは見た。中空に出現した四つの溶鉱炉、異界との絶えず変動する接触点から、何やら定かならぬ、しかしこの現実の世界とは明確に異なることだけははっきりしている、霊的な存在としか呼び様のないあるものが徐々に滲み出して来る有様を。

それは説明しようのない不可思議さでそれ自体の最奥部から表面に到るまで全く同一の均質性を帯びて金色に輝き、しかも一様に見えているのは単なる錯覚にすぎず、その組織の多様性と柔軟性、力場の激しい渦動の有様は目も眩むばかりの圧倒的な力感によって、ヨナルクの既に抵抗を止めた剥き出しの神経を直接にそして情容赦なく打ち叩いた。

「 これがサイキスの裸形の姿だ。」

ベオリグ・バスマンの声はもはや単なる音の波ではなかった、一本の強靭極まる針金が複雑極まる螺旋を描きつつヨナルクの頭蓋を貫通し直接脳髄の中心へとねじり込まれてゆく。四つのサイキスが発する圧倒的な力が、半ば物質的な障壁となってヨナルクを取り囲み、殆ど全ての知覚を奪ってしまっていたからである。

「 我々の空間に直接サイキスを出現させる、こんな滅茶苦茶なやり方はあらゆる物理法則を捻じ曲げているし、双方にとっても極限的な負担を強いることだ、しかし、わし自身安心しているのだが、こんな途方もないことは最初で最後、二度とは起こらない。そう信じてよい十分な理由がある。ああ、ヨナルク、そうせっつくのは止めることだ。」

僅かに残された視覚の経路を通じて〔その向うにベオリグ・バスマンの青白い小さな姿が明滅したり揺らめいたりしながら薄ぼんやりと見える〕四つのサイキスの正確な位置を割り出し、その力場の重複の度合いとさらに運がよければその弱点をも探り出すことができれば、なんとか突破口を案出することができるはずだとヨナルクは信じた。そうして刻々と強まる苦い敗北感を振り払い振り払い、ほとんど血反吐を吐きながらあらゆる精神の力を集中して師の巨大な力と対抗しようとした。

「 こんな事態は疾うに予期していたはずなのだ、いや、もっと正確に予見すべき事実なのだった。師が裸形のサイキスを使ってまで僕を封じ込めようとするその理由はずっと以前から明らかなはずだった。あのサイキスどもが普通の人間どもを相手にする時のように、小鳥や蝶々に憑依した形でそこの小窓から飛び込んできたのなら僕が容易に対抗できただろう事は、ああ、くそう、師がこんな大袈裟な仕掛けを使ってまで〔しかしいつの間に準備できたのだろう、ああ、全然、かけらさえも気付けなかった!〕僕を封殺しようとするなんて、いや、当然予期すべきだったのだ、甘かったのはこの僕だ、全く大甘だった、まだどこかで師の愛情を、時には父としての愛までをも信じていたのではなかったか?!」

自分の不用意さ、力の未熟さ、師の力の測定を完全に誤ったこと、未来の洞察に際して不確定要素を軽視したこと、全てはヨナルク自身の失策で全ての責任は彼自身にありこの責苦こそその報いなのだと信ずること、それこそ容易なことで、ヨナルクは全精神力を振り絞ってそれを拒否した。師ベオリグ・バスマンの暗示はそれほどに巧妙でかつ強力なものだった。怒りと恐れ・・・ そう、どうして恐怖が存在せぬはずがあろうか、状況は絶望的で、しかもなお恐ろしいことにヨナルクには、今のバスマンの真の意図を、この完璧に用意されたであろう周到な計画を読み切る事は全く不可能だった。この肝心な局面でヨナルクは師としてのベオリグ・バスマンの最も価値ある教えを忘れ、ただ恐怖と怒りに身を震わせ、全精力を集中してサイキスの拘束から逃れ出ようともがき狂った。〔当面の目的ではなく、真の原因、真の目的を洞察すること、そのことのみが・・・〕

「 君の命を奪う(キ、ミ、ノ、イ、ノ、チ、ヲ、ウ、バ、ウ)つもりは全くないのだ(いや、そんなことが、できようはずもない) 」

バスマンの姿はさらに幽かとなり、その声は遥かな遠間から濃密な霧の壁を通し重々しい弧を描いて打ち込まれる思考の弩のように、きれぎれに、しかし容赦なくヨナルクの心に突き刺さって行く。その苦痛は言語に絶するもので脳の内側の柔らかい壁は、この言葉の一語一語によって焼印を捺され焼け爛れたかのようだった。ヨナルクはあまりの苦痛に虚空にのけぞり、のたうちまわって耐えようとするが、今やサイキスの八本の腕が五体の全てをしっかりと包み込み、瞬きひとつできない有様である。

「 だが、わしが君に与え、あるいは引き出してやった能力の全て、君の知りえた知識の全ては、世界の運命にとってこの上もなく危険なものとなった・・・ その全てを封印し忘却の淵に沈めることがわしの最後の仕事となった・・・ 誰がこの日のあることを予見できただろうか、わしらが鍛えた幻視能力とは一体何だったのか、未来の、真の洞察は果たして可能なのか?・・・ 」

サイキスたちの力に、ベオリグ・バスマンの全く異質でさらに強力な精神力が合流を始める、それは何ものも抗い難い圧倒的な奔流となってヨナルクの意識の中へと流れ込み始めた・・・

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